事情
「…これで、2つ目。」
討たれた現が倒れ、
煙を立ち上げ
消滅。
魂が手元の集魂石に収められた。
《お見事です。これで件を鎮められます。》
ゴールデンウィークも最終日となり、
周囲を妖力の眼で見渡し、
現を見つける術、周眼を身につけたケイトは
容易くノルマの魂を集める事に成功した。
《件に動きがあれば、また連絡します。お疲れ様で御座いました。》
酒呑童子との通信終わり。
現祓を消して、
近くのベンチに座るケイト。
ため息を吐いて、
背もたれに身を預ける。
「明日から、本当に学校だ。」
俥、と名乗った警察と戦ったあの日、
伊達さんが助けてくれた、あの日、
「今日はウチに泊まると良い。」
伊達さんはそう言って
あたしを家へ。
相手は警察、
もう自分の住所なんて割れていて、
家に戻ったらまた鉢合わせになるかもしれない。
二回断ったが、
三回目で頭を縦に振ってしまった。
「さあ、どうぞ。」
高校からほど近い場所、
そこにある小綺麗なマンションだった。
「お邪魔します。」
家の中はさらに綺麗で、
綺麗で、
というより、
「何もないんだ、すまない。」
驚いてるように見えたのかな、
リビングには
真っ白な3人がけのソファーと、
真っ白なカーテンだけ。
何も無い。
あ、いや、奥に小さな冷蔵庫があった。
それは黒。
それだけ。
「…。」
そして、
その冷蔵庫に貼られた誰かと撮った写真に
目を取られる。
「…写真、川上先生とは古い付き合いでね。」
あたしの隣に来て、
ちょっとすまないと言って
冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出し、
「気になるなら手にとって見てみるといい。」
マグネットで押さえたその写真を
手渡してくれる。
「あ、はい、すみません。」
受け取る。
伊達さんは二つのコップに注ぐ。
よく見てみると、
中央で今と変わらない川上先生が
小学生くらいの
面影ある笑顔の伊達さんと肩を組んでいた。
その後ろには
一見モザイク画のように見える人混み。
どこかの建物で大勢と写っているような。
「晴名さん、私たちのことはどれくらい知っているんだ?」
冷蔵庫の前で膝をつくあたしを
ソファーへ誘い、
コップを手渡す。
写真を冷蔵庫へ戻して、
「あ、ありがとうございます。えっと、その」
ソファーへ座る。
伊達さんはフローリングの床にあぐらをかいた。
「ああ!あたしだけ座るのは!」
立ち上がる。
すると、
「別にいいのに。」
「いえ、あたしが床に…」
髪を結った伊達さんの後ろ髪が跳ねて、
「なら私もソファーに座ろう。」
飛び込んで来たときに
ふわりと持ち上がった空気は、
やはりいい匂い、
桃の香り。
膝までソファーに乗せて、
それを抱き、
顔を横に向けて、
先ほどの問いを待つ伊達さん。
切れ長だけど、
大きなその瞳、
吸い込まれそう、
くらくらする。
「あ、いえ、えっと…」
えっ、
なに、
照れてる?
いやー!
なんで女の人に!
「その、妖怪とかを、皆殺しにしてるとか…なんとか…って。」
言葉を選ぶ余裕などないくらいに
大きく照れている。
変な、
悪い風に言ってしまった。
「あ、いや!その、つまり…!」
「いいよ、気を遣わなくても。」
そして顔を膝から起こして
「事実だよ、それは。」
そして
水を口に含む。
飲む。
「たくさん、殺したよ。皆殺しだ。うん。」
そして
コップをテーブルに戻す。
俯き、
虚ろな瞳に変わっている。
「けど、それには事情があるんですよね?」
結局
自分は何も言えない。
だって自分だって自分の事情で
現を手にかけてる。
伊達さんは天井を見つめ、
少し間を置いて、
「事情で償える罪なんて無いだろうね。」
罪の意識はあるの?
あたしは、どうなんだろう…。
人間を守るために、
妖怪を殺す。
やばい、
そんなこと考えたこと無かった。
「ふふっ。」
あ、しまった。
口を開けて
あーだこーだとブツブツ言っている姿を
伊達さんにまじまじと見られていた。
笑われた。
「晴名さん、君は、ふふっ、いいよ。」
そして
伊達さんの手のひらが
耳に届いて、
それを握って包む。
「こんなに可愛い、愛しい君を、傷つけるなんて…その刑事は、酷いことをする。」
横髪をかきあげられて
見つめられる。。。
「うっ、ぐっ…」
ゾクッとして
離れてしまった。
なん、なんなのこの人!?
というか、
この人、こんなこと言って
頭を思いっきり竹刀で叩かれたんですけど!!
また
視線を戻して、
「晴名さん、これからどうする?」
「もし良かったら、いつでもここにいたらいい。」
伊達さんはまたコップに口をつけ、
少し含む。
…確かにそうだよなぁ。
…家に帰れないもんなぁ。
…またあの警察、いや、刑事。
「い、いえ、そんな、お世話になるわけには」
しかも、
なんか、
伊達さん、変。
不気味というか…。
そして、
しばらくして部屋を出た。
もう一度だけ引き止められたけど、
それを交わして、
さっきの現狩りに至る。
「もう1時だ。」
眼を使えるようになって、
現の動き、
位置がなんとなくわかるようになった。
あそこにも、
あそこにもいる、
この街がいかに現に蝕まれているかがわかる。
そういうものを見て感じた時、
あの火事の時の、
彼氏さんの笑顔が頭をよぎる。
事情で償える罪なんて無いだろ
伊達さんはそう言った。
確かに、
償えるなんて思ってない。
けど、
今はわかる…
ケイトは現祓を手のひらに収めた。
…事情で、人は守れる、と。




