第13話 突撃の恩人
ついにあの人が登場!
「…………面倒くさい」
ぽつりと流華は呟く。七音も同感だった。沸点があまりにも低すぎる三人組は、噛みつくように静葉とその周りを睨んでいる。この場を抑えて静葉を連れ出すということが、どれだけ大変な事か。頭が痛くなる気しかしない。
思考を停止させた七音とは逆に、流華は方法を考えているようだ。せめて、流華にとっかかりを掴んでもらいたい。思考を再開した七音。
状況を変化させたのは、その場にいる誰かではなかった。
「七音ちゃん!」
「あ、響さぁ~ん!」
緊張が走る空間に走ってきた響に、三人組がぶりっこの皮を被って出迎える。だが、響はそんな三人に見向きもせず、七音の前で止まる。息が切れているのは、相当急いだのだろう。
「七音ちゃん! まだここにいたの!?」
「え、あ、はい!」
「早くバスに、いや、向こうに僕の車がある! それに乗って!」
「え、え?」
「早く! あの馬鹿が来る前に!」
教員としての佇まいも忘れ、矢継ぎ早に用件を言う響に七音は戸惑うしかなかった。三人組の嫉妬の視線や他の面々の興味の視線が七音に刺さる。どうしようもなく立ちすくむ中、その音は聞こえてきた。
例えるなら、馬が大草原を走るような、チーターが獲物を追いかけるような、軽快かつ力強く大地を蹴る音だ。それは徐々に大きくなっていることから、こちらに近づいているとわかる。
静葉の周りにいた誰かが、声を上げて道を指差した。その方向を見ると、奥の方で凄まじい土煙が発生している。音も、そこから発生しているものだった。
だんだんと近づく音と土煙。その中で、人影が見えた。誰かが、凄まじい速度で駆けてきている。そう認識する前に、新しい情報が聴覚から入ってくる。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあなああああああああああああああああああああああねっ!!」
それは一瞬だった。人影はスピードを緩めることなく、正確無比に七音にぶち当たった。人生で味わったことのない衝撃が七音の身体を襲う。
何もわからず、ただただ強い衝撃に頭が真っ白になった。気が付けば荷物も手放し、人影に押し出されるように足元から地面が離れ、勢いのなすがままになっていた。
数秒後、腰に抱き着かれた感触を抱えながら、七音はばしゃんと水の中に沈んだ。急な水中に、口から空気が大量の泡となって浮かんでいく。パニックでもがく七音だったが、不意に身体が浮かんでいく。抱き着いた人影が、そうしているようだった。
「ぷはぁっ! ゲホッ、ゲホッ!」
水面に顔を出て、思いっきり新鮮な空気を身体に送り込む。前から、自分を呼ぶ声が聞こえた。顔を上げれば、心配顔の流華と静葉、額に青筋を浮かべた響がこちらを見下ろしている。そこでようやく、海に落下したのだと七音は理解した。
腰に抱き着いてきた人影も、七音を抱きしめながら海面に顔を出した。その顔を見て、七音は顔を綻ばせる。
「こ、ん、の、馬鹿武蔵がぁ!」
「武蔵さん!」
「七音! 会いたかったぞー!!」
響の一喝も気にせず、武蔵は改めて七音を抱きしめる。七音も、武蔵を抱きしめ返した。
ポニーテールにした長い黒髪に凛々しい顔立ち、海水で濡れた姿もカッコいいに分類される武蔵は、破顔させて七音に向き合う。
「久しぶりだなー! 何年振りだ?」
「最後に会ったのは武蔵さんが高校入る前だから、二年ぶりですね!」
「うお~! 久々の七音だ~!」
ぐりぐりと頭を押し付けてくる武蔵。久しぶりに合う憧れの人に、七音も弾けんばかりの笑みを浮かべる。
初対面では守られた立場だったが、今度は隣に立つことが出来るのだ。それが嬉しすぎて、緩む顔がとまらない。
直接会ったからには話したいことは沢山あるが、濡れた顔に潮風が当たって少し肌寒くなってきた。
そんな七音の考えを読んだかのようなタイミングで、頭上から叱責が飛んでくる。
「感動の対面もいいから! 早く上がって来い!!」
「んだよ響うっせぇな」
「黙らっしゃい!! わざわざ樹君使ってまで七音ちゃんに体当たりなんて……骨でも折る気かい!?」
「はぁ!? あたいが大事な七音傷つけるわけねぇだろ!? ちゃんと直前で調節したわボケ!」
「それならもっと調節しろ! 海に落とすんじゃない! 入学式前に海水まみれにするとか嫌がらせレベルだ馬鹿武蔵!」
武蔵がハッとする。言われて気がついたということをありありと浮かべている。狼狽えながら武蔵は七音に振り返った。
「ごめん七音! そんなつもりなくて、早く七音に会いたかったんだ!」
「大丈夫、分かってますよ」
七音の許しに、武蔵の顔がぱっと笑顔に戻る。慰めなどではなく、武蔵に悪気がないとわかっているからだ。考えるより先に即行動が武蔵の性格だ。
島に着いた七音にすぐ会いたいという考えのもと、すぐに駆け付けてくれたのだろう。会いたかったのは七音も同じだ。怒る理由はない。
あとは地上に上がるだけだ。そう思っていた七音の身体を、武蔵が抱き直す。
途端、身体が浮いた。驚く間もなく、武蔵が地上に着地する。例えるなら、水中なのにその場でジャンプしたような感覚だった。
不思議な現象だったが、七音はすぐに理解できた。
迷彩柄のジャケットとスカート、黒のインナーとスパッツ。シンプルな格好の武蔵に似つかわしいブーツ。ひざ丈まであるそれは白銀の光を放ち、存在感を表している。
武蔵が七音を地上に降ろしていると、ブーツは一瞬白く輝き、その光が武蔵の隣に人型を成していく。
猫背ながらも高い身長を有し、ワインレッド色の髪で目を、口元を鉄製のマスクで隠した黒のロングコートの青年だ。一見、不審者にしか見えないが、七音は面識がある為に急に現れても気にしない。
武蔵の幼馴染の一人、有藤樹だ。
勢いのあるギャグが好きです