絶命絶対
操鬼のなきがらが灰になって
風に吹かれて
無と帰った。
次に現れたのは、蕪鬼、
以前ケイトを酷い目に合わせた黒づくめの男。
《ションベン漏らすほどびびらせても、まだ懲りないか。》
トラウマが彼女を襲う。
「いや、いやだ、あの人は、いやだ」
明らかに動揺している。
それもそのはず、
人間にはあるだろうためらいみたいなブレーキがあいつにはない。
命令があれば、
女子供の顔面、容赦なくグーパンチで殴れるような奴。
ましてや鬼、
余計に際限のない闇を抱えている。
「いやだ…」
思考が停止する。
肩をだらりと落として、
ケイトは明らかに戦意喪失。
《しかし、骨まで折ってやったのに、ピンピンしてるね。こりゃ、殴り甲斐がある。》
じろじろと、
馬のような長い顔で
ケイトを見つめる蕪鬼。
そろそろ、と
拳の関節を鳴らし、
首をぐりぐり回し始めた。
《ケイト様、構えなさい。妖力を纏っていれば致命傷にはそうそうなりませんよ!》
酒呑童子の言うことはわかってる。
けど、
業の代償、
深刻な妖力切れが今まさに来ている。
運動した後のスタミナみたいに、
徐々に戻りつつはあるけど、
瞬間的に身体を包み込むような妖力は出せない。
それはわかる、何となく。
蕪鬼がとうとうステップを踏んでこちらに飛び込んできた。
《ケイト様!》
酒呑童子が叫ぶ
こうなったら一か八か…
ケイトの顔面に、
渾身の右ストレートが勢いよくめり込んだ。
遠くへ
地面を跳ねて吹き飛ぶケイト。
勢いが弱まり、
複数回転して、止まった。
《まだまだこれから、死んだらダメだぞ》
スタスタとのんびり歩いて
そこへ迫る蕪鬼。
だが、
この一撃、
ケイトの激怒に火をつけるには十分すぎた。
《おっ》
蕪鬼がちょうど間合いに入った。
ケイトの、間合いに。
「あんたは、違う。」
蕪鬼の右手首から先が消えた。
現祓のきっさきがそこへ届いてそぎ落としたのだ。
「その辺の現とは違う、いちゃいけない混じりっけのない悪だ。」
「…だから、」
ケイトが立ち上がった。
「あたしも、ためらわない。」
右ストレートは十分決まった。
なのに、
立ち上がり、ピンピンしている。
何故だ。
「…って顔をしてるね?」
ここでようやく蕪鬼のこめかみから汗が伝う。
「ためらわない、ためらわないぞ!!!」
蕪鬼の肩めがけて
刀を振るうケイト、
限りある妖力のガードを顔に、
顔だけに纏った。
あの時のトラウマが生きた、
顔への攻撃の執着が。
これはギャンブル、
だが、ケイトは勝った!
不意をついた!
《右手くらいで!いい気になるな!》
勢いよく頭上から振られた現祓は、
見事に蕪鬼の右肩へ、
スーツを斬り裂き、その筋肉質に沈んだ。
だが、
それがまずかった。
《…止める!!》
通り抜けられない!
すいすいと泳いでそこを断てない刀身、
「っはぁ!!」
刀の勢いを筋肉で止め、
すかさず
ケイトの右脇に左からのミドルキックを繰り出した。
そして顎が浮いたケイトのそこへ、
左ストレート。
今回は顔を守ってない、
血の花火が上がり、
ケイトはとうとう刀を手放してしまう。
全身で舞い上がったケイトは
バウンドして地面へ。
その瞬間に現祓が蕪鬼の右肩から消える。
《なかなか、いいね。お嬢さん。》
黒い血をぼとぼと落として、
ふらふらになりながらも、
顔色変えない蕪鬼。
《なかなかよかった。》
ケイトは眼を開いていて、
意識はあった。
だが、
視力が戻らない。
それに、
鼻っ柱にもろに岩みたいな拳を受けてしまった。
呼吸も、できない。
揺れる世界、
乱れる呼吸、
パニックに陥る。
《ケイト様!》
酒呑童子の声も届いてない。
《片腕だけでも、首くらい折れるんだぜ》
ここで立ち上がらなければ、
対応できなければ、
ケイトは、死ぬ。
酒呑童子もいばらも、
こうなれば仕方がないと、
未来堂からこちらへ行って
ケイトを助ける用意をした。
まさにその時、
「晴名さん!!」
若者が裏路地から飛び出し、
こちらへやって来た!
《あれは…ケイト様の馴染、名を…》
名を、
神 衛花といい、
冴えないクラスメイトをしている。




