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狼の月に雨は降る  作者: 黒河純
第一章 人に逢っては人を斬り
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雪月

「……少しとけてるな」

 やはり夏にアイスを買ったらすぐに喰わないとダメだな。コンビニだと保冷剤も入れてくれないのでなおさらだ。


「ちょ、ちょっと……お願い、私にもわかるように説明してほしいんだけど」

 ソーダ味のアイスを口の中で小さくしていると、先客の小娘が頭を抱えながら重々しく息を吐いているのが目に入る。

 俺はそこでようやく、小娘の容姿を確認する。ポニーテールを腰まで伸ばし、暗闇に溶け込みそうなほど綺麗な黒髪の持ち主だった。つり目がちで、気が強そうな印象を受ける。顔立ちも……まあ整ってはいる。


「あなた、誰? なんなの? 今のフリークスはあなたが倒したの? そもそも、なんで潰されて生きてるの? それが能力?」

 色々状況が飲み込めないようで、矢継ぎ早に質問を畳みかけてくる。気持ちはわからんでもないが、少しうるさい。


「あー、いいからちょっと黙れ」


 ポケットの中に入れてあったアイギス専用の携帯端末を取り出すが、完全に大破しており、使用できそうにない。精密機械だということはわかるが、もう少し強度がほしいものだ。

「ちっ、また壊れたか……そこの小娘、アイギスの携帯端末あるか? あったら貸してくれ」

「私の質問に答えて。あなたはなんなの? 場合によっては拘束させてもらうわ」

「……さっきも言ったが、名前はレイン。所属はアイギスだ。……一応な」

 対フリークス特別組織――それがアイギスだ。端的に説明するのなら、化け物を狩るために集まった異能力者の集まりである。一般人からすれば、警察や軍隊の亜種くらいの認識だろう


「アイギス? 本当に?」

「そうだよ。いいから早く端末。知り合いに連絡を取るだけだ」

「……わかったわよ。でもちょっと待って、応援要請解除するから」

 渋々ながら携帯端末を俺に手渡す小娘。

 俺が覚えている唯一の番号を打ち込み、相棒の(ゆき)(づき)へとコールをかける。

 数コールのあと、聞き慣れた声が俺の耳に届いた。


『……レイン?』

「ああ。いつもと違う番号だったのに、よく俺だってわかったな」

『……わたしにコールかけてくるのなんて、レインくらいしか居ないから』

「相変わらず寂しいやつだ。――それより、今すぐ迎えに来てくれ。場所はこの端末のGPSから割り出せ」

『……ん。わかった。すぐ行く』


 相棒との通話を切り、携帯端末を持ち主に返す。


「さて、それじゃあ大人しく待ってるか」

 ビニール袋の中から、コンビニで買った飲み物を取り出し、一気に喉へ流し込む。


「ねえ、あなたアイギスの一員なのよね?」

「そうだっての。もうお前に用はないから帰っていいぞ」

 羽虫を追い払うように手を振り、目の前から消えるように促す。ガキとのおしゃべりは趣味じゃない。


「そういうわけにはいかないわ。――ええと、レインって言ったわね。分隊とランクは?」

 俺に対してここまで物怖じしないとは、なかなかに度胸がある。……もしくは、人間としての根源的なものがぶっ壊れているのだろう。


「暇だし特別に教えてやるか……所属は第一分隊。ランクはSだ」

「……冗談はやめてほしいんだけど」

 本当なんだがな……。

「今や第一分隊は、総司令である(とき)(つかさ)レイさんのみ。ランクはAまでで、Sランクなんて存在しないわ」

「別に信じないならそれでいい。信じてもらう必要もないしな」

 小うるさいガキにつきまとわれるのは面倒だし、ここで始末してもいいんだが……。


「まあいいわ。――レイン、一緒に来てもらうわね」

「は? なんでだよ?」

「正体不明のユーザーを放ってはおけないわ。野良のユーザーを保護することもアイギスの仕事よ」

「正体不明じゃねぇって。名簿にはないがアイギスだ」

「名簿にないならアイギスのメンバーじゃないの」


 ……面倒だな。雪月も来るし――いっそ殺そう。


「おい小娘、名前は?」

「? ()(がも)(さく)()だけど……急に何よ?」

「そうか。それじゃあさよならだ、巣鴨咲耶」

 殺すと決めた以上、迷いはない。何度も何度も、繰り返した行為だ。食後のコーヒーを飲むように、気負うことも、ためらうこともない。

 小娘の細い首に手を伸ばそうとしたが――


「……レイン、迎えに来た」


 ――後ろからかけられた声によって、急にやる気が削がれてしまった。

「よう。早かったな」

 俺の後ろには、アイギスの制服に身を包んだ少女――雪月の姿があった。短く切りそろえた白銀の髪を月明かりで光らせながら、ぼんやりと佇んでいる。


「……近くに居たから。……車あるよ」

「ああ。本部まで頼む」


 早いとこ着替えたいし、この小娘に関わっているのは終わりにしよう。なんの益もない。


「ちょっと、この女の人は誰?」

「俺の部下だ。……まあそんなことはいい。咲耶とか言ったか? もう気は済んだだろ? 俺は帰るからな」

「待って。私の話は終わってないわ」

「こっちは終わったんだよ。――雪月、行くぞ」

「……よくわからないけど、いいの?」

「ああ」


 俺はフリークスとの戦闘で荒れた公園を立ち去り、雪月と共に近くに停めてあった車に向かって歩き出す。


「待ちなさいってば! このまま行かせるわけにはいかないわ!」

 前方まで回り込み、両手を広げて通せんぼうをする小娘。ザコ敵から逃げられなかった勇者の気分だ。


「目障りだぞガキ。今すぐ消えろ」

「アイギスとして、あなたみたいな危険なユーザーを野放しにはできないのよ。それと私はガキじゃないわ。十六歳よ。今年で十七になる」

 十分ガキじゃねぇか。


「はぁ……だから俺もアイギスだと何度言えば……。もういい、面倒だ。お前も来い」


 そろそろ新しい雑用係も探そうかと考えていたところだ。いい機会かもしれないな。


「これからアイギスの本部に行く。どうせお前も、さっきの件で報告書を書かないとならないだろ?」

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