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散聞録

作者: 石ころ

【散聞録】

お主、未知の世界に興味があるようですな。

私を見つけられたご褒美に、私の世界に招きさせて貰おう。

ようこそ、未知の世界へ……。



遺伝司(いでんし)

「司祭さま。そろそろ、儀式のお時間です。」

上半身裸の痩せている老人、この方は島の司祭である。

言わば、この島を管理している者だ。

「そうかそうか。では、まずは男の方から始めようか。」

「はい。かしこまりました。」

しばらくして、1人の男が儀式の間に案内された。

「司祭様。どうか、私に子どもを授からせてください。」

「うむ。いいだろ。」

「本当ですか。ありがとうございます。」

「では、早速儀式の準備を……。」

「はっ!」

「君、ズボンを脱ぎたまえ。」

「ここで、ですか……?」

「そうじゃ。そこの台座の上で横になるじゃ。」

「……はい。わかりました。」

男は恥ずかしがりながらもズボンを下ろし、台座の上で横になった。

護衛たちが男を抑え、1人は遺伝子を取る作業を行った。

しばらくたったら、男から遺伝子を預かることができた。

普通なら、遺伝子はすぐ死ぬものだが、司祭には遺伝子を活かすすべを知っておる。

「君は外で待って貰えないか?」

「はい。わかりました。本当に、ありがとうございました。私はこれで、失礼します。」

男は嬉しそうに儀式の間から出た。

司祭はこの島のすべてを管理している。

もちろん、人口も例外ではない。

この島で子どもを生む方法を知っているのは、この司祭だけだった。

だから人口の管理がしやすい。

「遺伝子の選別儀式を始める。君たちも外で待っておくれ。」

「はっ!」

こうして、司祭は遺伝子を選別し始めた。

司祭は、箸先が尖っている銀の箸を火で焼き、遺伝子を挟んだり離したりしていた。

「なんだ!? いきなり挟まれたぞ! おい。誰か助けて!」

遺伝子たちは慌て出したが、逃げ場はどこにもなかった。

「もしかして、俺たちを挟み取ろうとしているのか!?」

「冗談はよせよ。俺らを肉眼で見える人類なんている訳がない。」

「だけどよ、ほら! また、1人を挟み上げたぞ!」

「見逃してくれ! 俺は美味しくないぞ!」

「叫んでも聞こえないよ。」

「うむ。最近は学者が足りないな……。いや、待てよ。建築師も足りなかった気がするのじゃが……。」

司祭は遺伝子を目で分別できる。

遺伝子を選ぶことで、島の人材や経済の分配の管理をしていた。

実は、司祭の目は遺伝子だけではなく、病の原因や人の考えや悩み、得意不得意など、いろんなものが見らえる。

だからこそ、人材の育成や経済の分配、男女比のコントロールなど、島中のすべてを完璧に収めることができた。

「おい、やめろ! これは食材選びじゃないぞ!」

「君に決めようかな……?」

「あぁああああ! すみませんでした! 俺、めっちゃまずいですから、どうか見逃してくださいませ!」

「僕なんが、油しかないから! 脂肪しかないから!」

「やめておけ。叫んでも届かないって。」

「だからってこのまま、彼が連れ出されるのを黙って見る訳には行かないよ。」

「手を貸したいだが、手も足もないけどな、俺ら……。」

「やめた。やっぱり芸術家がいい……。」

司祭は遺伝子の選別に悩み、うっかり手を離した。

「あぁあああ! 死ぬ! こんな高いところから落ちたら……。」

「誰かが助けないと!」

「もう遅い……。」

「あぁ……。痛かった。俺、死ぬかと思ったぞ。でも意外に死なないものだな。」

「ようし、芸術家に決めた。」

「今度は僕かよぉおおおおお!」

司祭は素早く、芸術の才能を持つ遺伝子を選び取り、保存した。

そして、司祭は選ばれなかった者を便所に捨てた。

「なんが、臭くないか?」

「そうだな。なんでだろう?」

「おい! 待って、何するつもりだ!?」

「もしかして、俺たちを捨てるつもりじゃ? やめろ!」

「俺たち、なんか落ちてないか?」

「あぁああああ! やめて!」

「ここは、どこだ……。臭い……。」

「うぅう。動けない。」

「臭い。黒い。苦しい。」

「俺、もう死ぬかも……。」

遺伝子の処理を終わらせ、司祭は儀式の間に戻り、男の妻を召見した。

「司祭様。召見してくださって、ありがとうございます。」

「うむ。では、儀式を始めようか。」

「この台座の上にたち、服を脱ぎたまえ。」

「ここで、服を脱ぐのですか?」

「うむ。そのまま横になって、足を広げなさい。」

「……はい。分かりました。これでいいですか……?」

「うむ。そのまま待ちなさい。すぐ終わるじゃからな。」

司祭は特別処理された遺伝子を女の体内に入れた。

「これで儀式は終了じゃ。君はこれから男の子を生むじゃろ。」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「いやいや。うちに男の子がいないといろいろ大変じゃろ。良いことじゃ。」

「はい。良かったです。本当に、良かったです。」

男の妻は嬉しいあまりで、涙を流した。

「この子には芸術の才能を持ておる。いつか、進むべき道に迷った時は、考えても良いかもしれん。」

「芸術家ですか!? 私のうちにも芸術家が育てるなんで、司祭様、ありがとうございます!」

「うむ。早く旦那に知らせて来なさい。」

「はい、これで失礼いたします。」

この目のお蔭で、司祭はうまくこの島を管理することができた。

だが、人は誰しも寿命があるものだ。

後継者がないと、島は滅ぶであろう。

司祭にも、跡継ぎを残さなければならなくなった。

「仕方ないのう。儂のように、つまらない人生に歩んでほしくないじゃ。」

司祭は目を閉じ、何も見ないまま一つの遺伝子を挟み上げた。

「儂の妻を呼びたまえ。」

「はっ!」



郵舟渡(ゆうしゅうど)

「おう、お疲れさん。」

「久しぶりじゃないか。お疲れ様。」

「どうだい、仕事の上がりに一杯は。」

「そうしたいだが、どうやら休憩はここまでのようだ。」

「帰ったばかりというのに、人使いが荒いな。」

「まぁ、行ってくるよ。」

「おう、気をつけでな!」

ここは港。

永遠の不夜港、万憶渡(まんおくわたり)

古式な宿、舟にある酒場、永遠に消えない提灯の明かり……。

ここは俺たち、渡差(どさ)の住処だ。

俺たち渡差は、人間の脳と万億渡を往復し、記憶を運送する存在。

この数十年間、人の睡眠時間は酷くなっていた。

一週間の中に、4日しか寝ていない人や、1日に2、3時間しか寝ない人は大勢いた。

そのため、渡差は1人を担当するのが精一杯だった。

脳の容量は限られていて、いらない記憶は俺たちの手によって廃棄される。

そして、外界から吸収した情報も、俺たちの手によって運送される。

「疲れたな。人類が住む世界がこんなにも進歩したと言うのに、俺たちは相変わらずのボロ舟……。」

しかし、どこまでも続く暗い緑の河、提灯を持つ舟旅とは乙なものだな。

「やっと着いた。さて、今日の分を確認しようか。」

俺は石で建てられた渡し場に着いた。

この門を潜ると、脳の中に入ることができる。

人間が眠りにつくと、脳は吸収した情報を整理し、渡し場にあるポストに置く。

そして、俺たちが記憶を分別し、配達する。

「今日は……赤が5、青が3、緑が14、黒が17だね。」

色によって、記憶の価値や配送先が分かる。

順に追って、一番大切なのが赤、青、緑、黒だ。

ここでよくある疑問だが、なぜ必死に勉強したのに、起きたらすっかり忘れるのか?

それは、お前らが寝ないからだぁあああ!

徹夜して勉強するなんぞ、効率のない単なる時間の無駄にすぎない!

そのために、俺たちはいつも残業させられているだぞ!

まぁ、いい。

この仕事は大変で疲れるだが、やりがいがあるんだ。

「さて、今日のお楽しみは?」

俺は黒い記憶を河に捨て、渡し場にある扉を開いた。

心配しなくても、黒い記憶は使い物にならないものだ。

一文字しかあっていない英語のスペルリング、ラーメンにいれた唐辛子の量、破損し過ぎて読めない記憶……。

あとはお母さんの誕生日やクリスマスの日付などいろいろ……。

うん?

それはさすがに必要な記憶では……。

まぁ、判断するのは俺じゃなくこの人の脳だからな。

俺は責任を持って、記憶を運ぶだけだ。

扉を開けると異世界に行ったような気分だ。

そこは人が見ている夢で構築された世界。

夢を冒険しながら、仕事するのは楽しいことだ。

少々説明しよう。

夢の主人公、つまり俺が担当する人のことだが、俺たちの存在を認識することはできない。

なぜなら、主人公の視界や行動、意識すら固定されているからだ。

「さぁて、今回はどんな世界だ? 主人公が空から落ちてきたぞ。」

ここはサーカスのようだな。

今回の主人公は小さな玩具だった。

囚人服を着て、腹に太鼓を抱えながら動き始めた。

俺は主人公の後ろにつき、尾行した。

すると、ローラーコースターの乗り場に辿り着いた。

軌道には、ジョーカーの群れがゾンビのように彷徨い、えものを待ち構えていた。

主人公は思わず、ジョーカーに向けて跳び蹴りを使った……。

けど、蹴られたジョーカーは倒れず、逆に主人公の足が捕まれ、軌道に向けて投げられた……。

必死に足掻いた主人公はやっと、体を引いて接近戦に移ることができた。

太鼓を抱えているためか、パンチはどうしても、ジョーカーに届かない。

あっという間に、主人公はジョーカーの群れに押し倒された。

「やれやれ、なにやってんだが。まぁいい、早く仕事を終わらせよう。」

夢の中には、いくつの欠け穴がある。

それが記憶をはめる場所だ。

パズルを作るように、俺たちは欠け穴の色に合わせて、記憶をはめればいいんだ。

いらない記憶はどこにいるって?

それはまさに目の前にあるものだ。

そう。ジョーカーに襲われ、命を落とした主人公だ。

主人公を圧縮し、回収すれば終了だ。

大丈夫。心配しなくても、主人公が死んだ時点で、この夢は終わった。

ジョーカーたちはそのまま止まっていた。

俺は、ペットボトルを潰すような感じで主人公を……。

いや、なんでもない。

「よし、残った分もさっさと片付けよう。」

またたきしたら、夢が変わった。

新しい主人公の出番のようだ。

時には、夢をいくつ見ることがある。

夢の数や長さなど、すべては人間の睡眠素質に関わるらしい。

脳は毎日夢を作っていたが、人は深い睡眠状態になると見られないらしい。

主人公は町を歩いていたら、突然、鳥の糞の雨が降り出した。

その瞬間、主人公は電話を掛けていた。

「もしもし、俺だけど、道に迷ったから少し遅れると思う、ごめんな。」

そして……、鳥の糞は主人公の口に直撃した……。

その続きはよいとして、主人公は電話を切り、お手洗いを探し始めた。

すると、なぜかレストランの台所に入り込、勝手に洗い場で口を洗い出した。

突然、大きいな手が主人公を掴み上げ、まな板の上に置いた。

「オメェ、見たな! 俺たちがニセ食材を使っているところを。」

「まぁいい、ちょうど肉が足りない所だったんだ。」

……時には悪夢も見るでしょう。

俺たち渡差は、心が丈夫に育てられたから平気だが。

俺はそのまま主人公を回収し、まな板の欠け穴に記憶をはめた。

やっと、配達が終わり、俺は万億渡に戻った。

「おう、やっと戻ったか。」

「うん。疲れたよ。」

「今度こそ酒を飲もうぞ!」

「ちょっと待ってくれ、オークションの時間だ。」

「おう、なんが面白いものでも拾ったか?」

俺は圧縮した主人公を逆方向に捻り、元の形に戻した。

俺はそれを、万億渡にある要らない主人公オークション会に出品した。

「次はなんと! ミンチにされた主人公!」

「5万!」

「10万!」

「20万!」

「35万」

「35万一回! 35万、二回! 35万三回! おめでとう! これで、ミンチ主人公はあなたのものです!」

夢を冒険するのは楽しいが、俺のように変わった主人公を収蔵する人は大勢いた。

いつのまにか、俺は想像できない主人公の死に様を期待していた。

これだから、この仕事をやめられないや……。



言評家(げんひょうか)

はじめまして。

俺は言葉を味わい、評価する言評家。

これは世界中探し回っても、たった1人しかいない職業だ。

5年前。

「この国は物騒だな。」

俺は自分を成長させるため、国際新聞やいろいろな知識を勉強していた。

人が生きられる時間は限られている。

また、若い内に勉強しないと、年を取るにつれて脳がおいつけなくなる。

そのため、俺は自分を磨くために、ありったけの時間を使っていた。

「鼻血が出るときは下へ向くべきか……。」

小学生の頃、鼻血が出るときは上へ向くべきだと先生に言われた。

中学生の頃も、高校になってもだ。

一体、どっちが本当なのか。

ふと、こんな疑問が湧くと、頭の中がいっぱいになった。

もし、先生が間違った知識を学生に教えたら、最悪の場合、学生の人生を狂わせることもあろう。

俺はこのとき、自分が今まで勉強したことが偽りのものだったのかと恐れた。

確かめたい、自分が正しいと確かめたい。

しかし、確かめる方法がない。

一体何を信じればいいのか、今まで築き上げた価値観が崩壊した。

あれ以来、俺は何も信じなくなり、常に恐怖を抱き、精神科に通い続けるようになった。

「こんにちは。最近の様子はどうですか?」

この人は俺が通う病院の精神科医だ。

「相変わらず寝られないです。あと、食欲もなくて、何に対してもやる気が起きないです。」

「そう、ですか。薬をちゃんと飲んでいますか。」

「飲んでないです。なにも集中できなくなったり、幻覚を見たり、頭がだんだんおかしくなっていく気がして……。」

「大丈夫です。今のあなたには、休むべきです。だから、何も考えずゆっくり休めば、だんだん良くなりますから。」

「……わかりました。」

「幻覚を見ると言いましたね。どんな幻覚を見たんですか。」

「文字が浮いたり、部屋に変な生き物が現れたり、頭の中をずっと駆け回っていました。」

「そのときは、幻覚だとわかりましたか。」

「頭がぼんやりしていたが、幻覚だという意識はあります。そのまま、翌日の夜まで寝ました。」

「うん。まぁ、幻覚だと自覚していれば、特に問題はないんですが、一応別の薬に変えてみますね。では、今日はこれで大丈夫です。」

「ありがとうございました。では、失礼します。」

俺は薬を受け取り、すぐうちに戻った。

「食欲がない……。腹が減っているのに、何かを食べるとすぐ吐きそうになる。薬を飲まないとダメだから、今日のごはんもエナジードリンクにするよ。」

俺はエナジードリンクをご飯代わりにし、睡眠薬を飲んだ。

しばらくしていたら、また携帯にあった会話記録の文字が浮かび上がってきた……。

薬を変更して貰ったのに、また幻覚を見始めた。

次の診察まで、この薬はやめよう。

突然、床に置かれた雑誌に書かれている文字が抜け出し、入れ墨のように手に貼り付いた。

瞬きしていたら、文字はどこにもなかった。

もう寝てもおかしくない時間なのに、意識ははっきりしていた。

そして、手に入り込んだ文字はなぜか味がした。

まずい味とともに、記事を書いた人の記憶のかけらが見えた。

「悪く思わないでよ。すべては売上のためだからな……。」

売上のために画像を合成し、スキャンダルをでっち上げたらしい。

生々しい幻覚が長く続き、やっと眠りに着いた。

翌日の午後6時まで寝たようだ。

俺は二度と薬を飲まないことにした。

病気にかかって以来、何もかもに対し、興味が無くなった。

ただ寝て起きての繰り返し、段々、生きる意味がわからなくなった。

今日は調子が良かった方だ。

せめてゲームで遊びたくなる。

「やっと、これを手に入れたな。いい時間潰しだ……。おい、待て! 文字が消えていく……。」

俺は言いながら、自分の両手を見た……。

薬を飲んでいないのに、また幻覚が……。

画面に映っている文字はまた、手に入り込んだ。

今度はプレイヤーにゲームを楽しませたい気持ちが伝わってきて、美味しかった。

「ゲームすら遊べないのか……。俺に残された、たったひとつのやりたいことも……。」

その後もなんどか、文字が浮かび、手に入り込んだ。

俺は文字の味や、記憶が本物かどうかを確かめることにした。

そして、確証した。

俺には、文字に含まれている感情、言葉の真偽、稀に記憶まで読み取れることができる。

この力を発揮し、俺は世界認証のたった1人の言評家になった。

「国際新聞はまずい。どの国の国際新聞もまずい。」

俺は食評家のように、言葉の味を評価する情報屋。

君の言葉は、何味だ?



昼夜灯(ちゅうやとう)

儂は深い山の森に住んでいる提灯職人。

あの日以来、儂はこの思い出が詰まった道を散策するようになった。

雨の日も、雪の日も、一日欠かさず、この提灯に火をともした。

「おい。君、大丈夫かい。」

長い間、この森を住んでいたが、こんな山奥まで訪れる人は1人だけだった。

まさか、こんな年になって、2人目に出会うとは思わなかった。

目の前には、少女が倒れていた。

「これは、まいったな……。」

儂は少女を家まで運び、面倒を見てあげた。

「喉が……渇く……。……血。」

少女は苦しそうに、うなされていた。

「これは、これは、珍しいお客だのう……。老人の血はうまくないじゃが……。」

「やっと、目が覚めたのかい。」

非常に衰弱していたため、数日かけてやっと目覚めだ。

「ここは……?」

少女は目を開け、周りを観察し始めた。

「そんなに、怖がらなくていいのに……。まぁ、無理もないか。儂はただ、森で倒れていた君に、少々面倒を見てあげただけじゃ。」

少女は体を壁の方に身を引き、布団で体を包んだ。

「……ありがとう。」

少女は布団から、頭を出し、少々微笑んでいた。

「これくらい、なんてことないわい。それにしても、なんでこんな山奥に……。」

「私は……、人を捜しに……。」

「人捜しかい? こんな山奥に住む人なんて、儂くらいじゃが……。」

「この人です……。」

少女はポケットから写真を出し、儂に見せるよう手を伸ばした。

「……やっと、迎えに来てくれたのかい? 長かったのう……。」

儂は涙を流し、少女を抱きしめた。

「お爺さん……?」

「あぁ、すまん。その写真は若い頃の儂じゃ。」

「じゃあ、お爺さんが提灯の職人さん……?」

「そうじゃ、そうじゃ。君のお母さんはどうしたんだい……?」

「母に内緒で、捜しに来ました。」

「そうかい。彼女のことじゃから、凄く心配しているじゃろ。早く帰らないと……。」

「母には、友たちと合宿すると言いましたから、大丈夫ですよ。」

「そうか。じゃあ、一緒に行こうか……。君のお母さんのところへ。」

「はい、でも私は……。」

「昼が苦手でしょう。心配しなくていい。そのために、この提灯を作ったじゃからのう。これは昼夜灯と言って、周りの時間を逆転させ、朝も夜も呼べる提灯じゃ。」

「凄い! 夜と同じ……!」

「やっと、彼女に会えるのか……。」

老人は寂しそうに呟いた。

周りの景色は、昼夜灯によって深夜を迎えた。

「まぁ、とりあえず歩こう。」

「はい……。お爺さんはどこで母と知り合ったのですか。」

2人は歩きながら、昔話を始めた。

「儂は子どもの頃からこの森に住んでいてのう。ある夜、近くに足音がしてな、覗いてみると、女の人が歩いていたのじゃ。迷子なのか心配でのう、思わず声を掛けじゃ。ちょうど、そこの湖で出会ったじゃ。」

「綺麗な湖ですね。」

「うむ。この湖を見ていると、心が落ち着くのじゃ。君のお母さんも、気分転換のために来たらしい。」

「母はよくこの森に来るんですか?」

「ううん。あの夜が初めてらしい。儂は提灯を持ち、彼女に周りを案内してあげたのじゃ。歩いたら夜が明け、日差しを浴びた彼女は突然と苦しみ始めてのう、家で看病してあげたのじゃ。」

「お爺さんは、優しい人ですね……。」

「ううん。苦しんでいる人を見たら、誰でもほっておけないわい。夜になったら、彼女の体調が突然良くなってでな、心配していたが帰り道を案内したのじゃ。」

「母もこの森で倒れていたんですね。」

「うん。あの時の彼女は、日光を浴びたかったかもしれんのう。あれから数年が経ち、彼女と再会したのじゃ。」

「母はまた、森で倒れたんですか?」

「いや、昔に助けたお礼に、提灯作りのお手伝いをしてくれたじゃ。」

「提灯って、この昼夜灯のことですか?」

「ううん。あの時の儂には、この提灯を作る腕もなかった。これはな、儂が人生をかけて、魂を込めて作ったたったひとつの昼夜灯じゃ。」

「そうですか……。」

「うむ。あの時は儂の人生の中でもっとも幸せな時期だったのじゃ。だが、しばらく一緒に暮らしていたら、日光を浴びていないのに彼女はまた倒れたのじゃ。」

「……。血が足りなかったですか……?」

「そうじゃ。彼女の喉は異常に乾いてでな、いくら水を飲ませても治らなかった。彼女は無意識のうち、血が欲しいとうなされていた。」

「それで、母が吸血鬼だと知りましたか……。」

「うむ。じゃが、儂はちっとも気にしなかった。どうしても、彼女を助けたくて、手に傷を作り、血を飲ませたのじゃ。」

「……すみません。お爺さんは、私のためにも……。」

少女は儂の右手に巻きついた包帯を見て、謝り出した。

「あぁ、これかい? 木材を削る時につけたものじゃ。やれやれ、年を取ったものじゃ。」

「母は吸血鬼なのに、どうしてそこまで……。」

「人も鬼も関係ないわい。見るべきなのは、心じゃ。彼女はとても優しい人じゃから、助けたのじゃ。血を飲んだあと、彼女の渇きは良くなった。目醒めた彼女は、儂に打ち明けたのじゃ。」

「お爺さんも、とても優しいですよ。」

「ありがとうな。儂は彼女に恋をしたのじゃ。儂は彼女に自分の気持を伝え、最初で最後の夜を一緒に過ごした。」

「最初で最後の夜ですか……?」

「うむ。まさかな……。君のおとうさん……。」

「はい?」

老人は複雑な気持ちを抱え、少女を見つめていた。

「いやなんでもない。忘れてくれ……。次の日に、彼女はここから出ると決めたんでな、儂は彼女にある約束を交わしたのじゃ。いつか、日光の下でも普通に暮らせるようになったら、一緒に暮らそうでな。」

「それで、この昼夜灯を作ったんですか。」

「うむ。儂の人生をかけて作った提灯だ。やっと、彼女に会えると思って、毎朝、昼夜灯に火をともし、思い出の詰まったこの道を散策していたのじゃ。」

「一日も欠かさず、この道を歩いていたんですか?」

「うむ。雨の日も、雪の日も、儂は一日欠かさず、この思い出が詰まった道を歩いていたのじゃ。」

「なのに母は気づかないなんで……。」

「これも縁じゃ。会えるだけで、儂は満足じゃ。」

「この山を登っていれば、母に会えますよ。」

「まさか、ここに居たとは……。これは気づかないのも無理はないか……。」

山を出てしばらく歩くと、もう一つの山が見えた。

老人は彼女とすれ違わないよう、自分が住んでいた山から出ようとしなかった。

「あと少しで、母に会えますね。」

少女は老人に向けて、暖かく微笑んだ。

山の奥へ進み、滝の頂点まで登ったら小屋が見えた。

「ここまで辿り着くのが遠かったな……。」

「お母さん。ただいま。」

少女は大きな声で帰りの挨拶をした。

「おかえりなさい。」

彼女は言いながら、玄関まで歩いた。

「やっと……、会いに来てくれたね。久しぶり、そして、おかえり。」

何十年立ったとは言え、彼女は一目で儂のことを見分けた。

そして、涙が流しながら、微笑んでいた。

昔と変わらず、美しい声だ。

「うむ……。久しぶり、ただいま。」



浮世花(うきよばな)

「ここは……? またゲームしながら寝たのか……。ゲーム機を抱きながら寝たことはたくさんあったが、ヴァーチャルゲームの最中も寝られるものだな。」

昔から、俺はいかなる時でも、突然寝てしまう。

「それにしても、俺がこんなゲームをダウンロードする訳がない!」

俺は一刻もはやく、ゲームを終了するため、ゲームメニューを呼び出した。

しかし、反応がなかった。

どうやら、オプションの使用が禁止されている。

「仕方がないな、ゲームを進むしかないか。」

こうして、俺は周囲を探索し始めた。

ここは、灰色の花畑だった。

花畑というのに、灰色の花しかなく、灰色一色に包まれ、とても不気味な感じだ。

これは絶対に、ホラーゲームだ。

そうでなければ、こんな気味が悪い花畑を作る訳がない。

怖いものは苦手だが、ゲームを進まないと、意識は永遠にこの世界に閉じ込められるだろ。

どこに歩いても、一色の花畑。

縁起の悪い灰色の一色。

形はクローバーとほぼ同じ。運がいいのか全部四ツ葉であった。

「これを緑色に染めたら、完全に緑のクローバーだ。」

俺は思い切り灰色のクローバーを採った。

「うぁあああああ!」

クローバーを採った瞬間、激痛が体中を走り、痛みに耐えず叫びだした。

神経も麻痺し始めた。

「この花、棘が生えていたのか?」

俺は花をズボンのポケットに入れ、手に刺さった棘を探し始めた。

「小僧! ここで何をしておる?」

足音一つも立てず、髪を丸く剃った坊主頭をしていた和尚が突然現れた。

「えっと、目が覚めたらここにいて、帰り道を探してで……。」

俺は反応に困った。普通なゲームなら選択しや、自動的に返事をしてくれるのに、このゲームではないらしい。

「どうやら、この世界に迷い込んだらしいな……。元の世界に戻して上げてもいいが……。」

「本当ですか。お願いします!」

俺の格好が珍しいのか、坊主はいきなり俺を観察し始めた。

「うむ。いいだろ。だが、その前に、ここの花を採ったりしていないよな?」

坊主はとても冷たい目線で俺の顔を見つめた。

「……採ってないですよ。」

足が酷く震え、止まらない冷汗で服も濡れていた。

俺は知らない振りをして、手をポケットに入れた。

「ふーん。ならいいんだが……。」

坊主の冷たい目線で、俺は恐怖を感じた。この人は、とても危ないと実感した。

「本当ですよ。そもそも、花なんかに興味を持つ男なんている訳ないでしょう。」

すべてを見通した冷たい目線に直視できず、見下ろしていた。

絶対に嘘だとバレでいた。

「……それもそうだな。念のため、一応説明だけしよう。」

どうやらバレたらしい……。

でないと、説明する必要もないでしょう……。

今から、うちあけた方がいいのかな……?

「ここは浮間と言って、浮世を司る世界とのことだ。」

坊主は淡々と話し始めた。

「はぁ、浮世ですか……?」

「簡単にいうと、小僧が住む世界どのことだ。」

「この花が、俺が住んでいる世界を管理しているんですか……?」

未来的なマシンがあるならまだ信じられるが、花で世界を管理するなんで……。

「これは浮世花と言って、花弁の1つ1つには、千の大千世界が宿っているんだ。」

難しいことを言う坊主だ。

「大千世界ってなんですか。」

「小千世界とは、空間の大きさを表す言葉だ。千の小千世界は中千世界。千の中千世界は大千世界となる。そして、花の健康状態によっては、空間が滅ぶこともあろう。」

「つまり、花の状態は、花弁に宿っていた空間に反映するということですか……?」

「うむ。そういうことだ。」

坊主は相変わらず無表情のままだ。

「その花を採ったらどうなりますか?」

俺はどんでもないことをしたらしい……。

俺のせいで、住んでいた世界だけでなく、宇宙にも影響を及ぼすかもしれない……。

「そうだな。見ている通り、花は数えないほどの浮世花を育っている。そして、一輪の浮世花には、多くの命を背負っているからな……。億単位の命が滅ぶでしょう。そうなると、花を採った人には相応の業を背負って貰わないと……。でも、採っていないんだろう?」

和尚は氷より冷たく、するどい視線で俺を見つめた。

「相応の業って……どういうことですか……? 実は……。」

とてつもない恐怖に襲われ、心拍数は急上昇した。

「今さら後悔しても遅い……。自分の体をよく見るんだな。」

「なにこれ……。体が痺れて、段々足の感覚が消えてゆく……。そして、灰色になっていく……。」

俺の足は大地に引っ張られていた。

そして、緑の籐に縛られ、意識が遠くに行った。

「やれやれ。正直に謝ればいいもの、しょうがない小僧だな。代わりにたくましい三千世界になっておくれ。」



値定規(ねじょうぎ)

遥か昔、人類は国同士で争い、資源の奪い合いや人種の差別など、問題が絶えずにあった。

そして、多くの過ちから学び、人類は目覚め、やっと団結するようになった。

今から千年前、努力の重ねによって、世界は既に一つになった。

国々が統一され、新しい共通言語が作られた。

そして、金銭という概念が廃棄された。

ものの価値は人の考えによって変わってくる。

人々の成長環境や文化の違いによって、ものに対する考え、つまり価値観というものが変わる。

例えば、どこでも見つけられる石ころは、見つけやすいと同時に実用価値がない、だから金にならない。

けれど、石の形が動物に似ているとしたら、一部の人にとっては価値がある。

世界が統一された以上、値段を統一しなければならない。

争いを阻止するため、貧富の差を出ないため、そのためにこの値定規(ねじょうき)がある。

見た目は単なる木で出来ている定規だが、中には値段測定用の電子チップが内蔵されている。

なぜか、値定規の値段を疑う人はいなかった。

それとも、値段がおかしいと思うのは俺だけだったのか……。

「いらっしゃい! いらっしゃい! 美味しい唐揚げ弁当、安いよ、安いよ!」

「唐揚げ弁当一つ、お願いします!」

「はいよ、値定規をお願いします。」

「はい、お願いします。」

店の人は値定規を出し、客の値定規を箸のように合わせた。

「代金は店の手伝い2時間、笑顔1つです。購入しますか?」

すると、値定規から音声が流された。

「はい、購入します。」

「購入を承りました。代金は24時間以内に精算してください。」

女性は微笑みながら、購入を確認した。

「毎度あり! このあとの2時間、よろしくな!」

値定規には、持ち主の価値観をデータとして保存している。

取引の時に、お互いの値定規を合わせると、両方も納得のいく値段を計算する。

そして、代金は決められた時間内に精算しないと、警察署行きの仕組みになっている。

「俺にも、唐揚げ弁当一つ、お願いします。」

「はいよ! では、値定規を。」

「代金は、腕立て伏せ150回、家の手伝い2時間、店の手伝い6時間、3分で弁当を完食、です。購入しますか。」

やっぱり、俺の値段はおかしい。

「購入しません!」

「購入を承りました。代金は20時間以内に精算してください。」

「はいよ! 毎度あり!」

明らかに俺の値定規はおかしい……。

修理に出しても、故障がないで言われ、驚きの修理代だけが残された。

「弁当完食まで、残り30秒。」

「やっばい。早く食べないと……。」

俺はそのまま、代金を精算し、酷く疲れて家に帰った。

「いったい、なんで俺だけがこんな目に……。」

「やっと帰って来たのか。あんたの幼馴染が来ているよ。」

「またか。もう20歳というのに、早く彼氏作ればいいのに……。」

「そうですね。あんたもさっさと、彼女を作ったらどうです?」

なぜか不機嫌の幼馴染。

彼女は、将来有望な電子学の天才だった。

政府管轄の値定規部門から内定出されたくらいだからな。

俺は、彼女のことが好きだが、なぜか俺を見る度に不機嫌になる。

そのため、俺はいつも嫌な態度を取っていた。

「じゃあ、女の子を紹介してよ。」

「あんたに紹介できる女の子はいないよ。もう帰るね。」

「もう帰るのかよ。何をしに来たのか……。」

俺はそのまま、晩御飯を済まし、翌日の昼まで寝た。

「よし。今日も唐揚げ弁当を買おう。」

なぜか俺は小さい頃から、唐揚げに弱い。

唐揚げ弁当は、もはや1日欠かさずにいられない習慣となっていた。

「今日も唐揚げ弁当、お願いします。」

「おうよ。」

「代金は、腕立て伏せ300回、3時間走り、店の手伝い8時間、1分以内に弁当を完食です。購入を承りました。代金は18時間以内に精算してください。」

「おい、待て! 確認は?」

俺は思わず、値定規にツッコミを入れたが、返事はもちろんなかった。

仕方なく、俺は異常な代金を支払った。

「俺はいったい何をしたというのだ。」

まぁいいや。

そう言えばあと3日で、彼女の誕生日だな。

俺は内緒でプレゼントを用意していた。

「おい。遊びに来たよ。」

なぜか、誕生日でも俺の家にくる幼馴染。

「また、来たのかよ。いい加減に、彼氏を作って欲しいな。」

「それは誕生日にいうことか? これだから、彼女が出来ないんだよ。」

「あんたには関係ないでしょう。」

「あっそう。もういいよ。私、もう帰るね。」

彼女は凄く不機嫌で、玄関の方に向かった。

「待てよ。」

俺は思わず、彼女の手を引っ張り、後ろから彼女を抱きしめた。

「いきなり、なにするの? ……離してよ。」

「待ってくれ。俺と、結婚してください。」

俺はこっそり用意した指輪を取り出し、彼女の前に膝をついた。

「はぁ? 付き合ってもいないのに、いきなり結婚だなんて、できる訳がないでしょう。」

「へぃ! いいから、指を貸して。」

「待て、なにするのよ。」

俺は強引に彼女の手を取り、指に指輪をはめた。

「強引なんだから、これだから男は。別に、結婚して上げてもいいけど、ふん。」

その日から、なぜか俺の値定規の値段は、別の異常へと変わった。

「今日も、唐揚げ弁当一つ。」

「はいよ。」

「代金はいりません。購入、しますか?」

「はい、お願いします。」



態覚盟(たいかくめい)

「全員手を上げろ! ここはもう我々【態覚盟】に占領された。命までは取らないが、両手を上げて、下着以外はすべて渡して貰おう!」

僕は態覚盟のリーダーだ。

態覚盟について、まずは社会生態系から話さなければならない。

社会生態系とは、人と自然が共生する持続的な社会ということだ。

だが、この物質重視の社会は、いつかは自滅する。

嗜好品が満ち溢れ、発展を求めて自然を荒らす人類には、目覚めさせる必要がある。

社会生態系を五官感覚で体験させる革命連盟。

それが、我々【態覚盟】のことだ。

我々は現代のすべてを消去し、全人類を自然生活に戻らせるのだ。

はっきり言って、我々ばテロリストだ。

だが、平和主義のテロリストだ。

人は痛みで過ちを覚えるのが一番なんだ。

「はぁはははは! テロリストが自ら捕まりに来るとは、どんだけ馬鹿なんだ、こいつら。」

「ははははぁ、誰か助けて。腹が痛いや。」

僕らの行動は、まず世界中の武器を破棄すると決めた。

我々が目指す新世界は、人の命を奪う武器なんていらない。

よって、まずは警察署から、痛みを覚えさせよう。

「そっか。機会を与えるつもりだったが、まぁしょうがない。悪く思うなよ。やれ。」

僕が言い終わった直後、いくつの手榴弾が僕の頭の上を通り抜け、僕らはすぐガスマスクをつけた。

「うわ! なんじゃこれ。臭い。」

「あぁあああ! 臭いぞ。これはくさった卵の匂いだ!」

「違うでしょう! 絶対に賞味期限が切れた魚の……缶詰……うゎ。」

「みんな、しっかりしろ。うわ。」

先まで笑っていた警察たちは、吐き始めた。

我々の武器はあるテーマ【五官感覚で恐怖を味わせる】に従って、開発したものだ。

先ほど投げたのは、この【悪臭弾】だ。

くさった卵やゴミ捨て場の匂い、大量なにんにくなど、あらゆる臭いを詰め込んだ手榴弾のことだ。

にんにくは臭くない?

それは適量の場合だ。

大量な匂いに刺激されると、臭いと認識する場合がある。

「我々を甘く見ない方がいいぞ。さぁ、下着以外は全部渡して貰おう。」

「ケッケッケッ……。テロリストに……屈さないぞ……。臭過ぎで息が……。」

「署長、俺はもう耐えられない。おい、聞こえるか! 言うとおりにするから見逃してくれ!」

「やめるんだ! お前、それでも警察か!?」

「署長のような万年鼻詰まりに、俺たちの苦しみを分かって堪るか!」

「賢いやつがいるじゃないか。じゃあ、武器庫まで案内しろ!」

こうして、我々は警察署にある武器庫に辿り着いた……、はずだが。

明らかに、警察の量が多い。

どうやら僕たちをハメったらしい。

愚かなやつらだ。

「甘く見られたものだ。やれ。今度は耳だ。」

「イエス、サー!」

こんとは、衝撃を受けると音を発する小銭型発声機だ。

爆発しないため、何度でも使える。

なにより、手裏剣を投げているようにカッコつけられる。

しかも、高周波、低周波、重低音、鋭い音の4種類!

売りたいくらい出来が良すぎる品物だ。

「あぁあああああ!耳が……。耳鳴りが……。」

「方向もバランスも……めまいが……。」

「そのまま寝てろ! 武器庫に向かおう。」

「イエス、サー!」

そして、僕たちは見取り図を見て、武器庫に行くことにした。

「……うん。お前ら、地図読めるか?」

……。

どうやら僕を含め、地図を読める人がいない。

しょうがない……。

警察署をひっくり返しても、ここにある全ての武器を。

「テロリストめ! 観念しろ!」

突然、警察が駆け出して銃を撃った。

「馬鹿な!? 足を狙ったのに……。殺すつもりはなかったのに……。」

我々は安全のために、最初から幻覚装置を作動していた。

核兵器を使わない限り、我々に傷つけることはできない。

「手を出すまでもないな。」

この人は、弾丸で俺の頭を撃ち抜いた幻覚を見ている。

視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。

相手の五官感覚を自由自在に操れる、我々の怖さを知るがいい。

それでも、僕たちは武器庫を見つけることはできなかった。

「もういい。警察署ごと、使えなくしてやる!」

「イエス、サー!」

「これで全員だな。では、始まっていいぞ。」

僕は味方の人数を確認し、この装置を作動させた。

これは嗅ぎ分け捕獲器。

一定範囲内にいるすべての物質の匂いを分析し、磁石のように対象を吸い取るマシンだ。

「あぁああぁ! 三日前に食べたご飯を吐いたばかりなのに、今度は飛ぶのかぁあああ!?」

運が悪いやつだな。

僕が設定していた匂いは金属だった。

つまり、すべての金属、金属を所持している人も捕獲できるんだ。

素晴らしいマシンだが、敵味方関係なく吸い取るので、非常に使いづらい。

「はっはっは! 我々の実力を知るがいい。」

俺は大声を出しながら、警察署に近付いた。

「隊長! それ以上歩くと危険です!」

「……体が軽いな。なんが引っ張られているような、まさか!」

思った通り、マシンはまた作動していて、俺は警察官と仲良く「いい匂い」になった。

「隊長! 大丈夫ですか!?」

「えい、早くマシンを止めろ! バカモン!」

「イエス、サー!」

「先のこと、誰にも言うなよ!」

「イエス、サー!」

「うむ。よろしい。では、次の段階に移ろうか。」

「イエス、サー!」

平和的なテロリスト活動は、あっという間に、世界中の人々に恐怖を与えた。

「あんたら! ここは立入禁止だぞ!」

「あぁははは、目が回るね。ぐらぐら……。」

「っぐ……。死ぬほど臭い……。」

「なにこれ!? ステーキなのに、プリンのような食感、しかも甘くて酸っぱい……。」

「……突然、耳鳴りが!」

こうして、【態覚盟】は凄まじいスピードで世界を占領し始めた。

「隊長。報告です。」

「うむ。」

「我々の行動によって、世界各地の政府はすべて解体しました。

今こそ、隊長が世界を統一する時です。また、行動による死者は1人もなかったです。」

「それは、よかった。僕は平和主義だからな。」

「ですが、隊長が気に入った歌手は二度と歌わないだそうです。それ以外にも、精神状態が異常な人や、聴覚、味覚、嗅覚、視覚障害になった者は、すでに全人類の人口の7割になっています。」

「人はなんで脆い生き物だ。しょうがないな。今すぐ緊急会議を始めよる!」

「イエス、サー!」

「報告によると、今回の活動による被害は大きかったらしい。なにより、僕が好きだった歌手が歌わなくなった。そういう訳で、新しい侵略テーマを決めようと思う。」

「隊長! 我々はすでに世界を征服したのでは……?」

「君、なんが言ったか?」

「いいえ、なんでもありません。」

被害は多かったが、これでも史上最平和な革命といえるでしょう。



三元像(さんげんぞう)

俺は脳を限りなく開発するため人生をかけた。

今日もいつものように冥想を始めた。

どれだけ時間が経ったのか、俺の意識は見たことのない世界に辿り着いた。

無限に広がる海のような蒼い宇宙に、俺は浮いていた。

「ここは……!? 確か俺はいつものように冥想してで……。ここはもしかして脳の中……!? 俺は成功したのか?」

俺は浮きながら回りを観察し始めた。

蒼く果てのない宇宙はなぜか碁盤のように見えた。

そして、碁の代わりに、石像がたくさん並んでいた。

なぜか、なぜか未完成品だらけだった。

幼い頃の顔、中年の顔、老けた顔……。

医者や漫画家、それに筋肉マン……。

「これは……小学校の卒業式の時の俺……。もしかして、ここにいるすべての石像も、俺……?」

しばらく歩くと、俺はやっと完成品を見つけた。

その隣には、今の自分の顔が彫られていた。

顔はそっくりだったのに、なぜか上半身以下は岩のままだった。

俺は石像を眺めながら、この世界を探索し続けた。

どうやら、石像には三種類がある。

過去にあったできことは完成した石像。

今の自分は完成度が高いが、完成されていない石像。

未来になりうる姿を予測した石像。

そのまま進むと、老人が石像を彫っている所を見かけた。

老人は人間と言うより、ゴブリンやインプのような人間離れの雰囲気がしだ。

「おい、爺さん。ここはどこだ?」

「おう。お客様がくるなんで、始めてだな。ようこそ、三元の間へ。ここは過去、現在、未来の3つの次元にいる、お主の姿を記録するための空間じゃ。そして、儂はここの匠じゃ。お主の姿を彫るためにな。」

老人は石像に専念し、見ないまま答えた。

「俺の石像を彫るために……?」

「そうじゃ。そして、これは破棄じゃ!」

老人は言いながら、思わず隣の石像を叩き潰した。

その石像は、俺が諦めた夢の一つだった。

「爺さん、なんてことするんだ!」

「この姿は、お主の未来に出現しないものじゃ。あってはならんものじゃ。」

「だからって壊さなくても……。」

「儂は単なる記録者じゃ。歴史と同じ、嘘は残せん。」

「夢を諦めたとしても、なるために努力したことがあったから今の俺がいるんだぞ!」

「諦めたものは壊す、それがここの決まりだ。じゃが、その夢を見られるようになったら、何回でもこの像を直してあげるわい。」

「うん……。俺の努力が足りなかったから、しょうがないか……。」

「それにしても、この三元の間に辿り着ける人類は始めてだな。人類は数多くの知識を身につけ、体が働けないまで働いて死ぬ。そして、人は脳のごくわずかな一部しか使っていない。彼らは脳の可能性を極めたいと思わないのか、長い歴史を築き上げた人類の中で、お主は始めて脳を開発成功した人だ。」

老人はなぜか寂しげに言った。

「俺が始めてだったのか……。でも、ここは俺の頭の中でしょう?」

「それは違うな。三元の間はどこにも存在しない空間じゃ。三元の間は人の数だけ存在するが、匠の意識は統一されておる。」

「じゃあ、死んだときはどうなるの?」

「そうじゃのう。その三元の間にある完成品は保存され、空間は閉ざされるでしょう。」

「そっか……。なんが複雑だな。それにしても、俺にもこんな可能性があったとは……。」

「まぁ、せっかくだから、案内してあげよう。」

俺は老人と一緒に、三元の間を歩き回った。

「これは俺なのか? 全然似てないな……。」

「そうかもしれんが、儂の長年の経験だと、あと二十年でお主の髪は全部落ちるでしょう。」

「それは言わないで欲しいな……。」

壊された石像の欠片は数測れないほど、この広い宇宙に浮いていた。

自分の成長や変わりを石像で残されているとは、不思議な感じだ。

ひとりひとりの可能性は、この三元の間のように果てなく広がり、その広がりはどこかで誰かと繋がっている。

世界はこんなにも広いのに……。

人類はなんで人を縛り上げるのか。

人と人の才能を比べ、可能性を抹殺する社会。

俺は今の社会を、世界を変えたい。

誰もが、自由に夢を追いかけられる世界を創りたい。

「爺さん、記念にこの石像のかけら、貰ってもいい?」

「まぁ、もう二度と会うことはないだろうし、いいだろ。ほれ、大切にするんだぞ。」

あれから、もう18年経ったのか……。

「これから、就任式と言うのに、ぼうっとして大丈夫ですか?」

この人は、俺の愛しい妻。

うるさい所はあるが、とても優しい人だ。

「あぁ。懐かしいことを思い出してで……。今から準備します。」

「はい、あなたの大切なものですよ。」

俺は妻から石製の指輪を貰い、指に付けた。

「やれやれ、この石像を立て直さないとな……。これだから人生というのは面白いものじゃ。」



電視牢(でんしろう)

「明日は祝日だから、一緒に遊ぼう!」

休みも平日も、側にいてくれない家族に、僕はまた期待を込めて誘った。

「うん、もちろんだよ。」

父は僕を抱き上げ、当たり前のように約束してくれた。

「明日は映画館でもいこうか?」

母は微笑みながら提案した。

「うん。」

けれど、今までの経験を踏まえると、どうしても期待しつらい。

僕は複雑な気持ちを抱いたまま、明日を迎えた。

「もしもし? はい、私です。はい、ええ、今日ですか……。そうですか。分かりました。では失礼いたします。」

思った通り、父に会社からの電話がかかってきた。

「まいったな……。ごめんね。会社が大変なことに……。帰りに美味しい寿司買って帰るから、許してくれ。」

「うん。仕事頑張ってね。」

いつものことだから、予想できた。

そのためか、何に対しても期待できなくなった。

「はい、もしもし? はい、そうです。そんなことが……? 申し訳ございません。はい、分かりました……。」

なぜか、お父さんの電話が鳴った後は必ず、お母さんにも電話がかかってくる。

「ごめんね、お母さんも急用が出来たみたい。お小遣いあげるから、留守番お願いね。」

「分かった。いってらっしゃい。」

「うん。いってきます。」

いつもこのパターン。

驚くべき偶然の重なりに、僕はまだ信じきれていない。

だから、何回も懲りずに誘い出すだろう。

小さい頃から、1人で留守番する毎日だった。

親との楽しい思い出ができないより、やることがないことに苦痛を感じた。

時間を潰すため、今日もウルトラマンを繰り返して見ていた。

突然、画面が白黒になり、信号不良な音が鳴り始めた。

「テレビの調子が悪い時は、こうやって頭のてっぺんを強く叩けばいいらしい……。」

パン! 旧式テレビの丈夫さを信じない訳じゃないが、僕はつい手加減した。

パン!

叩いても治らなかったため、僕はまた強めに叩いた。

ジィー。 信号不良のためか、雑音が鳴り始めた。

叩くたびに、画面は酷くなっていく。

そして、白黒の混ざり合いによって、画面の中央には人の輪郭に見えた。

「眠い、眠い! 百年くらい寝たのに、全然足りないな!」

そして、「デレビ人間」は喋り始めた。

「このボロテレビも、やっと寿命が来たようだ。でも、100年も持つなんで、昔のテレビは一体どんな構造をしているのか。」

「おい! チビ、俺の声を聞こえるか?」

まさか、この歳で幻聴を聞こえるとは……。

よほどのストレスを抱えているかも。

「こら! チビ! 無視すんな!」

「テレビ人間」はうるさく話かけていた。

「デレビのくせに、生意気な口を叩くんじゃないよ。」

パン!

僕は怒りを込めて、テレビを思い切り殴った。

「こら、やめろ! 叩くんな! 痛くないが、音が響くじゃないか!」

「ダメだ。このテレビはもう無理だ。しょうがないが、電源を抜くしかないな。」

「待って! 待ってくれ! 話を聞いてくれ。お願いだ。」

電源を切られるのを恐れ、「デレビ人間」は焦りだした。

「面倒なやつだな。話があるなら早く終わらせてくれ。」

「俺は人類なんかより、遥か優れている存在、悪魔だ。」

「うーん。で、その素晴らしい悪魔は一体どうして、このボロテレビに?」

「昔、ある商人に騙され、この電視牢に封印されたんだ! 忌々しい人間ともめ!」

声の震え具合から、怒りが伝わってきた。

「悪魔でも騙されるんだな……。」

正直、悪魔という存在に幻滅した。

「騙されて悪い!? 俺たちは良心を持って、人類と取引するだけだ。それは、代償は高い方だったが。でも誰かを騙すようなことはしていない!」

「あんた、それでも悪魔か……。」

「誰かを騙したり、悲惨な人生を送らせたりするのは、お前ら人間が勝手に作った空想話だろうが!」

「うーん。面白くないな。」

「ふん。ほっておけ!」

「分かった。じゃあ、電源切るね。」

「待て、悪かった。謝るから、電源を切らないで欲しい。あと、この電視牢から出して欲しい。」

「いやだ。面倒くさい。」

僕はあっさり断った。

「そんなこと言わずに、出してくれよ。あっ、そうだ! ここから解放してくれたら、どんな願いも叶えてあげるよ!」

「どんな願いも叶えられる力があれば、自力で脱出したらどうだ。」

「それができないから、頼んでいるんだよ。」

「うーん。そういえば、悪魔って契約で取引するんだよな」。

「うん。契約なしで、力を使うと酷い目に会わされるからな。」

「じゃあ、契約書を出して。無償のやつで。」

「分かったよ。はい、これ。デレビの中に手を差し込んで、受け取ってくれ。」

少し戸惑ったが、僕はテレビに手を伸ばした。

すると、デレビ画面をすり抜け、厚い紙の触感を感じた。

「気が利くな。日本語の契約書とは。」

「翻訳魔法が掛かっているからな。そこに、願いとサインを書けば、すぐに叶える形になっている。だが、俺の魔力が封印されている以上、願いを叶うことはできない。」

「つまり、デレビから出さないと叶えないということだな。で、どうすればいい?」

「簡単さ、俺をテレビから引き出せばいいんだ。」

「封印って、こんなに簡単に破っていのか……。」

僕はテレビを見て、頭らしい部分を手で掴み、引っ張り出した。

「痛い! もっと優しくしてくれよ。」

「うーん。悪魔って不細工だな。角はどうした?」

「ない。角も翼もない。」

「じゃあ、どうやって飛ぶんだ?」

「普通に浮くだけだから。」

「全然、面白くない……。」

「変な期待するからいけないんだ。」

「まぁいいや。今から出してあげるよ。」

僕は思い切り、悪魔を引っ張り出した。

「痛いぞ。まぁ、いい。これで俺は自由だ!」

デレビから出された瞬間、悪魔の体はぬいぐるみになった。

「想像したのと違ったが、これはこれで悪くないな。」

「あれ? 体が動けない……。なんでだ。」

「だって、あんたは今日から、僕のおもちゃになるんだから。あとでたっぷり遊ぼうね。」

「何を、ふざけたことを……。」

「それは僕の願いだからさ。」

「なんで、こんなふざけた願いを! 金でも女でも、なんでも手に入るんだぞ!」

「悪魔を手に入れたことより、面白いことなんてあるわけがないでしょう。」

「この!」

玄関の方から鍵の音が聞こえた。いつのまにか、親が帰る時間になった。

「黙って。いいか、変な音を出したら、ゴミ置き場に捨てるからな。」

僕はぬいぐるみを片手で握り、玄関に向かった。

「あら、そのぬいぐるみどうしたの?」

母は一目でぬいぐるみに気付いた。

「この間、友たちから貰ったんだ。」

「そっか。良かったね。大切にしなさいよ。」

「もちろんだよ。これからもよろしくな。」。

男の子は、悪魔のように微笑んだ。

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