第二話 忍者、姫騎士をいただく
「ニンジャって、何なんです……?」
腕比べに負けた女。
俺に手刀を突きつけられたまま聞いてくる。
「忍者は忍者だ」
手刀を首もとに突きつけたまま俺は答える。
「諜報活動と破壊活動を主な任務としている。敵対勢力の攪乱、要人の暗殺なども必要に応じて実行する」
「つまり隠密ということ? だけどただの隠密じゃ、わたしをこんなあっさり倒すなんてできるわけ――」
「忍者だからな。そのくらいはできるさ」
そういうものだろう、忍者ってやつは?
だからこそ俺も、現代社会ではニートとしてくすぶってるしかなかったんだ。悪目立ちしすぎるからな、こんなスキルをぽんぽん使ってたら。
「……わかりました」
ため息をつきながら女は言う。
そんな仕草もひどく絵になる。
「よくわかりませんが、とにかく負けは負けです。あなたの力を認めましょう」
「そうか。そりゃよかった」
「これだけの腕を持っていれば、確かに何かの役には立ちそうね。わたしが望んでいた勇者ではなかったようだけど」
「そうか。ご期待に添えなくて悪かったな」
「早速だけど、やってもらいたいことがたくさんあります」
「ほほう」
「まずはこちらの世界の状況を説明しないと……幸いなことに会話をするのは問題なさそうだけど、それでも前提として理解してもらいたいことは山積みだし……」
「なるほど。確かにその通りだ」
「……なので、まずはわたしの手を放してもらいたいのですが?」
眉間にしわを寄せて女は言う。
俺は左手で女の腕をつかみ、倒れ掛かる女の背中に膝を当て、右の手刀を女の首元に突きつけている状態だ。
「ひとつ確認しておきたいことがある」
「なんです? いいから早く――」
「報酬について。俺はタダで仕事をするつもりはない」
「その点は考慮します。十分な見返りがあるよう取りはからいましょう」
「さっきの話しぶりだと、かなり危ない仕事をさせようとしていたな? 『やつら』が迫っているとか何とか……察するに、こちらの世界は滅亡の危機に瀕しているんだろう?」
「……隠すつもりはありません。あなたにはこの先、厳しい試練が待ち受けていることでしょう。繰り返しますが、十分な見返りは受け取ってもらうつもりです」
つまり大抵のものは手に入る、ということだな。
さてここから交渉が始まるわけだが、その前に。
「ところでひとつ、気になっていることがある」
「まだあるのですか? 話の続きはまず、わたしの手を放してから――」
「あんた、何で『そんな格好』をしてるんだ?」
「――っ!?」
たったいま気づいたように、女はあわてて胸元を隠す。
説明しよう。銀色の髪と金色の瞳をした、このエルフらしい女。透け透けの薄い服一枚しか着ていないのだ。あちこち丸見えなのである。
実は最初からこの格好だった。状況が状況だから突っ込まないでおいたが。
「正直、目のやり場に困るな」
「目のやり場に困るなら見なければいいでしょう!?」
「で? 何でそんな格好を?」
「仕方ないのです! これは特別な力を込めて作った羽衣で、あなたを召喚するための霊力を高めるために必要で、身を清めるために水浴びもしていて、だから服が透けてしまうのはやむを得なくて――」
「なるほど。だから裸同然なのか」
「裸ではありません! ちゃんと服を着ています!」
「いや裸だよ。ぜんぶ丸見えの服は服とは言えないよ」
「というか、人のこと裸だ裸だと言いますけど! あなたこそ本当の丸裸でしょう!?」
おっとそうだった。
実は俺、一糸まとわぬすっぽんぽんである。何しろ異世界に召喚されてるからな。あちらの世界のものはひとつも持ち込めない、ということなんだろう。
「すまんな。確かに俺も裸だ」
「そうでしょう!? 人のこと言える立場じゃないでしょう!?」
「だけど忍者だから気にしなかった」
「気にしなさいよ! ていうかニンジャって何なの!? 裸でも気にしない人種なの!?」
うん、まあそうなのかな。
何も着てない方が強い忍者って、あるよな。実際身軽だし。
「それで報酬の話なんだが」
「まだその話!? その前にわたしの手を放して――」
「あんたが欲しい」
「は!?」
すっとんきょうな声をあげる女。
「命がけで世界の危機を救えと言うんだろう? だったら見返りぐらいは自由に求めていいと思うんだが」
「そ、それはそうですが――」
「あとこう言っちゃなんだが、あんたの格好がよくない。つい欲しくなった」
「そんな、猫か犬でも欲しがるみたいに――」
「ま、裸の男と女がふたりでいたら、やることはひとつだな」
「わたしは裸じゃないわよ! ちゃんと服を着てます!」
「もちろん無理強いはしない。無理にやったところでいいことはないからな。ただし、満足のいかない報酬じゃ仕事にやる気が出ないのも事実だ」
「そ、そんなこと言われたら断れない――」
「嫌か?」
「嫌――だけど、嫌と言える状況じゃ――」
「あんた名前は?」
「えっ!? フリージア、ですが」
これ以上の言葉は蛇足だろう。
俺は黙ってくちびるを重ねた。
女――フリージアがもがく。俺はさらにくちびるを重ねる。
脚をばたつかせ、身をよじっていたフリージアだったが、次第に抵抗が止んでいく――