プロローグ
幸せの絶頂から10年後の世界を描きます。
彼女が10歳の誕生日を迎えたあの日、両家が見守る中、僕は同じ相手に人生二度目のプロポーズをした。Yesの返事を受け、この日のために用意した世界にひとつだけのエンゲージペンダントを細い首にかけると、彼女は涙を流して喜んでくれた。
「君が高校を卒業したら婚約のお披露目をして、成人したら結婚式を挙げよう。だから、エンゲージリングは大人になるまで楽しみに待っていてね」
ギューッと抱きしめながら彼女に自分の決意を伝えると、せっかく泣きやんだのに再びポロポロと大粒の涙が零れた。
「もう……。僕のお姫様は泣き虫だなぁ。でも、その泣き顔も大好きだよ」
「お兄ちゃんの意地悪! もう知らない!」
涙目でプイッと頬を膨らませるその顔も可愛くて可愛くて。
お願いだから、僕の目に君の笑顔を焼きつけさせて。君は、君への愛を抑えきれない僕のことを焼きつけて。
二人の身に何が起ころうとも、この幸せを決して忘れないよう魂に刻みつけておくれ……。
……RRRR,RRRR,RRRR,RRRR……
目覚ましのアラーム音が鳴り響く。
深い眠りから無理やり呼び覚ます不快な電子音。
蓄積された疲労が抜けきらない体は重く、覚醒しきらない頭と体がかみ合わず思うように動かない。真白なシーツの海で溺れるようにもがき探すが、不快な元凶を見つけることはできなかった。暫くしてヘッドボードにあることを思い出し、闇雲に探す手に払われ頭上に降ってきた。
「いったぁ……」
本来の用途とは異なる方法で強制的に目覚めさせられたが、結果として目覚ましのアラーム音も止まったことなので良しとしよう。時刻は5:50。目覚ましのセットは5:30にしてあったから、約20分は格闘していたことになる。サイドボードに置かれたミネラルウォーターに手を伸ばすと、一気に飲み干し伸びをした。
「さて、今日も仕事だぞ……と」
立ち上がってシャワーに向かうその首には、月とうさぎがモチーフのロケットペンダントが揺れていた。