Even fall.
《…ほう、そう来ましたか。》
《うにゃにゃ、この矢倉はなかなか落とせまい…》
酒呑童子と猫叉は将棋を差していた。
《ですが、これですと猫叉殿はあと二手で詰みとなりますよ?》
《うにゃ!?》
猫叉は器用に手と肉球を使い、
駒を戻した。
《うにゃ…ちと、待たれよ…。》
《こうして飛車を暴れさせれば、矢倉?脆い脆いほほほ。》
すると、
集魂石の塊が置いてある社から
『酒呑童子~聞こえる~?』
ケイトの呼びかけが聞こえた。
酒呑童子の細長い耳が動き、
《猫叉殿、ちと失礼。》
猫叉はキセルに火種を落とし、
煙を吐いた。
《うにゃにゃ…》
社の開戸を広げて、
《ケイト様、どうかされましたか?》
集魂石に向かい、
声を一つ。
ケイトはビルの屋上、
ようやく顔を出した月に照らされ
風に吹かれていた。
「現を探してるんだけど、なんかいい方法ないかなって。」
「例えば…」
いばらとフランシスカを思い出しながら、
「相手の妖力を探知する方法とか…?」
この2人、
ましてや盛鬼もそうだった。
必ず妖力を探知してやって来るのだ。
《方法、そうですね。》
酒呑童子は社の石階段に腰をかけ、
《単純な話、右眼を使うのです。》
酒呑童子は他の探知方法は語らず、
眼の話を進める。
(肌で感じたり、第六感で、本人にしかわからない方法など、多岐に渡る)
《妖力を纏う者の色は大きくなります。それを見つければ良いのです。》
「それはわかるんだけどさあ。」
わかる?
ならなぜ聞く?
酒呑童子は息を吐く。
《…森の中で葉を探すのは困難、ならば、砂浜では如何でしょうか?》
《そちらの現世を砂浜として見てみればいいのです。》
現世を、
砂浜に…?
見下ろした都会は
どう見ても都会でしかない。
車の光、
クラクションや、
人々の雑踏だけがいつものように流れている。
「意味がわからないよ」
《ふむ、ならばその話は置いておきましょう。》
「何でだよ!」
酒呑童子は階段に背をもたれ、
上を向く。
今宵も現世と冥土の狭間は
二つの赤い月が雲で少し化粧をし、
微笑んでいた。
《ケイト様、妖力を出す方法はもう教えるまでもないですね?あとはどれだけ放出できるかだけです。》
《ですが、抑える方法はてんでダメですね。だから位置がバレてしまうのです。》
…。
モロに図星を突かれた。
ケイトは口を結び、
静かに話を聞く。
《手練れにもなれば、妖力を抑えて、必要な量を即時に放出など容易いこと。》
《ケイト様も是非それを意識して下さいね。》
…。
…。
…だから何だよ!
「意識して下さいね。じゃなくて!やり方教えてくれるんじゃないの!?」
《ケイト様は赤子でしょうか、一から十まで教えねばわかりませんか?》
わかりませんね!
赤子で結構!
「せめてヒントとか教えてよ!」
《ひんと、つまりコツのことでしょうか。》
目を細め、
眉を寄せる酒呑童子。
それから数刻、
《…要は、妖力を放出しなければ探知されないのですよ。こんな容易い事にコツなどありません。》
…いや、まあそれはそうだけど。
《探知されたくなければ、妖力を出さずに戦えばいいだけの事、ただそれだけ。》
…そんなん、わかってるよ。
…けど、妖力を出さずに倒せる敵なんて…。
…だから心技体の強化?
…剣道部?
飛び降り防止のフェンス、
その金網に指を落とし込んで握る。
ビルの隙間風が吹き上げて、
弱気な前髪を浮かした。
《どれもダメなら、妖力を放出すればいいのですよ。現の方からやって来るのは確実。》
これ以上、
酒呑童子から何かを引き出すのは困難と判断。
「…もういい。」
自分は、
何やってんだろ。
もう一度、
都会を見下ろす、
今回は違う。
砂浜、
それは真っ白なイメージ。
「ならば!」
左眼を瞑り、
右眼だけで、
この都会を真っ白な砂浜に見立てるんだ!!
薄眼にして見たり、
ぼやっと見たり、
遠くにピントを合わせたり、
色々やってみた。
「…けど、無理だあああ」
…ん、
…ちょっと待てよ。
ビルの屋上にいる、
それは何故か、
身体を妖力で強化して、
跳んで、登った。
不可能を可能にする、
それが妖力じゃないか。
ならば、
眼に、
妖力を纏わせればどうだろう。
全身に纏う、
そこにしか着目してなかった。
妖力を放出、
そして、
全てを眼に集中する感覚…!
右眼だけで、
いいんだ、
右眼だけでいいから!!
ケイトの右眼に
熱が帯び、
普段見ている世界とは違う見え方が
し始めた時、
「こんばんは。」
驚き、
振り返る背中、
「眼に妖力を宿し、周囲を見渡す、周眼。」
「何かをお探しかな?」
「例えば…魂とか?」
ニヤリと笑う俥。
そしていつものように
タバコを咥え、
手で風を遮り火を点けた。
「…誰。」
右眼を集中させ、
右手からいつでも現祓を出せるように
構える。
「俺ってそんなに不審かねえ?若者に会うと必ず身構えられる。くく。」
咥えたまま、
煙を吐いて、
「…そんな眼で見るんだもんなあ。」
「…ん?ちょっと見せろ。」
突然巨大な手のひらが現れ
ケイトの上空を包む
という錯覚!
(やはりな、ケイラの眼か。)
手でクイと顎を持ち上げられ、
下から上へ顔を覗かれた。
瞬間、
寒気、恐怖!
タバコの匂い!
鼻をつんざく!
ケイトの戦慄が屋上の隅々に響き渡る。
「そんなに…叫ぶこたあ無いだろう、くく。」
酒呑童子はこの光景を見ているのだろうか、
見ているなら、
答えてほしい…。
こいつは、何なの…?
もちろん見ている酒呑童子。
《…彼は、妖怪でも清浄会でもありません。》
《単なる、雇われの身。》
…雇われ?
…誰に…?
「晴名ケイト、さん。自己紹介が遅れましたね、私…」
名前割れてる。
俥はコートに手を入れて、
「俥 入人と申します。まあ、」
「こういうもんです。」
手帳を開いてくすんだ金バッジを見せた。
…警察?
「何か、用ですか」
用はあるんだろうな、
妖力とか、言ってたし。
こっちがらみの要件が。
「…くく、おまわりさんをそんなに怖がる必要は無いよ。」
「それとも、心当たりがお有りかな?」
長い前髪で片目を隠し、
卑屈に口角を歪めて笑う。
「…心当たりがあったら、どうするの?」
ケイトも雰囲気に呑まれては駄目だと、
負ける気を隠して
強気に構える。
「そうですね~、どうしましょうか。」
急に張り詰める空気、
全ての物質や概念が俥に引き寄せられ
集まるような雰囲気が現れた。
《ケイト様、彼には干渉しないほうがよろしいかと思われます。》
わかってるよ、
けど、
このままにしておけない。
こいつは、
絶対また現れる。
目的を、
はっきりさせないと。
「…誰に雇われたの?」
ケイトも俥を睨み、
呟くと、
不敵な笑みが消えて、
またコートに手を。
そして一言、
「…誰に聞いた?」
その瞬間、
俥の背中からケイトへ向けて
吹き荒ぶ突風のようなプレッシャー。
目も開けられない、
身体がよろめく、
そんな重圧、
やるか!?
現祓を出して、
妖力を全開、
もう誰かにバレてもいい!
《いえ!バレないんです!彼は結界を張りました!》
酒呑童子もたまらず叫ぶ
「えっ、どういうこと?」
走り幅跳び、
俥はケイトへ
そんな感じですでに飛んできていた。
「うわっ!!」
防御!
刀で!
その鍔を踏み台にどこかへ横っ飛び!
眼で行方を探る、
どこへ行った!?
その間、
少し解説する酒呑童子、
《彼も妖力を放出して誰かにバレるのが嫌なのですよ!》
《だから今結界を張って閉じ込めた!》
《結界の中では妖力を使っても外にはバレないんです!》
右眼が俥を教えてくれた。
俥は地面に膝を突き、
左手で右肩を抱いている。
「…さっきから、誰と話してる?」
抱かれた奥の右腕は、
肘から下が真っ黒になって
どんどん巨大化していく。
「…何なの。」
酒呑童子も向こう側から観察する。
《彼は武器を媒体にしない、身体に妖力を送り込み、自らを武器とする!》
だから何!?
ケイトのこめかみに汗が伝う。
《よくわからない攻撃が来ます、暫く様子を見ましょう、全てを防御に捧げなさい!》
俥はその、
傘を広げたように巨大化した右手を抱え、
突いていた膝をクラウチングスタートのように使い、
駆け出してきた!
来る!
ケイトも剣先をそこに向け、
正眼の構え、
(あの右手が不気味、受けるのも危ういか)
防御、
それも回避という防御、
伊達のあの足の動き、
見ていた。
試すか。
いや、
初見の相手に技を試すほど自分は強くない。
頭の中の回路が
様々な電気を発し、
ぶつかり合い、
干渉しあう。
答えが出るまでには時間が足りなすぎて、
俥の一撃がとうとう直前までやって来て、
ローファーのつま先に力を入れ、
後方にステップ!
大きく下がったのが良かった、
握り締められたその余りに巨大な俥の拳は
ビルの屋上、
コンクリートの地面をいとも容易くぶち抜いて
大きく穴を開け
破片を撒き散らかして、
「くくく…」
それが舞う中、
ケイトと俥はビルの中へ落下した。
2人同時に室内へ着地、
このビルは
稼ぎ時なのに
人気も少ない風俗のビルだった。
とはいえ、
大きな衝撃と物音、
関係者たちがこぞってゾロゾロと店から出て来た。
だが、
《妖力を完全に纏っていれば、常人には姿は見えないのですよ。》
酒呑童子、
すかさずフォローを入れ、
心置き無く戦えと願う。
それは真実だと思ったのは、
俥から跳んで逃げている時、
何人もの人間とぶつかりそうになったが、
すう、
とすり抜けて行けた。
《それが霊体化、やはり敢えて教える必要は無かったですね。》
「じゃあ何で建て物は壊れるのさ!」
《それには幾つかの理由がありましてね…それは確か、安土桃山時代の…》
ケイトは耳を伏せ、
戦いに集中する。
俥はケイトを追いかける。
その際、
曲がり角を敢えて曲がらず、
「すばしっこいねえ!!」
その角を右手で削り取り、
ぶち壊してまっすぐ進む。
「そんなデタラメな!!大騒ぎになってもいいの!?」
建て物がなぜかどんどんボロボロになっていくなんて、
事件にならないわけがない!
ケイトは回転し、
もう背を向けるのをやめた。
迎撃!
やはり、戦うしかない!
様子を見る意味も込めて、
斬の剣閃を3つ飛ばす。
「それは安易だよ!」
激しい金切音を火花と共に上げて
例の右手を巧みにスライドさせて
蒼の剣閃を弾き飛ばす俥。
飛ばされいなされたそれは
壁を斬り刻み、
方々へ散っていく。
それを向こう側の辻で見ていたケイト。
やはり、
直接打つしかない。
小手先じゃ、倒せない。
…使うか、アレを。
右の顔面に迫る衝撃、
その周りの毛細血管が浮き出てのたうつ。
全身が全開になっていくのがわかる、
そして分裂する黒い瞳。
それが勾玉のように変化して重なり合う。
一眼
ケイトのリスク覚悟のとっておき。
そして
現れる独特の歌舞伎役者の様な隈取り。
それを確認した俥は笑う。
「やはり、ケイラの妹か。」
「えっ、お兄ちゃんを知ってるの!?」
とうとう誰もいなくなった風俗ビルの、
5F、
静まり返る廊下。
「勿論、この業界にいれば、誰でも知ってる。」
業界、ねえ。
「お兄ちゃんは、あなたの敵だった?それだけ聞かせて。」
いつの間にか吹かしていたタバコの煙、
俥は感慨深く吸い込む。
懐古される記憶、
戦い、
そして一言、
「奴のせいで眠れなかった日もあるよ、くく。」
「その妹をやっつけたとなれば、」
「…今日はゆっくり眠れるだろう。」
ケイトの瞳は揺れ動き、
それをYESという判断、
お兄ちゃんの敵なら、
遠慮はいらない!




