ハイスクールガール
「…そう、あなたがそう言ってくれるなら、先生嬉しいわ。」
「…うん、うん。」
「…ゴールデンウィークに入ってしまったけれども、うん、うん。」
「…わかったわ。ありがとう、晴名さん。」
「…それじゃ、明日ね、おやすみなさい。」
ケイトはスマートフォンの画面をスワイプ、
指で暗転させて電話を切った。
そして夜分遅くに広がる重いため息。
今まで心配や迷惑をかけてしまった担任への謝罪と、
明日から通学するという約束。
その電話だった。
学校は休みに入っている、
だがケイトには好都合で、
いきなりクラスメイト全員と再会する勇気は少し足りない。
だから、
休みにも関わらず部活や講習で来ている一部の生徒への、
リハビリとして考えている。
ゆっくりケイトは
壁にハンガーで掛けてある
出番の少ない自分の制服に目を配せた。
「…明日から、普通になるんだ。」
入学式とその次の日、
2日しか登校しなかった。
そこから今まで全速力で非現実、
妖怪だの、鬼だの、何だの、
明日からは現実、
酒呑童子達とも少し距離を置きたい。
わがままなファンタジーは今日までとする。
時計は22時を回っていた。
ケイトは目覚ましをスマートフォンでセットして、
電灯を消す。
布団に入り、
胸を手で押さえて
目を閉じる。
ドキドキ、
している。
小学校の遠足や、
中学校の修学旅行の前の晩のような、
高揚感。
ドキドキしている。
久しぶりに心地よいドキドキ、感覚。
普段は、
殴られる!
やられる!
そんなドキドキだからだ。
ケイトは顔を横に振る。
いかん、
もうそういう非現実的な考えはやめよう。
普通の学生はそんな感覚、
滅多に感じないもんだ。
このまま夜にとろけて、
朝になるまで
このまどろみを味わいたい。
ゆっくり、
丁寧に…。
《陳腐、ただひたすらに、陳腐だ。》
非現実、
そいつは否応無しにケイトに張り付いて離れないようだ。
朝、8時過ぎの紅い衝撃。
《…ほう、貴様…この陳腐な学校の生徒だったか》
フランシスカ・マリア・リアマ、
紅の悪魔祓い師
《ならば…この学校、少しは気に入ったぞ、ハハハ》
《Gracias preguntarle, de la tercera edad.》
(よろしく頼むよ、先輩。)
お連れのお色気満載のメイドらしき女性は、
フランシスカの歩く道にバラの花びらを撒き散らし、
隣の背の低い紅髪の少女は肩で風を切って、
花びらを踏みにじりながら
学校の中へ入って行った。
「…はっ、うはあっ!!!」
アタマが痛い!
身体をよじり、校門前の地面を踏みしめる。
急に蘇る記憶、
神くんの何気ないセリフ、
「ゴールデンウィーク明けに転校生が…」
その一文で頭が埋め尽くされる
ケイトは
ショートカットを両手でめちゃめちゃにして、
「…オッ、オッファ!!!」
まさか、
転校生って…フランシスカ!?
せっかく、
せっかく普通の学生に戻れると思っていたのに!
また非現実に振り回されるのか!
絶望だ!
なんでこんな…
…あっ。
ハッ、と我に帰ると、
何人かの生徒に
自らの葛藤シーンをまじまじと見つめられていた。
奇声をあげ、
体をくねらせて
もがき、苦しむその姿を。
急いで学校の中へ走る
死にたい!
死にたい死にたい!!
頭を打ち付けて死にたい!
恥ずかしい!!
あの目!
何人かのあの目!
野球部、きっと野球部のあの丸刈りの男子の目が一番印象的!!
丸刈りと言えば野球部!
何なの!
あの汚いものを見る目は!
生徒玄関ですぐに靴を上履きに。
1ヶ月近く主人を失っていたこの白い、
真新しい運動靴。
そしてかかとを切り返して
すぐそばの手洗い場へ。
「…うー」
栓を捻って
水を流し、
顔を洗う
じゅー
と
水分が蒸発するんじゃないかと言わんばかりに
顔が熱い。
恥ずかしい。
「あれ、は、晴名さん?」
前かがみになっていた身体を急いで引き起こして、
「…っ!?ああ!あ、神くん…。」
手ぬぐいを頭に巻き、
凛とした道着を着こなした神くんがそこに居た。
神くんはそのまま隣に身を据えて、
「休みなのに学校、来てくれたんだ。」
そばに来てわかる、
神くんも熱を帯びている。
そして
水を出し、
同じように顔を洗い始めた。
「神くんだって、学校休みなのになんで…」
…あ、そっか。
…部活だ。
「…試合が、近くてね。ぷは。」
帯に挟んだ違う手ぬぐいで
濡れた顔を拭う神くん。
「…あの、剣道、だっけ?」
そうだ、
思い出した。
神くんは昔から剣道をやっていた。
それもかなり、熱心に。
何回か小さい頃に見たことがある。
「そうそう、個人、団体と試合に出してもらえる事になって、不甲斐ない結果は出せないからね。」
ここでケイトが思いつく。
剣道、
部活でやれば
修行の一環になって
場所や時間を気にせずに済む!
「ねえ、神くん。」
神くんは顔を拭いた手ぬぐいを首にかけ、
ケイトの問いかけを待つ。
「部活、見に行っていい?」
別にこの後
授業や講習があるわけではない。
軽く先生に挨拶したら見学してみたい。
神くんの白い顔は赤みを帯びて、
どんどん口角が上がっていくのがわかった。
「…っもちろん!!むしろ、晴名さん剣道やらないかな?ってちょうど思ってたところだったんだよ!」
「晴名さん、剣を使うし!絶対に上手くなるよ!!」
ケイトの手を掴んで
ぶんぶんふり回す。
「声が大きい!!」
すぐ神くんは我に返って
「あ、ごめん。」
少し調子狂うけど、
魅力的な部活。
「じゃ…先生に会ってから、顔出すね。」
スカートをひらりとかわして
職員室へ向かう。
「晴名さん!武道場はここをまっすぐ行った突き当たりの階段を降りた地下だからね!」
神くんはケイトの背中に呼びかけた。
それと同時に、
昨日来た、俥の話をどこかでできれば、
とも思っていた。
その表れが、
笑顔になってはいるが、引きつってしまうという、余韻。
余韻の渦潮。
そんな事は露知らず、
ケイトは職員室の前でドキドキしていた。
電話をスマートフォンでかけた時もそうだ。
手が震える。
唾を飲む。
先生はああやって言ってくれたけど、
散々迷惑をかけたから、
いきなり怒鳴られたりしてもおかしくない。
ああ、どうしよう。
扉の前を行ったり来たり。
幸いにも
職員室に通じるこの廊下の人気は無い。
ほんとに休みでよかった。
この挙動不審は誰の目にも明らか。
「用事があるなら入って来なさい。」
突然引き扉がが横にスライドして、
「扉の窓から君の影が見えてね、行ったり来たり行ったり来たり…もう!ちょろちょろと!チョロ男か!?いや、チョロ子か!コラ!」
と、
白衣姿の先生が目の前に現れた。
胸ポケットには沢山のペン、
蛍光、ボール、シャープ、マジック…
「…川上先生。」
名前も顔も知っていた。
2日しか登校してないのに。
もう、
この先生は先生紹介のシーンで凄く印象的すぎて…
白衣姿もそうだけど、
何よりも目を惹くのが
「…ん?話、聞いてる?」
身長、
150cm、多分無い。
そして、長い銀髪。
教育者として有るまじき、姿。
そう、姿で言えば
白衣の大きさも合ってない!
袖がもう長くてダボダボで、
裸足で
こち亀の両さんみたいな木製のサンダル。
なめてるんだろうか…
「…中村、先生はいらっしゃいますか?」
川上先生は引き扉に手をかけ、
体重を掛けて寄りかかり、
「あ?あゆみちゃん?いなーい」
口を大きく開けて答えた。
あゆみちゃんって…
中村先生、あゆみちゃんっていう名前なのか。
「あ、いないなら、はい、結構です。失礼します。」
踵を返した途端、
「チョロ子、あんた学校もう来れるようになったんかい?」
ケイトの足が止まる。
「…晴名です。学校は…ご迷惑をおかけしました。もう、大丈夫です。」
とりあえず先生なので頭を下げたら、
ぽんっ
とその頭に手を乗っけられて
「そっか!良かったなあ!うん!良かった良かった~」
犬をかわいがるように頭を存分に撫でられた。
…目が点になる。
唐突、
温度差が激しすぎてリアクションに困る。
また走って逃げてしまった。
神くんを病院で待っていた時のように。
…やっぱり、あれだな、
…人間、苦手だな。
何か、
今と全然違う環境に身を置きたい!
このモヤモヤした気持ちを、
どこかで発散したい!
ケイトは急いで地下の武道場へ向かった。




