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あにあつめ   作者: 式谷ケリー
弐の章 蒼い春
77/127

長い日 5





「…まあ、そういう訳で、君たちはこれからKKSとして活動してもらう。」


ルカ夫人のアジト、

からくさ商工会議所の地下から出てきた5人。



川上は4人にそう告げ、

車に乗り込む。



「え、なに?KK、なに!」


「KKS。」



ケイトの問いかけに

当然のように答える川上。



「だからその意味はなんですか!」



しかし

川上は

もうすっかりシートに沈み込んで

セダンのドアも閉めてしまった。



仕方がないので、

近田がケイトの肩を叩いて、


「K(確実な)K(確証)S(探す隊)。」





…なんじゃそら。


…呆れて車に乗り込むが、





比村はもちろん、

フランシスカの足取りも重い。


それが気になって、


「あんた、さっきからどしたの?」


「ルカ夫人?と何かあったの?」


力無い背中に

ケイトは質問した。


《…。》




だが、

返事はなく、

フランシスカはケイトと反対側から車に乗り込む。




「ふん、まあべつにいいけど。」





そして

同じからくさの街に潜む

話題のひのえ、


そこに一本の電話が入った。




《…ええ、あら、そうでしたか。》


《…ええ、ええ、夫人のお手を煩わせて…》


《…ええ、ええ、勿論でございます。》





《…ええ、では、また何人かお送り致しますので、はい、では失礼致します。》





ひのえが笑い、

ワイングラスに注がれた赤い液体を

飲み干し、

そのまま手から滑らせ


そばにいる部下にキャッチさせた。




《清浄会、所詮群れることでしか体を為さない烏合の集よ。》


《我ら(あやかし)は個、個そのもので体を為す。》


《それらが群れれば、(カラス)など…》


《…敵ではない。》




ひのえの顔を

ロウソクの灯りが半分だけ照らす。


ルカ夫人とひのえはやはり繋がっている!


清浄会の動きなど

筒抜けなのだ。




ルカ夫人は

象牙で出来た電話の受話器を置いて、


一つ息をついた後に

カモミールのお茶を口に含む。



《…うふふ、ふふ。》



側で警護をするジュリアンが

不敵な笑みの理由を尋ねると、


《清浄も、ひのえも、私にはどうでも良い。》


《一つ確かなものは、その二つが無くなった方が色々と都合が良いということ。》


(いさか)えばいい、諍えば。》








ルカ夫人が日本にやってきたのは

少し前のことだ。


月下13衆の1人として

ヨーロッパ各地で

猛威を振るい、


ありとあらゆる汚いことも並行して行い、

名声と財まで手にした。


ルカ夫人の周りに陽光あり、

栄光と札束が乱れ飛ぶとのことから、


La signora del sole.

(太陽の夫人)


と当時は呼ばれていた。





この世に敵などないと考えていた頃、


悪魔祓い(エクソシエスタ)たちの総本山、

バチカン大聖堂に目を付けられたが、



ルカ夫人はそれに臆する事などなく、

自らの軍勢、

時にはその自らも出陣し


戦いを繰り広げた。





だが、

とあることがきっかけで

逃げた訳ではないが、

ヨーロッパを去り、


日本へ、

太陽だった夫人が

陽の当たらない

からくさの地下へと拠点を移す。




名前の通り陽の当たらない

月の夫人、

ルカ夫人となってしまった。






「…ということなんだよね。」


車内で川上がルカ夫人の説明を簡単にして

学校に戻ってきたケイト達。


車から降りて

ケイトはフランシスカを呼び止める。




「ちょっと。」


《…何だ。》





学校には中庭があり、

校長の川上旧太郎の手が行き届いている

シンボルツリー達が

動物の形をして吹き抜けから

太陽を目一杯浴びている。




ケイトはそこにフランシスカを連れて


「ルカ夫人、あの人となんかあったの?」




フランシスカは木に寄りかかり

腕を組み、

目を瞑って、



《お前に関係ないだろう》



とだけ答える。




「そう言うと思ったわ。」


《だから何だ?》


「関係なくないでしょ?あれと戦わなきゃならなくなるかもしれないんだし。」


《は?そんな話になってないだろ》


「そうなったらどうすんの?」




途中で目を開き、

ケイトを睨むフランシスカ。




やはり様子がおかしい、


ここで核心に近づいてみる。





「あんたさ、怖いの?」





ケイトのその一言で

フランシスカの記憶が蘇る。


ルカ夫人の


記憶、




「怯えてるの?」





とてつもなく、

絶望した記憶が。





《…黙、れ。》


やはりおかしい、

怯えてるのも否定しないなんて、


おかしい。




最初は挑発もたしかに含まれてたかもしれない。


だが、

声色を淡く変えて、


「フランシスカ、何かあったの?」




フランシスカ自体も、

ケイトが突っかかってきたりとか、

喧嘩腰でなく、


ただ自分を心配してそう言ってるのはわかった。





なので、

気分が乗らないのか、


らしくなく、

何故だかこの記憶を

ケイトと共有してみたくなった。




《…バチカンにいた頃は、家族で悪魔祓い(エクソシエスタ)の仕事をしていた。》


《…母と私で、ルカ夫人討伐の命が出たのは私が5歳の頃だったな。》




ケイトには察しはついていた。

ルカ夫人が人間でない事は。


ってか、

5歳でもう妖怪と戦ってたんかコイツ。




《母は名のある悪魔祓い師なんだ…魑魅魍魎の類は母の名を聞くだけで逃げ出すんだ…なのに、》


《なのに…ルカ夫人は敵である私達を、招いたのだ。自宅に。》





不気味な笑みで、

丸腰で、

手を広げて


《ようこそ、いらっしゃい》


って、

迎え入れるんだ。






ケイトはこの不気味な話に戦慄する。


《勿論、攻撃した…だがそれは、ルカ夫人には単なる余興に過ぎなかった。》


《愉しいね、愉しいねって、まるでダンスでも踊るみたいにはしゃいで、》




つばを飲み、


「はしゃいで…どうしたの?」


ケイトは話の続きをねだった。






《…母の右腕を根から()いだ。》













《…前菜はクーリィ・ヴェールでございます。》


ジュリアンは当時からいたルカ夫人の側近で、

料理を静かに、

丁寧にルカ夫人の前へ置き、


フランシスカと母のフランソワーズにも同じく。





《…。》



母だって腕利きの悪魔祓い師なんだ、

なのに、

その母が重傷を負って、



私も含めてテーブルに着いて、


料理をただじっと待っているんだぞ?






聞けば聞くほど異様な話だ。


《さあ、召し上がって。》






何が起きてるのか、

考えても考えても理解できないし、

思いもつかない。


フランシスカはただ震えていた。


母は手当てを受けたが、

失神し

椅子に雪崩れているだけ。





《…あなた達はマナーが無いねえ》





ルカ夫人がジュリアンに合図すると、

今度はフランシスカのそばへ寄って


《…あなた、笑顔で食べるまで指を一本ずつ折ります。》







フランシスカは光景を思い出し、


急に右手を押さえて

違うシンボルツリーに背中をぶつけて

しゃがみこんで

膝を抱えた。


《本当に…奴ら!折ったんだ…!!!》





5歳のフランシスカは泣き叫び、床を転げ回ったが、


《躾けましょう。ジュリアン。》




また折る。


うつ伏せのフランシスカの首根っこを

床に押さえつけ、

小さく幼いその右手の指を

親から順にジュリアンが折っていく。







《…ふ、ふふふ、はは、はは。》


それからフランシスカは

屈服し、

席に座って、慣れない左手で

フォークを持ち


掬って

口に運び、笑って見せた。




《あらフランシスカ、お口に合うかしら?》




涙が赤い瞳に溜まる、


だが目一杯で溢れて

頬を通り抜ける。




《…お、おい、ひいです。》
















その日は雨だった。


天が泣き叫ぶ様な

地面を抉る派手な雨。




その泥の水溜りだらけの野っ原に

私と母は裸で投げ出された。





雷が鳴り、

リムジンのエンジン音と


強い横風、

視界がボヤけ、



この一文字で頭の中が埋め尽くされるだけ。





ウインドウを何とか視界に捉えると、

少し空いた隙間から

ルカ夫人の

笑顔のために湾曲した眼だけが

覗いていて、


それをよく覚えている。













《ルカ夫人は恐怖、そして、恐怖こそがルカ夫人。》


《しかもこの世界にはそんな奴がまだ13人もいるんだ。》


《狂気の沙汰だよ。》




2人は芝生に座る、

ケイトは体育座りをし、

フランシスカはあぐらをかいた。


「13人って…何?もしかして百鬼夜行?」



フランシスカが首を振る。

鬼切丸率いる百鬼夜行のことではなかった。

突然湧いて出た13という数字、


これこそが




《さっき川上も言ってだろ?月下13衆、世界を支配する化物達の組織。》


《何があっても手を出してはいけない組織、それの1人が今まさにすぐそばにいる、さっきはそれに戦慄した。》




あのフランシスカが

ここまで素直に話をするのか。


それほどに

あのルカ夫人はヤバいのか。





そんな奴と川上先生は平気で話をしていた…





フランシスカが最後にこう呟いて立ち上がった。


スカートに着いた芝生のカケラを手で払い、




《ルカ夫人も化物だが、川上、あれはあれでとんでもない化物なだけのこと。》






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