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あにあつめ   作者: 式谷ケリー
弐の章 蒼い春
53/127

空を見よ







青葉台高校、

全校生徒700名、

専任教員60名、

その他教員等15名、


校訓を 夷険一節 とし、

逆境や困難な状況にも決して信念を曲げずに一貫するという強い心を生徒に育てて欲しいと、


初代校長、

川上旧兵衛が私財を振るい、

昭和初期に立ち上げた私立高等学校である。



校風は現校長の意向が大いに反映されるという変わったスタイルを取っている。


その為、

ルールにとらわれない自由で柔軟な発想の教育、ができるとして、大変人気のある学校となっている。


制服は基本的に男子は学生服、女子はセーラー服となっている。


校則も自己責任を第一とし、

特に偏った拘束などはない。


しかし

自由すぎるその校風が、

国、教育委員会、PTAなどの組織としばしば対立する火種となっている。





「おお、あゆみちゃん」


先ほどの川上先生、

ケイトの担任である中村先生が

戻ったのを確認して声をかけた。


「例の、晴名くん、チョロ子、あれが来たよ~もう大丈夫だって。」



川上先生とは違い、

ショートカットで

リクルートスーツをピシッと着こなし、眼鏡をかけて清廉な雰囲気の中村先生。



「あら、そうでしたか、ありがとうございます。」


「あとで本人からもお話を聞いて見たいと思います。」




そして自分の机に座り、

書類の整理をはじめた。


川上先生は頭に両手を置いて、

来客用のソファーにバフッと座った。




「晴名、ケイト…チョロ美…か。」




そして、

笑み。












チョロ…ケイトは階段を降りて、


武道場へ。


降りるとすぐ廊下があり、

大きな二枚の扉が突き当たりにあった。


その廊下、

武道場まで続く間に

青葉台高校剣道部の輝かしい歴史が

ガラスケースに入って煌めいていた。


優勝旗、

トロフィー、

賞状、

写真や盾など、


「…剣道部、凄いんだ。」




それを横目に歩き、

少し誇らしくなるケイト。

栄光の新しい1ページ、

それを自分が刻むかもしれない、

そう思うとワクワクする。


ポジティブになっていくプラス感情を少し抑えて、

緊張の面持ちなどを用意して


扉を引いて開く。





「あの、すみません…」





確かに、

確かに変だと思った。


ばしーん!

とか、

ばーん!

とか、


めーん!

とか、

そう言う掛け声が

扉を開ける前、

強いて言えば廊下を歩いている時ですら聞こえて来てもおかしくないのだ。




「やあ、晴名さん。」




広い、

板張りの武道場に

ぽつんと神くんただ1人。



竹刀の紐?

か何かを締めている。


「そう、見ての通り、休みになるとこんなもんさ。ガラガラ。」




手のひらを上に向けて、

鼻で笑う神くん。


人がいない事を恥ずかしいと思っているのか。




けど、確かにそうかも…


ケイトは神くんの所へ行き、

スカートに気をつけながら壁に寄りかかって体育座りした。



「1年生しか、休日練習してないって、」


「先輩達はあんまりやる気ないってこと、だよね?」



剣道部が素晴らしい実績を残して今でも健在しているのは嫌という程わかった。


だからこそ、

この状況は異様なのかもしれない。

それは自分みたいな部外者でもわかる。




神くんはバツが悪そうに、


「…いやー、まあ、みんな忙しいんだよ。ははは…。やる気がないとかではなくて…。」


ケイトの心が揺れて燃える。


「やる気ないでしょ!剣道部ってすごいんでしょ?それを引き継ぐことを考えたら休みも惜しまず練習するのが普通じゃないの?」




神くんは一瞬笑顔を見せたが、


すぐにやめて、



「晴名、さん…それはちょっと、どうかな…僕にはわからないけど…。」




なぜそこまでケイトが拘るのか神くんにはわからない。


ケイトはこう思っている、



剣道なんて死にはしないスポーツ、

それを自分のやりたい時だけやって、

自分はいつ何時妖怪と戦うかもしれないスポーツなんかではない戦い、という緊張感は少なくてもいつも抱いている。


なんて、

なんて、やる気のない…




気持ちを反映する部分は間違っているが、

どうしても声を上げずにはいられなかった。




「晴名さん…!いや、これには何か理由が…」


神くんは立ち上がって否定を手で振って表現する。


すると、


「…その通りだ。その娘は、正しい。」




武道場奥の扉を開けて、


美しい人が出てくる。




「…部長、先ほどお話しした見学の、晴名ケイトさんです。」


神くんは手のひらをケイトに向かって広げる。




長い黒髪を後ろで結い、

竹刀を持って腰に据えて

こちらへ歩いてくる。


その姿、

ケイトは達人と間違うほどの、


なんというか、

落ち着きや、有無を言わさぬ緊張感というか、




一気に場がピンと張り詰める。


そして、

不思議と右眼で見てみると、



「…灰、色。」



間違いない、

この人は妖力を帯びている。


何故なら、その人は意図的にその色をただ漏らしているわけではなく、


肌に張り付かせ、

ピンと纏まらせているのだ。




まるで、

神くんや自分がやるような、


妖怪用の防御法のように。




「晴名さん、この部の部長をやらせて頂いている、伊達と申します。」


竹刀を持たない右手で握手を求めて来た。


ケイトはすぐに立ち上がり、


「晴、晴名です。よろしくお願いします。」




手が交わると、


「ごゆっくり。」


ニコッと笑って美しい整った顔の口角が上がって揺れた。


そして、


(いい匂い…。)




何か桃のような芳醇な爽やかな香りが漂う




「よし、神、組手でもしようか。」


せっかくの見学者、

ということなのか、

何かを見せてくれるようだ。


神くんも竹刀を持って、



「では、防具を…」


なんて言った途端、


「防具無しでいい。普段からそうなんだろう?」



意味深な伊達部長の発言。

もちろんケイトの事も見つめての発言。



そして

慌ててケイトを見る神くん。


(なんであたしを見るんだよ…)




さっきの灰色の(しき)といい、

意味深な発言といい、


伊達さんは何かに感づいているのか?




ケイトはまた座り込んで

道場中央を正座で見つめた。



「遠慮はいらんぞ、神。」



伊達も中央で正座し、

時を待つ。




「部長に遠慮したら、こちらが打たれますよ。」


心配無用と、


神くんも座り、


屈伸で

剣先と共に立ち上がった。




「礼は無し、好きなタイミングで来い。」




伊達も剣を構え、

すり足で様子をうかがう。


お互い中段構え、

正眼のスタイル。




(ちょっとちょっと…)


ケイトが気になった。


(防具も無しに打ち合うの?)


いくら竹刀とはいえ、

まともに当たれば大怪我は必須。


(この人たち、バカなの?)



と思った瞬間、

神くんが踏み込み、

武道場に足音が響く!


下りていた剣先が命を与えられたかのように

上へしなり、

面突き一閃!


かなりの速度だったが、

伊達、

微動だにせず身体を捻って交わす。


神くんはそのまま残心残して

面が活きない、

ならば、

小技を細かく、



小手!

交わされる!

ならば、

引き小手からの、


胴払い!


そして雄叫び!



しかし全て弾かれ、

交わされる。




「…詰まらん手品ばかりで退屈だ。」


伊達を満足させることはできない。





ここまで見てわかったことがいくつか、

ケイトは正直神くんを馬鹿にしていた。


鈍臭いやつ、

そこまでは思わないにしても、



あの火事の時の事を

よくよく考えれば、

どんな形で決着したかわからないが、


あのフランシスカを任せて撃退して、

自分のところまでやって来ていたのだ。




神くんは、

凄い。


もちろんそれ以上に伊達さんが凄いのもわかるけど。





すう、

伊達の剣先が泳ぐ、


金魚や雑魚の類ではない、

悠然と古川を泳ぐ大魚のように。




そして

神速、と呼ばれる伊達の三方向突き、


手首を捻り、

構えそのままに、


面、小手、胴、

どこに来るかわからない突き、



しかし、

神くんは見ていた、


最初の踏み出しと、

軸足、


(踏み出しが浅い、軸足も伸びていない!)



となればくる所は十中八九、


「小手!」




鍔でその小手突きを払う!




その直後のお互いの残心がぶつかり、

お互い手を出さず、

身を引く。




「よく見ていたな、神。」




けどダメだ、

神くんはもう肩で息をする。


「…ありがとうございます。」

(ダメだ、手一杯だ。部長の攻撃を受けるには、10の力の内、8、9割の力を防御に回さねば、とてもじゃないけど立ち回れない、反撃?そんな余裕なんてない)





それはケイトにも気づいていた、


ケイトは


もし、

あそこにいるのが自分なら、


そう考えている。




「…あんなの、防御を前提に考えなきゃ、止められないじゃん…反撃なんてできない。」




ましてや、


所詮遊びなのだ。



神くんの攻撃は不用意で、

伊達にすればいくらでも狩るチャンスはあった。


だが、

それをしない。




例えるなら、


真っ青な晴天の大空に、

竹刀を振るうようなもの。





「伊達、空奈美(ソラナミ)、これが青葉台剣道部が誇る天才剣士。感想は?」


いつの間にかケイトの隣にいた川上先生。


「うわびっくりしたぁああ!!!」




驚くケイトのリアクションが良かったのか、

川上先生は腹を抱えて倒れ込んで笑う。




伊達は剣をくるりと回して、

腰元に収めて据えた。


「川上先生、お早うございます。」


そして川上に一礼。



神くんも構えを解いて挨拶する。




「えっ」


ケイトに嫌な予感。




「こいっつ、おもしれ~」


このおどけたおチビちゃんが、

剣道部の、

顧問…?







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