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あにあつめ   作者: 式谷ケリー
弐の章 蒼い春
72/127

竜巻のように







夜の青葉市、


からくさ街。




青葉の裏の顔、


風俗店や居酒屋など、

大人のサービスを提供する店で大いに溢れかえる、


都市部の一角である。







《さて皆さん、今日もお仕事頑張りましょうね。》


細長いタバコを

真っ黒いドレスから伸びる

細く、長い足を組んで吹かす

1人の美しき女。


その前には、


正座をして

その話を聞いている


同じくドレス姿の

若い女たち10数名。




《あらあら、どーしたの?》


《これからお仕事なのに、随分元気がないじゃない?》


《それは、ま、いつもの事か?》





一人一人の顔を見れば、

誰も楽しい表情を浮かべているものはおらず、


むしろ

涙を流し、

帰りたいと懇願するものまでいる。





すると

これまたいつものことながら


黒ドレスは指で合図して、

皿洗いをしていた黒服を呼び、



《笑えるようになるまで、殴りなさい。》



決まって泣く女へ指示を出す。


すると

黒服は何も言わずに



殴る、蹴る。


そこに

男尊も女尊もない。




悲鳴が上がり、

数発で無理やり

どんな状態からでも笑うのだ。


それを理解しているものは淡々と仕事の準備をはじめ、


諦めの悪い方を悪だと決めつけ、


鬱陶しいと眉をひそめる。





《働いて、働いて、働き抜くのよ?》


《そして、肥やしなさい!私を!さあ!》






その店、

店舗型の性サービス提供店。


カーテン一枚に仕切られた小部屋が何部屋もあり、


そこから、

男の笑い声と、

女の喘ぎ声と、


闇と、

金と、

死の音がよく聞こえた。





《心地よい、心地よい音よ…》


黒ドレスの女、

ひのえと名乗る、


紛れも無い妖怪。

それも、

現に溶け込んだ常妖怪。



そして…


鬼切丸率いる百鬼夜行のメンバー。








枝分かれしている小部屋との間に

伸びる通路を歩き、

大声を上げる。


《何をしても良い!何をされても良い!私の店では人間を捨てなさい!》


《さすれば解放されるだろう、狂気と快楽の入口が。》




からの、

高笑い。


客を待つ女の子は

それを聞いて

耳を塞ぎ、

体を丸めて震えていた。















「…リカまた休み?」


「…LINEが返ってこないんだよね。」


「…もう一週間だよ?」


















話は変わって、


《本日はお疲れ様でしたね、ケイト様。》


家のリビング、

そのちゃぶ台に置かれた集魂石から

気の抜けた酒呑童子の声。


ケイトはそのちゃぶ台に上半身をべったり乗っけて、


白目になりながら唸り声を上げている。




「疲れた…死にそ。」




鬼羅で鬼となったケイトはとりあえず無事のようだ。





《鬼羅を維持できる時間は現状一分、ですか。》


《時間を伸ばさねば…お話になりませんからねえ。》


《修練を積みなさい。》




酒呑童子の言葉を

聞いてるのか聞いてないのか


ケイトはあの時のことを考えていた。





川上と対峙した時のことを。






剣先に溜めた妖力を

思い切り空中からぶつけて斬った大業、


鬼羅滅斬、


川上も地上で妖力を解放して

同じく鬼羅滅斬にぶつける。




大きな妖力と妖力のぶつかり合い、

せめぎ合いの果てに、





「あたしの鬼羅が解けた。」


その瞬間、

鬼羅滅斬は急に消滅し、


空中のケイトへ向けた川上の妖力が


地下の天井を突き破り、

地上に大穴を開けて

そのまま飛び出して

大気圏まで飛んで行ったのだ。





ケイトは間一髪、


少しのところで妖力を避けて、

着地できずに地面に激突した。






「その後の記憶が無い。」


ようやく身体を起こして、

ふらふらと立ち上がって、


「お風呂、入らなきゃ…。」





酒呑童子はケイトへ、


《あの後、いばらと神少年があなた様を連れて逃げたのですよ。》


《あの場所は崩落寸前でしたのでね。》


顛末を教えた。




ケイトは脱衣所の扉に手をかけ、


一度、

集魂石へうなづき、

服を脱いだ。





《ケイト様、鬼羅をものにすれば怖いものはありません。》


《いかなる時にいつでも、いかほどにも成れて慣れなさい。》







それから、

シャワーに頭を打たれながら、


この言葉の意味を考える。


「…ううむ。」


水滴がいくつも自分に跳ねて、

床に落ち、

排水溝へ流れ、


また繰り返す。




「…家ではとりあえず、鬼羅状態のままでなるべくいようか。」




成れば慣れる業、鬼羅。


この考えは正しい。







この夜、


清浄会、妖怪、そしてケイトを巻き込む

竜巻のような事件が起きていた。





「はあ!はあ!はあ!」





裸足で、

下着姿のまま、


からくさ街を駆け抜ける女、


リカ、




通行人にぶつかろうが

なりふり構わず、

逃げる、


逃げる、




涙を流し、

必死に、

逃げる、





《…もしもし、ああ、私だよ。》


《ああ、そうしなさい。》


《ああ、そう、素早く。》


《拭いなさい、私の顔についた泥を。》







何かから逃げ出したリカ、


《カア、カア。》


夜が明けて、

からくさ街のゴミというゴミが集まる

大きなゴミステーションに


カラスを頭に乗せて、

目を開け、

口を開けて居た。





勿論、頭部だけで。






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