第十三話 忍者、宰相をいただく(真相)
わたくしの名は、オルレアナ・マーセイユ・ド・リューセック。
リューセック王家に連なる血筋、バーゼイル王国の宰相です。
自慢じゃありませんが、優秀です。才媛です。
年齢は二十五歳。独身です。
正直、行き遅れ気味ですが、仕方ありません。わたくしに見合う殿方がいないのだから。
これでもけっこう求婚はされるのですよ? 頭だけじゃなくて、見た目だってちゃんとしてるんですから。枢機卿たちからもとても人気です。下心丸出しでウンザリしますが。
まあもし仮に、わたくしに見合う殿方がいたとしても、国政が忙しすぎて結婚できそうにありませんけどね。
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さて。
わたくしには悩みがあります。
まずは小さな悩みから。国王の妾腹の子であるフリージアが、わたくしを叔母と呼ぶこと。
だって、あの子とわたくしは七歳しか歳が違わないのですよ?
見た目だって、あの子とわたくしはそんなに変わらないのですよ?
それなのに叔母さま呼ばわりは迷惑です。ただでさえ遠のいている婚期が、さらに遠のいてしまう気がします。
何度もやめなさいと言ってるのですが、フリージアはしっかり者にみえて迂闊なところがありますから……いまだに叔母さま呼ばわりがたまに出ます。
まあ悪気はないのでしょう。悪気があったらとっくに独房行きです。
この国を憂う者同士、しっかり力を合わせていかねばならないのですが……生まれの違いもあり、フリージアとわたくしは微妙な関係なのです。
さてもうひとつ。大きな悩みの方。
こちらは本当に頭の痛い悩み。『やつら』と呼ばれる侵略者についてなのですが……ここで多くを語るのはやめておきましょう。
わかっているのは、放置しておけば良くない事態になる、ということ。
一日でも早く対処しなければならない、この世界にとっての大問題なのです。
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……で。
その大問題の”解決法”とやらと、わたくしは面談しているのですが。
「――口を慎め、下郎! リューセック王家のやんごとなき血筋を受け継ぐオルレアナ宰相閣下と、対等の口を利くとは何事か! まずはひざまずき、頭を垂れるのが礼儀であろう!」
……まあこうなるでしょうよ。
フリージアが連れてきた異邦人の救世主、モチヅキ・ハンゾー。
案の定、枢機卿たちは拒絶を示しました。
もちろんわたくしが決断すれば、枢機卿たちは従ってくれるでしょうが――それにしても政治というものがあります。
この国は圧倒的な貴族社会。
貴族の頂点たる枢機卿への配慮を欠けば、何事も立ちゆきません。
そのあたりがまだ判っていないフリージアは、どうにか枢機卿たちを説得しようとしているようですが。簡単にはいかないでしょう。
あの子はもう少し、貴族階級の扱いを理解する必要があります。庶民育ちの彼女はそのあたりがよくわかっていません。今回の件はいい勉強になるのではないでしょうか。
(それはそれとして――)
わたくしはモチヅキ・ハンゾーに目を向けます。
この男、ただ者ではありません。
悠然としたたたずまいは、隙だらけに見えてまったく隙がない。
そもそも宰相と枢機卿に囲まれて、まったく動じてないあたり――いくら異邦人とはいえ、普通はできないでしょう。
あと、その……なんというのでしょうか。
ときどき合う視線が、ひどく情熱的で、甘くて、お腹のあたりがきゅんとするといいますか――それに見た目もわたくしの好みにぴったりですし、なんだかこう、心の中で何かが弾ける予感がありありといいますか。
不思議です。
枢機卿たちも、フリージアも、何も気づかないのでしょうか?
モチヅキ・ハンゾー……控えめに言って、神のようにいい男ですよ?
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……で。
今はその会談の二日後の夜なのですが。
わたくし、寝室で押し倒されています。
周りには誰もいません。近衛の者や召使いたちはみな、幻術にかけられているか、あるいは眠らされているようです。寝室にはわたくしと、わたくしを押し倒している男だけ。
モチヅキ・ハンゾー。
アリ一匹入れないほど厳重な王宮の警備をくぐり抜け、宰相の寝室までたどり着いたのです。
とても信じられません。
まさか、そんなことをしてのける男がこの世にいるなんて。
「あんたをいただきに来た」
モチヅキ・ハンゾーはささやきます。
「嫌か?」
嫌……ではありませんが、わたくしにも立場が……ああ不思議です、どうしてこのような気持ちに……まるで抵抗する気が起きない……
「魔眼だ」
「まが……ん?」
「蠱惑の術の一種だ。忍者なら誰でも学ぶ」
「にん……じゃ?」
「ま、こっちの話だ。気にしなくていい。遅かれ早かれ結果は同じだ。魔眼がなければ正面から口説くだけだからな。時間がないからこうしたまで」
ああ……とても渋い声。
背中がぞくぞくします。
ちなみに押し倒していると言いましたが、まったく乱暴ではありませんでした。
むしろ小鳥の雛をそっと包むような押し倒し方でした。そんなところも素敵。
「では頂くぞ」
「ああ、そんな、駄目……」
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……で。
今は王宮の庭園にある東屋で、二度目の会談中。
わたくしがハンゾーを認め、彼に全権を委任する宣言をしたところ。
枢機卿への配慮?
そんなのどうでもいいです。遅かれ早かれ、どうせ結果は同じだったでしょう。
『やつら』へのこれといった対策はない。
ハンゾーの実力は本物。
であれば、任せるしかないではありませんか。
「承伏いたしかねまする! そのような世迷い言、どこの馬の骨とも知れぬ男を、そのように重用するなど――」
「くどいですよジャモニー枢機卿。言ったはずです、わたくしは国王陛下の名代であると。わたくしの言葉に異を唱えるのは、国家への反逆も同然です」
「そ、そんな――!」
あーあー。
うるさいうるさい。耳が腐ります。
枢機卿たちに、ハンゾーの百万分の一でも魅力なり実力があれば、少しは話も聞いてあげましょう。それまでは顔も見たくありませんね。
会談を終え、うろたえる枢機卿たちを残してわたくしは東屋を出ます。
扉のそばでハンゾーとすれちがいます。
わたくしは小さな声でささやきます。
「……今夜もわたくし、お待ちしております」
「了解」
枢機卿たちと同じく泡を食っているフリージアは、そのやり取りに気づかなかったようです。
同じ女だからわかります。あの子もわたくしと同じで、モチヅキ・ハンゾーのことが好きなのでしょう。ですがこういうのは早い者勝ちですからね。せっかく見つけた最高の男を、わたくし決して逃がしませんとも。
ああ、それにしても。
ハンゾーはその、何と言いますか……とても、すごかったです。
ああ無理。これは無理です。女だったらぜったい惚れてしまいます。だってあんなに激しくて、それでいて優しくて……わたくし思い出すだけでも……
コホン。
秘め事は秘めてこそ。あの夜のことはわたくしの胸に納めておきましょう。
わたくし、うきうきしながら執務室へ向かいます。
やることは山積み。ハンゾーを支援するために、オルレアナ・マーセイユ・ド・リューセック、身を粉にして働きますとも!
夜のお楽しみが待っていると、政務にも熱が入るというものですからね!
お待たせしました。
次回、枢機卿がざまぁされます。




