始闘
青葉の流行発信基地、せせらぎ通り。
人混みが日を問わず溢れ、
賑やかな商店街を演出している。
お昼が近いので
何かご飯に合いそうなおかずのいい匂いがただよい、
人々は騒めき、
何にお金を使うか相談している。
そんな本通りから2本ほど外れたら、
もうそこは無法地帯さながら、
人気は全くなく、
じめっとした空気が漂い、
風俗店がひしめき合う。
「不気味、だね。」
とても静かである、
カラスもいない、
ただ静かで、汚い裏路地。
ドブのような水気のある臭いがかすかに鼻を触る。
こんなところに十代半ばの女の子がいてはいけない、
それは誰の目にも明らかだ。
榊ファイナンスはすぐわかった。
色とりどりの60分いくらだとかそんな看板が下がっていない建物。
ビルとビルに挟まれた、
真っ白な壁、
2階の窓ガラスに連なってそう書いてある。
その建物の前には
黒いセダンが停まっていた。
ケイトたちにはわからないが、
これは榊のセダン。
間違いなくここに奴はいる。
《さて、どうしましょうか。》
ケイトは勿論ハラを決めていた。
「全員現なんでしょう?やっつける!」
酒呑童子は少々の沈黙の後、
《…ケイト様、バァカなのですか?》
さらに続ける。
《ケイト様は確かに現祓を出しているうちは妖力を得て、その辺の現風情には負けぬ力を得ることができますが、》
《正面突破で部下に囲まれ、挙句、盛鬼までやってくれば、無事では済まないでしょうね。》
こないだのボコボコが蘇り、
背筋に氷が張り付く。
《ですが、あの建物の中に光明があるのは明らか。》
光明、
この言葉に閃きを得るケイト。
榊ファイナンスを遠目に、
物陰から現祓を発現させ、
「…ううっはっ!!」
妖力を最大限に解放させる!
妖力が身体から立ち上り、
蒼く激しく輝く!
「こうすれば!向こうからやってくるでしょ!?」
拙い策!
また背後からやられかねない!
ましてや、
こんなことをしていれば
他の現にも気づかれてしまう!
だが、
無謀に正面から突っ込むよりはマシ、
そう思った酒呑童子は黙って様子を見る事にした。
「はああああああ!!!!!」
しかし驚かされる。
センスのある一般の人間ですら、
ここまで妖力を解放し続ければすぐにぶっ倒れてもおかしくはない、
だが、
ケイトは平気な顔をして解放し続けている。
恐ろしい、恐ろしい。
これだけの妖力を纏っていれば、
むしろ弱い現なら近寄ってこないのでは?
強い現だけが、その蒼の色に惹かれて…
《…ケイトさん、来ましたよ。》
ファイナンスから四人の黒服達大小様々がやってきた。
こうなっては隠れていても仕方がない。
ケイトは勇気を出し、
そいつらの前に参上する。
《物騒なお嬢さんだ。》
顔中に血管を浮き巡らせ、
病的な白目でこちらを睨む男。
「…怖くない、怖くない。」
怖い、
その気持ちを押し殺し、
ケイトは立ち続ける。
そして、
手始めに一人がケイトへ向かってくる
四人いっぺんではない、
先見的な一人、
《…っ!!!》
飛んでくる拳、
以前見た現とは一味違う、
ベラベラ喋ったり、
だらだらしたりがない、
ただひたすら、
純粋に奪いにくる、命を。
そこで酒呑童子が声をかける、
《見えているでしょうが、あえて左眼を瞑りなさい。右眼だけで、見てみるのです。》
そう、
ケイトにはやけにスローに見えるその動き。
回避することは容易い、
だがそれを右眼だけで敢えて見る?
左眼を言われた通り暗闇へ誘う。
「…!?」
本来の姿、だろうか、
人の形をした、木製のモデル人形のような、
表情も何もない。
その拳を回避して、
現祓を構え直すケイト。
《現や鬼と戦う時は、お兄様の右眼で見る事を心がけなさい。さすれば、真の姿や弱点が見え、攻撃に対応しやすくなる。》
酒呑童子の言葉に、
なるほどと心でうなづく。
ならばと右眼を凝らして見てみると、
背後に糸のようなものが見えてきた。
それは遠く、後ろの3人組へ続いていて、
「…向こうまでは見えない、あの中の誰かが操ってる人形なの?」
ウインクする形、
これ、
しばらくやってると眼が辛くなってくる。
すこし涙目になりながらも観察を続けた。
《…辛いならまた左眼を開けていいですよ。》
ケイトに、
臨機応変さを、酒呑童子は求めた。
「あ、そっか…ずっと片眼じゃなくてもいいのか。」
と、
《……っ!!》
また来た!
今度は覆い被さりに来た!
もう仕方ない、
ケイトは間合いに入ってきたそいつを
下から上へ思い切り現祓で斬り上げた。
その斬れ味鋭く、
左肩から抜けて
Vの字にぱかっと口を開ける身体。
皮一枚でつながっている左腕。
なのに、
出血もしない、
叫びもしない。
少し見て、
また襲いかかる。
「やっぱり人形!」
どうやらこいつを斬り刻んでも意味はなさそう。
これだけ弱ければ四人いっぺんでも問題なさそう、
ケイトに自信が沸き起こり、
そいつを無視して、
右眼で見た糸の行き先を辿る!
《気づいたか。ただの人間ではないか?》
3人の内、2人が1人を守る。
「あいつが、本体!」
黒縁眼鏡のヤサ男、
近づいて見てわかる、
奴の指がキラキラと光り、
光沢のある糸を指から出して
他の3人を操っている事を。
《操鬼ですね、今のケイト様の敵ではありませんよ!》
ケイトは刀を上段で構え、
「試したい、修行で身につけた…業を!!」




