第38話 仮面の裏
前回。流華の危険が危ない
やけに魔物の数が多い。訓練室を覗いた零は真っ先にそう思った。
女子生徒達はアレクが見られればいいので、魔物の数など気にしていない。大鎌になったアレクに黄色い声を、流華に嫉妬の声を上げていた。
暫くして、急に声を掛けられて振り返った零は思わず固まった。その相手というのが、くろえだった。
ついて来いと誘いを断れるはずもなく、大人しく従って連れてこられたのが訓練室の扉前。そこで、璃久斗が苛立った様子で蹴りを入れたり舌打ちしたりしていたそうだ。
暴力の二文字がよぎった零とは裏腹に、くろえはパネルを指差して見るように言った。渋々見た零は、自分の目を疑った。
訓練室内における魔物の種類、数、フィールドなどは、扉の前にあるパネルで設定できる。部屋の予約も、パネルを操作して行う。
それが今、この部屋では無謀としか言えない設定になっているようだ。
あの魔物は一匹でも素早さと攻撃性が高く、一人で打ち勝つにはかなりの実力と経験が必要だという。それが五匹、相手は戦闘初心者。
その時点でおかしいが、さらに酷いのが無限湧きモードで制限時間が決められていない事だ。
例えば、魔物の群れに囲まれて援軍が来るまで持ち堪えなければならない。そういった状況を考慮してシステムに組み込まれたのがこのモードだ。
決められた時間内では、魔物を退治しても別の個体がその分増える。常に一定数の魔物がフィールドに存在する状況になる。
その終了時刻が決められていないということは、どれだけ流華が頑張ろうが、五匹の魔物と戦い続けるしかない。それこそ、流華が戦闘不能になるまで。
そこまで聞いて、七音は自身の血の気が失せていると感じた。
想像以上に酷い現状。流華を止めなかった自分への怒り、今の流華を思う悲しみ、感情がごちゃ混ぜで思考回路が上手く回らない。
「樫城さんと風浦さんが何とかしろとおっしゃったので、すぐに近くの教員を呼びました。非常事態に備え、緊急停止システムがあると聞いていたので」
「あれ、これ、それ、どれ!?」
「できてねぇじゃん!」
「こんなこと滅多にありませんもの! それで、 桜小路さんならなんとかできるのではと思いまして」
「くろえ様の命に俺がひとっ走りしてきたぜ!」
ヴィンが誇らしげに言った時、甲高い機械音が響いた。全員の視線が音源に向く。
音を鳴らすパネルに、パソコンの前で大きくガッツポーズをする響。作業完了したのだと、一目でわかる。
「流華、流華、流華!」
「ちょ、七音待て!」
呼び止められても、駆け出した七音は止まらない。ただただ、流華の元へ行かなければという思いでいっぱいだ。
ロックの外れた自動扉は七音を察知し、静かに開く。扉も準備用の小部屋も走り抜け、訓練室に雪崩れる様に入った。距離の離れた真正面に人影を見つけ、それ目掛けて再び走り出す。
「流華ぁ!」
流華はぐったりとした状態でアレクに抱えられていた。遠目からでも、意識がないとわかる。近づく七音に気付いたアレクが、こちらを見る。
そこに、いつもの仮面の姿はなかった。不機嫌さを露骨に表し、端正な顔を歪めている。驚く七音と後ろから着いてきた複数の足音に、アレクは大きな舌打ちをした。
「ったく、めんどくせぇな……」
ガラの悪い口調に態度。いつもと真逆の対応に、後ろのメンバーが驚愕しているのが雰囲気で伝わる。小声で話し合っているようで、その声から静葉、勇人、ヴィンの三人を確認できた。
アレクは見学窓の方を横目で見た後、その方向を隠すように顔を手で覆った。そして、怒りで歪ませた顔を七音達に向ける。
「俺様の邪魔すんじゃねぇよ、くそがっ」
「流華に何したの……!?」
「は? お遊びだよ、お遊び」
クククと笑うアレクは、気味の悪い笑みを浮かべている。普段隠している分、暴露がよほど楽しいのだろうか。
「人の心が折れる瞬間ってすっげぇ楽しいんだよ……! それが俺様のファンなら、尚更なっ! 勝手に好意抱いて、勝手に幻想持って……それが崩れた時の顔は堪んねぇぜ!」
心底楽しそうに語り、高笑うアレク。七音はぞっと寒気を覚えた。
笑顔の仮面の下、あまりにもどす黒い本性を上手く隠して生きていたのだろう。その裏で、何人を毒牙にかけてきたのだろうか。
その毒牙に、流華がかかってしまった。最悪の想像で顔色を変えた七音に、アレクは笑うのを止めてつまらなそうに流華を一瞥する。
「ああ、これはまだぶっ壊れてねぇよ。途中で止めやがって……つまんねぇ」
そう呟きながら、アレクは流華を立たせるように抱え直すと、こちらに突き飛ばしてきた。
突然のことに驚くよりも先に体が動き、流華を受け止めた。同じ位の背丈の流華が、自分よりも小柄に感じて泣きそうになる。
「流華、しっかりして……!」
「なんて人……!」
「お前は百%悪だな! ぶっ飛ばす!」
「やってみろよ。俺様のファンが何人も見てる前で? モデルの俺様を? 殴ったら? どぉ~なるかわかるよなぁ~?」
「正義の拳は躊躇しなぁぁぁぁ」
「やばいってことだよ! 落ち着け!」
七音の横を通り過ぎて殴りかかろうとした勇人を、ヴィンが羽交い絞めで止めた。それをアレクはニヤニヤと余裕顔で眺める。
実際、防音の為に声は聞こえない上、見学窓から見えないようにアレクは気を使っていた。外のファンからすれば、『一方的に殴られかけた愛しのアレク様』だ。
自分の立場が有利だと自覚しているアレクは、高圧的に問いかけてきた。
「ってかさぁ、なーんで遊んでる途中で邪魔すんのかなぁ? その女が大切なら、最初っから止めときゃ良かっただろ?」
「こんな事になるなら止めてたよ!!」
「風浦が気付かなければそのまま遊べただろうな!」
「風浦?」
ヴィンの言葉に、アレクが反応する。そのまま数秒考えこむと、ぽつりと言葉を発した。
「…………乃絵瑠と璃久斗か」
「のえる?」
聞いたことのない名前と知っている名前が並んだ。前者をオウム返しした七音に対し、アレクは驚いた顔をした。だが、すぐに頭を振ると、七音達を無視して歩き始めた。
「お、おい!」
「俺様は忙しいんだ。やることができた今、てめぇらはもうどうでもいい。あぁ、俺様の事をバラしたところで、どっちが信用されるか考えるんだなぁ?」
振り返り際まで嫌味たっぷりな言葉を残し、アレクは訓練室を出ていた。急なことに困惑しながらも、その背中を睨みつけ続けた七音達。完全に姿が見えなくなってから、医務室へと流華を運びだした。
途中で何か放送があったが、流華に気を取られていた七音達は聞こえていなかった。
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