不幸せな手紙を
《…。》
光のない目で俯き、
棒立ちのままの火事鬼。
どうしていいかわからないのか。
ケイトは語りかける、
「…彼氏、さん。」
火事鬼は顔を上げて、
《う、うう》
上手く話ができないのか、
うめき声を上げるだけ、
消防車や救急車、パトカーのサイレンが何処でも鳴り響いて、
とうとうこちらの方にも人が増え始めてきた。
ましてや、
《ケイト!時間がもう無いよ!!》
いばらの叫ぶ声まで、
集魂石から聞こえてくる。
わかってる!
わかってるってば!
けど…
ショーコは家にいた。
可愛らしい壁掛けの時計が針を鳴らし、
部屋の静寂に拍車をかける。
その時計、
七瀬が初めてプレゼントした、
安い時計だった。
1時間ごとに
真ん中の小屋の仕掛けから、
ピエロの男女が仲良く前に出てきて、
時を知らせて
頬にキスをする。
ショーコは窓際で、
ヘリに座って、
膝を抱く。
「…。」
戻るのを待つショーコは、
何も知らない。
知らなくてよかったのか、
知った方がよかったのか、
ショーコは、戻るのを待っている。
戻らない、七瀬の事を。
ずっと。
これからも。
《…。》
ケイトと少し見つめ合ったあと、
火事鬼は指で
アスファルトをなぞる。
何か文字を表しているのはすぐわかった。
だが、
わかりたくない、
「やめて…ください…」
なぞる、
それでも、
《ケイト様…》
酒呑童子にもわかった。
その文字が何か。
「やめてって!!!!」
下を向き、
地面に叫ぶケイト。
こ ろ し て
何度も、何度も、なぞる。
七瀬にはもうわかったのだろうか。
自分の状況が。
ケイトの目から涙が溢れ、
眉間が熱くなって
鼻が締まる。
「…そんな、こと、言わないでよ…」
火事鬼にはもう戦う意思は無く、
人間のような複雑な思考回路のないまま、
路面にしゃがんで、
それを指でなぞるだけ。
《ケイト様、神少年が…》
酒呑童子が神くんのかすかな式に気づいた。
炎に囲まれた街角でとうとう倒れこんでしまっていた。
「…ゴホゴホっ!!」
煙にも巻かれ、
このままだとかなり危ない。
件の災い通りになってしまう。
神くんは大火に焼かれて死ぬ、
まさにそうなる寸前だった。
《ケイト様、これが戦い…こんな想い二度としてはいけないし、》
《させては、いけない。》
ケイトにはもちろん為すべきことは理解できていて、
そうする事で世の中が救われることもわかっている。
だが、
それによってショーコは暗く澱んだ世界に陥ってしまうのはまず間違いない。
これが戦い、
と、
呑み込んで良いものなのか、
ケイトは手首を返し、
現祓の柄に手のひらを置く、
剣先は丸まった火事鬼の寂しげな背中へ、
《ケイト様…!!》
時間がない、と酒呑童子も叫ぶ
躊躇い、
躊躇い、
決断した。
"ショーコへ"
"もし、この手紙を見つけて読むことがあったなら、俺はこれを処分できずにいるという事なんだろうな…1人にさせてしまったという事なんだろうな…。謝るよ、ごめん。"
"守れなくて、ごめん。そばにいられなくて、ごめん。迷惑かけて、ごめん。って、俺は謝ってばかりだ。今までも、ずっと。"
"俺に何かあっても、ショーコは強く生きていって欲しい。こんな事を俺が言わなくても、ショーコは強いから、きっとそうするだろうけど。"
"ショーコ、この街にもう居てはいけないよ。それは君もわかっているはずだ。だから、この手紙にカードも添えておくから、自由に使って故郷に帰るんだ。帰って、何でもいいから仕事をして、誰かと出会って、恋をして、結婚して、たくさん子供を産むんだ。そして、幸せに暮らして、幸せに天国へ行く。俺みたいになってはいけない。"
"この手紙を書いている今は、ショーコは眠っている。君の寝顔を横目にこれを書いてるんだ。けど、この手紙は君に届かない事を祈ってる。そうなら、俺は幸せだから。"




