天-1(旧題:ラポール島on俺)
フィクション世界において言えば、行動することは無駄ではない。そこから何らかのド
ラマが生まれることだろう。劇的なものでもなくていい。ちょっとした作画や、文と文の
合間に落ち込んだささくれた石ころをお客様が丁重に両手で掲げ「これはダイヤの原石じ
ゃあー」と、恐れおののいていてくれる可能性もある。実は作者が処理し忘れた犬フン
かもしれないわけで。とにかくエコロジーである。
いや犬のフンであったとしても作者はしたり顔で「この一見なんでもない地面の下に
風呂敷があったのだよ」と綺麗に畳んで錬金術師にジョブチェンジできる。まあ道路一面
フンだらけだと普通は遠慮したい世界であるが、一部マニアには涎ものかもしれない。
現実においてはどうだろうな?
伏線を拾うかどうかは別として、行動すること意味はあるのかな?
俺には夢がない。目的もない。意味があってもなくても、何かに熱心なることができる人は幸せだと思う。背後霊に神様でも憑いているのだろう。そういう選ばれた人は、迷うことなく進んでいく。ーーいや、確かに迷うことはあるだろう、けど悩みの次元が違うに決まっている。俺も意識的に何か夢を持とうと色々やってきた。ぶつかってぶつかって、嫌な思いもしながら隠された自分の才能求めてさまよった。そしてもうすぐ高校二年。何の才能も見いだせないまま文理の選択という分かれ道が迫ろうとしている。夢を見た。意識して何かをし続ければきっと何かが見つかって、いつか報われるだろうと。
しかしなー、どうやら夢もないことに、最近の科学の進歩とやらは人間が意識ではな
く、無意識に支配されていることを示しているらしい。何が言いたいかっていうと、俺
無意識に何かの分野の天才にはならないくせにホカホカの人が嫌がる黒光りするものを
収していたらしい。
鮮度や良し。
六月十三日の金曜日。なんともまあ、いやな予感がする日に引っ越したもんだ。部屋の隅に設置したカガミで煤けた風がケタケタ笑っていて。滓かによぎった不吉な考えを西日のグラデーションだと思い込もうとしたが、来週の登校時の脳内妄想(平沢達三です。昔の辺に住んでいました、覚えている人がもしーー)を中断させるのには十分であった、なにかに追い立てられるように玄関に行き、つっかえながらも靴とでた、外に。
何か呼ばれた気がして振り返ると、夕闇で黒いコの字型のマンションがのしかかってくるような気がした。トングで悪い予感集めする無意識を振り払うように、切れた電灯の代わりを探しに走った。速度が空気を涼しくする。靴のかかとが心のようにフィットした。
どんな家だろうと一人暮らしにはかわりない。ワクワクにドキドキも加えてくれるって
いうなら歓迎しようではないか。入居したての部屋の電灯が突如一斉に割れたことを忘れ
ようとするかのように俺はひたすらに沈みかけの街なかへと駆けた。
マッピングするRPGが流行するのもわかる。新しい土地、新しい町、新しい人。俺にとっては初めての懐かしいだが、年月は探求心のゲージを初期化してくれたらしい。
新しい高さから見る町並み。
社会は子供の目線で作られていない。八百屋や魚屋がしょくぶつ園やすいぞく館のように見えるキラキラしていたころが羨ましくもあるが、落ち着いて眺める世界も悪くはない。呪文のように聞こえた商店街の呼び込みの声も魔法をすでに失っていた。都内とは違うほどよい喧しさに安堵を覚える。
世界が遠くまで見えるってことは、目にしたくないものも視野に入る。アーケード街に
照らされた茶髪の集団からみにくいアヒルの子よろしく、ついていく黒髪アップサイドツ
インテール。真面目駅を通過し、がさつ駅とオタク駅も止まらないような眼鏡をしていら
っしゃる。おまけに停車駅があるのかわからないような位置のスカート丈。「同じ高校で
すか」とつぶやいた。 なんとなく居心地悪さを感じながらもその一団とすれ違った。そ
のままアーケード街のネオンに導かれるままに進んで電器屋チェーンを見つけ、電球一式
を揃えた。
「ただいまー」誰もいない空間に呼びかける。
挨拶あったら怖いなと苦笑いしつつも、習慣なので言わなければ言わないで気持ち悪い。「これで明るくなった」ウシと声かけて、ベッドメイキングする。といっても電源入れるだけだが。掃除機のような音がなるエアーベッドの上に寝ころんだ。空気が身体を押し上げる。天井に顔のシミあったりしてな、と
見たがなんにもない。
少し天井が迫ってきた。
十分ほど経って膨らむのがおわる。電源を片手で切り、「そろそろ寝るか」となんともなしに呟いた。体を起こすと鏡が目についた。鏡面に写る俺が夜だといった。
カーテンをしめる。その裾に天地無用の段ボールが連なる。一つを剥がし中身を出す。
テレビもいいが、音楽は人の営みに必須なのである。なんでもパソコンでできる時代に、それしかできない子であるミニコンボが、俺の中では逆に愛いやつとなっていた。電源プラグを段ボールの山ごしに差し入れ、ゆるやかそうな稜線にコンボの丘を設営した。スリープモードに設定し、寝支度に入る。
ユニットバスについている洗面台へ、歯ブラシ小物類を携え向かう。右の耳からはいってくる音楽は当然お気に入りの曲だ。リズムがいい。ちょっと電波系の一大ムーブメントを起こした「由美っと」ちゃんの名曲『原子よ、ふるえよ』だ。どこから出されているかはコアなファンなら言わなくたってわかる。
鼻歌まじりに歯を磨き終わった俺は、浴場からすがたを現した左耳が歌詞を捕らえきれ
なくて、部屋の方を注視する。「壊れたかな?」とときどき声が途切れる愛機をめでる。
ーーもとい、ペチペチ叩く。
短い髪の毛を右手でかいた。たんこぶの膨らみがあった。まあいいか、と。あまり気に
せず。なんならなしにーー薄い毛布をめくり、俺は眠気と添い寝した。
疲れてたのか、いつの間にか眠ってたのか、と気づいたときには起きていた。
「ピーーーーーーーーーーーーーーーーン」
高音が鳴り、そして去っていく。
なにかが。オトが。うるさい。浅く眠ってしまったのかと、考えたときには、スピーカー
が発信源だと俺はまだ思っていた。
自分のからだが動かないのと、その低くうなる、無機質なオトを理解したのは直後だっ
た。
「まてまてまて。一昔前ならともかく現代っ子には知識がある。ありますよ。これが金
縛りなら目を開けたら、幽霊さんとおはようございます。だ。でもそれはただの幻、脳が
みせる錯覚さ」瞬間焦る自分に言い聞かすように呟く、が。
もちろん口は動かない。
あたまは意外なほど澄み切っていて穏やかである。その分鼓動が息づく。
ドクン。ドクン。
心音がなにがあってもいいようにガソリンを体内に送り出す。
静かだ。
ドルンドルンこの音以外。
ずーーっと耳元に響く。
頭から興味をひっぱられ……やがて……誘惑に負けた。
祈りのひととき。その手をおろすように眼をひらいた。
視界に入る。
「んーっ、んー、ンンンンンッ」
そっから先は覚えてない、覚えられない。パニック。暴れ回る。でもからだは重石だ。おもりそのものだ。13、金曜、またたく不吉なキーワード。
鈍色のチェーンソーが、目の前に、あり、重なり、頭のなかに、そして消えた。ゾゾゾ
ゾ不気味なオトと。不快感。
気持ち悪い。言葉がまとまらない。ーー何で。ーーどうして?
間取り、浮かんで、消える。頭。上。空間。無。冷や汗が粘着している。思考が泡沫状
で……やがて二つの眼球が足下の方にゆっくりおりる。その方向には鏡ーー。二つの煤の
ような腕が重たげな伐採機械を支えている。
いや、そこじゃない。
その上。
壁から生えている。
黒い。何かが。
顔?
あれは顔?
笑った気がした。
何に? 対して?
空気が止まる。視線が、右の、ゆっくり動く、部屋のドアへ、釘づけになる。
「ギ」
きしんだオトがする。
締め切ったドアの隙間からパーって効果音がきこえた気がした。
闇とのコントラストが眩しい。
暖かく黄金色の筋の風が不安感を押し流し部屋に、はいってくる。
部屋のしきりがゆっくりスライドしーー場違いな、大きめのセーターに包まれた美少女
が、暗黒を切り割いてゆったり歩いてくる。
ふわふわした足取りにふさわしい、ウェーブのかかった長い髪が、夜霧を晴らす亜麻色
と、進む先々を照らしそうな狐色で交互にまたたいている。
「ーー」
何か言ったようだが、聞き取れない。いや聞いているのだが、なんのオトだか言葉がわか
らない。
魅惑的な乙女が近づいてくる。
「女神さまだ、おお、おお、あれ?」
想像していた御尊顔と違う。なんというか、ん?
なんか勝手なイメージだが渋谷のギャルが、ったりーよな。って顔だ。あっ。顔しかめた。額に右手をあて、私って不幸、のポージングをとったあと、何をお思いなさってか、馬乗りになってきたーーそう俗に言う。
叩かれた。
ナイス! スナップ。
そうこうしているうちに彼女は前傾姿勢になって。なって? 俺の脳内になにやらしてたようだがよくわからない。俺の視界はそう。ふたつの特産物で埋まっていたからね。
メイドin美少女。
俺が至福の鐘の音という酔いから醒めたとき、どんな変顔しても可愛い子は可愛いんだなという世界の公式を、ねじり切ってやるという気概を感じさせる見下しきった表情がそこにあった。
ふむ、今宵はなかなかよい趣向じゃ。
ひとしきりあきれた仕草をしながら、何かを伝えようとしていた。
美人もかたなしなパントマイムショーの公演時間が経ち、なんとーなくわかるようになっ
てきた。
「命……来るから……待ってて」
ちょっとデレてて可愛いーーという夢をみたんだ。