アイギス本部
「……本当に本部まで来たわね」
正直、人気のない場所まで連れて行かれて、拷問でもされるのかと覚悟していたが、到着したのは見慣れたアイギスの本部だった。背の高いビルに、その両脇にはグラウンドや射撃場。奥には食堂や簡易売店が並んでいる。少し離れた場所には、私の住んでいる宿舎もある。ここまで来れば、レインというこの男も、好き勝手に暴れるようなことはないだろう。
「なんだよ小娘、疑ってたのか?」
「そりゃあ罠だと思うわよ」
毒を食らわば皿まで……そんな覚悟ではあった。
「だというのについて来るとは……やはりどこか……。まあいい。それじゃあ行くぞ。――雪月、お前は部屋で待機していろ」
「……わかった。……ねえレイン、訊いていい?」
「ん? なんだ?」
「……その女の子……気に入ったの?」
「変なことを訊くやつだな。いつも通り、単なる暇潰しだ。お前も知ってるだろ? 俺は気分屋なんだよ」
「……そうだね。……うん、部屋に戻る」
ここまで車を運転していた雪月という物静かな女性は、ゆったりと立ち去った。向かったのは宿舎とは別の方向だったけど……彼女は私たちとは別の場所で暮らしているのだろうか。
「なんか、狐につままれた気分だけど……まあ、ここに来なきゃいけなかったのは確かだし、助かったわ。それじゃあレイン、一緒に来てもらうわよ」
「それは構わないが……そっちじゃない。こっちだ小娘」
正面入口から入ろうとした私の首根っこをつかみ、無理矢理方向転換させるレイン。この男はかなり背が高いので、喉がしまってしまう。
「ちょ、ちょっと。何するのよ」
「そこからだと俺が入れん。裏口から行くんだよ」
「裏口って……あ、レイン!」
正面入口からそれて、どんどん横へと進んでしまうレイン。仕方なく、私もそれに続く。
「裏口なんてあるの?」
「俺と雪月だけが使えるのがあるんだよ。せっかくだし、お前にも教えてやるよ。他のやつにしゃべったら殺すから注意しておけ」
「なんか怪しいけど……」
「そう言うな。……ほら、ここだ」
案内されたのは、本部の裏手――の、さらに奥まった場所にある、小さな小屋だった。ボロボロで、扉には『立ち入り禁止』の文字。
「ここ? 立ち入り禁止って書いてあるわよ?」
「人よけのためだ。昔は、警備員か誰かの詰め所だったらしいが、それを改造させた」
引き留める間もなく、レインは扉を開き中へ入ってしまった。鍵はかかっていないようだ。
「……行ってみるしかないわね」
気を引き締めながら、私も続いて中へ入る。アイギス本部の敷地内だし、何かあれば仲間がすぐに駆けつけてくれる。
「? 特に何もないわね」
薄暗い部屋には、これと言って何かがあるわけではなかった。埃の積もった机と椅子がぽつんと置かれている程度だ。あとは、一冊も本が収納されていない本棚くらい。
「隠し通路があるんだよ」
レインはそう言いながら、本棚を横にスライドさせる。下にキャスターでも付いていたのか、本棚はすーっと横に動いた。
「男のロマン満載ね」
「わかってるじゃないか」
本棚の下には、人一人が通れる程の穴が開いている。明かりはなく、下は真っ暗だ。どのくらい深いのかもよくわからない。私の能力を使えば深度を測ることはできるが、先ほどの戦闘で魔力を消費しているし、こんなところで能力は使いたくない。
「この下、どこに繋がっているの?」
「俺の部屋だ。――いいからさっさと行け小娘。お前もユーザーなら死にはしない」
「ちょ、ちょっと!」
レインは私の背中を押し、穴へと突き落とす。重力に引かれどんどん落下する私の体。体感で二十メートルほど落下したところで、床が見えてきた。
「っ!」
爪先から着地し、身体を捻りながら回転。衝撃を分散させる五点着地だ。訓練兵時代に嫌と言うほど叩き込まれたので、無意識のうちに衝撃を逃がそうとするのがアイギスのユーザーだ。
「あの男!」
文句を言おうとしたところで、タイミングよくレインが降ってきた。着地と同時に膝をつき、鈍い音を発しながら停止した。
「ちょっと! 何するのよ! 危ないじゃない!」
「アイギスのユーザーならこの程度平気だろ? 文句言うな」
「なんか疲れてきた……で、ここどこなの?」
改めて周りを確認する。二十畳ほどの空間に、テーブル、椅子、冷蔵庫、テレビ、ベッドなど、一通りの家具が詰め込まれている。上の小屋とは違い、そこそこ綺麗で明るい部屋だった。地下なので窓はなく、少し圧迫感があるが、いたって普通だ。飲みかけのペットボトル飲料など、生活感もある。
「さっき言っただろ、俺の部屋だ。まあ、そこまで使うことはないがな」
「ふーん……年若い少女を自分の部屋に連れ込むなんて、ケダモノのようね」
「口を縫い付けられたくなかったら、黙ってついてこい。こっちだ」
レインは部屋の奥の扉を開き、どんどん進んでいく。扉の先は、コンクリート製の長い直線通路だった。トンネルの中に居るような気分になる。
「この先は?」
「第一分隊の専用会議室ってところだ。たぶん時司も居る」
「時司さん? ホントに?」
「この時間なら居るはずだ。さっきのフリークスの件は、時司に直接報告しておけ」
本当にアイギスの総司令――時司レイさんが居るとは思えないが、ひとまずついていこう。
地下トンネルを体感で八十メートルほど進むと、突き当たりに真っ白な扉が現れた。トンネル内の照明を反射しているため、見ていると目が痛いほどだ。
「んじゃ、入るぞ」
レインは白い扉を勢いよく開き、我がもの顔で入っていく。
「ん? ああ、レインか。よく戻ったね」
扉の先には、アイギスメンバーなら知らぬ者は居ない――我らがリーダーが、コーヒーを飲みながらのんびりしていた。