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狼の月に雨は降る  作者: 黒河純
第一章 人に逢っては人を斬り
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プロローグ

今回は気分転換に、SFではなく異能力バトル風なものを投稿していきます。

 その日の夜は、どこか幻想的で、なぜだか儚げに思えた。



 獰猛な肉食獣の眼球のように、満月が私を見下ろしている。まるで片目を潰された獣が、夜の闇に引きずり込もうとしているようで、少しだけ気味が悪かった。

 伸びてきた前髪の間から空を仰ぎ見る。月が私の髪によって、真っ二つに割れていた。


「……もう帰らないと」


 アイギスの制服を身につけたまま、ぼんやりとここまで歩いてきたが、特段やることもない。ただ気の向くままに、ここ――都市部から離れた自然公園――にやってきた。


「何やってるんだか、私は」


 本当に、非番の時間の使い方が下手になってきている。

 やらなくちゃいけないことはあるのに、どうすればいいのかがわからない。私には全てを見通す『眼』があるのに、探している相手は一向に見つからない。


 脳内に泥のような物が沈殿していく感覚に、ため息を一つもらす。

 夜風で頭を冷やそうと、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込む。瞳を閉じて余計な情報をカットし、頭の中を消しゴムでこするようなイメージで心を落ち着ける。心の乱れは魔力の乱れでもある。

 顔を上げ、息を吐きながら目を開く。先ほどと変わらず、綺麗なお月様が私を見下ろしていた。




「それにしても……アイギスに入ればフリークスの情報も入るし、すぐに見つかると思ったんだけど……アテが外れたわね」

 私の命に代えてでも、見つけ出して殺さなければいけない化け物――フリークス。それだけを考えながら、私は生きてきた。脇目もふらず、憎悪だけを原動力に。


「もう十二年……どうするべきかしら」


 このままアイギスでフリークスを狩り続けるか、脱退して一人で動き回るか……。

「一人になったところで、私の能力は戦闘向きじゃないし……」


 苦笑しつつ、腰のホルスターに下げられた自動拳銃を抜く。込められた銃弾はただの鉛玉ではない。対フリークスの術式が組み込まれた特殊弾頭だ。装弾数は15発。予備のマガジンは僅か三つ。

「これだけでフリークスと渡り合うのは……さすがに厳しいわね」

 もしアイギスを抜ければ、特殊弾頭の補充もなくなるわけだし、しばらくは現状維持しかないだろう。

「術式が組み込まれていても、9ミリパラベラム弾じゃあ不安だしね。アイギスを離れるのは現実的じゃない、か」


 ため息を夜闇に紛れ込ませながら、拳銃をホルスターに戻す。一人でぼんやりしながら、月明かりを全身に浴びる。

 西洋では古くから、月は人を狂わせるとされてきたらしい。精神異常(ルナティック)。心の異常を引き出すのは月光である……のだとか。


「……宿舎に帰ろう」

 自分の精神が汚染される前に、この場を去ろうと思った。自室に帰れば、狂気を孕んだ月光から身を守れると思った。――だが、そんなことに意味などないのだろう。

 なぜなら私は、とうの昔に狂っているのだから。




 それにしても、知らず知らずの間にずいぶん遠出してしまったものだ。もう少しで県外となるこの公園まで来るなんて、自分の健脚に驚かされる。

 幸い財布は携帯してあるので、タクシーでも拾ってすぐに戻ろう。この辺りの土地勘はさほどないが、表通りの方向くらいは察しが付く。


 踵を返し、深まっていく夜に背を向ける。


「なんか、最近変化ないわね……」


 変わらない毎日が延々と繰り返されているような、鈍い停滞感が心の奥底をざわつかせる。走りたいのにうまく動けない夢の中に居る気分だった。(おり)に足を取られるような、そんな感じ。


「あのうわさが本当だったらいいのに」


 うわさ。アイギスの内部で、まことしやかにささやかれているうわさ。


「――フェンリル。獰猛な狼。全てを喰らい尽くす真の化け物」


 もう何年も前から……それこそ、アイギスが発足した頃からある有名なうわさ話。


 曰く、アイギスは秘密裏にフェンリルと呼ばれる秘密兵器を所有しているという。

 曰く、フェンリルの力は圧倒的で、ユーザーもフリークスも手が出せない。

 曰く、フェンリルは不死である。


「フェンリル、ねぇ……そもそも、武器かユーザーなのかすら定かじゃないんだったかしら」

 まあ、うわさなんてそんなものだ。一振りの刀だという説もあり、若い男のユーザーだという説もあり、概念だという説すらある。


「ま、そんなものに期待するのはナンセンスね。フェアリーテイルに憧れる歳でもないし」

 もう夜も遅い。吸血鬼なり、狼男なりが喜んで活動するような時間帯だ。すぐにでも帰らなければ、仲間たちに何を言われるかわかったものじゃない。外で男を作った、なんてうわさが流れれば、雨のように降り注ぐ好奇の視線は避けられないだろう。私は目立つのが好きではないし、それだけは御免だ。


「じゃ、帰ってからシャワーでも……」



 気持ちを切り替え、公園をあとにしようとしたそのとき――背後から慣れ親しんだ気配が突如発生した。眼を発動しなくても、ユーザーならすぐにわかるだろう気配が。



 呼吸することすら忘れて、私は動きを停止した。

 まさか、こんなことがあるなんて。

「冗談、でしょ」

 頬を引きつらせながら、ゆっくりと振り返る。

「……最高」

 そこには、生まれ落ちたばかりのフリークスの姿があり、私に殺意をぶつけていた。


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