ドワーフ自治区編 決起 01
アクセスありがとうございます。
フラウ復讐編の途中ですがここで茜は今どうしているかのパートに移ります。
楽しんでいただければ幸いです。
「こんにちは、原口茜さんですよね?」
「そうだけど、なにかしら。ってあなた凄い趣味の身なりね」
12月24日、夕方。
茜は学校帰りの途上で一人の男に声をかけられた。
それは覚えているが、何を話していてそれからどうなったのかを思い出すことができなかった。
ただ、男が灰色の帽子、灰色のマフラー、灰色のコート、灰色の手袋、灰色のズボン、灰色の靴を身につけていたことだけははっきり覚えている。
茜は灰色が好きではなかった。
そもそも白や黒、灰色を色彩とは認めていない茜だったが、白や黒ははっきりしているのに対して灰色ははっきりとすらしていない。
自分に話しかけるならせめてワンポイントでもいいから、色彩の鮮やかなアイテムを身につけて欲しい。
そんな考えが頭をよぎったことだけを覚えていた。
茜は気が付いた時、見慣れない三叉路に立ち尽くしていた。
舗装されていない川沿いの道が茜の眼前で分岐している。
いつの間にか見知らぬ土地の見知らぬ分かれ道に自分がいることを茜は自覚した。
自分は夢遊病にでもかかったのだろうかと一瞬茜は思い、それよりも合理的でシンプルな答えを事故の中に出した。
「夢ね。空気が美味しくてずいぶんリアリティのある夢なんだわ」
良く晴れた広い空。澄んだ水が穏やかに流れる川。遠巻きに連なる山々。
茜がこの状況を夢と断じた理由は、周囲の気温が寒くも暑くもないからだった。むしろ制服の中に着込んでいるパーカーのせいで、暑苦しいと思うくらいだ。
今日は12月24日。仮に日中は気温が上がったとしても夕方を過ぎれば寒くなるはずだ。それがパーカーを着こんで立っているだけで汗ばむのはおかしい。
「どうせ夢なんだったら暑くも寒くもない程度に調整して欲しいわ」
勝手なことを言いつつ、茜は景色の良さを楽しみながらのんびり歩いた。
そして、栗の木を見つけた。
イガに包まれた沢山の実が地面に落ちている。
「中々サービスのいい夢ね。そうそう。こういうのをあたしは求めているのよ」
気温に対する不満はどこへやら、茜の機嫌はあっという間によくなった。
幼少の頃、兄の融と栗を拾いにちょくちょく近場の神社に行ったことを思い出し、茜は栗拾いに没頭した。
イガを靴で踏んで剥き割り、中の種子を採集する。
茜は着こんでいたパーカーだけ脱いで風呂敷のように使い、大量に栗をかき集めた。
パーカーの中身が重くなり、一休みしたところで茜は一つの事実に気付く。
「火がないわ……」
加熱しなければ食べられない。
しかし茜はライターを持ち歩いてなどいない。
小学生の時に「突発的住宅街キャンプファイヤー」という、いわゆるただの火遊びに一時的に夢中になった茜は、父に烈火のごとく怒られてライターを持ち歩くことを禁止された思い出がある。
「こういうことがあるからこそライターは必要なのに……オヤジもわかってないわよね。人間は火を使うことで進化した生き物なのよ……」
幼少期の苦い記憶を思い出しながら、茜は大量に拾った栗をどうしたものかと思案に暮れた。
「夢なんだからライターくらいぽんと出てこないものかしら」
茜は頭で念じてみたが、もちろんライターがいきなり現れたりはしなかった。
気の利かない夢ね、とやはり茜は悪態をついた。
その時である。
茜が視線をやった道の先、遠く離れたところに煙が上っているのが見えた。
「誰かがゴミでも焼いてるんだわ! ついでに栗も焼いてもらいましょう!」
茜は煙の立つもとへ一目散に駆けて行った。
火元までたどり着いた茜が見たのは、ボロ布と言っていい服をまとった数十人の男たちが、地面に座り込んでうなだれている場面だった。
やけに背が低い男が多い。
高い者でも150センチ前後。茜より若干低いくらいだった。
「お兄さんたち、お願いがあるんだけど火を貸してくれないかしら?」
いきなり声を掛けられ、一同そろって茜の方を振り向く。
大きな鼻、四角い顔の輪郭、長いひげ。男たちはそろいもそろってそういう顔のつくりをしている。
「な、なんだあ? おかしな服を着てるな……」
「人間族か? それとも獣人か?」
「……神聖エルフの役人じゃないのか」
聞き慣れない言葉で返答をいくつか貰った茜。
話している内容も要領を得ないが、その場にいる者全員が暗い表情で、声も沈んでいて非常に陰気だった。
しかし、自分の希望する返答でないために茜はもう一度要求する。
「な、何をそんなに沈んでいるのか知らないけど、そこの焚火をあたしにも使わせてもらえないかしら? 栗を焼いて食べたいのよ!」
茜が男たちの前に大量の栗の実を見せると、数人が生気を取り戻したように反応した。
「こんなに栗が……どこにあったんだ?」
「ちょっと行ったところに何本も栗の木があったわ。入れ食いだったわよ。まるまると太った実がたくさん落ちてたわ」
「俺たちも食って……採りに行っていいか?」
茜は一瞬思案したが、既に自分が採ってしまっているし、ここが夢であるなら気にしなくてもいいかと思った。
「いいんじゃない? 別にあたしのものってわけじゃないけど」
おおお、とさらに活気を取り戻した男たちが増える。
「そっちに移動するか」
「ああ、とにかく腹にものを入れよう」
「誰か種火を持って来いよ」
「嬢ちゃん、悪いけどそこまで案内してくれ」
さっきまで元気がなかった男たちがぞろぞろと立ち上がり、茜に先導を求める。
「いや、案内も何もまっすぐ行くだけなんだけど……まあいいわ」
そうして茜は70人ほどの小男を引き連れて、栗の木が密集している場所まで戻った。
「いやあ、食った食った。久しぶりに腹がいっぱいになった。ありがとうよ、お嬢ちゃん」
最初に茜の服を見て、変だと感想を漏らした男が気力の戻った顔で告げる。
大量に栗を食べて口の中がパサパサになりながらも、茜はその感謝を素直に受け取った。
「どういたしまして。ところでお兄さんたちはどういう集まりなの?」
「自己紹介が遅れたな。俺はベル村のドガ。他のやつらと同じく、見ての通りドワーフだ」
「ドワーフって……まあ、そういう設定の夢なのね。それで? 何を辛気臭い顔して座り込んでたのよ。日光浴するならもう少し気持ち良さそうな顔をしましょうよ」
そろそろ夢であるという自己暗示に自信がなくなってきた茜であったが、その問題を今は横へ押しやって話の続きを聞く。
「帝国領の北側一帯に新しく城壁、っつうか防壁だな。それを作るってんで労役に駆り出されたんだけどよ。俺たちを引率してるエルフの役人が落馬して死んじまってさ……」
ドガの説明に、他の者もやいのやいのと口をはさむ。
「俺たちはそもそも目的地までの道を詳しく知らねえし、中途半端なところで引率が死んじまったからよ」
「役人が持ってた地図はエルフの神聖文字で書いてあったから、俺らじゃいまいち読めんし分からんのさ」
「迷って歩いてなんとか開けた街道に出れたけど……」
「これじゃあ、期日までに任地に到着できねえよな」
「到着しても遅れたら罰、もちろん逃げたら罰を受けるんだろ……」
「村に残してきたおっかあにまで罪が及ぶんかな?」
不安な言葉ばかりが口々に放たれ、まるで収拾がつかない。
「あーもう、いっぺんにいろいろ話されてもまるで理解できないわ。ちょっと誰か整理してわかりやすく説明してくれるかしら」
混乱する茜に、ドガが自分たちの置かれている状況を一つずつ、順を追って説明した。
ドガたちの棲むベル村やその周辺の村々は、ドワーフたちが村ごとの自治を行っている地域だった。
そこに神聖エルフ帝国の軍隊がやって来て、ここはこれから帝国領となるから税を支払えと言われたのである。
対抗するほどの人員や組織力を持っていないドワーフの村人たちは帝国に従った。
帝国の方針に従ってさえいれば危険なことはそうそうない、村に飢饉などあった時は帝国からの庇護や扶助があるという条件を提示されたからだ。
神聖エルフ帝国ドワーフ自治区。彼らの住む村々はそう呼称された。
しかし、問題は税制だった。
神聖エルフ帝国は穀物か金銭での納税しか受け付けていなかったのだ。
ベル村をはじめとする村々は必要最小限の食料を村単位で自給自足、あるいは村をまたがって都合し合っており、それ以外の労働力は小規模な手工業に注がれていた。
工芸品や日用道具を行商人に売ることで村は利益を得ていたのだ。
しかし村がエルフ帝国の領土になったことで、行商人の移動が制限された。
今まで村を出入りするだけならタダだった商人たちに、帝国領内で商売をするための、別の税や通行料が課せられたのだ。
交易路の安全を確保し、街道を整備しているのは帝国だからという名目で。
こうなると自分の懐に入る金銭が目減りすることを敬遠し、小規模な行商人が村を訪れにくくなる。
村で生産されている工芸品などの売り上げが見る見るうちに減った。
売り上げが減るということは顧客の評判を得られる機会も減るということである。
村の手工業収入はそうした悪循環を経て、帝国支配前の半分以下に減ってしまったのだ。
「それでも収める税率は変わらねえ。今更村に畑を増やせって言われても、作物が実るには長い時間もかかる。税が払えなくなったりしたやつがあちこちの村でたくさん出て、それが俺を含めたここにいる70人ってわけさ」
「それは……大変ね。いくら税金は払わなきゃいけないものだって言っても、なんとかならないのかしら?」
話を聞いていて、茜は自分がどんどんイラついてくるのを感じていた。
「もちろん陳情もしたし嘆願もしたさ。でも村を監督してるエルフの役人は中央が決めた通りのことを右から左に流すだけだ。俺たちの陳情が中央に届いてるのかどうかさえ疑わしいね。噂じゃ、支配してる村から中央に嘆願や直訴があると赴任してる役人の評価が下がるってんで、そういう声を握りつぶしてるとも言うな」
溜息を吐いて、ドガは説明を区切った。
それを聞いてわなわなと唇を震わせる茜。
「お、遅れても罰を受けるって、誰かが言ってたわよね……でも今回遅れたのは、あなたたちが悪いわけじゃないじゃない。馬からおっこちたのはそいつの不注意でしょ!?」
「俺たちの村の話じゃねえけど、実際に似たような状況で罰を受けた連中がいたらしいぜ。たしか台風に遭って任地に着くのが遅れたんだったかな」
諦めたように語るドガに周りの者も同調し、あたりを暗い空気がつつむ。
「そもそも死んだエルフ役人の件だって、俺らが殺したんじゃないって潔白を証明できないと、罪をかぶせられて死罪だろうな……」
「帝国の法は、一事が万事そんな感じだよ……」
ダメ押しのように絶望的な情報が飛び交う。
「そんなことって……なんで、なんでよ……」
「ん? どうしたお嬢ちゃん」
唸るように声を絞り出す茜。
「なんであなたたちは悪くないのに、あなたたちが罰を受けなきゃならないのよ! そりゃあ、税金払えなかったのは百歩譲って努力不足って解釈はできるわ! でも不慮の事故で到着が遅れるのは、あなたたちに何の落ち度もないじゃない! そもそも引率の役人を一人しか用意してなかった向こうがバカなのよ!!!!」
怒りに任せてまくしたてる茜の目には、涙が溜まっていた。
「そしてなんであなたたちは、自分が悪いわけじゃないのに諦めて絶望しちゃってるのよ!!! あなたたちは悪くないのよ!? 罰を受けるいわれなんてないのよ!? あたしはあなたたちがどれほどのゴクツブシかロクデナシか、そんなことは知らないけど、その話を聞く限り悪いのはあなたたちじゃなく、おかしな都合を押し付けてる相手の方じゃないの!!!!」
滂沱と流れる涙。
自分の涙の熱さを感じ、茜はこれが夢ではなくリアルなのだと確信した。
今の自分の目の前にあるリアルは、70人の税金滞納ドワーフたちからにじみ出る絶望なのだと。
突然泣き叫びだした茜を見て、呆然とするドガたち。
「お、お嬢ちゃんは俺たちのために泣いてくれるのか……見ず知らずの、今さっき会ったばかりの俺たちに。税金が払えなくて、村でも役立たずの恥さらしって罵られて、追い出されるように労役に駆り出された、こんな俺たちのために……」
いつしか、ドガを含めた大勢のドワーフたちが啜り泣きを始めた。
「だから、泣かないでよ……絶望しちゃ、あきらめちゃダメよみんな……」
自分が大泣きしていることを棚に上げてそんなことを言うものだから、聞いていたドワーフたちもつい泣き笑いになる。
「お嬢ちゃんは、優しい子だな……名前はなんてえんだい」
ドガに問われて、ぐずる鼻をこすって茜は答えた。
「私の名前は茜。原口茜よ。もう、こんなにそろいもそろってグズグズいつまでも泣かないでってば……」
「鼻水垂らしてるやつに言われてもなあ」
ガハハという笑い声が辺りにこだまする。
罰を受けることが確定している哀しい道のりの中、70人のドワーフたちはほんの少しの勇気と安らぎを茜から貰った。
そんな彼らのもとに、騎乗した二人のエルフ兵が近づいていた。
感想とか大好物です。