第39話 くろえの秘密
謎多いくろえのターン
『一年の樫城くろえ。共通棟Aの一階会議室に至急来い。なお、風浦の同行は認めない』
急な校内放送に、カフェテリアにいた生徒達がざわめく。視線は全て、窓際のテーブルに向けられた。
周りの雰囲気など気にせず、一つだけ距離を置かれたテーブルには、くろえと璃久斗が対面に座っていた。くろえは空になったケーキ皿を前にして優雅に紅茶を飲み、璃久斗はホットコーヒーを口に含む。
初日からの出来事が重なり、完全に孤立している二人。だが、二人は気にかけていない様子だ。
そこに入った校内放送は、くろえの手を一瞬だけ強張らせた。
「呼び出しなんて珍しいわね。それも、璃久斗を連れてくるな、ですって」
「んなもん、無視すりゃいいだろ。俺も着いてくぞ」
あっさりと言い放つ璃久斗に、首を横に振るくろえ。そして、カップの紅茶を飲み干し、静かに置いた。
「それはダメ。何か考えがあるのよ、きっと」
「俺達を目の敵にしてたセンコーだぞ? くろえにとっていい方向だとは思えねぇ」
璃久斗が苛立ちを見せる。放送主がシルヴァンだったことが、璃久斗の猜疑心を強くしているのだろう。
だが、くろえはゆっくり立ち上がる。そして、しなやかな指を伸ばして璃久斗の唇に触れる。
「ふふっ、心配してくれるのね。大丈夫よ。何かあったら、すぐに報告するわ」
「…………お前に何かある前に、守りてぇんだよ」
「そう簡単に何かされる私じゃないって、わかるじゃない」
「そうだけどよ…………それとこれとは、話が違ぇ」
「もうっ、すぐに戻ってくるわ」
軽くウインクをして、くろえは荷物をそのままに歩いていく。周りが急に無糖や微糖を買い始めた中、残された璃久斗は不機嫌ながらも心配そうな表情でくろえの背を見つめていた。
様々な用途に使われる、数部屋の事務的な部屋が縦に並ぶ共通棟。その内、Aはカフェテリアから比較的近かった。
くろえは整地された道の真ん中を堂々と歩く。前からくる生徒達はくろえを見るや否や、自分たちから慌てて横に逸れていく。すれ違いざまに視線と陰口を受けながらも、くろえは眉一つ動かさずに目的地へと向かう。
自分を目の敵にする相手からの呼び出し。璃久斗が言った通り、良い予感はない。
隠し通しておけねばならない秘密が、知られたのかもしれない。
崩れそうになるポーカーフェイスを維持しながら、大きくなる心音を聞こえないフリをする。
共通棟に入り、言われた会議室前まで来て足を止める。部屋の扉の前で、シルヴァンが腕を組んで立っていた。じろりと睨むような視線は、くろえのやや後ろを捉える。
「風浦はいないようだな」
「そういう放送でしたので」
「……中に入れ」
わざわざ扉を開け、先を促すシルヴァン。逆らう理由も特にない。くろえは軽く会釈をして部屋に入った。長テーブルと椅子が輪を描く、一般的な会議室の配置が目に入る。
奥へ進むくろえの背後で、二つの音が聞こえた。一つは扉が閉まった音、もう一つは軽い金属音。それが何か理解できたくろえはクスリと笑うと、そのまま振り返った。
「鍵をかけるなんて、何のつもりかしら?」
はっきりと問いかけるくろえ。目の前には、どこからか取り出した拳銃を険しい顔で構えるシルヴァンがいる。銃口が自身に向いているにもかかわらず、余裕綽な態度だ。
全く態度が変わらないくろえに眼光を鋭くし、シルヴァンは言葉も選ぶこともなく問いかけた。
「樫城くろえ……お前は『魔族』だな?」
静寂。しんと静まり返った会議室は、シルヴァンが唾を飲み込み込む音さえも聞こえてくるほどだ。たっぷりと間を開け、くろえはため息交じりに答えた。
「違う。そう言えば、それを収めてくれるのかしら? 違うでしょう? 先生の中では、決まっているようだもの」
シルヴァンは答えない。代わりに拳銃の撃鉄を起こした。甲高い金属音が鳴り響く。
「そうだ。今の返答も、お前がそうだと示している」
「あら? 何か変だったかしら?」
「『魔族』の存在を知っているのは、研究メインの教師たちと一部の関係者だけだ。生徒は誰一人知らない言葉を、その意味を、何故知っている」
その言葉に、くろえは表情を変えた。
学園で初めて見せるくろえの動揺。それは、シルヴァンの考えが正しいと肯定していることになる。今更、取り繕うのは不可能だろう。
『魔族』が極秘情報だと、生徒は知らない単語だと、くろえは知らなかった。
他の生徒と交流していれば気づいたかもしれないが、後の祭りだ。
甘々から一転、ついに重要なワードが登場!




