第六話 忍者、膝枕をさせる
『パリーズの都』へ向かう馬車。
フリージアから教えてもらって、異世界の事情を勉強中。
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「この世界のあらましは大体わかった」
俺はうなずく。
「問題は『やつら』とやらだな。そいつについて教えてくれ」
俺がこちら側に呼ばれたそもそもの理由。
どうやら俺の『敵』となるらしい存在。
「ええそうね。そのことについて話さなければね」
フリージアの表情が硬い。
まあこちらの世界の危機、その元凶なのだから、それも当然か。
「どう話したものかしらね……実際にその目で見てもらうのが、いちばん早いと思うのだけど……」
「ヒトなのかそいつらは?」
「まさか。あれがヒトであってたまるものですか」
その正体はまったくの不明。
ある日、忽然と現れて世界を浸食し始めた、ヒト以外の何かである――とフリージアは言う。
「見た目や言語、生活習慣その他もろもろ、わたしたちとそっくり。でも中身はまったくの別物。混じりっけなしの異形、真の邪悪。それが『やつら』よ。東方の国々は、ほんの数年で『やつら』に呑まれた」
おぞましげにフリージアは語る。
「やつらの勢力圏内に、一度だけ潜入したことがあるのだけど……」
「怖気が走ったわ。笑っていても、怒っていても、心が見えない。血の気すら通ってないようにみえる。まるで人形劇でできているみたいなの、やつらのすべてが」
「潜入したのがバレたらどうなるか? もちろん生きては帰れない。たちまちやつらはヒトではない本性を露わにする。実際、いくつもの国が使者を出しましたが、彼らはひとりとして帰ってきていません」
「やつらは戦争で侵略しない。やつらはじわじわと侵食する。ヒトの領域を、ある種の菌類のように――きっと、気づいた時には取り返しのつかない事になっているのでしょうね。あるいはもう、手遅れになっているのかも」
……なるほどな。
俺はゾンビの集団を連想する。
あんなのがうろついていたら、確かに世界の危機だろう。国まで乗っ取られたらなおさらだ。
「西方連盟の学者たちは、『おそらく別の世界から来た敵対的侵略生物ではないか』としているけど。あながち間違いではないかもしれません。何せあまりにも得体が知れないから」
「同じく別の世界から来た俺も、さぞかし得体の知れない存在だろうな」
「そ、それとこれとは話が別です。確かにあなたはニンジャ? とかいうよくわからない何かだけど、『こちら側』だとはっきりわかるもの。実際に『やつら』を見てみれば、それは肌で感じられるはず」
「そうか。まあ大体のことはわかった」
俺はしばし考えて、
「とりあえず細かい話はいい。いま聞きたいことがふたつある」
「何かしら」
「そいつらは殺せるのか?」
「殺せるわ。ヒトに化けているのだから」
「殺していいのか?」
「殺していいわ。ヒトではないのだから」
「――了解。それがわかれば十分だ」
であれば俺の技術は役に立つ。ホッと一安心だ。
そして世界の危機とはいえ、今日明日にもどうこう、って状況じゃなさそうだ。
これ以上はこの先追々、ということになるだろう。
「さて。それじゃ寝るか」
「ま、また寝るのですか? 話の続きは?」
「根を詰めすぎると元も子もないぞ。あんた、自分が疲れ切ってることに気づいてるか? 目元にくまが浮かんでる」
「うっ……」
「俺を召喚してからこっち、ろくに休んじゃいないんだろう? パリーズの都まで十日かかるという話だったし、必要な情報を学ぶ時間は十分にある」
「それはそうですが……」
「急ぎたいのはわかるが、焦るな。焦れば事を仕損じる。あんたほどの使い手なら理解はしてもらえるだろうが」
「……わたしを認めてくれるのですか? あなたと戦って手も足も出なかったのに?」
「俺が『縮歩』の奥義を使ったんだぞ? あちらの世界じゃまずあり得なかったことだ。あんたを認めているからこそだよ」
「そ、そうなの?」
きょとんとするフリージア。
「よかった、安心しました。実のところ自信を失いかけていましたから……こう見えてもわたし、こちらの世界ではちょっとしたものだったし……」
「安心ついでに休んでくれるなら、俺も助かる」
「わかりました休みましょう。あいにく馬車の中は揺れますが、それでも貸切ですから十分にくつろげるはずです」
「揺れるのは気にしない。代わりと言っちゃなんだが頼みたいことがある」
「なんでしょう」
「膝枕してくれ」
「…………」
フリージアの顔が固まった。
「あの。膝枕というのは、いわゆる膝枕のことでしょうか?」
「あんたの膝を枕に見立てて、俺が寝転がる。おそらくあんたの解釈で間違ってない」
「なぜ? 脈絡もなく?」
「脈絡はある。疲れを癒やすには、女の力を借りるのが手っ取り早い。こんなのは忍者の常識だぞ?」
「だからニンジャって何なの!? 何度も言いますけど!」
「じゃ、借りる」
「ひゃっ!?」
問答無用。
俺はフリージアの膝に寝転がる。
「ちょ、ちょっとあなた!? 断りもなく!」
「ちゃんと断ったじゃないか」
「あなたの世界ではあれを断ったというの!? それもあなたがニンジャだから!?」
「いや忍者は関係ないな」
「そこは関係ないの!? この流れなら関係ありなさいよ!」
「俺を召喚して戦わせようとしているのはあんただ。あんたには、俺の体調を管理する義務があるだろう。この程度で済ませてるんだ、四の五の言わずに膝ぐらい貸しておけ」
「なんという言いぐさ! ニンジャってこんな上から目線の男ばかりなのですか!?」
「ついでに頭も撫でてくれ。やさしくな」
「あげくにふてぶてしさ極まる要求まで!」
「ぐう」
「そしてあっさりと寝るなああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
やれやれうるさい女だ。
こっちの女はみんなこんな感じなんだろうか? 異世界って恐いな。
「ぐぬぬこの男、本当に眠ってしまったわ……覚えてなさいよハンゾー! こんな無礼を働いたこと、いつか絶対に後悔させてやりますから!」
そろそろ聞き飽きたフリージアの叫びを子守歌にして。
俺は安らかな眠りに落ちていくのだった……