いばら
ようやく榊たちに解放され、
処理プラントを出て
青葉市の果ての果てを歩く七瀬。
「参ったな…参った、マジで参った。」
砂埃にまみれ、
頬をこかしたこの男は今、
件の災いの鍵を握っているとも知らずに。
《時が来たら、オメェの家に行く。待ってろ。逃げない方がいいぞ。》
そう言って榊たちは車でどこかへ消えてしまった。
確かにそうだ、
逃げるなんて選択肢はない。
金もない、
携帯もない、
本当に、
あるとしたら家くらい、
けどその家は彼女の家なんだよなあ…
ショーコ…。
ショーコ、ごめん、
俺、どうなっちゃうかわかんねえや。
「う、うっ、うぐっ、ひっ…。」
不安すぎて泣けてくる。
なんでこんな目に遭ってるのか?
「会いてえ…!会いてえショーコ…!」
しかし、
考えたらすぐ、
自分のせいだと答えが出る。
悔しい。
クソ!
虚しい!
情けない!
流れる涙を散らし、
地面の石ころを蹴飛ばす。
するとその石が
偶然歩いていた黒い猫にぶつかりそうになる。
「うああ!危ない!!」
ぶつかる寸前で素早い猫パンチ
容易く石を弾き、
《若者よ、浮かない顔をしとるな。だが嫌なことがあったとて、八つ当たりはいかん。》
そう言って黒猫はあくびをしながら、
尻尾を立て、
七瀬を横切って歩いて行った。
「えっ、あれ…まじか、猫、えっ」
とうとう頭がおかしくなってしまったのか
自分がもうわからなくなっている。
「やばいやばいやばい…とりあえず家に帰ろう…。」
時刻はもう朝の8時を回った。
その頃ケイトは青葉の中心街に来ていた。
「うーん」
眼を凝らす。
特に、右眼を。
特に大きな交差点で、
人の行き来を見定める。
こうして現の糸口を探っていた。
「しかしこの眼はなんでも見えるなあ」
現は見えてこない。
だが、
人々のいろんな 色 が見える。
交差点の角にある
ショーウインドウ越しの忙しない人波とは裏腹に、
落ち着きのある店内の木造りカフェ。
「あ、あの人は青だ。あの人は黄色、ピンク、紫…」
人によって様々な色を放っている。
その放ち方も様々、
空に向かって一直線に伸ばしているもの、
温かい空気のように放射状に放つもの、
ピタリと身体に貼り付けて留めるもの、
「お待たせしました。どうぞ。」
背後から店員がこちらに声をかける。
注文していたカフェラテが届いた。
《ありがと。》
ボトルを受けとると、
束のスティックシュガーを鷲掴み、
全ての封を切って、
流し込む。
「えっ、あっ、えっ」
指をさしたはいいが、
驚いて声が出ない
《奴らの探し方、少しは考えたね。》
いばらちゃん、
急に現れ、窓際の横並び席、
あたしの隣に座る。
「ごゆっくり。」
立ち去る店員。
あ、いや!あたしのカフェラテ!
ちょっと!
《…うま。》
砂糖でザバザバのじゃりじゃりになったカフェラテ、それの何が美味いというのか。
げふ
と息を吐いていばらちゃんは眼を細めた。
「何の用ですか?2日連続で。」
また交差点に眼を向け、
凝視する。
いばらも同じ方向を向き、
頬杖をついた。
横顔を覗くと、
跳ねた長いまつ毛が何だか生意気。
見た目は中学生くらいなのに、
メイクもバッチリ。
…あたしは素化粧。
《青葉市、300年前だ、狐九村、狸里村が合併し出来た街。》
《妖怪の因縁深い村同士の合併。ここは常の街だった。》
いばらちゃんは無表情だが、
今の顔は何か、
何かがいつもの無表情とは違う。
…あ、そうだ。
いばらちゃんを右眼で見ればいいのか!
「…っ!?」
真っ黒、
ただいばらちゃんのシルエットのみ。
漆黒の闇に全て包まれている。
…いや、違う?
…よく見ると、目元からこぼれ落ちる何か。
「…泣いてるの?」
いばらちゃんは勢いよく立ち上がった
《その眼で見るな…!》
顔を赤くし、
酒呑童子さながらの牙を見せる
けど、
怒った顔の方がようやく女の子らしくてなんだか可笑しい。
《な、何を笑ってる》
「ようやく可愛い顔になったから」
テーブルを叩き、
《帰る。》
…やっぱり可愛くないかも。
背中を見せ、
また昨日のように突然現れ、
突然いなくなろうとする。
だが、
一言、
《わかったろ?現も常も色は黒だ。黒を探せ。もしくは、人の、ねじ曲がった歪な色を…》
店員さんも、
何人かのお客さんもこちらを見ている。
あたしは頭を下げて着席した。
そしてもう一度いばらちゃんの方へ
振り返ると、
「…消えちゃった。」




