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不良系男子×真面目女子というカップリングってよくあるよね!

お題

不良

キス

高台

という謎なもので書いてみました!

 ある夏の日のことだった。外は蝉の音がうるさく響き、夕方にもかかわらず容赦ない熱が降り注ぐ。今日の最高気温は三十六度らしい。暑い。ひたすら暑い。

 図書館は、全く反対だった。静かだし、冷房ががんがん効いている。あまり人気のない図書館で、蔵書数もないため人はあまり来ない。そのおかげか、私は基本、ここで静かに時を過ごす。

 隅の机で宿題を広げ、ガリガリと数学の問題を解いていく。夏休みも中盤に入ったのと比例し、数学のワークも三分の一ほどが終了していた。我ながら計画的だ。……今日が自分の誕生日だとしても、やっぱりその習慣は止められない。

 「……で、なんであなたは私の横にいるの? いつもいつも」

 「だってわっかんねーんだよぉ、このワーク! 頭いいだろ? マツリはさぁ」

 静寂をさえぎった、大きなガラガラ声。私がピッチリと制服を着ているのと相反し、このだらけ具合。ボタンは第二まで開いてるし、銀髪だし、ピアスだし。ホストナンバーワンという単語が彼を見てると勝手に浮かぶ。彼が太陽なら、地味な私は月だろう。

 「家でやるとぜってーはかどらねーじゃねーか。だからいんの」

 髪をわしゃわしゃと掻きながら、彼は大あくびをする。

 「それはあなたの問題でしょ、サコタ君。それに、他にも席開いているじゃない。そこに行けば?」

 「お前が横にいねーとだめなんだよぃ」

 「……そう?」

 「寝ちまうしよぉ。……おいおいいてぇよなにんすんだよ!」

 思わずシャーペンの先端で頭をつついてしまう。まさかの倒置法か。はぁ、知ってますよ。生きる世界違うもんね、私とあなたじゃ。赤くなった顔を意図的にそらし、ざまぁ、と口汚くののしる。

 ……はぁ、なんでこんな奴に私は惚れたんだろう。今思っても謎だ。

 幼馴染だからだろうか。向かい側に家があるため、三十秒で互いの家を往復できる距離である。小学生のころのサコタはとても優しい男の子だったのに。

 「つーかよぉ、マツリは勉強好きなのかぁ? 毎日バリバリやるかね普通」

 「好きな訳ない。やることがないだけ。それよりサコタ君の方がまずいじゃないの? 赤点もう一枚取ったらダブるんでしょ?」

 「なんとかなるっしょ~。お前と同じ高校に入れたことだしよぉ」

 「いつも思うのだけど、どうやって入ったのか謎ね」

 じろりとにらむも、悠長に構えるサコタ。

 それきりしばらく黙って黙々と勉強を進める。サコタがわかんね~と愚痴りだした時には手早く問題を教え、それ以降はひたすら自分の作業に没頭する。

 一時間くらい経ったころ、サコタがスリープし始めた。グガァ~と下品ないびきが響く。

 「……たまにこいつがうらやましくなることがある」

 独り言をつぶやきながら、区切りのよいページの問題を全て解き終え、ワークを閉じる。パタン、と閉じる音が響く。

 「……勉強、好きじゃないよ? 私」

 椅子の前足を浮かせながら、私はやや長めの前髪を払う。そのままペンをくるくる回し、私は回想する。

 彼は覚えているだろうか?

 小学生のころ――私が漠然な好意を彼に覚え始めたころ、私は彼に聞いたことがある。どんな子が好みなの? と。

 すると返ってきた答えが、勉強できて、面倒見も良くて、生徒会長の子がいいというもの。物凄いハイクオリティな返答に、最初はもう無理だ、とあきらめたことすらあった。というかなんで小学生が生徒会長という言葉を知ってるんだよ。

 とにかく、律儀な私はそれを馬鹿正直に遵守した。

 勉強をひたすらやり、保育園のボランティアに参加し、高校では生徒会長まで上り詰めた。おかげで評定平均は五段階評価で四・六。先生に対しては多少融通がきくし、一、二年の後輩には好かれる。告白されたことだって何回もある。低調ながら断らせていただいたけれど。

 でも、相変わらずサコタからはお付き合いして下さい、とかない。というかサコタは私というものがありながら、よく女遊びをしてる。おまけに不良色に染まってしまい、いつも特別指導をくらっている。

 私、一人の女性として見られてるのかな。時折心配になる。

 「また女の子をひどい降り方したの?」

 「別にいいだろ~。遊びだよ、あ・そ・び・ぃ~」

 最悪な性格に見えるけど、私は知ってる。

 部活では、後輩がどれだけ要領悪くても熱心な指導をしていることも。

 脅されている人がいれば、そのバックにいる奴ら全員を倒して助けていることも。

 喧嘩したり、転んだ子供を必死に笑わせようとしていることも。

 根っこは優しい男の子のままなのだ。そう思うと、不良ぶった彼が可愛く見えて仕方がない。ちょっと反抗期なだけなのだ。社会に対して。

 大体不良になったのだって、そう言うドラマを見、痛烈な影響を受けたからで、先生に反目されることがあっても、高校の連中に嫌われることなく、ある意味兄貴分の立ち位置にいるのが、サコタだった。かつあげとか万引きなんてしない。まあ、したら私が鉄槌を下すけれど。

 見ると、彼は規則正しく呼吸を繰り返し、目を瞑っている。こうして見るときれいな顔立ちだ。日に焼けた健康的な肌。よだれが口から垂れてるのが、どこか幼い印象を与えた。

 「……サコタ君」

 私はよだれを人差し指ですくい取る。……女の子のような、すべすべな肌。

 「……寝てる、よね?」

 私はそれをぺろりと舐めた。……別においしくない。ただのぬるい水のよう。何やってるんだろ、私。

 体の芯から熱くなる。まるで媚薬を飲んだような感覚。

 「サコタ君……」

 大好きだよ、と言おうとした時。もぞもぞとサコタの背中が動いた。

 「ん? あり? 俺寝てた?」

 目を覚ました。あぶな!

 「寝てたわよ。さぁ、宿題やりましょう」

 「うぇへへやだぁああ!」

 「がきか」

 クスリ、と苦笑すると、サコタは目を見開き、私の顔をまじまじと見た。

 「何?」

 「い、いや、別に」

 珍しく歯切れの悪い返答のあと、サコタはさてぇやるかぁ! とシャーペンを持った。


 帰り際。

 やや暗くなった道を歩く。平日だからか、人の気配はあまりない住宅街。

 「いや~今日もよく勉強したぜぇ~」

 「貴方ほとんど寝ていたじゃない。……明日は寝ちゃだめだよ。夏休み最終日地獄を見るわよ」

 「うっせぇな~なんとかなるってさぁ」

 どんな自信だ。とても毎年最終日朝五時まで粘って、私まで駆り出してくる人とは思えない。そのおかげで毎年初日は宿題をすべて終えた私も寝不足だ。

 ……多分この調子じゃぁ、サコタは私の誕生日のことを忘れているだろうな。朝から一緒にいるけれど、一回もその話題が出てこない。

 「でもやっぱりマツリは優し~な! 普通そこまで俺の心配するかよ」

 「心配なの。後輩になりたくないでしょ? 私後輩使い荒いよ」

 「お前の後輩なら別になったっていいけどな。つーかお前後輩に何だかんだ甘いじゃん」

 「駄目。絶対上がらないと駄目よ!」

 こいつがマツリせんぱ~いと駆けよってきたら鼻血吹く。可愛すぎじゃない! 内側で飛び上がっている私は、表面上は無表情という鉄面皮を装う。

 「へいへ~い。お前いつもクールだよなぁ」

 「貴方はチャラ過ぎ。……貴方を選ぶ女の子の気が知れないわ」

 「それだけ俺が魅力的なんだろーさ! あ、そうだ、マツリ~行きたいところがあるんだ! 一緒にいかねーか?」

 唐突だな。……こういう変則的な、型にはまらない行動をするところも、どこかかっこよかった。自分には、到底できないから。

 「どこ行くつもり?」

 「とりあえずマック! なんかうめーもんくってこーぜぇ」

 「またマック? 栄養偏るわよ? 貴方らしいけど」

 「だって安いんだもん。つーかよぉ、おまぇの家どうせ親いね~んだろ?」

 ……そうだけど、それ言わないでよ。

 「とりあえず今日は気分がいいからおごってやるぜぇ?」

 「いや、いい。私もお金も持ってる」

 おごられるのは嫌いだ。私達は対等でいたいのだ。

 「あっそ~了解。じゃ、行くかぁ!」

 こういうさっぱりした所も好きだ。人によっては冷淡、という人もいるが。

 「マツリなんて大っきらいだ!」

 喧嘩しても、二、三日経てばけろっとして私のところにやってくる。

 「マツリぃ~宿題見せてくれ~! 担当の岡村こえーからよぉ!」

 「……はい」

 彼は物事にこだわらない。例え私が何をしたって。


 マックは混んでいた。

 「先席取ってくれ~」

 「分かった」

 私のお金を受け取り、彼は社交的に店員さんに注文をする。ほんと、人当たりはいいんだよな。店員さんにだって、彼はひとしく扱う。

 「おまた~ポテトのLにチキンクリスプだぜぇ」

 「ありがとう。いただきます」

 正面にはハンバーガーを三つほおばるサコタの姿。よく食べるな。

 「うめぇ! やっぱりマックは最高だぜぇ!」

 「そうね。というか、がつがつしない。下品に見える」

 「うっせぇな~大体マツリが遅過ぎんだよ、食うの!」

 煩いですね、私はゆっくり味わってるの。というか声大きい。注目されてるよ店員に。

 「そう言えばよぉ、マツリって好きな人いるんか?」

 もしジュースが口に入っていたら盛大にぶちまけていただろう。

 「どうしたの? 急に」

 「いや~だちと話す内容と言えば恋愛だろって、一馬が言ってた!」

 一馬ぇ……あいつ何吹き込んでんだ? お調子者のクラスメイトの顔が蘇る。

 「そういう貴方はいるの? 好きな人」

 「俺は、いねーな。求められたら拒まないという感じで! べっつに俺が好きにならなくたって勝手にホイホイついてくるからよぉ!」

 「カスだね。性格。君に性格カスで賞を与えますぱちぱち」

 容赦ない一言にも、サコタは起こらない。

 「おいおいおい今から始まったことじゃねーだろうがよぉがぁははははぁ!」

 爆笑するこいつをしり目に、私は気づかれないよう小さなため息をつく。

 私が彼に告白できない原因。それは、彼が相手に好意があるないにかかわらず付き合ってしまうという悪癖のせいだ。私は、彼に望まれて付き合いたい。……そう願ってしまうのは、わがままだろうか。

 「私なんかじゃ……ダメよね」

 「なんか言ったか~?」

 「別に何でもない」

 つい不機嫌気味に返してしまう自分。ああ醜い。嫉妬とかだっさ。

 「で、どうなんだ~マツリは好きな人いんの?」

 「いる」

 「マジ?」

 突然音程が変わった。チラリと視線をあげると、サコタの表情に驚愕の色が。ぽたりと手にあったハンバーガーのピクルスがトレイに落ちた。

 「何驚いてるの?」

 「いや……意外だなって。そう言う色恋沙汰馬鹿にしてそうな感じがしたからよぉ」

 「あのね、私勉強だけに興味がある訳じゃないの。健全な女子高生なの」

 「一人エッチとかすんの?」

 「し、しないにき、決まってるでしょ!」

 馬鹿ですか? 普通女子にそれを聞く? ……正直に答えたらドン引きされるじゃない。いつも、いつもいつもいつもサコタを想ってしているなんて、口が裂けても言えない。好感度メーターが百キロの速度で地面にたたきつけられる。

 「でもよぉ、お前人気あるもんなぁ。前髪ぱっつんだし、顔もいいし、頭いいしよぉ。色気はねーけど、お前の好きの人なんてぶりっこぶればイチコロだろ」

 そんな訳ない。げんに貴方は私を見てくれてないし。

 「あなたには負ける。それに私は」

 サコタ以外に好かれたって、と口を滑らせそうになり、黙りこむ。悶々としながら、私は彼との晩御飯を終えた。


 帰り。なぜか彼は私達の家とは違う方向を歩きだした。

 「よっしゃい! 今から行くぞい! ついてこい!」

 「どこに? というかもう夜の八時よ? 貴方の両親は心配するよ」

 「あいにくもう放任主義でねぇ~俺よりできのいい弟に専念中だよ」

 ……そうだったな。どこかから元気な彼は、軽く肩をすくめる。

 「それにどうせ、お前の両親もいね~し別にいいだろ~。最悪俺が強引に付き合わせました~って言えばオッケーっしょ?」

 ほんと、知恵が回る。

 それに、彼と二人きりで夜を冒険するのもまた一興。何より、サコタと一緒にいられる。誕生日の日くらい夜遊びしたっていいよね? なにより、相手はあのサコタだし。

 蝉の声はすっかり鳴りをひそめ、中身がすっかすかな会話を楽しむ彼の横顔を覗き見る。きれいな顔だ。ぱっちりとした目は意志のようなまっすぐなものが宿り、とても楽しそう。

 いつの間にか、場所はかなり都会っぽい場所から、森林が生い茂る森に移動していた。おまけに山道のようで、緩急激しい坂がある。

 「本当にどこに行くつもりなの? というかここどこ?」

 「大丈夫っすよ~俺知ってる場所だしよぉ」

 少し不安になるが、彼がそう言っているなら大丈夫だろう。

 先頭を切って歩くサコタの背中。……とっても大きい背中だった。小学校の頃は、私の方が大きかった。いつの間に逆転したのだろう。少し感慨深いものがある。

 ずる!

 「わわ!」

 間抜けな声とともに、重い頭がグワンと後ろへ落ちる。つたか何かに足を引っ掛けたのだ。転ぶ――そう覚悟した時、私の体が支えられた。ぐん、と腕に衝撃が走る。

 「おいおい大丈夫かよぉ! 事故んなって」

 彼が私の手を取り支えてくれていた。ここ重要! サコタの硬い手が、私の華奢な手を押さえてくれている!

 「あ、ありがと」

 ああもう自分の手が汗ばんでいることを今日ほど恨んだことがない。

 「おいお前手汗すげーな」

 そこを指摘してくる女ごころの分からない不良!

 「う、煩い!」

 つーんとそっぽを向くが、彼は手を放してくれない。

 「あぶねーから手ぇ、引いてやるよ」

 「え? いや、いいわよ! ひとりで行ける」

 「誘ったのは俺だぜ? 俺に主導権があるに決まってんだろーがよぉ」

 しっかりと彼は私の手をつかみ、ゆっくりと誘導してくれる。先ほどのスピードが半減している。私に、気を使ってくれているのだろう。

 ほどよく日に焼け、角ばった手は、やっぱり男の子ということを再認識させた。ドキドキする。……恥ずかしい。心音とか伝わってないわよね……? なんと喋っていいか分からなくなり、黙りこむ私。ジワリとした私の汗が、いや、彼の汗が混じり合い、なんか変な気分だ。

 周囲はさらに暗く、たくさんの森林に囲まれている。じめじめしてる。

 「そういえばよぉ、お前どこ大学に行くんだ?」

 いつも通りの口調で、彼が聞いてきた。……だよね、彼が緊張してる訳ないか。女の子の扱い方なんて、彼からしたら簡単だろうし。そう思うと、この熱っぽい気持ちが徐々に覚めていく感じがした。

 「私? ……やっぱり東京の大学かな。私、農業やりたいんだ」

 「そいえばマツリの夢は農業して、自給自足することだって言ってたな」

 「うん。おばあちゃんが専門だったから。いつも祖母の背中を見て育ったからかな」

 あの土の臭い。汗を流し収穫する時の気持ちよさ。そう快感。それが、私が農業をしたいと思った理由だった。

 「東京はすごいわ。授業は一流だし、何より高い技術を学べる。だからかな」

 「ふ~ん。じゃあ結局ここに帰ってくるんだな」

 「もちろん。……サコタ君は?」

 「俺も東京に行きてーなぁ。できりゃぁお前と近い大学」

 「貴方の学力では無理だと思うけど」

 大学に受からないでしょ、そのままじゃ。

 「ひど! ま、努力しますぅ~」

口をすぼめ、サコタはがはははと笑う。その様子を見ながら、私は今一度、高校を卒業したら、彼と離れ離れになることを意識した。……正直、嫌だ。考えられない結末。だけど、やっぱりその時はいつかやってくるのだろう。勉強していたらとなりに軽快な挨拶で来てくれる彼は、今しかいないのだ。それはとても寂しくて、心に穴があいたような焦燥を覚えてしまう。

 それは、私の両親が消える直前に感じた、それだった。

 「大丈夫だよ」

 「……何が?」

 「俺ぁお前のすぐそばにいるって。だから安心しろって。絶対はなさねー」

 いつものばかみたいなテンションとは違う、優しい口ぶりだった。

 「別に、そんな心配してる訳じゃない。そんなこと言いながら、いつも女の子をたぶらかしてるんじゃないの?」

 釣れないことを言いながらも、私の心はそれだけで満たされた。そうだ、一生離れるわけじゃない。彼は私のそばにいてくれると言った。なら、それを信じよう。

 「正直よぉ、お前にはわりぃけど、マツリの両親は嫌いなんだ」

 ぺ、と唾を吐きだし愚弄するサコタ。

 「なんで? 私を捨てて他国に逃げたから? それとも私を暴力のはけ口にしたから?」

 「両方だよ。少なくとも俺はそんなことしねー。マツリを大切にして、幸せにしてやるぜぇ? 多分ぶっ殺しちまうよ、あんたの両親見つけたらよぉ」

 手を握る力が強くなる。だけど、不思議と暖かかった。

 「だから、俺がぜってぇいてやる。お前のそばに。困った時にはすぐ駆けつけてやる」

 「それ、告白?」

 私のために憤慨してくれる、物騒で、可愛い不良君に聞けば、彼はわずかにそっぽを向いた。背中に残された古い切り傷が、甘くうずいた。……同時に、何聞いているんだ私と恥ずかしくなる。

 「んなわけねーだろ」

 「それを言うなら、私も貴方の両親は好きになれない」

 「なんでだ。頭も運動も人望もある弟を優先するなんて、人間だったらしゃあねーだろ」

 「確かに。サコタ君頭悪いし、不良だし、人間として破たんしてる」

 「それはっきり言う?」

 「だけど、優しいもん。そんな性格悪くないし。貴方は」

 「そりゃてめえの妄想だろ」

 顔は見えないけど、耳は赤かった……素直じゃない所も、私は好きだ。意外と褒められるのは苦手らしい。

 「サコタ君」

 「ん?」

 「あなたが飽きるまで、私と一緒にいてくれる?」

 「何さびしいこと言ってんだよ?」

 チラリと振り向いた顔は笑っていた。しかし、目だけは肉食獣のように冷え切っている。

 「一生飽きねーよ。十八年間ずっと一緒だったんだぜぇ? お前に誓うよ」

 軽い口調だけど、それは紛れもない真意の言葉だった。少なくとも、そう私は思った。

 「期待、裏切るかも。幻滅させちゃうことだって、私しちゃうかもよ?」

 好感度が高いほど、私は怖い。いつ失望されるか。人といると、いつもそんなことを考えてしまう。両親との諍いが、それに拍車をかけていた。

 「がぁははは! ないない~つーかその前にお前が飽きんじゃねーの?」

 「飽きない。私、貴方のお世話係みたいだから。それに、見ていて面白い」

 大好き。サコタ。この気持ち、届けばいいのに。

 「へーへー。……もうすぐでつくぜぇ」

 「分かった」


 たどり着いたところは、静かな高台だった。人の姿なんてない。緑の濃厚な臭いが鼻をつく。

 あたり一面に生えた雑草。天にそびえたつ満月。

 そして、下にそびえたつ、綺麗な街並み。

 その光景に、私はしばし見とれてしまった。

 「ここは……」

 「いいだろ? この高台。きれいな街並みを一望できるスポットだよ」

 「こんな場所があったんだ。知らなかった……」

 先ほど私達が勉強していた図書館に、雑談したマック。私達の家まで見える。車や建物はミニチュアのようで、あちこちでともった家の光は蛍の光を連想させた。騒々しい蝉の鳴き声すら、美しい風景のBGMのように映る。

 「綺麗……」

 気づけば、そのような言葉が口から洩れた。こんな場所、知らなかった。やや冷涼な風が駆け抜け、私達の制服を揺らす。髪が揺れる。前髪を押さえる。息を吸い込む。心地よい清涼感。触れば、そこから亀裂が入ってしまいそうな、儚さがとても神秘的だった。

 「俺が学校バッくれて、町内探索してる時に見つけたんだ。ぜってぇお前に見てほしかったから」

 「……ありがと、サコタ君」

 私は振り返り、ニコッと笑って見せた。彼の好意がとても嬉しかった。

 「いい風ね」

 ザザァ……。風が吹き、森がうめく。とても心地よく、今にも眠りこけてしまいそうな雰囲気。そのまましばらく二人で、ちっぽけで、私達には何も与えてくれない街並みを見下ろす。

 「なあ、マツリ、いや、キョウコ」

 突然の名前呼びに、私は振り返る。

 「何? サコタ――」

 視界が陰に覆われた時には、私の唇に柔らかいものがふれていた。背中に廻される、両腕。そのまま私の体は、サコタの――ケイスケの体と密着していた。数秒間、何が起きていたか分からなかった。

 「――!」

 唐突なアクションに、体から力が失われていく。私はそのまま彼に体を預けた。彼の暖かい舌が私の口膣をなでまわし、ネバついた唾液が溶けあう。深い、深いキスだった。まるで狩り人のように獰猛で、鋭いキス。抱きしめる力が強くなる。

 ヤバい。

 半分以上まひした理性が、私に忠告する。

 これ以上、やってたら……。

 後戻りできなくなる。

 だけど、私は動けない。ケイスケの武器に、私は逃れられない。

 大人を模倣したキスは一分ほど続いた。ケイスケが私から口を放すと、よだれが口と口をつないでいた。

 ケイスケの顔は、いつもとかけ離れた、まるで野生の狼のようだった。瞳が月明かりに照らされ、鋭く光る。

 「……エッロ。つーか顔赤過ぎんだろ、キョウコ」

 「煩い……警察呼ぶよ?」

 かろうじて腰砕けにならずに済んだものの、顔の熱は引かない。未だに夢ではないかと疑っている自分がいた。嬉しいはずなのに、素直に表に出せない自分が情けない。

 「わりぃわりぃ」

 そう言うケイスケの顔は、とても赤かった。声も、どこか震えている。

 「あなたは、私をたぶらかすの? 他の女の子みたいに」

 「違う」

 初めて、ケイスケの余裕の表情が崩れた。どこか切羽詰まった、そんな表情。

 「俺さ、馬鹿でアホで乱暴だけどよぉ、やっぱり気持ちだけはずっと変わんねーんだわ」

 たどたどしい口調。私の肩を押さえ、そのままうつむき加減に彼は言う。今にも消え入りそうな声。

 「どんな女とどれだけ遊んだって、俺はやっぱりお前のこと考えちまうんだ。なにしてんだろうとか、家に帰ってのんびりしてるのかな、とか。夜、ぼんやりとしてる時に、一人、寂しさに布団に身をうずめてるんじゃないかって。なんでだろうな。俺らが同類だったからかな」

 同類。双方とも両親に対し不満があるということだろうか。片方は私を放任しどこかへ逃げ、片方はいないものとしてケイスケを扱う。

彼はチラリとこちらを見る。自信がなさそうな、子犬のようなまなざしだった。彼にはとても似合わない。

 「いや、そんなのはどうでもいいや。言いたいことなんて結局は一つだし」

 スッと彼は息を吸い込む。そして。

 「一緒に生きてくれねーか?」

 確かに、ケイスケはそう言った。

 「めっちゃ好きなんだ。毎日毎日お前の笑顔に、声に、歩き方に、目に、俺はもうやばいほど好きになっちまった。自分でもドンびくくらい、俺はお前が好きだ」

 「……ほんと? ほんとに私でいいの?」

 やっぱり私はひねくれていた。さっさと好きと答えたかった。泣きそうなほど嬉しいというのに。

 「女遊び、しない? 私、かなり束縛するよ」

 「ああ。……可能な限り」

 「……勉強する? 留年しない?」

 「しねーよ! ぜってえ一緒にいてーから」

 「私、キレたら怖いよ?」

 「いやそれはない」

 「……幸せに、してくれる?」

 何言ってんだ私! しかし、彼はまっすぐな目で、私を見る。金髪がひときわ綺麗だった。

 「ああ。絶対に付き合ってよかったって思わせてやる」

 ああ、そうか。ようやく理解した。彼は、そんなにも私のことが好きなんだ。

 「……私も――」

 好きだ。そう言いたい。だけど、こういう時に限って羞恥心がこみ上げる。口ごもってしまう自分が情けない。こんな、大切な時に! 彼は、私にしっかりと想いを告げてくれたのだ。

 私は一呼吸置く。緊張のせいだろうか、涙が私の頬を伝い、地面へ滴った。 

 彼はそんな私を、優しい顔をして見守ってくれている。

 「……私は――」

 風が、私達を包み込む。

 「ケイスケが、好き……です」

 しりすぼみになる言葉。頭から湯気が出そうになる。

 「ずっと好きでした! 子供のころからずっとずっと! そしたら君は生徒会長になれとか、勉強できる人とかが好きと言いましたよね! ほんと努力したよ! クールキャラ作って勉強しまくって! そしたら今度は貴方が女遊びはじめて! めっちゃ嫉妬したし! 胸が苦しいし!」

 せきを切ったようにあふれだす私の想い。さすがのケイスケもきょとんとした顔をする。

 「だけど、やっぱ私貴方が好きで! ひたすら馬鹿正直に貴方の理想になろうと努力して! アホだよね……だけど、そんな不器用な私だけど!」

 呼吸が絶え絶えだし、視界も涙でゆがむ。どんな顔、してるだろう。呆れられたかな……?

 「それでも私も、貴方が、サコタケイスケ君が大好きでしゅ!」

 噛んだ。ああもう詰め甘いわ私……。目をごしごしとぬぐい、もう一度彼を見る。

 「……がぁはは。お前なに噛んでんだよ! ダッセェなぁおい」

 いつも通りの不良テンション。そのまま頭を滅茶苦茶にごしごしされる。

 「煩い……」

 「ありがとう」

 染みわたるような、優しい声が、麻薬のように体に浸透する。

 「そんなに俺のこと好きでいてくれて、ありがと」

 泣いちゃだめだと思うのに、さらに涙が出てしまう。ずるいよ、突然優しくするなんて。そのまま私は鼻水と涙でぐちゃぐちゃな顔を、彼のお腹に押し付けた。

 「ほら~泣きやめって! これで晴れてカレカノになったんだからよぉ、な?」

 「うん……! 大好きぃ……」

 「知ってる知ってる」

 がははと笑いながら、彼は私の背中を優しくポンポンと叩く。そのまましばらく、私とケイスケは、高台の上で、静かに寄り添いあっていた。

 

 「そうだ、キョウコ」

 「ん?」

 ようやく泣きやんで、住宅街へ戻った時、彼がニカっと笑う。

 「ハッピーバースデー! そういや言ってなかったな~って」

 「……遅い。普通図書館にいた時に言うでしょ、覚えてないと思った」

 「覚えてるに決まってんだろーがよ。おそくなってわるうござんした!」

 おどけた調子で彼が爆笑する。つられた私も笑ってしまう。

 ようやく見えてきた家。私の家には電気が灯っていないし、ケイスケの家では談笑する両親と弟の姿。……互いにとって、地獄である場所。だけど、もう怖くない。私にはケイスケがいる。ケイスケには私がいる。

 「じゃあな。またあしたべんきょーしよーな」

 「寝ないでね。もし寝てたら頭をシャーペンの先端でつつくから」

 「おいおいひでーなぁそりゃ! ……そうだ、キョウコ、こっち向いて」

 「何?」

 振り返った瞬間、軽く頬に触れる程度のキスをされた。乾いた唇の感触。

 「んな!」

 頬を押さえ、言葉が出てこずに押し黙ってしまう私。

 「がはは! 誕生日プレゼント! じゃ~ね~お休み~」

 げらげらと笑い、手を振り、自分の家へ飛び込んでいるケイスケ。

 「……おやすみ!」

 急いで家に入り、入口付近でヘタレ混んでしまう私。顔が熱い。鏡を見たらあからさまに頬が赤い自分が映るだろう。

 「……はぁ~心臓まひしそう」

ひょっとしたら、私はとんでもない人と付き合うことになったのかもしれない。

 同時に浮かぶ緩んだ笑みを無視し、私はゆっくり立ち上がった。


 ――五年後、私達の関係がさらなる高みに登ったのは、また別のお話。

続きはあるかもしれません笑。

実験用小説です! ひょっとしたら削除するかも……。

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