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狼の月に雨は降る  作者: 黒河純
第二章 獣に逢っては獣を斬り
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天眼通

 目に映ったものは炎で、耳は轟音で麻痺して、肌で感じたものは熱で、舌は泥の味を伝え、鼻はむせ返るような血の匂いによって、現実を突きつける。


 ここが私の全て。私の原点であり、復讐のよりどころ。


 声にならない叫びを必死に叩きつけ、涙で歪む視界を恨みながら、必死に手を伸ばす。もう動くことがないと、すでにわかっている両親に向かって。


「あ……ぁ」


 手を伸ばす。血まみれの両親に向かって。

 手を伸ばす。人はこんなにも血を失うと、死んでしまうことをすでに知っていながら。

 それでも私は手を伸ばす。失いたくないから。さっきまで手の届くところにあった温もりを失いたくなくて、本能だけで手を伸ばす。


 きっと、この世界に神様は居ない。居るはずがない。私の伸ばした手は、両親に届くことはなく、地獄を生み出した化け物にしか届かなかったのだから。


「まだ力は戻りきりませんね……ま、ひとまず帰りますか」

 黒い布のようなものを身につけ、地面に接しそうなほど長い髪を揺らしながら、化け物は去っていく。空間を引き裂き、別の次元へと。


「こ……ろ、す」


 血反吐と怨嗟の声をこぼしながら、私は仇の姿を眼と魂に焼き付ける。どこへ逃げようと、必ず追いかけて殺せるように。


「かな、ら……ず」


 そこで、私の意識は途絶えた。


 これが、今から十二年前の出来事。

 これが、復讐鬼の生まれる発端となった凶事。

 これこそが、巣鴨咲耶の生きる意味。


 ◆ ◆ ◆


 偶然出会った小娘――巣鴨咲耶を雑用に任命してから一日が経った。


「起きろ」

 俺はベッドの上で丸くなっている咲耶を叩き起こす。

「んん……あと五分」

「テンプレートな寝言言ってんじゃねぇよ。首()ね飛ばすぞこら」

 こいつ、やっぱり肝が据わっているな。普通あんなことがあったら、こんなにも穏やかに眠れないだろうに。


「起きろって……のっ!」

 頭蓋骨が陥没しない程度の力で、咲耶の頭部を殴りつける。衝撃でベッドのスプリングが嫌な音を響かせる。

「っー! 何すんのよ! 痛いじゃない!」

 頭を抑えながら、涙目で飛び起きる咲耶。その顔には、怒りと困惑がべったりと張り付いている。


「起きたか。さっさと準備しろ。時司のところ行くぞ」

「うー……まだ五時じゃない」

 壁の掛け時計を恨みがましそうににらみながら、再度ベッドに逃げ込む怠け者。布団の中から「睡眠不足は美容の天敵」と、わけのわからない戯れ言が聞こえてくる。


「訓練兵時代はこのくらいに起きてただろ。起床ラッパでも吹いてやろうか?」

「やめて、あの音聞くと反射的に着替えちゃうから」

「そうか。お前のストリップが見たくなったら吹くとしよう」

「悪趣味……着替えるから出て行って」

「わかった。俺は先に会議室に行ってるから、着替えて顔洗ったら来い」

「ええ。すぐに行くわ。――それよりレイン、あなた夜の間どこに行ってたの? この部屋に居なかったわよね?」

「俺が居ると落ち着けないだろうと思って、外で時間を潰していたんだよ」

 本当は繁華街で遊んでいただけだが、そういうことにしておこう。


「気を遣わせたみたいね。ごめんなさい。……それと、ありがとう」

「? なんで急に礼なんか……」

「今まで、一人部屋だったからかしら……起きて誰かが居るということが、少し嬉しいのよ」

「変なことを言うやつだ……いいからさっさと来い。待ってるからな」

 咲耶を起こした俺は、部屋の隅に立てかけてあった刀を手に、会議室へと向かった。背後から聞こえてきた咲耶の忍び笑いが、妙に腹立たしかった。


 ◆ ◆ ◆


「遅くなってすまないね」

 アイギスの制服に身を包んだ俺と咲耶が会議室で待っていると、ようやく時司が姿を見せた。


「おはようございます!」

「うん、おはよう巣鴨君。よく眠れたかい?」

「はい。ぐっすりと」

「たいした女だよ……でだ時司、早速こいつを連れて出る。手近なのを見繕え」

「了解。――巣鴨君、僕の能力は知っているかな?」

「もちろんです。広域における魔力の探査と分析……《天眼通(アナライズ)》」

「そうだ。キミの《第三の魔眼(プロビデンス)》と似ている。《第三の魔眼(プロビデンス)》よりも、広く浅く、といったところだ」


「時司が敵の居場所を探り、俺がそこへ行って始末する。アイギスができてから、ずっと行われていた裏事業ってわけだ」

「その裏事業に、今日から私も加わるのね……」

「なぁに、端役も端役だ。気負うな小娘。でもまあ、能力が《第三の魔眼(プロビデンス)》ならある程度は役立つかもな。期待してるぞ」

「けなされてるのか、褒められてるのか……。それで、私たちはどこへ行けばいいのですか?」

「今視てみるよ」


 時司は椅子に座り、使い古された巨大な日本地図を広げる。地図に向かって手をかざし、目を閉じる。


『――風は疾り 光を導く――』


 広域探査を行う内なる魔眼が、ゆっくりと開かれていく。


『――見通す者 千の眼で見下ろす者――』


 遠方の魔力を察知するのが時司の能力だ。どこにどんなユーザーが存在するのか、それを把握できる。フリークスが発生した場合も、大まかな種類と位置を割り出せる。


『――点は収束し 線を結び 像を作る――』


 日本全土のユーザーを即座に分析できる人間は、俺の知る限りこの男しか居ない。こいつが組織のトップなのには、それなりの理由がある。


『映し出せ――《天眼通(アナライズ)》――』


 アイギスのトップ、時司レイ――敵がどこに隠れようと、必ず見つけ出す男。神の眼を持つ者、とまで呼ばれるその能力は、決して伊達ではない。


「何が見える?」

「――命 その具現 生命 略奪者」

 命を奪うユーザー……ってところか。

「――浮浪する 狂気に満ちた 隻腕の呪い」

「相手は片腕か……これまた、ずいぶんと面白そうだ」

 俺が狩るのは、どこの組織にも属しておらず、力に飲み込まれたユーザーが主だ。そういった輩は、いい感じに気が狂っている。


「……ふぅ」

 能力を解除し、時司が軽く頭を振る。ことの成り行きを見守っていた咲耶が、緊張した面持ちで、口を開く。

「これが……時司さんの能力なんですね。詳細は知っていましたが、こんなに近くで見るのは初めてです」

 たいして面白くもなかっただろうに、神聖な儀式でも眺めていたかのように、感動しているようだ。この女の感性がわからん。


「あまり人前で能力は使わないからね、僕は」

「引きこもりのひょろひょろ男だからな」

「酷い言われようだなぁ。――それより、今回の相手だけど、方角と距離から推察すると……この辺りだね」

 そう言って指さした場所は、少し遠くにある山の麓だ。五年ほど前に、大型のフリークスがこの辺りで大暴れし、ニュースになっていた。


「ここ、覚えてます。フリークスが出現して、甚大な被害が出た場所ですよね。急にフリークスが消滅したことでも、話題になっていた」

「なんだ、知ってたのか。俺が仕留めたんだよ。そのフリークス」

「……え?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような表情で固まる咲耶。そのまま時司の方へと視線を向ける。


「うん。レインの言う通りだ。あのフリークスは通常のユーザーでは手に余ると判断し、レインを送ったんだ」

「すでに大勢の人間に観測されているフリークスだから、誰の目にも付かないように仕留めろ――とか面倒な要求付きでな」

 気配を完全に消し、姿さえも不視の魔術で見えなくして、フリークスを狩ったことを、おぼろげに覚えている。俺はあまり小手先の魔術は得意でないというのに、よくやった方だと褒めてやりたい。


「……なんか、レインの半生を聞いていたら、思わぬブラックボックスを開けちゃいそう」


 頬を引きつらせながら歪に笑う咲耶に、少しだけ同情した。

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