第十四話 忍者、枢機卿をざまぁする
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『SSSランクのおっさん無双 ~異世界で妄想を実現したら、人生大逆転で余裕でした』
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「足場を固めたい」
王都パリーズの、とある酒場。
俺はフリージアに言った。
「オルレアナ宰相のお墨付きはもらったが、まだ俺が大手をふるって仕事ができる環境じゃない。何事もそれからだ」
「ハンゾーの言うとおりです」
エールを飲みながらフリージアは頷く。
「異世界からすごい力を持ったニンジャが来たから、彼にすべてを任せよう――と言ったところで、簡単に納得してもらえるとは思いません。この国の上層部を支配しているのは、ジャモニー枢機卿を始めとする門閥貴族ですから。彼らは特に頭の固い人種なので」
「まあ俺ひとりでも何とかなるだろうが、効率が悪い。なにより目立ち過ぎるのは忍者の本道にもとる」
「ニンジャは闇から闇へと渡って生きる――ということですね?」
「わかってるじゃないか」
「当然です。この世界では、わたしがいちばんハンゾーのことを知っていますから」
フリージアは胸を張って、
「あの、ところでハンゾー?」
「なんだ」
「あなた本当に、本当の本当に、オルレアナ宰相と、その――」
「またその話か。彼女はもう俺の女だと、何度も言ってるだろう」
「で、ですがその、もともとハンゾーはわたしとそういうことをする契約だったはずで、なのにオルレアナ叔母さまと先にそういう関係になるのは――」
「そんなことよりオルレアナ。シシャモ枢機卿のことなんだが」
「ししゃも? ……ああ、ジャモニー枢機卿のことですか?」
「あの老いぼれがどこに住んでいるか教えてくれ。ひと仕事してくる」
「ひと仕事? いったい何をするのです?」
答えず、俺は串焼きの肉にかぶりつく。
今日の料理は、黄金ヒツジの新鮮な内蔵を炭火で炙ったもの。
柑橘類の香りがするスパイスで風味付けしてあり、臭みがなく、とろけるように甘い。少し辛めの味付けも俺の好みだ。
仕事の前には精を付けるにかぎる。
今夜のプランを頭の中でシミュレートしながら、俺は串焼きを腹に収めていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(くそっ、くそっ! モチヅキ・ハンゾーめ!)
その夜、王都の一角にある広壮な屋敷にて。
ジャモニー・ルーモン・ド・バイヨン枢機卿は、ひとり地団駄を踏んでいた。
(どこの馬の骨とも知れぬ男に、誇りあるバーゼイル王国の運命を託すなど……おまけにオルレアナ宰相閣下の信頼を得るなど……ええい、忌々しい!)
なにより許せないのは。
ハンゾーを見るオルレアナ宰相が、女の顔をしていたこと。
王族にして、バーゼイル王国指折りの才媛たるオルレアナには、ジャモニー・ルーモン・ド・バイヨンこそふさわしいというのに。
それを、あのハンゾーとかいうドブネズミが――
(ええい! 許さぬぞ決して!)
ジャモニーは固く決意する。
由緒正しい貴族によって統治されるバーゼイル王国の王宮に、平民ですらないモチヅキ・ハンゾーの居場所はない。
死をもってその罪をつぐなわせる。それしかあるまい。
「おいっ! そこにいるんだろう!?」
ジャモニーはわめいた。
誰もいないはずの、広間の暗がり。
そこに、ゆらりと沸き立つ気配がある。
「――お呼びですかな、依頼主殿」
黒衣をまとった影が現れた。
ひどく不吉な雰囲気をまとった、漆黒の影。
「仕事の内容はわかっているだろうな?」
「モチヅキ・ハンゾーの殺害……でよろしいか」
「うむ。なるべくむごたらしく殺せ。念入りに痛めつけてな」
ジャモニーは暗い目をして笑う。
スバルトラント辺境、かの悪名高い魔の森を根城にする、デイヨン一族。
至高の暗殺者集団と呼ばれる彼らを雇うのに、金貨一万枚が必要だったが。彼らなら必ずや依頼を果たしてくれるだろう。
「ところでデイヨン一族の者よ」
「なんですかな、依頼主殿」
「お前ひとりだけなのか? モチヅキ・ハンゾーはそこそこ腕が立つという話らしいが、ひとりで本当に始末をつけられるのだろうな?」
「……これはしたり」
全身を覆う黒衣の隙間から、暗殺者の目が笑うのが見える。
「ひとりではありませんぞ。さっきからほれ、そちらにも、あちらにも」
「むうっ!?」
ジャモニーはあわてて周囲を見回す。
そして驚愕した。
「――ここに控えておりまする」
「――こちらにも」
「――そしてこちらにも」
一体いつの間に?
ジャモニーの背後と左右に、それぞれひとりずつ。
何の気配も悟られず、全身黒衣の影たちが、いつの間にか現れているではないか。
「我らデイヨン一族にとっては、造作もないことでございますよ」
首領らしき黒衣が言う。
「依頼は必ずや果たしてご覧に入れる。酒でも飲んで待っておられるがよい」
「――は、ははは」
ジャモニーの口から乾いた笑いが漏れた。
まったくの素人である彼にもわかる。
半ば伝説として語られるデイヨン一族の力は本物だ。
彼らは万に一つも失敗することなく、モチヅキ・ハンゾーの首級を持ち帰ることだろう。仮に最高位の精霊騎士が相手であっても、デイヨン一族には敵うまい。
「ははははは! いいぞいいぞ、行けデイヨン一族の者ども! 首尾よく事が済んだあかつきには、たっぷり褒美を弾んでやろう!」
「心得た」
すうっと。
合わせて四つの影が、音もなく消えた。
「くくくくく……わっはっはっは!」
ジャモニーはひとり哄笑する。
今宵はいい夜になりそうだ。
あとは待つだけでよい――とっておきの酒でも飲みながら、モチヅキ・ハンゾーが死んだ後のことでも考えようではないか。たとえば失意に沈むオルレアナ宰相を我が物にする段取りとか。ついでに小生意気なフリージアを手籠めにするのも悪くない。
下卑た笑いを浮かべ、ジャモニーは三十年物の火酒を引っ張り出す。
今夜はこのとっておきの酒を味わいながら、デイヨン一族が戻るのを待つとしよう……
「――っ!?」
ジャモニーの表情が凍りついた。
「動くな」
薄闇の中に誰かがいる。
厳重な警備を敷いている、枢機卿の屋敷に侵入して、ジャモニーの目の前に、誰かがいる――!
「口も利くな。視線すら揺らすな」
ああまさか。
まさか、そんな。
「従わなければ殺す。従ったとしても気に食わなければ殺す。理解したか?」
モチヅキ・ハンゾー。
この男がなぜここに――
「肯定なら首を縦に。否定なら横に振れ」
ジャモニーはすぐさま首を縦に振った。
本能が告げている。逆らえば、待っているのは何よりも確実な死――
「座れ」
滝のように流れる冷や汗を感じながら、座る。
「注げ」
震える手で、ハンゾーが掴んだグラスに酒を注ぐ。
三十年物の火酒、文字どおり火がつくほど強い酒を、ひといきに飲み干す。
「お前も飲め」
ジャモニーも自分のグラスに酒を注ぎ、飲む。味がしない。
一体どうなっている? 警備の者や召使いたちは?
「屋敷の者たちには幻術をかけておいた」
デイヨン一族は? あの恐るべき強者たちは?
「ああ、ここに来る時すれ違ったな。全員白目をむいて転がってるよ。こっちの世界にもそれなりにできる連中はいるらしいが――俺を殺したいなら、もう少しマシなやつを雇うんだな」
それなり?
あのデイヨン一族をそれなりだと?
ジャモニーの震えが止まらない。声を出そうにも歯の根が合わない。
今この瞬間にも、頭髪がごっそり抜けていくのを自覚する。
「まだ俺を殺したいか?」
首を横に振る。
「まだ俺を殺せると思うか?」
首を激しく横に振る。
殺気とか、そういうちゃちな問題ではない。
モチヅキ・ハンゾーは、目の前にただ座っているだけなのに、まるで山のごとく大きく見える。あるいはジャモニー自身が豆粒のように小さくなってしまったのだろうか。
それほどの差が、この男と自分にはあるというのか。
「いい酒だな」
首を縦に振る。
「こいつを飲みきるまで、しばらく居座らせてもらおう。心配するな、あんたにも飲ませてやるよ。今夜は酒盛りだ」
首を縦に振る。
グラスに酒が注がれる。
†
†
†
――その後、何がどうなったのか記憶にない。
気づけば朝になり、モチヅキ・ハンゾーの姿は消えていた。
自分が失禁していたことに、ジャモニーはその瞬間まで気づかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜。
王都パリーズの、とある酒場。
「ねえハンゾー」
「なんだフリージア」
「ジャモニー枢機卿が今日、恭順を申し出てきました。モチヅキ・ハンゾーの方針にすべて従うと」
「へえ。よかったじゃないか」
「……何をしたんです?」
「別に何も。ふたりで酒を飲んだだけだ」
「もともと少なかったジャモニー枢機卿の髪の毛が、ぜんぶなくなっていたんですが」
「そうか。そりゃかわいそうに」
「ずっと泣きべそかいてましたよ、あの人」
「きっと花粉症だろう。こっちの世界にも花粉症があるんだな」
適当にごまかして、俺は黄金ヒツジの串焼きを食う。
今夜もまたオルレアナのお誘いを受けているので、精力をたっぷりつけておく。
異世界忍者にヒマはなし。宰相としっぽり仲良くなって、仕事を円滑に進めるようにしておかないと――だからな。
ざまぁ楽しいです。