第12話 もはや宗教
主要人物が増えます
他愛のない話をしながら振り返れば、流華がきょろきょろと辺りを見渡していた。七音でも、知り合いを探しているのだとすぐにわかった。
「誰捜してんの?」
「中等部で一番仲良かった子。いい子だから、七音もすぐ仲良くなれる」
「ホント!嬉しいな~」
「……問題は、いい子過ぎる事」
小さく追加された言葉に、七音は不思議に思った。追求しようとする前に、流華が捜し人を見つけたらしい。
一点に止まった視線の方向へ七音も向けば、思わぬものが目に映る。
同じように船のステップ近くに、人だかりがある。
他の船に比べ、酔っていない生徒が多いようだ。その人たちが円になり、中心の人物に向けて膝をつけて頭を下げている。中心の人物は明らかに狼狽えており、どうすればいいか悩んでいるようだった。
七音もどうすればいいか悩んだ。あの空間だけ、宗教のような雰囲気を感じる。
正直に言えば、関わりたくない。だが、ちらりと流華を見れば、頭を抱えて息をついていた。この反応から、流華の捜し人が中心の人物だとわかってしまった。
「…………流華」
「………………………行くしかない」
「…………やっぱり?」
ほんの少しの希望をかけて呼びかけてみたが、どうやら突撃するしかないようだ。
先に歩き出した流華の後をついていく七音。近くまで行くと、中心の人物がこちらに気が付いたようだ。
「あ、流華ちゃん! 助けてください~!」
そう言って手を振る中心の人物は、ベレー帽をかぶった少女だった。同年代よりも小柄な方に分類される七音や流華とは逆に背が高く、全体的に肉付きがいい身体だ。
下の方で二つに縛った黄緑色の髪は幼さよりも大人しさを印象付け、全身からおっとりとしたような雰囲気を感じさせる。困っている今の状況も、周りの勢いに負けたのではと考えが付く。
そんな少女に、流華が頭を押さえながら声をかける。
「静葉、また信者が増えた?」
「しんじゃ」
「ち、違います!私、宗教とか啓いてませんから~!」
七音のオウム返しに必死に反論する、静葉と呼ばれた少女。ふと、静葉の周りにいた数人が首だけ振り返り、こちらを見た。
「おお、香月じゃないか」
「香月さん、久しぶりね」
「……伊良、尾名。卒業式以来だけど、静葉への崇拝は相変わらず……むしろ悪化?」
呆れたような口ぶりに、伊良と呼ばれた男子と尾名と呼ばれた女子がむっとして反論してきた。
「悪化とは失礼な! 静葉様への信仰力が増したと言ってはくれないか!?」
「そう! 静葉様は、我ら含めた新入生に慈悲の手を与えたもうた! これを崇めずして何を崇めろというのだ!?」
「そうだろう皆の者!?」
「「「その通りでございます!」」」
伊良の呼びかけに、口を揃えて静葉へ大きくお辞儀するように拝む周りの生徒達。それを見て、さらに狼狽える静葉。
目の前で起きているのに、テレビ越しに見ているような現実味のない光景に、七音はぽかんと口を開けているしかできなかった。そんな七音に、流華が改めて説明を始めた。
「彼女は桜小路静葉。優しい性格で人助けが得意。手先が器用で、機械類もお茶の子さいさい。ただ、彼女の雰囲気も相まってか、『聖母』だの『天使』だのと、心酔する人が後を絶たない」
「そ、そんなに……?」
「筆頭が伊良と尾名の二人。その下に、どんどん人が集まって、今みたいになっている。本人はその気がないって言うけど、贔屓目に見てももはや宗教」
「ほへぇ…………」
スケールの大きさに開いた口が塞がらない。その間も、首をぶんぶんと横に振って静葉が必死に否定していた。
「そんなことないです!私はただ、皆さんを助けただけなんですよー!」
「具体的に、何した?」
「船酔いが酷いと聞いていたので……まず、地震発生機を応用して、小型の揺れを抑える装置を造りました」
「え?」
「完全ではないですが、船の一室の揺れを抑えることには成功しました。それから、もう一つの装置を持ちながら他の皆さんを誘導したり運んだり」
「ちょ、待って?」
「酔いが辛そうな人には薬とお水を渡しました。私がしたのは、たったこれだけなんです! ほんの少しの手助けだけで、ここまで喜ばれても……!」
「うん。確かに聖母だし、宗教で間違いないね」
「流華ちゃんのお友達さーん!?」
「あ、天村七音です」
「七音、自己紹介のタイミングではないと思う」
率直な感想がぽろりと口から漏れる。
重力を操作できる機械など金と手間と技術がかかるものを作り、率先して手助けをする。それを無償で行う静葉の姿は、当事者から見ればまさしく救世主だったのだろう。
心酔するのも無理はないと七音は思った。
静葉が驚きの声を上げるその前で、伊良と尾名がわかっているなと言わんばかりに親指を立てる。横の流華から、またため息が聞こえてきた。
「とりあえず、合流できた。早くバスに乗ろう?」
「そ、そうですね……」
そう言いつつも、静葉は周りの生徒達を見渡しオロオロとしている。通り抜ける隙間がないようだ。
仕方ないといった表情で声をかけようとした時、別の声が被さった。
「うわぁーまぁーた奴隷増やしたの!?」
「マジヤバッ!」
「きもぉ~い!」
人を心底馬鹿にした口調、ねちっこく妙に高い声。
七音は聞き覚えがあった。あったが、できれば忘れていたかった。同時に聞こえていない振りもしたかった。だが、わざわざ聞こえる様に嫌味を言っているのを無視しても騒がれるだろう。
不快感を押し込めつつ後ろを振り向けば、思った通りの人物がそこにはいた。
好日花、月姫、愛和の三人組である。
隣の流華も、げんなりとしたような気分であざ笑う三人に口を開く。
「また、嫌味を言いに静葉に近づきに来た? 吐瀉物の臭いが移りそうだから、できれば近寄らないで」
「はぁぁぁぁ!? うっせぇよチビブス!!」
「ゲロってねぇし!!」
「嘘。化粧がいつも以上に濃く、あの臭い香水の匂いがしない。吐き過ぎて悪くなった顔色を隠して、香水は落としたに違いない」
流華の淡々とした指摘に、三人組は顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる。図星だという証拠だ。言われてみれば、倍プッシュしてまで漂わせていた臭いがさっぱり消えている。
やはり耐えきれなかったのかと、あの悪路直前まで同じ部屋にいた七音はしみじみと思う。
「香水のつけ過ぎはよくありませんよ? 田中さんの香水は匂いが強いものですから、つける場所と量を考えた方がいいと思います」
「さすが静葉様! 嫌味を言いに来た愚者にも寛大な御心!」
「感謝して頭を垂れろ! 田中好日花に鈴木月姫、青木愛和!」
「名字呼ぶなカス!!」
独特な名前とかけ離れた平凡な名字に、七音は噴き出しかけた。幸い、三人組は静葉たちに怒りで集中しており、七音の行動目に入ってなかったようだ。
自分から進んで教祖するタイプよりも周りが持ち上げるタイプの宗教の方が熱する気がします。
なお、フィクションですので実際の宗教等は何の関係もございません