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あにあつめ   作者: 式谷ケリー
壱の章 あにあつめ
28/127

百鬼夜行




《あなたのお兄様、ケイラ様は、鬼切丸を狙っていました。》



中学一年生からここで修行?をしていたお兄ちゃんは、


卒業する頃にはこの辺の現が相手にならないくらい強くなったそうだ。




《…現を狩って、件を魂で抑えて…その無限の連鎖を断ち切る為に。》



ケイトは件を見た。

相変わらず呻き声を上げ、

お腹をさすり、

放心している。



「件、そうだ!件をやっつければいいんじゃない?とりあえず現はほったらかしにできるでしょ?」


ケイトの言葉に

酒呑童子が返す。


《件を倒せば、ありとあらゆる災いが降りかかるでしょうね~。件は所詮受け皿なのです。災いを好きで溜め込み吐き出しているわけではない。》


なら何故お兄ちゃんは鬼切丸を倒すことで、

その無限の連鎖を断ち切れると?


《件はそもそも神の創りしもの。本来であれば神界に居なくてはならない、ですが今こうして現世と神界の狭間、つまりこの境内の空間ですね。ここにいる。それは何故か?》


《鬼切丸が呼んだんですよ。ここに。》







鬼切丸(やつ)は森羅万象全てを斬り払う、破邪御太刀(はじゃのおんたち)で現世を斬り、神界に入り込んで件を連れてきた。」


「それを手に入れ、件を神界に戻す。」




あなたのお兄様がそう言いだしたのはついこないだのことでした。


私といばらにそう話した彼を止める術は御座いません。


事実、件をここに引き寄せたのも私たちです。

お兄様はすべての事情を一人で抱え込み、

鬼切丸の所へ向かわれました。



「じゃあ、行ってくるわ。」



去り際、

彼は私たちにこう云いました。



「何かあったら妹をよろしく頼む。知っての通り、俺にはあいつだけしかないからな。」




《あなた様が来る事は私たちも承知しておりました。お兄様が無事では済まないことも。》



ケイトは涙があふれた。


「…見捨てたの!?」


酒呑童子もいばらも返す言葉がない。



「何で!?」



当然の問い、

酒呑童子にもうふざけた態度はなかった。




このままだとケイトが飛びかかってくる、

そう察知したいばらは

酒呑童子とケイトの間に入り、


《…鬼切丸はあたしたちの家族なんだ。》




えっ


ケイトの怒りが止まる。




《鬼切丸はあたしの兄、酒呑童子こいつの息子。そういう事情を、ケイラは全部背負い込んで行ってくれたんだ。》


《見捨てたのは事実だから、何とも言い訳しようがないけど。》




…てことは、つまり、


「二人は、鬼?」




いばらの肩越しに見える

向こう側の酒呑童子。


《左様、私たちは鬼です。》




さっきのあのいかつい銀髪の鬼と、

話題の鬼切丸と同じ、鬼?


《こないだまでは、ここ未来堂は、鬼切丸と三人だったのですよ。ほほほ。》


《ですが、》


酒呑童子の顔が沈む。



《…釦の掛け違えと申しますか、何故このようなことに。》







鬼切丸、


彼は彼なりに考えがあった。






「破邪御太刀をよこせ。それでただ帰ってやる。」


ケイラはとうとう鬼陣営の本丸、

鬼ヶ島の懐深くの場所に居た。


周りには木々も何もない、

ただの石山、

その山間には鬼切丸の部下数千の鬼達が

ケイラの動向を探っていた。



《ケイラ、ケイラ、ケイラ~》


長髪の隙間から伸びる二本の角、

ゆるりと着流しを羽織る蒼白の少年、


「鬼切丸。」




鬼切丸は姿を現し、

周りを取り囲む部下の鬼たちに合図を片手で出した。


それを確認し、

部下たちは一斉に身を下げていく。





積もる話などないと、

単刀直入にケイラは用件を切り出す。


「鬼切丸、渡せ。あれは在るべき場所に還す。」


そして手を差し出した。



それを聞いて

鬼切丸は手を広げ、くるくるおどけて回った後、


《ケイラ~、お前の頼みでもそれは聞けんな~》




巻き戻らない時間、

ここに酒呑童子もいばらも居ない、

未来堂ではない、

鬼ヶ島での、二人しか知らないやり取り。


そのやり取りに過去の残像などない。





ならばと、

腰に差す太刀にすかさず手を伸ばし、


「できれば斬りたくない。」


目をつむり、

ケイラは言葉をゆっくり吐き出した。




それに気付き、

ぴたりと動きを止めた鬼切丸。


《オイラだってそうしたいさ。けどなあ…》


《他の皆さん方はどうだろうなあ…?》




瞬時に漂う違う気配、

先ほどいたチンケな鬼達の気配ではない、


明らかに異質な空気が周りを囲んでいく。



流石に焦った、

ケイラの額から一筋、冷や汗が伝う。



先ほどまで晴れていた空が曇り、

今にも悲鳴をあげて泣き出しそうになる。





「…百鬼夜行…噂は本当だったか。」





とうとう刀を抜いたケイラ。

その抜身からは

空のように透き通った蒼色の妖力が、

焚きつけの煙のように

燻って昇る。


《畏れてるのか?ケイラ~》



腕組みをし、

牙を見せ嗤う鬼切丸。






酒呑童子はのちに語る。


《"百鬼夜行"、鬼切丸を筆頭とした常界最強妖怪達の烏合集…お兄様はソレにやられたのでしょう。》






ケイラは周囲に眼を配す。


「随分有名人に囲まれちまったなあ…」




異質な雰囲気、

空気感に鋭さが帯びてくる。


張り詰める、緊張。




《御太刀にはまだやってもらわなきゃならんことがあるんだ、ケイラにも、父上にも渡せんよ~》


鬼切丸はその場でしゃがみ、

あぐらをかいた。


《それより、何故来た?バカだ、お前は》


あぐらをかき、

眉間を指で押さえる鬼切丸。


そのそばへ来た常が言った、



《もう無理だ、刀、お前はただでは返さん。》




黒いボロ切れを纏った白髪の青年、


この常はケイラのことを知っていた。




ぬえ、鬼に付いてどうする?」


名を鵺、

有名な常。


《今のままでは常に未来などない。昔とは違う柔軟な考え方が必要だ。》




抜いた刀を頭上で構えたまま、

ケイラはありとあらゆる感覚を研ぎ澄ましていた。


《カタナ、酒呑童子ハ来テオラヌノカ?》


更に鬼切丸の側へ、

天狗が烏羽をばたつかせて舞い降りた。



それから続々現れる大物の常妖怪たち。


ケイラも万事休す、

抜いた刀を鞘に戻し、

ケイトの現祓の様に手のひらに収めた。


そして笑う。



「これだけ有名人に囲まれたら、もう打つ手はねえや。」




20は超える妖怪たち、

その1人1人がかなりの手練れ、

こうなれば策も何もない。


「鬼切丸、これからどうする?妖怪束ねて、件を持ってきて、御太刀にやってもらうこと?何を企んでる?」




鬼切丸は答える、


《現世を挟み討ちさ、表側からオイラたちが叩き、裏側から件で叩く。》


《現も言いなりになれば、この国はもちろん、外国も手に入れることができる、そう思わないか?》



国を愛するがゆえ、

邪魔者は淘汰する、

これが正しい考えとは誰が言えようか。



「人と鬼、常は共存できる、昔からそうしてきたろ?今倒さなければならないのは現だ。」


「件をコントロールするのは俺たちには無理だ、今すぐやめろ!」



ケイラは鬼切丸を思うが故に説得する、

まだ間に合う、

まだ間に合う、と。




だがそれは通用しない、

鬼切丸はとうとう話を詰めてきた。


《ケイラ~、お前を殺しはしない、お前はオイラの友人だ。》




鬼切丸が構えたキセルに

そっと、火を灯す背の低い少女、


《ありがとう、ぬらりひょん。》




ケイラへ手のひらを見せ、

握る、


《お前は、この百鬼夜行が預かる。》




覚悟をしていたケイラがその真意を問うと、




《何事も、保険は必要だ。父上を相手にしなければならない場合の。へへへ。》



どんどんケイラと妖怪たちの距離が縮まる。


「酒呑童子はこんなこと望んじゃいない!」



妖怪に埋もれていくケイラ、




《ケイラ~、お前の身体、バラして…》


《借りるぞ…へへ》












《最後に会った時、鬼切丸は私にお兄様の右眼を渡しました。保険の証明書代わりなのでしょうか。笑えない冗談でしたよ。》



ケイトは兄の顛末を知った。


動転はせず、

ただ、落ち着いていた。


何故なら

殺されているわけではなかったことが

一つの安心になっている。



「その、ひゃっきやこうって人たちを倒せば、お兄ちゃんはまた戻ってくるんだよね?」




酒呑童子は複雑ながらも頷く。


「そっか!なら良かった!」




いばらはため息をついて


《何が良かっただよ?馬鹿じゃないの?そいつらどんだけ強いと思ってるの?蟻が象?そんなレベルじゃないよ?》


酒呑童子も続く、


《蟻ならまだ良い、あなた様は蟻にも満たない存在ですよ。》




それは自分自身が一番分かってる、


件を止め、

鬼切丸を止め、

兄を取り戻す、

この国を守る、


ケイトに掛かった重圧は計り知れない、




それでもこの蟻は、

踏み潰されまいと踏ん張っている。


「…強くなる、強くなるよ。」



現祓を出して、

構えるケイト。



「ゴールが見えてくれば、もう、怖くない。」



この時ケイトの妖力は、

普段からは想像出来ないほどに溢れ、

満ちていた。



この時酒呑童子は、

今は亡きケイトの父親の姿を

ケイトに照らし合わせていた。



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