第168話 武蔵の戦場
一つの小さな村。普段はのどかな暮らしをしているだろうそこから、煙が轟轟と広がっている。
それを目視した瞬間、武蔵は部隊員に一言告げて駆け出した。
ただの火事な訳が無い。間違いなく、フェーゴと魔物の群れの仕業だ。
「強化薬使うけどいいよな!?」
念の為に声をかければ、三人から許可が出る。最も、許可されなくても使うつもりだったが。
それぞれに薬をかければ、白銀の色合いが若干明るくなる。シミュレーションで使ってきたので、効果は分かっている。
一番効果的に群れを排除するには、村の中央に行かなければならない。強化されたブーツで更に加速し、村に近づく。
「殺戮☆ 虐殺☆ アメェェェジング☆ さぁさぁ、楽しいショーの始まりデス! お代は命でゴザイマァス!」
楽しそうなフェーゴの口上に混じり、多数の悲鳴が木霊する。村に入った武蔵は顔を顰めた。
破壊された建物に転がる遺体。その周りで暴れ回る魔物は、見た事が無い特徴を持っていた。
二つに分かれた鼻を振り回して建物を破壊する象、燃えた鬣を靡かせるライオン、三匹で車輪となって人を轢く猿。
全ての魔物の口の端が縫われ、無理矢理笑顔にされている所が不気味だ。
そこに紛れて破裂音が響き渡る。フェーゴの手によるものだろう。
王夢の指示を受け、急いで中央を目指す。たどり着く寸前で、武蔵は目を見開いた。
驚異から隠れる様、瓦礫の影で小さな兄弟が抱き合って震えていた。だが、それを嘲笑うかのように上からフェーゴが覗き込む。
「コレはコレは、何とも無力で可愛らしい姿デスネェ? 悲しまないヨウ、二人まとめて花火にしてアゲマショウ」
厭らしく笑うフェーゴに震えを強くする兄弟。
これ以上、好き勝手させてたまるか。
「そこまでだクソッタレ共ぉ!」
武蔵は心から叫び、素早くライフルを構えて引き金を引いた。真上に発射された銃弾は、途中でピタリと静止する。
バチバチと音を立てて放電する珠となり、そこから無数の雷が降り注いだ。落雷は魔物だけを貫き、黒く焦がしていく。
通常の魔物ならこれで十分だが、フェーゴには足りない。武蔵は再び駆け出し、フェーゴに接近する。
武蔵の出現に唖然としている顔へ、同じく『雷』を纏った小手を全力で突き出した。
手に肉や骨の嫌な感触を受けたのも束の間。フェーゴは殴った勢いのまま吹き飛び、家だった物の残骸へ突っ込んで行った。
追撃したい所だが、それよりも優先する事がある。
「大丈夫かガキンチョ達!? 立って走れるか!?」
「え、あ……」
「う、うん」
「なら向こうへ走れ! 他の生き残りにも声掛けて行け! 水無月部隊がそっちから来る!」
水無月の名は知っているようで、兄弟の顔に生気が戻 る。戸惑いながらも返事をして、二人は武蔵が示した方へ走って行った。
その背を見送っていると、場違いな拍手が聞こえてきた。その行動に不快さを全開にして、そちらへ顔を向ける。
「……ナメてんのか、てめぇ?」
「イエイエ! 心からの感動の拍手デス! 何とアメージングでファンタスティックなパフォーマンスなのデショウ! 流石、ワタクシ様愛しの『戦艦様』!」
ベラベラとよく回る口だ。属性をつけて殴ったというのに、フェーゴは傷一つなく立ち上がっている。
「アア! 愛おしさが溢れてキテイマス! 愛おしい! ワタクシ様、貴女が欲しくてタマリマセン!」
「あっそ。ほざいてろ。あたいはアンタを倒すだけだ」
「ソウソレ!」
急に武蔵へビシッと指を付き指すフェーゴ。
意味が分からず首をひねる武蔵の前で、フェーゴは自身の身体を抱きしめた。
「弱者を見捨てず、守り抜くと決意したそのお顔……まさに『戦艦様』の二つ名に相応しい勇マシサ! それこそが、ワタクシ様が最も焦がれるオ姿デス! 言い換えれば、貴女をこちらに引き込んでしまったら? エエ、ワカッテシマイマシタ! ワタクシ様の愛する貴女でなくなってしまうデショウ! 何という悲劇! トラジェディ! 気づかなければヨカッタ事実!」
頬を紅潮させ長々とフェーゴは語る。
武蔵はイマイチ理解することができない。魔族への勧誘を諦めたというのは何となくわかる。それ以外は王夢か一弘が耳打ちしてくれるだろう。
そう考えていた武蔵だったが、笑みを浮かべたフェーゴと目が合う。途端、殺気を全身に感じた。
反射でライフルを構え、全てに『雷』をまとわせる。その様を見てもフェーゴは余裕を崩さず、唐突に背から羽を生やした。
「てめっ」
「逃げるのではアリマセン! 『戦艦様』へ招待の申し出でゴザイマァス!」
「招待だぁ!?」
「ハイ! ワタクシ様が貴女の最後を彩る特別ショー! 一般観客などお断り! 役者が互いの観客のアメージングショータイム☆ サァ、着いてきてクダサイマシ!」
言うや否や、フェーゴの姿が上空へと消えた。慌てて視線を追えば、かなりの速さで移動をしている。
迷うことなく、武蔵はブーツで加速し後を追いだす。
時間にすれば一分もかかっていないが、速さからすればだいぶ離れた場所だ。
魔物の群れが通ってきた道でもある。荒らされた形跡のある草原に、大岩や凹凸が人工的に作られている。
明らかに戦争場を意識した作りだ。そう考える武蔵の前で、フェーゴが下降してくる。その姿は、ここに来る前よりも変わっていた。
手足の爪が、ギザギザした歯から八重歯だけが鋭く伸びている。愉快さを隠す様子をもなく、サングラスの奥で目を輝かせているような気がした。
「サァサァ、ここがワタクシ様と『戦艦様』だけの舞台でゴザイマス! 二人で高め合いマショウ! 激しくぶつかり合いマショウ! 愉しい愉しいショーの開幕デェス☆」
「ハッ! だったらあたいから目を逸らすんじゃねぇぞ!?」
挑発すれば、フェーゴが感極まって笑みを深めた。王夢が小言を言っているが、最大の目的は引き留め。向こうがお膳立てしてくれたのだ。乗らない手はない。
考える必要がなくて良かった。武蔵はそこだけ感謝をし、目の前の敵に集中するのだった。
各魔族の引き留め成功。
次回、本命の七音視点へ




