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狼の月に雨は降る  作者: 黒河純
第一章 人に逢っては人を斬り
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コンタクト

 今からおよそ八十年前。世界は大きく変容した。突如として、理不尽にも。


 イギリス・ロンドンにて。有名な観光名所『ビッグ・ベン』の正面に、突如異形の化け物が出現した。

 全長は十メートルを超え、白色の毛に覆われた、二足歩行の熊のような生物。太くどっしりとした足。地面に触れそうなほど長く太い両腕。顔には目と鼻らしき物は存在せず、あるのは車さえも丸呑みにしそうな巨大な口だけ。

 地球上に存在するどの生物よりも、異常で、凶悪な存在が、何の前触れもなく街中に現れたのだ。

 当然、ロンドンは今までにないパニックに陥った。その近くにいた市民は怪物の巨腕によって叩き潰され、逃げる暇すら与えられずミンチと化した。

 怪物はその巨体からは考えられない速度で疾走し、街中を蹂躙した。男を殴りつけ、女をかみ砕き、老人を踏みつけ、子供を丸呑みにした。


 地獄だった。パニックホラーの映画じみた世界が、一瞬で灰色の街を侵食した。

 すぐさま駆けつけた警察官が、恐怖を顔に貼り付けたまま化け物に対して発砲。数人の拳銃が同時に火を噴き、銃弾が化け物の全身を貫いた。

 ――が、それだけだった。動きを止めさせることも、穿(うが)たれた穴から血が吹き出ることもなく、化け物の弾痕は一分とかからず消えてしまった。

 そして、そこに居た勇敢な警察官たちは、一呼吸する間に惨殺された。


 誰もが悪夢だと思った。夢なら早く醒めてくれと切望した。だが、どれだけ待っても、自宅のベッドで覚醒することはなかった。これは現実なのだと、そこに居た人々は痛感した。

 それから人類は手を尽くした。銃弾、爆薬、火炎、化学薬品――これまで人類が培ってきた戦闘に関する知識・道具・常識が、どれも化け物には通じなかった。


 それから……化け物が現れてから十六時間後。白い悪魔は突如霧のように消え失せた。


 死者は一万人以上に及んだ。一分間におよそが十人が殺された計算になる。

 これが人類と――(のち)に『フリークス』と呼称される怪物とのファーストコンタクトだった。



 その日を境に、世界各国が蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 あの化け物はなんだったのか、様々な検証が行われ、様々な憶測が飛び交い、様々な対策が立てられた。

 ロンドンの悪夢から三日後――人類全体のパニックが落ち着く暇もなく、再びフリークスが出現した。場所はドイツ・ミュンヘン。


 二体目のフリークスは巨大なトカゲのような見た目だった。血のように赤黒い皮膚。ぎょろりとした二つの眼球に、鋭い無数の牙。

 どこからともなく現れたトラックほどの大きさを誇るトカゲに、再び人類は恐怖した。逃げ惑う人々をトカゲは次々と捕食し、口からは灼熱の炎を吐き出し、人も街も燃やし尽くした。


 フリークスが出現し、ロンドンの悪夢は再現された。圧倒的な暴力と、骨まで焼き尽くす灼熱によって。

 絶望が広がった。人間を蹂躙する未知の怪物。それが短期間に二度。それも、狙い澄ましたかのように、人の多い都市部で。


 誰かが思った――これは神の怒りなのではないか?

 誰かが思った――我々人間を滅ぼすため、神の使いが舞い降りたのではないか?

 誰かが思った――人類は滅ぶのか?

 誰もが願った――助けてほしいと。


「目障りだ。熱いんだよ」

 そんな言葉をぶっきらぼうに発し、一人の青年が大トカゲの前に立ちふさがった。何の変哲もない、少し素行が悪いだけの青年が。

 その場にいた誰もが、彼を遠巻きに見つめていた。みな、静止の声を発するばかりで、彼を化け物から引き離そうとはしなかった――恐怖が先に立ち、できなかった。


 トカゲが口を大きく開く。目の前のちっぽけな人間を、焼き尽くさんとばかりに。

 青年は前へ踏み込み――およそ人間が出せる速度を超越し――自らの右腕をトカゲの眼球に突き刺した。


 そのとき、どれだけの武器にも平然としていた化け物が、初めて苦悶の鳴き声を上げた。


「ほう、こうすれば死ぬのか?」

 実験をする科学者のように、彼はそのままトカゲの脳を粉砕した。

 奇妙な鳴き声を上げ、トカゲは火を吐きながら消滅する。まるで全ては悪い夢だったかのように。


 人体を超越し、異能力を有する人間――『ユーザー』が初めて現れたのは、この瞬間だった。


 ◆ ◆ ◆


「装甲種……C型ね」

 短い手足に茶色で寸胴の身体。四足歩行で、背中には頑丈な無数の鱗。似ている動物を強いて上げるならばアルマジロだろうか。

「標的は……私か」

 突如現れたフリークスは、少ない知能を振り絞り、私を最優先で潰すことに決めたらしい。フリークスの知能はまちまちだが、どの種族にも人間かユーザーかの識別くらいはつくようで、基本的には近くに居るユーザーを優先的に狙う。


「不幸中の幸いね」

 もし私がこの場に居なければ、このフリークスは近くの民家を手当たり次第に襲っていたはずだ。現在地は住宅街のすぐ近く。まさに幸運だった。

「でも、喜んでばかりもいられないか」

 私の能力は《第三の魔眼(プロビデンス)》。周囲の空間を『把握』することだけ。人やフリークスの気配を探ったり、建物の構造を調べたり――要するに私にできるのは『探査』だけで『戦闘』は専門外だ。

 一応私もユーザーだし、最低限の訓練は積んでいる。対フリークス弾頭も所持はしている。小型のフリークスなら一人でも対処はできるだろう。

 しかし、今回は相手が悪い。目の前の装甲種には、私の体術も特殊弾頭も、効果があるとは言い難い。


「応援要請……」

 フリークスから視線を外さず、私は制服のポケットに入っている携帯端末の一番大きなボタン――応援要請ボタン――を強く押し込む。できるだけ早く仲間が来てくれることを願うほかない。


「これで、あとは時間を稼ぐだけ」

 今頃アイギスの本部では、携帯端末から発せられるGPS信号を元に、ここに向けて応援隊を出発させているはずだ。私のやるべきことは、この化け物を倒すことではなく、仲間が到着するまでの時間稼ぎだ。できるだけこの公園を離れないという条件付きで。


「さて……」

 ホルスターから自動拳銃を取り出す。9ミリパラベラム弾では敵の装甲は貫けないだろうが、運よく目に当たればある程度のダメージは期待できる。

 こちらが戦闘状態になったことをフリークスも直感的に悟ったらしく、小さなうなり声を響かせる。肌を刺すようなピリピリとした殺意が、心拍数を上げていく。


「――っ!」


 勢いよく身体を前に倒し、そのまま地面を蹴ってフリークスへと突貫する。

 真っ正面から突っ込む私を喰らおうと、フリークスが巨大なアギトを大きく開く。口の中には鋭い無数の牙と、二股の舌。まるでSF映画のエイリアンだ。


「これでも食べてなさい!」

 私は拳銃を前に突きだし即座に発砲。身体の勢いは殺さず、銃声を合図に上へとジャンプする。

 苦しげな化け物の悲鳴を下に聞きながら、私の体は空中を舞い、フリークスの背後へと着地した。

「ダメージは!?」

 振り返り、フリークスの状態を確認する。血走った目で私をにらむ装甲種。口から僅かに血が(したた)っているが、たいしたダメージにはなっていない。歯に当たって弾速が落ちたようだ。

「ちっ!」

 女子らしからぬ舌打ちをして、相手の目を狙って発砲。銃弾が自身に対して脅威だと学習したのか、フリークスは背中を丸めて銃弾をはじく。さすがは装甲種、傷一つつかない。


 やはり現状の武装と私の能力では手に余る。ここは市民に被害が出ないことを最優先に考え、時間を稼ぐしかない。


「今日は厄日ね」


 ため息と同時に、瞳をゆっくりと閉じる。真っ暗な世界で、月光だけが(しるべ)のように小さく輝く。


『――私の眼は全てを見通す 私の眼から逃れ得る者はなし――』


 内に眠る魔力を活性化させ。身に刻まれた、たった一つの術式を起動する。


『――色彩を手繰る者 森羅万象を暴く者――』


 魔力を有し、その魔力を以て異能を顕現させる振るい手。それがユーザー。化け物(フリークス)を殺傷できる唯一の兵器。


『――地を俯瞰し 海を見透かし 空を制する――』


 理不尽に襲いかかる災禍を恨み、憎しみ、牙を剥いた人々。それがユーザー。化け物(フリークス)を殺すための化け物。それが私。


『暴き立てろ――《第三の魔眼(プロビデンス)》――』


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