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あにあつめ   作者: 式谷ケリー
弐の章 蒼い春
75/127

長い日 3




早速

5人で黒塗りのセダンタイプ、

校用車に乗り込み、


学校を出て、

からくさ街へ向かった。



運転はもちろん川上先生、

助手席に近田くん、


後ろは…




比村くんを挟んであたしとフランシスカ。




「おい晴名、お前さん、何であたしが比村を選んだか気になってんだろ?」


バックミラー越しに

あたしを見る川上先生。




…ん、特に気になってなかったけど、


…確かに、何でか、そう言われると興味が湧いてきた。




「お前さんで言うとこの、神だな。」


「岩代と比村は幼なじみなんだよ。」




膝を抱えて、

黙ってうつむく比村くんを、

ケイトは横目で一つ見て、


また視線を流れていく景色に戻す。





比村(ひむら) (かおる)


未だにリカの顔が頭から離れない。




幼少期、妖力に目覚めたのも

リカと同じタイミングだった。


最初は

2人だけの秘密だった力が、

この世の為になると知り、


清浄会と出会い、

青葉高校に来て、


仲間ができて、




「みんながいるから、もう2人きりじゃないね!馨!」


リカが伸ばしたその手は、

一瞬で灰になり、

崩れ落ち、


風がそれを吹き飛ばしていく。




「僕は…」




比村が突然口を開く。


「僕は…よく寝坊をするんです。」




車内の皆は

黙ってそれを聞き、

耳を立てる。



「ゲームが好きだから、よく、夜更かしをして、」


「中学の時なんか、ほとんど毎日リカに起こしてもらいました。」


「家が、すぐそばだから。」




ケイトがちらりと、

横目で

先ほどのように

比村を見ると、


手が震えている、

膝をその手で握りしめて

こらえ、




「…うるさいんですよ、ほんと、」


「…僕みたいなオタクに、」


「…いつもあーしろ、こーしろって口うるさくて、」


「…ほんとに、迷惑で」





こらえ、

きれなくなり、

溢れる。






「…あのうるさいのが、もう聞けないんだよなあ…。」


膝を抱きしめ、

涙を流す比村。


「…あんまりだよなあ!くっ!」







車内に言葉は無かった。


誰も何も言えない。


言葉の端々から

痛いほど伝わる無念、

悲しみ、


怒り。





だからあの時、

手を挙げたのだ、比村は。


それを知ってか、川上の選抜は?






それから間も無く、

駐車禁止の看板のすぐ横に車を停めて、


「さあ、着いたぞ。」


正面に現れた大きなアーケードの看板。




「ようこそ、からくさ街商店街へ、か。」




ケイトがその文字をなぞって読む。


そう、

からくさ街は元々は商店街なのだ。


今でも

風俗店以外に

小さいながらも色々な店が

シャッターが降りている建物と半々くらいで

立ち並んでいる。




そこから歩いてしばらくすると裏通りに抜ける細道があって、


「ここからは奴らの巣に入る。気をつけな。」



(みぎ)で見なくてもわかる、


細道の奥は

濃い妖力が漂い、

渦を巻いている。


袋小路の先に、

アーケードの屋根を突き抜ける

案内所の雑居ビルがあった。


くたびれた印象、

案内の看板も錆びていて、

日当たりも悪く、

路面はゴミであふれ、


野良猫も寄り付かないような雰囲気。




川上先生は物怖じせず、


まあ、元々そういうタイプだが。


先頭を切って堂々と便所サンダルで歩いていく。




立て付けの悪い木造のドアを開けると、

上へ行く階段と、

下へ行く階段、

真ん中には建物の奥へ続く、

ジメッとした

廊下が伸びる。




川上は迷わず

下へ、


地下へと。




ケイトはキョロキョロしながら、

注意深く、


フランシスカはつまらなそうに、


近田は腕を組み、


比村は下を向いて

ゆっくり最後尾を歩く。



薄暗い階段をワンフロア降り切ると、


一つの頑丈な真っ赤な鉄扉だけが現れた。


どこからともなく差し込む

一筋の太陽光だけがそれを照らし出す。




その扉、

真ん中に窓がある。

だが、向こう側から

その窓の金具をスライドさせないとこちらもあちらも見えない造り。



それをじっと見ていると、

案の定、


スライド音を立てて開き、

のぞき窓の向こう、

誰かが目だけでこちらを睨んだ。




そしてすぐに何かを確認したように

またのぞき窓のスライドが閉じて、


ぎい

なんて古臭くて扉がゆっくりと

怪しく開く音、




《姐さん、今日は何用です?》


顔を出して見せたのは、

いかにも一般人離れした強面の

屈強なスキンヘッド男。


顔の片側面に骸骨のタトゥーがびっしり入っている。




やはり、

川上を認識してこの扉を開けたのか。


ケイトたちも敷居をまたぐと、

男は重たそうなその扉をまた締め直し、

川上の問いを待った。




「まあ、ちょっとな。」


知り合いのようで

川上も慣れた様子。



明かりのある奥へ招かれ、

歩いて行くと、

徐々に眩しくなってくる、


同時に、

雑踏、人混みの喋り声、


大きな広間に出ると、





ありとあらゆるギャンブル、

それに興じる人間たち、


いや、

人間以外もいる…?


煌びやかな格好をした、

明らかに富裕層の人間とは別に、


目が三つある者や、

緑の肌をした者、

小さいダルマのような者が飛び跳ねていたり、




「からくさ街ってのは、要はこういう場所なのさ。」


川上が手を広げて

ケイトたちに見せる、


社会の汚い面をこれでもかと。





すると、


《姐さん、お久しぶりですね。》




ギョッとした。

話しかけてきた

礼装の人物、


いや、人ではない。

だが、

人っちゃ、人でもある。




「やあジュリアン、元気かい?」


《おかげさまで、ぼちぼちやらせてもらってますよ。》




当然のように、

猫の顔をしたその人物と話をする川上。


《今日は皆さんで、どうなさいました?》


ジュリアンと呼ばれたその猫人は

その猫目で

他の4人を見つめる。




「今日は会長に会いにきたよ。通して。」




この一言で

ジュリアンの瞳が縦に割れ、


また

丸黒い普段の眼に戻る。




《そうですか、今日マダムはご機嫌です。今なら会っていただけるでしょう。どうぞ、こちらへ。》


ジュリアンはスーツの襟を正して、

背を向け、

人混みを分けて賭場の真ん中へ歩き出した。




どんどん闇の沼へ身体を沈めていく自分、

今ならまだ顎まで浸かっていないが、


何も考えずに

このまま突き進み、

潜れば、

果たして

浮き上がれるのだろうか?




浮き上がれたとして、

果たして、

自分はいつものような顔をしているだろうか?



べったりと

闇の仮面で顔を覆ってはいないだろうか?





「晴名、大丈夫か?」


近田が

立ち止まるケイトへ声をかける。


「行こう、話はこれからだぞ」




ケイトは力なくうなづき、

また

歩き出す。





賭場を横切る時に


勝った負けたの歓声と悲鳴、

金貨が擦れ合う音、


舞い飛ぶ札束、


怒号、

全てが嫌になる。


なんて場所なんだここは。




なるべく見ないように、

聞こえないように、

必死にみんなについて行く。


すると、

静かな廊下に出て、




《先に私が行きます。許可が出ればいらして下さい。》


と、

ジュリアンが大きな扉を開け、

中へ入っていった。





「ほんとたかだか会うだけなのにまどろっこしい。この扉、ぶち破って入って泣かしてやってもいいんだぞといつも思うぜ」


腕を組み、

サンダルをパタパタ忙しなく動かす川上。




ここで珍しく、

フランシスカが口を開く。


《扉を開けた時、金木犀の匂いがした。まさか、これから会うのは…》


《Es la Sra. Ruka...?》(ルカ夫人か?)




川上は4人へ振り向いて、

腰に手を当て口を開いた、


「Eso es correcto.」(その通り。)






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