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ドワーフ自治区編 決起 02

アクセスありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

 茜がまだ小さかった頃。

 原口家の近所にある団地に、レイコという茜より二つ年上の女の子が住んでいた。

 茜とレイコは仲良くなり、兄を交えて三人でよく一緒に遊んだものだった。

 茜と同様に活発で朗らかで、そして美しく優しい女の子だった。


 レイコは両親を事故で失ったことにより、隣の市で祖父母と一緒暮らすために引っ越してしまった。

 一緒に遊ぶ機会は減ったが、それでも連絡を取り合う関係は続けていた。

 両親を失ったというのに、レイコは茜の前でいつも明るく元気に振る舞い、冗談をよく言って茜を笑わせていた。

 茜はそんなレイコを子供心ながら尊敬し、仲の良い友人という以上に憧れのお姉さんとして慕っていた。


 実のところ、レイコは中学生になってからひどいイジメを受け続けており、中学卒業後もプライベートの悩みが積み重なって辛い日々を過ごしていた。

 そして昨年の秋。レイコは自殺未遂をはかることになる。

 優しく明るいレイコだったが、世の中の悪意と闘う強さ、自分の不幸を他者のせいにできる厚かましさが決定的に欠けていたのだ。


 遺書を残してレイコが海に飛び込んだというニュースがローカルテレビで流れた。

 茜は市内および近隣の海辺を捜索し、それと同時にレイコを苦しめていた連中をしらみつぶしに探し出して制裁をくわえてやろうと半狂乱の状態で家を飛び出そうとした。

「あんなに、あんなに優しくて面白くて可愛いレーちゃんを、苦しめて追いつめた連中に生きる価値なんてないわっ! 全員海に叩き込んでダイオウグソクムシに体中をかじられりゃいいのよっ!!!!!」

 やはり木刀を手にして怒り、号泣する茜を父や兄、そのころすでに一緒に暮らしていた玲奈や玲奈の母が総出で必死に制止した。

 その時の茜は、悲しさよりも怒りに心を支配されていた。

 そこまでレイコを追い詰めた世の中に対して。

 そしてレイコが苦しんでいたということを、今まで微塵も気付くことができなかった自分自身に対して。

 

 レイコは結果的に死んではいなかった。

 海辺で倒れているところを近隣の住民に発見され、救急搬送の処置も功を奏して一命を取り留めたのだ。

 レイコの無事を知った茜は安堵したと同時に、レイコが最も苦しんでいたときにそばにいて助けてあげられなかった無力感に打ちのめされた。

 そんな茜を立ち直らせたのは、玲奈の言葉である。

「茜ちゃんは、学校の先生とか向いてると思う。茜ちゃんが先生だったら、絶対にイジメとか起きないんだろうなって思うもん」

 茜が地元の国立大学教育学部に進学を決めたのは、そのような経緯があった。




 現在、茜の眼前にいるのは薄幸美少女のレーちゃんではなく、陰気な顔をしてメソメソ泣いているドワーフの男たち70人である。

 しかし茜は何の根拠もなく、これは天が自分に与えた、あの時レーちゃんに寄り添うことができなかった後悔を乗り越えるための試練、チャンスなのだと思った。

「あ、あたしはまだ細かい事情は分からないけど、みんなで一緒に考えましょうよ。きっと何かいい手があるはずよ! ほら、こんなに人数いるんだし、70人人寄れば23文殊の知恵よ! 23文殊とかきっとマジ半端ないわよ? 天下獲れちゃうわよ!? 文殊さんがどれだけ凄い人かはよく知らないんだけど」

 なにか力になれることはないか、茜は考えてもわからず気持ちだけが空回りする。

 勢い、おかしなことを口走ってしまっていた。

 ただ純粋に、彼らに元気を出してもらいたい、彼らの力になりたいと思っている。それは嘘でも冗談でもなかった。

「アカネの言ってることはよくわからねえけど、そうだな。腹も膨れたしみんなで一度知恵を出し合ってみるべきだよな……」

 茜が混乱しているせいか、かえって冷静になったドガは連れ合いのドワーフたちと輪になって意見を出し合い始めた。

「遅れはするけどなんとか任地にまで行くだけ行って、しっかり事情を説明するしかねえんじゃねえか」

「いや、任地に着く前にここいらで別のエルフの役人を探して、一度事情を聞いてもらうのはどうだろう」

「街道があるってことは次の町や村までそれほど離れてないはずだからな」

「前の引率役人を俺たちが殺したわけじゃないってわかってもらえば、こっちの命までは取られねえと思う」

「まともに話して聞き入れてもらえないんなら、袖の下を渡すことも考えねえとな」

「俺たちの誰がそんな金を持ってるんだよ……」

「死んだ役人の荷物、地図以外はまだ手を付けてねえじゃねえか。あれをそのままくれてやればいい」


 先ほどよりは建設的で前向きな意見が出ているようで、黙って聞いている茜の気持ちも上向いてきたその時。

茜とドワーフたちがたむろしている場に、馬に乗った二人のエルフがやって来た。


「おい、貴様らは一体なんだ。ここで何をしている」

 一人は皮の鎧、もう一人は金属の鎧を身につけている。

 おそらく金属鎧の方が上官なのであろう。

 自分たちは周辺警邏の兵であると言った上官らしきエルフが、ドガたちに問いたてた。

 ドガは周りの仲間たちの顔を見渡し、頷き合って確認する。

 ひとまずちゃんと正直に事情を話し、これからの指針をこの近辺の行政を担っているエルフの指示のもとに決めよう。

 ドワーフたちはそう話し合っていたのだ。

「お、俺たちは城壁を作るために集められたんだ。しかし……」

 ドガは自分たちが途方に暮れることになった経緯と現状を、エルフの兵士に包み隠さず説明した。

 引率が落馬して死んだこと。

 地図の読み方がわかりにくく、任地に到着するのが遅れそうなことなど。

 それを聞いたエルフ兵の上官は、あからさまに面倒な顔で舌打ちをした。

「厄介ごとを持って来てくれたものだな……」

 もう一人の兵も、ドワーフの中に紛れる茜を見て問いかける。

「そこの女はなんだ? ドワーフではないようだが」

「あたしはただの通りすがりよ。でもこのお兄さんたち、可哀想じゃない。何とかしてあげてくれないかしら」

 悪びれることなくそう言ってのける茜に下級エルフ兵の男は面食らった。

 しかし上官であるもう一人のエルフは、茜の姿を認めてなにかを企んだような、いやらしい笑みを浮かべた。

「見たところ人間族か。しかしおかしな服を着ている。さては邪教の魔女だな。そうに違いない」

「魔性の魅力があるという評価は嬉しいけれど、別にあたしは宗教とかやってないわよ」

 魔女呼ばわりされながらも茜は減らず口を叩いて言い返す。しかし特に機嫌を損ねたわけではない。魔女という響きそのものは茜にとって好ましいものである。

 小学生の頃に「茜教」という宗教を開き、兄と父を信者にしたことは茜の記憶には残っていないようだった。

 信者は教祖でありご神体でもある茜大明神に毎日お菓子のお供え物をしなければならない。教義はそれ一つのみである。

「いや、お前はドワーフの男たちをそそのかし、公務の邪魔をしようとしたんだ。領内の防壁工事という極めて重大な任務を放棄させ、こいつらを自分たちの信ずる邪神の信徒に組み入れるべく甘言を用いたのであろう」

 茜は開いた口がふさがらなかった。

 よくもまあ初対面の他人を相手に、そんな勝手な思い付き、思い込みで誹謗中傷を吐けるものだと。

 茜自身もかなり思い込みが激しく、時に口汚過ぎる女の子であったが自分のことは棚に上げている。

「あ、アカネはそんな子じゃねえっ。本当にただの通りすがりで、俺たちの話を聞いてくれただけなんだ」

 ドガの反駁に、ドワーフたちがそうだそうだと同意する。

「どうだかな。人間族は唯一絶対なる精霊神の偉大さを理解せず、野蛮な部族信仰を続けていると聞く。詳しく調べてみる必要がありそうだ……」

 上官エルフが下卑た笑いを浮かべ、茜の手を強引に引き寄せ、立たせる。

「ちょ、ちょっと痛いじゃない。女の子は優しく触らないとモテないわよッ」

「黙れ、大人しくしろっ」

 上官エルフの目にはどす黒い性欲、嗜虐欲が浮かんでいた。

「ヨシュア。お前はこのドワーフたちを政庁まで連れて行け。私はこの女を訊問してから町に戻る」

「た、隊長どの、それは……」

 ヨシュアと呼ばれた格下のエルフ兵は、目の前で上官が取った行動の真意を理解できずにうろたえる。

 おそらくは場馴れしていない、新参の若年兵なのだろう。

「心配するな。私も後から向かう、お前は自分自身の仕事を果たせばそれでいいんだ。わかったな?」

「……は、はい。了解しました。おいドワーフども、立て。立って歩くんだ」

 力なくドワーフたちに命じるヨシュア。

 どうすればいいんだ、という顔でオロオロするドワーフたち。

「ちょ、ちょっと冗談じゃないわよ! あたしに乱暴する気!? お盆と年末に大量に売り買いされる薄い本みたいに!!」

「黙れと言っているんだっ!」

 バチィン、と茜の頬にエルフ男の平手が飛ぶ。

 殴られながらもさらに相手を睨みつけ、茜は騒ぎ続けた。

「あ、あたしにこんなことすると酷いことになるわよ! 普段は虫も殺さないようなツラしてるけど実はものすごい痩せマッチョで怪力なアニキが黙ってないんだからっッ!!!! アニキはものすごいシスコンなのよ!!! アタシが乱暴されたりしたら、生きてることを後悔するくらいのむごたらしい復讐をされるわよ!! い、今ならまだ謝れば、アニキにこのことはチクらないであげる、だから……!!」

 ぐいぐいと木々の陰まで引きずられる中で半泣きになりながら絶叫する茜。

 もちろんその頼りになる兄、融はここにはいない。


 しかし融がこの場にいなくとも。

 茜の叫びを聞いてドワーフたちの瞳に青白い炎がともった。

 自分たちのために泣いてくれた茜を、下卑たエルフの慰みものにしてはならない。

 その場にいる70人全員が心の底から強く思った。

 これこそが茜の持つ、本人が自覚していない特別な「力」であった。


 その力を持っているからこそ、灰色の男は茜を異世界に送った。

 異世界に来ることで、茜の力はさらに増大していた。


 苦しみ、虐げられる弱きものを見過ごせない温かな慈愛の心。

 そして弱者を苦しめ、虐げる物を許せない熱い正義の心。

 茜の中でそのふたつは酸素と燃料にも似た組み合わせで激しく燃え上がり、業火となる。


 その熱を他者にまで伝播させてしまうことこそが、茜が持っている特別な力であり、灰色の男が茜を特別な人間と思った理由だった。

「……ア、アカネに手を出すんじゃねえええええええっッ!!!!!」


 ドワーフの集団がなにかにとりつかれたように猛り狂い、木々の奥へ茜を連れ去ろうとするエルフ兵のもとに殺到した。

ダイオウグソクムシは小食らしいですけどね。

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