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狼の月に雨は降る  作者: 黒河純
第一章 人に逢っては人を斬り
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神の欠片

 そこは、シンプルなテーブルとパイプ椅子だけが置かれた、あまり広くはない部屋だった。こぢんまりとした会議室のような印象だ。テーブルの上にはファイルとA4サイズの紙が散乱している。


「お、お疲れ様です!」

 思わず、足を揃え敬礼をする。本当に居ると思わなかった人が目の前に現れたとき、人は身についた習慣を実行するらしい。


「キミは……六番隊の巣鴨君じゃないか。なぜレインと一緒に?」

 いつも通り、黒いスーツを着こなしている時司さんがそう尋ねる。オールバックが今日もきっちりと、寸分の狂いなく形作られている。


「フリークスとの戦闘中に出会いまして。……その……時司さん、この男についてなのですが――」

「おい、人を指さすな」

 レインの文句は黙殺し、話を続ける。

「――アイギスのメンバーだというのは本当ですか?」

「一応はそう言うことになるんだけどね……正式なメンバーじゃないんだよ」

「正式なメンバーじゃない……」

「そう。――というよりレイン、なぜ巣鴨君をここに連れてきたんだい? ここは僕とキミと雪月君だけの会議室だったはずだけど……」

「少し前まで俺の雑用を担当していた女が居ただろ? あいつが死んだからその代わりをこいつにさせようと思ってな。お前からなら断れないだろうと、ここまで連れてきた」

「そんな誘拐みたいなマネしなくても……とにかく、キミの補佐を巣鴨君にさせろと?」

「そういうことだ。俺について手短に説明しておいてくれ。俺は自室でだらだらしてるから、話が付いたらこっちに寄越せ」

「はぁ……いつもそうやって面倒なことは僕に丸投げかい?」

「お前は頭、俺は力。適材適所だ。無駄がないだろう?」


 話の見えない私の横を通り過ぎ、レインは来た道へと引き返す。私はひたすら、頭の上に疑問符を増やすばかりだ。


「んじゃ、あとはよろしく」


 レインがさっさと部屋を出て行ってしまい、場は奇妙な沈黙に支配される。


「……さて、どこから話したものか……まずは巣鴨君、突如こんなことに巻き込んですまなかったね。組織を束ねる者として、改めて謝罪するよ」

 疲れたサラリーマンのような表情で、時司さんが頭を下げる。こんな姿を見たのは初めてのことだったので、少し面喰らってしまう。


「い、いえ……時司さんが悪いわけではないですし……。あの、まだ状況がよくわかっていないのですが……」

「ああ、そうだよね。混乱するのも無理はない。最初から説明するよ。――長い話になりそうだし、コーヒーでも飲むかい?」

「いえ、お構いなく」

「そうか……では、早速話を始めよう」

 時司さんは特に残念がることもなく、咳払いをしてから話の口火を切った。


 ◆ ◆ ◆


 時司さんに勧められ、お世辞にも座り心地がいいとは言えないパイプ椅子に腰をかける。本部の中よりも、だいぶ設備のグレードが低い。デスクも傷だらけだし、散乱しているペンなどの文房具も、安物ばかりだ。もう何年も手入れされていないのだろう。

 こんなところに総司令の時司さんが居るというのが、どうにもしっくり来ない。本部の司令室は、冷暖房完備で、ふかふかの椅子やら巨大なモニターやら、何かと豪華だからだ。


「まず、先ほどの男、レインについてだ。率直に言ってしまうと、彼は我が組織アイギスの……秘密兵器といったところかな」

「秘密兵器……ですか?」

 日常生活では聞き慣れない言葉に、思わず思考が鈍る。

「ああ。発足当時から居る最古のメンバーだ」

 アイギスが作られたのがおよそ十年前。レインの年齢が二十前後だとすると、かなり小さい頃からアイギスで働いていたことになる。


「初耳です」

「世間には公表されていないからね。知らないのも無理はないよ。レインには、アイギスで処理仕切れないユーザーやフリークスの相手をお願いしているんだ。今日のように、レインが勝手にフリークスやユーザーを殺してしまうことも多いのだけどね」

 時司さんは肩をすくめながら、首を小さく横に振る。やんちゃな息子に困っている親のような仕草だった。


「フリークスやユーザーの対処を、なぜレインだけ秘密裏に行っているのですか?」

 フリークスの駆除や、ユーザーの保護などは、アイギスの公務だ。隠す必要などない。


「レインは特別でね。僕やキミ……普通のユーザーとは一線を画しているんだ」

「確かに、彼の魔力は妙でしたが……ユーザーではないのですか?」

「難しいところだね。――巣鴨君、キミは異能者……つまりユーザーについてどこまで知っているかな?」

「フリークスに有効打を放てる、唯一の存在。有する能力は多種多様。能力に目覚める時期は様々で、子供の頃に目覚める者、還暦になってから目覚める者など、統一されてはいない……と、この程度の知識ですが」

「うん、教科書通りの回答だね。でも、それだけでは不足なんだよ。ユーザーとフリークスについて特別に捕捉しよう。このことは、他言無用でお願いするよ。余計な混乱は避けたいからね」


 私は重くなる空気に耐えるように、息を小さく吸ってから、無言で頷く。


「フリークスの詳しい発生原因については、未だ解明されていない点が多い――というのが通説だけど、実はそうではないんだ」

「……え?」


 これまでの常識がたった一言で崩され、目の前が僅かに暗くなる。

 地球は平らで、亀と象によって支えられていると信じていた人々が『実は地球は球体なんですよ』と知らされたときは、こんな気分だったのだろう。


「フリークスというのは、天界で過ごす神々の残滓が地上に落ちた結果、生まれたものだ。そして我々ユーザーは、落ちてきた神々の残滓を、たまたま身に受けた人間なんだよ」


 時司さんの発した言葉が飲み込めず、咄嗟に反応が返せなかった。

「あの、時司さん……よく意味が」

「わからないかい? そう難しく捉える必要はない。地上の遙か上には神様が居て、その神様たちが地上に落とした髪の毛やら体液やら(あか)やらが、フリークスになったり、人間に力を与えたりしている――と言った具合だ」


「……初めて聞いたおとぎ話です」

「おとぎ話のようだけれども、事実だよ。僕もキミも、遙か上空から落ちてきた神様の欠片が、偶然体にぶつかっただけ、なんだよ」

「突然そう言われても、どうにも信じられません」

「まあ、荒唐無稽な話だとは思う。しかし、フリークスやユーザーといった超常的な存在が居ることは事実だろう? とりあえず納得してほしい」


 時司さんの言う通り、この世界は幻想(ファンタジー)現実(リアル)となり、それが定着している。

 誰も彼も生き残ることに必死だったから、フリークス発生の解明に関しては後手に回っていたが……もう解明されていたとは、さすがに思いも寄らなかった。


「――わかりました。時司さんのお話は信じます。それでレインについてですが、今の話が関係しているのですか?」

「もちろんだ。レインは神の『欠片』ではなく、神『そのもの』を宿した存在なんだよ。ちなみに、今の話もレインから聞かされたものだ」

「レインが……神そのものを、ですか……」

「そう。レインは神の本体を取り込んでいる。だからこそ、果てしなく強いんだよ。ただただ、強いんだ。純粋に、果てしなく強い。神速で動き回り、頭と心臓を同時に潰しても蘇生する……どれだけのユーザーが束になっても、勝つことは不可能だろう」

「確かに、フリークスに身体を潰されても、いつの間にか蘇生はしていましたが……それがレインの能力なのですか?」

「いや、異常な生命力は神を宿したことによる副次的なものだ。主とする能力はありとあらゆるものを両断する『切断概念』と呼ばれるものだ」

「聞いたことない能力です。どんな能力なのですか?」

 ユーザーの能力についてはそこそこ勉強しているが、初めて聞いた能力だ。


「物体に魔力を通すことにより、『切断』という『概念』を付与(エンチャント)するんだ。これが、どういうことかわかるかい?」

「概念を付与……すみません、どうにもイメージが……」

「ざっくりと説明すれば、なんでもかんでも斬れるということだ。鋼鉄も魔術防壁もたやすく両断する。有形だろうが無形だろうが両断する。――そこにあるのなら切断できるというのがレインの能力だ」

 装甲種を綺麗に真っ二つにしたことを考えると、納得もできるが……あまりにもむちゃくちゃだ。


「さて……これで最低限の説明は済んだ。さらに詳しいことはレイン本人に訊いてほしい。ここまでで何か質問は?」

「色々と頭がいっぱいなのですが……とりあえず、私はこれからどうなるのですか?」

「特別任務として、レインのサポートをお願いしたい。簡単な雑用だ。キミなら問題ない」

「今までの話を聞く限り、彼に手助けが必要とは思えないのですが」

「戦闘面でのサポートは基本いらないよ。買い出しだったり雑用だったりだ。お願いできるだろうか? 今所属している六番隊には僕から言っておくよ」

「……断ることはできないのですか?」

「断れば、レインに殺されるだろうね」

 さらりと、本当に呆気なく、時司さんはそう言った。まるで感情の見えないその表情に、背筋が冷たくなる。


 時司レイ――三十代前半という若さにして、異能者集団のトップに、十年以上も立ち続ける存在。その精神はすでに常人を超えている。


「……除隊して、神を宿した男の雑用を行えと?」

「不服かもしれないが、首をたてに振らなければ、キミの命は今日限りだ。レインを止めることは、僕にも不可能なものでね」

「……命は惜しいですし、時司さんの命令ですので従います。いささか急な話で不安ではありますが」


 両親を亡くした私は、小さい頃、孤児院で暮らしていた。ユーザーの子供たちを集めた、牢獄のような孤児院だった。嫌なことがない代わりに、いいこともない――そんな、生き地獄のような場所で、私はフリークスへの怒りだけを膨れあがらせていた。

 時司さんには、そんな孤児院から引き取ってくれた恩がある。頼みは断りにくい。


「ありがとう、助かるよ。最大限の便宜は図ろう。僕にできることは何でも言ってくれ」

 優しげな表情で、時司さんは胸をなでおろす。その様子から、時司さんもレインに関して色々と苦労しているようだ。


「では、早速なのですが……レインと二人で話がしたいです」


 不本意ではあるが、私はあの獣と向かい合わなければならないらしい。

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