キラキラ
左眼は俥を正面で捉え、
右眼はそれを行いつつ、
俥の背後を捉えた。
すぐ行ってはダメ、
ギリギリまで正面で引き付ける。
ひと踏みのステップは
直線飛行の如く飛び出せた。
嗤う俥、
そんなもの斬り払ってやる!
しかし動かない俥!
何故、
正面から猛スピードで相手が斬りかかってきているのに!?
今吸っているタバコの煙を
振り払うと
すうと消えてしまう、
一眼の転身はまさにそんな感じで開始される。
「全て、同じやり方だなぁおい!!」
予期していたかのように後方へ
裏拳のように
俥は腰を捻って
コートを舞い広げ右手を打ち込む
予期していなかった攻撃、
それはこちらの方!
ケイトの顔半面にめり込むその好の攻の甲!
スピンの効いたかなり有効な打撃、
受けた直後に
きりもみしながら地面に叩きつけられるケイト。
そのすかさずを逃すわけがなく、
思い切りエンジニアブーツで踏みつける
だがそれは見えている!
失ったのは左半面!
右眼は、生きている!!
フッ
とまた消えるケイト、
今度は完全な背後ではなく、
少し角度を入れて背中を狙う
ああ!
ジンジンする顔!!
妖力で守っていてもそれを簡単に貫いてくる!
しかし、
消えた瞬間からの1秒未満、
また来るな、
と俥に気付かせるには十分な時間だった。
また背中に気配を集中させ、
現れた瞬間にまたぶっ叩く準備もできていた。
「また同じ事!!」
(完全に掴んだ、
右の到達時間を少しでも稼ぐため、
左側の背後から来たか!
無駄なことを!!)
そう、
確かにケイトは左側の背後に現れた。
だが、
すかさずまた消え、
俥の裏拳は寸前で空を切る。
そして、
「ここだぁああああああ!!!!!」
ド、ドがつく
ド正面から現れ、
上からあらかじめ振りかぶっていて、
それを素直に、
真下に思い切り振り下ろした。
クリーンヒットとはまさにこのこと、
地面を衝撃で突き抜け、
5Fから一気に下まで吹き飛んで行った。
「…はあ、はあ、何なの…!?」
しかしまだ終わりではなかった、
ケイトは一部始終を見ていた。
(あの時打った一撃を、あの右手が素早く伸びて防御した…!)
そう、俥の右腕、
禍々しい黒の妖力につつまれたその右腕は、
一見、
攻撃のみの強化に使われていると思われがちだが
実はそうではない。
「…いやあ、参ったね。くく。」
瓦礫の山を蹴飛ばして、
薄汚れた顔で笑む俥。
腕の大きさを何倍にするのは勿論のこと、
その長さも自由に伸縮自在、
防御にも瞬時に対応できる事から、
攻防優れた妖力強化なのである。
自ら開けた天井の穴を見上げて、
タバコに火を着ける。
「転身の最中に転身をするとはね。」
先ほどの戦い、
俥は嬉しそうにそれを振り返る。
「転身を使っても不意がつけないことに気づき、すぐさま頭を切り替えて連続で転身する。」
「なかなか楽しませてくれるじゃないの。」
俥の頭上、
5Fの穴を覗くケイト、
「うわ、やばっ。」
右眼がぬるい。
温度的に。
その下の頬を伝うものを手で拭う。
「血…うわ。」
すぐさま右眼を閉じ、
焦るケイトへ酒呑童子が、
《眼を使いすぎましたね。反動が来てます。》
けど、
右眼を使わなきゃ勝てない!
しかも、
左眼は腫れて、
眼は開いているけど、
コンディションは最悪。
《ダメです、使わないでください。》
酒呑童子も頑なだ。
「あたしの身はあたし自身がよくわかってる!眼を使わなきゃ勝てないって!」
一回、
あと一回くらいなら…
実際、
俥とケイトの戦力差は明らか、
身を粉にしてもまだ俥に分があるこの戦い
酒呑童子は眉間を指で押さえ、
ため息まじりにつぶやく。
《…あなた様に、ケイラ様の眼をお渡しした理由をお考え下さい。》
その一言、
その一言が燃え盛る炎を静寂ある曇りのない水面に変える。
「…お兄ちゃん。」
背中を揺らし、
ふふっと笑って先頭を歩くお兄ちゃん。
昔からずっと追いかけていた同じ背中、
それが思い浮かぶ。
そしてもう一度眼に浮かぶ、
二つの瞳。
一眼。
《ケイト様!いけません!》
「あと一回!!」
あと一回、だけ。
使う。
ケイトは 業 の事を考えていた。
妖力を蒼刃に変えて飛ばすのが業だとおもっていたが、
それは違う。
酒呑童子が言っていた業とは、
もっと凄まじく、
形勢をひっくり返すような大技だ。
やっていない事はまだ無いか?
それを考えたら、
まだあった。
「はあああああああぁああああ!!!!」
一眼で強化された
元々ポテンシャルのあるケイトの妖力量、
それを死ぬ気で振り絞る。
「うわあああああああああ!!!!!」
全身が蒼く煌めき、
ビルの中を激しく照らし、
「ああああああああああ!!!!!」
咆哮!
それは全体を揺るがし始めた、
まだ終わらない!
まだそんなものじゃない!
自分に言い聞かせる!
そこまで吐き出した全妖力、
それをどうするか?
それをありったけ…
現祓に、喰わせる!!!!
「行くよ!!現祓!!!!」
呆れかけていた酒呑童子の顔が、
緩み、
笑む。
酒呑童子の横で
猫叉は、
キセルを叩いて灰を落とし、
《あの巫女…まるで、鬼じゃな。)
集魂石の塊から映し出されるケイトを
食い入るように同じく見つめていた。
「喰え!!喰え!!!」
巨大化していく現祓、
刀身もどんどん刃振りを変え、
鋭く、尖り、
湾曲する!!
妖力の輝きはとっくの前に
俥のところまで来ており、
「来やがるな…。」
何かとてつもないものが来るのは時間の問題と、構え、
こちらも、笑む。
「ありったけを…叩きつける。」
ケイトの3倍くらいの長さ、
大きさ、になった現祓。
それを肩で担ぐ。
重さはいつもと同じ、感じない。
全ての妖力を喰いつくし、
溜め込んだ刀は、
蒼の色は勿論のこと、
《うにゃあ、キラキラしておるわ》
宝石でできた粉雪のようなキラキラを
ハラハラと刀身から舞い散らしていた。
それを見て酒呑童子は、
《刀に貯えられた妖力の濃度がかなり高く、凝固し、結晶化しているのです。きらきらと。》
全てを終えた、
風も止んだ、
力もほとんど残っていないケイトにはもう、
衣のように纏っていた
自分の妖力すら残っていない。
だが、
全てを現祓に託した。
迷いは一切ない。
「行くよ、現祓。」
静かだった。
駆け出し、
思い切り踏み込んで!
そして
俥の待つ大穴に飛び込んだ!




