第4話 出港
今夜2話目です
水無月学園への通学手段、それは船だ。
正確に言えば、巨大な島に学園と寮があり、生徒たちは長期休みの時以外は島で生活することになる。
二年、三年の上級生たちは前の日に島へ戻っているらしく、今日は入学式を迎える高等部の新入生だけが船で移動という形だ。
船というだけあって、電車以上に時間厳守だとガイダンス資料に書かれていた。だからこそ、七音は今までにないほど全力で走っている。
マサルの妨害の所為で、家を出る時間が予定よりも遅くなってしまった。
荷物が軽くて良かったと、安心しながらも走る脚は緩めない。ピコンピコンと規則的に通知を知らせる音を聞きながら、七音は住宅街から港まで走り抜けた。
住宅街を抜けた瞬間に広がる青色。小さな港で漁船が並ぶ中、見知らぬ豪華客船が大きく鎮座している。
横に書かれた船名、『卯月』は資料にあった水無月学園保有の船だ。
下ろした階段の近くに、水無月学園の腕章をつけた人物がいる。
一見、どちらの性別にも見える中性的な美貌を持ち、背中まで伸ばした灰色の髪が潮風で揺れる。七音は少しだけ息を整え、小走りでその人に近づく。
「あの!」
「ん?」
「あたしっ……新入生でっ……!」
「ああ、乗船する子だね」
息も絶え絶えに話す七音だが、制服と単語で言いたいことを察したようだ。
少々高い声ながらも男性の声で確認を取ってくる。首を縦に振る七音に対し、男性は手元のボードに目を通す。
「えっと……名前を聞かせてくれないかな?」
「あ、天村七音です!」
「……うん。間違いないね。水無月学園への進学、おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
にっこりと笑顔を浮かべてお礼を言う七音。定型の挨拶だと七音は気づいていないが、それでも褒められて七音は純粋に嬉しかった。
眩しい笑顔に男性は一瞬気を緩めたが、すぐに気を戻して続ける。
「乗船に当たり、いくつかの注意事項がありますので資料をご覧ください。島までは約二時間。一応、生徒一人一人に個室が用意されていますので、ドアのネームプレートをご確認ください」
「わかりました!」
「出港までもう少しありますが……どうやら貴女で最後見たいですので、乗船次第出港となります」
「嘘ぉっ!?」
「残念ながら事実です。さらに言うなら、ここまでギリギリな子も久しぶりというか……」
男性の話を聞き、七音は顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。時間があれば、その場で頭を抱えて蹲りたかった。
『船は出港時刻十分前には停泊。それから乗船可能』。『全員揃い次第出港』。
貰った資料の注意書きには、確かにそう書かれていた。噂によれば毎年、生徒のほとんどは停泊と同時に乗り込むという。
実際、七音も予定通り家を出ていれば、余裕をもって停泊時刻にたどり着く計算をしていた。
全てはあの兄の所為である。いまだに鳴り続ける通知音はまだ無視の方向でいこう。そう強く心に決め、男性に声をかける。
「あの、すみませんでした! すぐ乗ります!」
「大丈夫だよ。お兄さんに邪魔されていたら、乗船自体が難しいかもって聞いていたから」
「ふぁっ!?」
思わぬ言葉に変な声が出る。それが面白かったのか、微笑む男性。美人の笑顔は目の保養と思いながらも、内心はパニックを起こしていた。
目の前の人物に心当たりはなく、学園の方で知られているとしてもここまで詳しく知られているのはおかしい。
動揺した頭が導き出した結論は一つだった。
「個人情報ろーえーの危機!?」
「んふっ!」
クワっと叫んだ七音に、男性は口元を抑えてそっぽを向く。その身体がプルプル震えていることから、笑いをこらえているようだった。
明らかに抑えきれていない笑い声にジト目で見つめると、落ち着いた男性が手をひらひらさせて再び七音に向き合う。
「ごめんごめん、予想外の答えについ……」
「こっちは大真面目に答えたのに……」
「いや~。武蔵から聞いてた以上に面白い子だね」
「武蔵さん!」
知り合いの名前にわかりやすく反応する。顔をキラキラ輝かせる七音に、男性は笑みのまま船を指差した。
「とりあえず乗ろうか。詳しい話はあとで話すよ」
「あっ、はい!」
誘導されるまま、船へと乗り込む七音と男性。直後、階段が船へと収納されていく。
そして、新入生たちを乗せた船はゆっくりと動き出した。
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