第十九話 忍者、シェルーブルを食らう
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『外れスキルでおっさん無双 ~異世界で妄想を実現したら、人生あっさり大逆転~』
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シェルーブルの都に到着した。
「ほう……これは中々」
馬車を降りて、俺は街の様子を一望する。
パリーズほどの巨大さはないが、この都も大したものだ。
城壁のない平坦な土地に、ずらりと家屋が並んでいる。
通商の要所にふさわしく、人通りの多さと活気の良さは、パリーズに負けていない。
「いい街じゃないか」
「でしょう? そうでしょう?」
フリージアは得意げだ。
「河口の街だけあって地盤が柔らかく、建物を建てるのにはあまり向いてない土地ですが。それでもこれだけ街が栄えているのはすごいと思いませんか?」
「うん。すごいな」
「攻められやすく守りにくい地形なので、王都にこそなりませんでしたが。土地面積あたりの経済規模は、パリーズの都よりも上なんですよ」
「ほほう。やるじゃないか」
「そうでしょう。えっへん」
小鼻をふくらませて胸を張るフリージア。
……こいつ、近ごろ態度とか仕草が子供っぽいな? 幼児返りか?
まあこれが地なのかもしれん。まだ十八歳だし。
あるいは地元に帰ってきてテンション上がってるとか。
「あれが精霊教会の本拠地とやらか?」
俺があごをしゃくった先。
河口のあたりにある小高い丘に、ひときわ立派な塔が林立している。
「ええそうです。絶対神の分け身たる精霊を司る精霊教会の、誇り高き大聖堂。どうですか、とても立派でしょう?」
「確かに立派だな。王宮なみに見事なもんだ」
「でしょう? でしょう?」
「ま、俺には信者の寄付金を巻き上げて建てた、悪趣味な成金の殿堂にしか見えんのだが」
「こらハンゾー! そんなことを言って、罰当たりですよ!」
めっ、とか言って叱ってくるフリージア。
……こいつ、さてはこっちの方が素なのか?
ま、これはこれで可愛いから問題ない。
「さておき、さっそく大聖堂に向かいますか? 紹介したい人がたくさんいるのですが」
「その前にやることがある。忍者は情報を足で稼ぐ。生きた情報は街にある」
「ですよね! ハンゾーならそう言うと思ってました! 」
「…………」
「どうしましたハンゾー?」
「フリージアお前、そのくらい素直な方が可愛いんじゃないか?」
「ば、ばか! そんな風にからかっても、何も出ませんから!」
顔を真っ赤にしながらも、歩く足がうきうきしている。
……ま、これはこれで可愛いから問題ないんだけどな?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
海沿いの地区に向かった。
かすかに潮の香りがする風。
漁師町でもあるシェルーブルは、大型の商船にまじって小型の漁船も目立つ。
「ほらあそこです。屋台が並んでいるでしょう?」
フリージアが指をさした方向に、粗末な建物がずらりと並んでいる。
「シェルーブルにはあちこちに屋台街がありますが、ここの場所は地元の漁師のみなさんが通う店が多いんです」
「つまり味に待できると」
「そのとおり!」
フリージアに連れられて、とある屋台ののれんをくぐる。
「へいらっしゃい! ……おっ、久しぶりだねえ嬢ちゃん!」
「こんにちは店主さん。ごぶさたです」
「今日もいつもの?」
「はい、いつもの!」
粗末なテーブルに座る。
フリージアは浮き浮きした様子で、店主が料理を作るのを待っている。
「楽しそうだな」
「実はわたし、小さい頃は下町で育ったので。こういう空気は肌に合うんですよ」
「なるほど」
「ちなみに『疾風のフリージア』といえば、このあたりじゃ割と有名なので。なるべく精霊騎士だってことがわからないように振る舞ってるんです」
それで町娘っぽい感じを出してるのか。
「はいよっ、お待ちどうさま!」
そうこうしてるうちに料理が出てきた。
「マミール貝と鎧エビをいっしょに茹でて、にじみ出てきたスープといっしょにかき込むのが地元流です」
「ほう。やってみるか」
さっそく食べてみた。
絶妙な塩味。海そのものを食ってるような滋味。
「どうですかハンゾー?」
「とてもうまい」
「ですよね!」
「おかわりをもらおう。それと酒もくれ」
「そうくると思ってました!」
ふたりで二人前ずつ食べた。
野趣あふれる味に、井戸水で冷やしたエールの喉ごしがたまらない。
最低限の味付けで、素材のポテンシャルを引き出すやり方も冴えている。
こちらの世界に来ていろんなうまいものを食ってきたが、今回のこれがベストかもしれん。
「やるじゃないかフリージア。とてもいいぞ」
「えへへ。そうでしょ、そうでしょ」
食べているうちに興が乗ってきた。
ふむ……この食材をああして、こうして……この場にあるものを上手く利用すれば……
「店主。ちょっといいか」
「ん? なんだい兄ちゃん」
「少しのあいだ店を貸してほしい」
「な、なんだって?」
「だいじょうぶだ。決してあんたに損はさせない」
「お、おう……まあお嬢ちゃんの連れだし、客もいねえ時間だし、別に構わねえが……」
というわけで店を借りた。
店の厨房、調理器具、食材の一式である。
といっても小さな屋台だ。使えるものは限られる。
(ふむ……)
新鮮なマミール貝と鎧エビを前にして、考える。
マミール貝のワタは、ウニに似た濃厚な甘さ。鎧エビのミソもじつに豊潤な味わいだ。しかし下手に茹でてしまうとせっかくの味をそこなう。
まずはマミール貝のワタ、鎧エビのミソを取り分ける。
「ハンゾー……あなためちゃくちゃ手慣れてない?」
興味深そうに成り行きを見ているフリージアが、感心している。
「忍者だからな。新しい土地で新しい味を発見するのも、仕事のうちだ」
マミール貝と鎧エビの身を、包丁の背中で粗めに叩く。
先ほど取り分けたワタとミソを、こちらはよく叩いてペースト状に。
叩いた身に、ネギに似た野菜とゴマに似たスパイスを混ぜ込んで、よく練り込む。
練り込んだ身を団子状にする。
団子にワタとミソのペーストを塗る。
「……なんだなんだ?」
「見たこともねえ料理を作ってるぞ、この兄ちゃん」
野次馬が集まってきた。
気にせず料理を続ける。
団子を炭火にかけ、じっくり焼く。
表面がほどよくこんがりしたところで、この近辺で水揚げした小魚を使った魚醤をサッとひとふり。
じゅわっ。
魚醤が炭火に落ちて、かぐわしい香りを立てる。
フリージア、そして野次馬たちが、ごくりと喉を鳴らす。
「……ふむ。こんなところか」
完成した『なめろう』と『つくね』を合わせたような料理を、俺はさっそくひとくち。
「ど、どうなのハンゾー?」
「食べてみるか?」
「ぜ、ぜひ」
フリージアがひとくち食べる。
「――んんんんんんっ!!!?? なにこれ美味しい! すっごい美味しいこれ!」
店主もひとくち。
「――こ、こいつぁすげえ! 食い慣れたはずのマミール貝と鎧エビが、まさかこんな味に!?」
「ちょっとハンゾー!? あなたこんな美味しい料理まで作れるの!?」
「忍者だからな。まあこのくらいは」
「あんた、どこぞの名のある料理人か!? だったら先に言ってくれよ!」
「いや。俺は忍者だ」
「ニンジャかケンジャか知らねえが、こんな料理を考えちまうやつは一流の料理人しかありえねえよ! ……おーいみんな、ちょっとこっち来て食ってみろ!」
そこからは大騒ぎになった。
「なんだこりゃうめえ!」
「おーいこっちにもくれ!」
「俺もお代わりだ! 金ならいくらでも出す!」
即席の試食会になり、周囲から人が集まってきて、押すな押すなの大盛況。
他の屋台にもさっそくレシピが伝わり、まるでお祭りのようになってしまった。
「ハンゾー……あなた本当に底が知れないわね……」
俺の新料理をもしゃもしゃ食いながら、フリージアはしきりに感心するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後は、親しくなった連中からこの土地の情報を仕入れ、大いに有意義な時間を過ごすことができた。
ちなみに俺が気まぐれで編み出した料理が、『ハンゾー焼き』として新たな街の名物となるのだが……それはまた後の話である。




