ろ組の特訓 4
【残り時間 15分】
相変わらず冷たい女性のアナウンス、
ダイダラボッチの身体に
刄沙羅を突き刺し、
それを起点に身体を引き起こして、
どこかの凹凸に掴まり、
抜き、
また刺し、登る。
風も強い、
下を見たら焦る、
コンディションは最悪のロッククライミング。
他の分身達もよく付いてきている。
しかし、
こんな事をしていても
ただいたずらに時間を
消費していくだけ。
未だにこの巨人の腹部あたりまでしか来ていない。
それははっきりと神くんにはわかる。
何故なら、
横目にチラチラと、
先ほど襲いかかって来た巨大な手のひらが
ブラブラと振り子のように右往左往しているからだ。
目を力一杯に閉じ、
打開策を考える。
「晴名さんのような、巨大で凄まじいあの妖力、アレを…自分でも何とか…」
学校の地下施設を吹き飛ばす力、
鬼羅滅斬、
しかし、
あんな力、逆立ちしたって出てくるわけがない!
あれは鬼の力、
晴名さんにだけ許された力、
…ならば、フランシスカさんはどうだ?
あの巨大な力にひるむ事なく、
真っ向から晴名さんとぶつかった、
あのフランシスカさんの力…
鬼羅滅斬の大きな妖力波を貫いて裂いた力、
「…あ、ああ…いや、あの人は魔族だ。クソ。」
考えれば考えるほどに、
自分との違いが身に染みる。
《悩んでいるご様子ですねえ、持ち主がそんな事では、せっかく与えたその刄沙羅が泣いておりますよ。》
急に真横に現れた酒呑童子。
あまりに唐突な登場で、
神くんはバランスを崩して
ダイダラボッチの身体から地上へ落下しそうになる。
「うわあああああ!!」
《おっと。》
酒呑童子が身体に手を添えて
何とか
落下寸前の神くんが一命を取り止めた。
「いきなりなんですか!!!危ないところだった…って、あ、いや、待てよ、この刀の名を知っている…ということは…」
と、
その前に、
「というか、貴方なんで宙に浮いているんですか!!!」
神くんの真横は何もない、
空中である。
《いえ、浮いているのではありません。刀の上に乗っているのですよ。》
と言われて、
神くんは横目で酒呑童子の足元を見ると、
地上へ一直線に伸びている長い長い刀、
その柄巻の頭に二つの足裏を合わせていた。
《外の世界は何年振りでしょうか、ましてやこんな高所、いやははは、絶景かな。》
遠くの山や川を眺めて
感傷に浸る酒呑童子。
そして
神くんに顔をやって、
《顔を合わせるのは初めてですね、神 衛花様。ほほほ。》
間違いない、
自分に刀を、
刄沙羅を授けてくれた、晴名さんの…師匠!
《酒呑童子、と申します。全ては…ほほ、お察しの通り、あなた様に刀を預け、ケイト様やいばらと共に健やかなる日々を過ごさせて頂いております。》
やっぱりそうか、
顔をよく見る、
真っ白な顔で、
装いは弥生時代の貴族のような狩衣である。
そして、
その、
特徴的なツノとキバ。
「鬼、なのですね…。」
これが、
仮想空間での
神少年と酒呑童子の邂逅だった。
《しかしながら、のんびりと過ごしている訳にも参りませんね。この直面、何とか切り抜けようではありませんか。》
と、
その前に神くんが前を置く。
「晴名さんは…怪我は大丈夫なのでしょうか?」
あれから突然消えたケイトを
神くんは気に留めていた。
すると酒呑童子は
《何か…問題があったら真っ先にお話ししていますよ。答えの出ている質問は感心しませんね。》
《バァカなのですか?》
と憎まれ口。
神くんは多少ほど気に障ったが、
気を取り直して安心した。
そう、
その気の緩み、
安堵が不可思議に気づかせた。
「…いや、あの、というか酒呑童子、さん、あなた、どこからやって来たんですか?」
そう、ここは
バーチャル世界、
仮想空間のはずだ。
全ては偽り、
作り物の森羅万象。
《とんでもない、ここは宵、何人も拒まない黄泉と対を成す影の世界。》
《清浄会は、何かの幻術でまやかしを作り、この宵を修練に利用しているのでしょうね。》
《地に縛り付けられた私ですらも、こうして自由に往来できる世界ですよ。ほほほ。》
考え、感覚が全く追いつかない。
よい?
何だそれは…
黄泉って、あの世?
しかし、
こうなってくると
いつもの現実ってやつが疑わしくなってくる。
神くんはよくわからないが、
笑顔を作り、
数回うなづいてみせた。
《しかし、出口があなた様の目的ではないでしょう?》
…確かにそうだ。
ここを単に出たとしても何の意味もない。
目的は…
そうだ、切り抜ける、
切り抜けなければ…
《残り時間 10分》
「酒呑童子さん、何か、こう、必殺技みたいなのって、何かありませんか!」
「晴名さんの技みたいな、その…!」
必死に酒呑童子から
攻略の糸口を探る神くん。
だが、
当の酒呑童子はどこ吹く風、
《地神、ダイダラ様、ほ~本物と見事に瓜二つ!》
神くんのいる場所から
いつの間にか
更に刀を伸ばして
ダイダラボッチの顔
まで到達して
睨み合っていた。
「…っていないし!!!」
神くんは伸びた刀を横目に、
天上を見上げた。
すると刀が縮んで
再び酒呑童子は神くんの元へ舞い戻った。
《ひっさつわざ?そんなもの、その刄沙羅には全く必要ありません。》
《バァカなことを。》
ちゃんと聞こえていたのか。
って、
そんなに凄い刀なのか、この刀は。
《ケイト様にも教えた事と全く同じ事なのです。》
《刄沙羅に自分の妖力を喰わせるのです。》
《さすれば自ずと応えてくれますよ。》
妖力を…喰わせる…。
刀、刄沙羅に目をやり、
酒呑童子へ視線を戻すと、
またいない。
《助太刀はしませんからね~》
刀を縮めて地上に降りた酒呑童子。
「自分で何とかしろ、って事ですか。」
覚悟を決める神くん。
そして、
ダイダラボッチに突き刺した、
刄沙羅を見つめ、
妖力を解放した。




