第九話 忍者、朝チュンする
フリージアを先に帰したあとの【一角獣の蹄亭】。
俺、望月半蔵はひとり残り、情報収集を続けている。
「うわっはっはっは! おいハンゾー、兄弟よ! 飲んでるか!?」
「ああ。飲んでるよ」
店内は相変わらずのどんちゃん騒ぎ。
俺はドワーフの傭兵、ザークゼンとサシで飲んでるところ。
「いやしかしお前さん、ハンゾーよ。お前さん本当に酒が強えな」
「そう言ってくれてうれしいね」
「酒だけじゃねえ。新参者でありながら、この店の空気を一気に変えちまう何かをもってやがる。おまけに腕っ節も強え。たぶん、俺を含めてこの店にいる全員が束になって掛かっても、お前さんひとりに敵わねえだろう」
「それがわかるならあんたも相当なもんだ。いちおう隠してるつもりなんだが」
「かかか! こう見えて俺も腕には自信がある! ご同類の実力ぐらい見極められなくてどうする、って話よ」
ザークセンは謙遜するが、俺の彼に対する評価は決して低くない。
どうやら彼が所属する傭兵ギルドは、優秀な人材がそろっているようだ。ここでこのドワーフと知り合えたのは大きな成果と言える。
「まあまあ飲め飲め。火竜苺の火酒だ。うまいぞ?」
「いただこう」
グラスに注がれた赤色の液体を、一気に飲み干す。
独特の甘みとほのかな苦味。冴え渡る爽快さ。
「うまいな」
「だろう?」
「酒だけじゃない。料理もうまい」
「お前さんが食ってるのは一角獣のベーコンを炙ったもんだな。この店のやつはとびきりだぞ」
酒。
料理。
異世界情緒たっぷりの店内。
見知らぬ様式の調度品。
耳が尖っていたり、角が生えたりしている男たちの、陽気な酔態。
「なあザークゼンの旦那」
「おう」
「べろんべろんに酔っ払ってるあんたに、ちょっと独り言を聞いてもらいたい」
赤い火酒を舐めながら俺はつぶやく。
「実は俺、別の世界からこっちに来たんだが」
「なるほど。確かにお前さん、このあたりじゃ見かけない部族だな」
「元の世界じゃ忍者をやってた。やってたと言っても仕事はない。現代社会じゃもう俺たちの出番はないんだよ」
「へえ。そうなのかい」
「もちろん現代的に忍術をアレンジして、しっかり時代にフィットしてる連中もいる。だけどうちの家は保守的なタイプでね。今風に変化していくのを良しとしなかった。俺自身もそういう生き方に興味はなかったしな」
「わかる。男ってやつぁ、いつだって自分の思うように生きたいもんだ」
「俺を鍛えてくれた姉なんかは、口を酸っぱくして言ってたもんだよ。犬として生きるなら狼のまま死ね、ってな」
「へええ。その口ぶりじゃあ、お前さんの姉貴ってのはお前さんより強えのか。世の中は広えなあ」
「そんな状況が一気に逆転した」
「わかる。負け戦でも、粘ってるうちにひっくり返ることは、よくあるこった」
「フリージアが俺を召喚してな」
「あんたが連れてたあのエルフか? ありゃ上玉だ。あんないい女を連れてるなんてうらやましいぜ」
「この国の王族らしいが、味方は決して多くはないだろう。でなけりゃ魔の森なんて呼ばれてる場所に、大したお供もつけずに来るわけがない」
「魔の森か、ありゃヤバいところだ。俺も仕事で行ったことがあるが、半日で逃げ帰ってきたもんだ――まあまあ飲め飲め、酒がなくなってるぜ?」
「いただこう」
注がれる火酒。
店内は相変わらずの大騒ぎ。
「つまりだなザークゼンの旦那」
「おう」
「すべてがそろってるってことだ。酒がうまい。料理もうまい。女もきれいだ。何より仕事がある。大手をふるって力を使うべき敵もいる」
「うーん……俺ァ難しい話はよくわかんねえが」
ザークゼンは腕組みをして考えて。
それからニカッと歯を見せて笑う。
「つまり酒が足りん、ってこったな!」
「その通りだ。お代わりをくれ」
火酒が注がれる。
ぐいっと飲み干す。
「ところで旦那」
「なんでえハンゾー」
「すべてがそろってると言ったが、今この瞬間、足りないものがある」
「へえ。そいつは一体?」
「女だ。まだこっちの世界の女を抱いてない」
「なに!? そりゃあいかん!」
鼻息荒くザークセンが立ち上がる。
「この街のいい女を抱かないなんざ、精霊様も青ざめる背徳だぜ。俺に任せとけ、ここらの娼館ならどこも自分の家みたいなもんだ。ヒューム、エルフ、ドワーフ、ホビット――どんな種族の女でも選ばせてやれる。もちろんどの娘もとびっきりだぜ?」
「それよりもっといい考えがある」
「というと?」
「手の空いてる娼館の娘を、片っ端からこの店に呼ぼう」
「――うわっはっは! あんたにゃ敵わねえな! よおし今夜は無礼講の大宴会だ! 野郎ども、盛り上がっていくぞ!」
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いよいよ大騒ぎになる店内を眺めながら、俺は火酒を舐める。
こういう場では気前よく振る舞っておくに限る。
市井の連中からの評価は、そのまま俺の力にもなるだろう。
ザークゼンは話せる男だ。彼とのコネクションは必ず役に立つ。
何より異世界の酒はうまい。
花見をしながら飲む酒は、いつもよりうまく感じるだろう? それと同じだ。
現代社会でくすぶっていた俺に、ようやく巡ってきた機会。
大手を振って活躍するとしよう。俺をここへ招いた世界も、きっとそれを望んでいるだろうから。
今夜はきっと朝帰り。
明日再会した時のフリージアの顔を想像しながら、俺はグラスに残った火酒を呷るのだった。