02_後篇
ここからは、僕の一人語りだ。
どうか…君に優しく事実が届くことを願う。
あの日、もう九月だというのに朝から眩しい日差しが照りつけて、アスファルトからゆらゆらと陽炎が出るような暑さだった。
僕らは今日みたいに君の作った朝食を食べていた。
そのときに気が付いた…ああ、明日は君と僕の誕生日じゃないか。
君は気付いていなかったようだけど、僕はそのことで頭がいっぱいになってねえ。居ても立っても居られなくて初めて一人で出かけたんだ。
覚えているかい?
いつも一緒だった僕らが、初めてあの日別々の行動を取ったね。
僕は君の操作する自転車が好きだった。
もちろん、僕も乗れる。でも、君の後部で君の背中を見ているのが好きだった。
僕はあの日、久しぶりに一人で自転車に乗った…隣町に行くために。
隣町への行き方は知っているかい?
そうだ、あの川を渡らないといけないね。
あの川を渡った先に隣町があって、僕はその町の鉱石屋を訪ねた。
鉱石屋には、初老の男と中年の男がいた。どうやら、二人で経営しているらしい。
僕は君に、どうしてもあげたいものがあった。
真っ青な奇跡の鉱石と呼ばれている…そう、ラピスラズリだ。僕らの誕生石だね。
その店に入ってすぐに、中年の男が声をかけてきた。
僕は、ラピスラズリを探しているので出してほしいとお願いした。
男が奥に探しに行っている間に、僕は初老の男と少しだけ話をしていた。
中年の男とは、どうやら親子のようで…この町は数年前に引っ越ししてきたとのことだった。
差障りない世間話をしていたが、中年の男が大小様々な箱を持ってきて僕の前に広げ始めた。
中には、色々な形のラピスラズリが入っていた。
僕はね、実はそのときまでラピスラズリが九月の誕生石だとは知らなかった。
中年の男には近くに住んでいる子供たちがいて、その子たちが九月生まれだから…ラピスラズリは一等特別な石なんだ、と言った。
そう、九月生まれなの!偶然だねえ、僕らも明日誕生日なんだ。
僕ら?
うん、僕らは双子で、今日は彼に内緒で誕生日プレゼントを買いに来たの。
そうか…君たちの、名前は…?
僕はキヨ。希望の夜で、希夜。彼のほうはチヨ。千の夜で千夜だよ。
そうか、千の希望か…いい名前だね。
男はそう言うと、遠くの空を見るような顔をした。そして、一緒に鉱石を選んでくれた。
星のように斑点が入ったその石は、僕らの名前にある『夜』に相応しかった。
ありがとう、きっと千夜も喜ぶよ。
綺麗な包装紙に包んでくれている男に、そう僕が言った。
そうだね、喜んでくれるといいねと目を細めて、袋を二つ僕に手渡した。
一つしか頼んでないよ、と僕が言うと、男は君も誕生日なんだろう、希夜くん。これは僕からのプレゼントだ。
同じ包装紙でくるんであるそれは、どうやら同じものらしかった。
最初は受け取れない、と言った。無償でものをもらうほど、僕は何かをしたわけではないからね。
でも、男が…息子にあげると思えば、なんてことはないさ、と言った。
僕は父さんを意識したことはないけれど…そのとき、父さんがもし傍にいたらと考えたんだ。
だから、僕はそれ以上何も聞かずに黙っていた。
二つの袋を持って、店を後にした。
しばらく自転車を走らせていると、雨が降ってきた。
ああ、これではプレゼントが濡れてしまう…早く帰らなくては。僕は帰路を急いだ。
川に差しかかったときだった。
目の前に、黒い物体が横切った。たぶん、猫だったと思う。
僕は急ブレーキをかけた。
だが…雨でブレーキのいうことがきかず、僕はそのまま川に投げこまれた。
川はそんなに深いわけではなかった。それは、君もいつも見ているから知っているよね。
冷たい水の中で、僕は君のことを考えた。
ああ、こんなにずぶ濡れて帰ったら、きっと君は心配して、終いには怒るかもしれない。
プレゼントはどうなったかな…自転車から落ちてしまっただろうから、探さないと。
そう思いつつ、僕はそのまま意識を失った。
何時間経ったかわからない。僕は目が覚めた。
覚めた…という言い方はおかしいのだけれど、僕は、僕が横たわっているのを間近で見ていた。
時間としては、そんなに経っていないようでもあった。
なぜ、僕はそこに横たわっているのだろう…僕はここにいるのに。
そう思いながら、僕は二つの袋を探した。意外と近くにあったから、よかったよ。
まっすぐ家に帰ったけれど、やっぱり頭が重くてね…君に話しかけられたけど、僕は眠りにつくために、その日は自分の部屋へ行った。
ここまで、一気にしゃべった。
心がざわついた。希夜が…二人?
あの石は今、一つしかない。
袋は二つあったけど、中身は一つしかなくてね。
奇跡の鉱石の力が本当にあるなんて、僕は想像もしていなかった。
希夜…。
僕は、あの日、
死んでしまったんだ。千夜。
思い出した。
すべて、思い出した。
君が、病院のベッドに横たわっていた。手には鉱石を握りしめたままで。
その隣で父さんは、静かに泣いていた。
彼が店に入ってきた瞬間、最初は僕が来たのかと思ったらしい。
でも雰囲気が違うので、話を聞いているとどうやら兄のほうだということがわかった。
僕から色々情報を得ていた父さんは、始終素知らぬ顔を通してくれていたそうだ。
そして、数時間後。警察からの電話で、希夜の事故を知った。
僕のところには、直接警察が来た。
希夜は…眠っているようだった。そこに、魂はもうないのに。
どうやって帰ったのか、わからない。
その日、僕は一人のベッドで眠っていた。
ふと、隣に誰かの気配がした。
そう、それから、僕は君の傍にいる。千夜。
今日であの事故から一年経った。
僕は、もうあちらの世界へ行かなくてはいけない。
ラピスラズリの力も、今日で効力がなくなってしまうから。
千夜、君は本当は一人でも歩いていける。この家に、僕に、縛られる必要なんてないんだ。
希夜…それでも、どうやってこれから生きていけばいい?
大丈夫だ、父さんがいるじゃないか。
ずっと会っていただろう?僕のことを、考えてくれていたんだろう?
でも…もういいんだ。本当は、一年前に別れたのだから。
僕を、置いて行くのかい。希夜。
そう言ってから、はたと気が付いた。
そうだ…本当は、僕が淋しかったんだ。彼に置いて行かれて、とても淋しかった。
だからこそ、傍にいてくれた。一年もの間、ずっと。
千夜、約束をしよう。
僕は必ず、君の元へ帰ってくる。
少し時間はかかるかもしれないけれど、ちゃんと僕は帰ってくるよ。
そう言うと、小指を絡ませて指切りをした。
冷たい手。彼はここの住人ではない、その証であるような…冷たい手。
彼は僕の手をそのまま引いて、庭先に出た。
陽の光に、少しだけ眩暈がして目を閉じた。
次の瞬間、左手がふと軽くなった。
さようなら。また、会う日まで。
僕は、空を仰いでつぶやいた。
再開のその日を信じている。
ずっと、ずっと…。




