01_前篇
ベッドの中でふと、窓に雨の打ちつける音を聞いた。
ああ、降ってきたね…と、君は耳を傾けた。
僕はその言葉に、カーテン越しからそっと窓の外を見上げた。
雨が風を受けて、まるで嵐のように地面にその身を叩きつけていた。
それをぼんやり眺めていると、嵐みたいだねと君が後ろからうっすら笑った。
同じ顔、同じ身体、同じ声…僕らは一対として生まれてきた。
それでも、なにもかもが同じというわけではない。
彼のほうは生まれつき心臓が弱く、小さい時分に手術をしている。その傷が胸に大きく痕を残していた。
その傷痕のおかげで、運動で着替えるときなどには気味悪がられたのを、僕らは目の当たりにして生きてきた。
子供という生き物は純粋で、どこか残酷なものだ。
異質なものには声をあげて、私たちとは違うものだと主張する。
幾度とない言葉に傷つけられたけれど、僕らもどこかで誰かを傷つけて大人になろうとしている。
そうした感情を、どこで学んだのか…そんなことはもう、忘れてしまったけれど。
ああ、頭が割れそうだ。
そう言いながら、毛布を独り占めする。
いつもごろごろとしているが、今日の言い訳は頭痛のようだ。
気圧性の頭痛かもしれないねえ、と僕がぽつりとこぼすと、そうそうそれだよ!君は賢いなあととろんとした瞳を僕に向けた。
そのくらいのこと、君も知ってはいるだろうに…と思ったけれど、そんなことはおくびにも出さずにいた。
もう、秋も間近に近づいている。今日もうっすらと肌寒い。
それでもたまに、孵化の時期を間違えてしまったのか、遅れた蝉の声が聞こえてくる。
明日は出かけるのかい?と君に問いかけると、返事がなかった。
どうやら睡眠欲求には勝てなかったようだ。
僕もそろそろ行こう、君と同じ夢の国へ。
目が覚めた。外はまだ暗い。
どうやら、寝ていたのもほんの少しの時間だったようだ。
時計を見る。午前三時、起きるにはまだ早すぎる時間だった。
隣を見ると、彼が気持ちよさそうに寝息をたてている。
元は別々の部屋で寝ていたが、ここ数年は彼が僕の部屋に来て眠ることが日課となっている。
両親ともに居らず、人一倍淋しがりやの彼だから、僕も無下に追い立てることもしないでいた。
僕は彼を起こさないように、そっと携帯を取り出した。
ネットの世界は、リアルでありフェイクだ。
誰もが、本当の自分と作られた自分の狭間にいる。それを電波の波に乗って見いだすのは、とても楽しい。
彼にそのことを話すと、悪趣味だなあと笑われたけれど。
確かに昔はもっと、純粋に楽しんでいた気がする。
いつからこんなふうに穿った見方をするようになったのだろう。忘れてしまった。
今日はきっともう眠れないから、長い一日になりそうだ。
あくびをしつつ、時計を見た。
午前六時、そろそろ彼を起こす時間だ。
キヨ、起きる時間だよ…と耳元で言うと、彼は毛布に顔を埋めて、今日の朝ご飯はなんだい?と聞いてきた。
何か食べたいものはあるかい?と問いかけると、加えてだるそうに、フレンチトーストがいいな蜂蜜をたっぷりかけてさ、と言った。
わかった、作るから出来上がるまでに起きてとベッドから立ち上がると、あ!と少し大きめの声を上げた。
珈琲、熱い珈琲もね。
はいはい。僕はあきれつつ彼を背に扉を閉めた。
ああ、おいしい!君は料理の天才だな、チヨ!と彼は珈琲に手を伸ばしながら、感嘆の意を述べた。
そんなに褒めても何も出ないし、それにその名前で呼ばないでくれ。
僕は不機嫌な声で、彼に二杯目の珈琲を注ぐ。
どうして?僕らの名前はとてもいいと思うよ。それに関しては母さんに感謝したいくらいだね。
―名付けは父さんだよ、という言葉を耳に入れず、千の希望だよ…千夜と希夜。素敵じゃないか、と悦に入ってしまった。
彼は父さんのことを話したがらないし、故意に避けていることは知っていた。
あれは数年前、母さんが若い男と出ていってしまい行方知れずとなったのと同時期のことだった。
途方に暮れていたところに弁護士先生が突然、父さんが隣町にいるから資金援助を申し出てはどうかという話をし始めた。
母さんからは、父さんは僕らが生まれてすぐに事故で死んでしまったと聞いていた。
あまりにも近しい人に長年嘘をつかれていた…そう彼が感じたことは、僕から見ても一目瞭然だった。
その出来事以来、彼は僕の部屋で眠るようになった。
淋しい怒りを抱えていることはわかっても、僕にはどうすることもできなかった。
それでも、彼が大変な想いをしないように、僕は内緒で年に数回だが父さんに会って援助を得ていた。
哀しまないように、淋しくないように…そうして生活するということを、重ねていった。
雨がやんでよかった。
外を眩しそうに見て、彼はそう言った。
出かけるのかい、と聞くと少し考える素振りを見せて、そうだねと短く答えた。
君も行くだろう…千夜。
うん、でもその前にお皿を片づけたりしないといけないから…そのあとかな。
わかった。じゃあ、待ってる。そう言うと、ソファでクッションを抱えて寝ころんだ。
彼は、一人では外出をしない。
過去に一度だけしたことがあったが、そのときに酷くずぶ濡れて帰ってきた。
理由を聞いたが、彼は無言で僕を遠ざけた。
次の日には、いつも通り甘えた声でご飯をねだってきたので、僕はあの日何が起こったのか、未だに聞けずにいる。
どこに行くんだい?
一通りやることを終えて、彼に聞いた。
今日は隣町に行こうよ、僕はその言葉にドキリとした。
隣町には父さんがいる。彼はそのことを知らないけれど…でも、もしかして…?
希夜、と僕が少し乾燥した声で言うと、彼は僕の手を取った。
ねえ、千夜。君は覚えているかい?僕がずぶ濡れて帰ってきた日のことを。
小刻みに震えている彼の手は、とても冷たかった。
覚えているよ。
今からその話をする、少し長い話になる。出かける前だけど…これはとても大切な話なんだ。いいかい?
…わかった。飲み物を用意しよう、紅茶でいいね。
こくり、と彼が頷くのを見て、僕はポットの用意を始めた。




