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ザハ=ドラク編 復讐 03

アクセスありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

 コーダたちが連れてきた謎の異邦人。

 その二人を迎えたダークエルフの元王女、フラウ・ザハの心境は複雑であった。

「ふーむ、そなたたちはアカネという妹を探しておりながら、自分らまで道に迷っておるというわけなのじゃな」

 話し合いの場には警戒のため、コーダ及び数人のダークエルフ兵も同席している。融と玲奈はまだ彼らに無害だと思われていないためだ。

「そ、そうなんです。私たちはその……遠い国から来ました。だから右も左もわからない状況なんです」

 自分たちの置かれている現況を説明する役は玲奈が担った。

 怯えながらも必死に言葉を紡ぐ玲奈と、特に臆することもなく黙って腕を組み話を聞く融。

「あ、あとでちゃんと説明するから、融お兄ちゃんはあんまり喋らないで、どっしり構えててね……」

 あらかじめ玲奈にそう釘を刺されてしまったのである。


 フラウはこの兄妹を前にして、思案に暮れる。

 まったく無関係の旅人に「ザハ=ドラクの残党が山中に潜んでいる」ということが知られてしまうのは、よくない。

 その情報が拡散しないようにするには、ここで玲奈と融を殺してしまうのが最も効率が良いのだが、フラウはなるべくその解決法を避けたかった。

 相手の言い分もろくに聞かず一方的に殺すなら、自分たちも神聖エルフ帝国と同じことをやっていることになるからだ。

 フラウの復讐の対象はあくまでも帝国軍と、その指揮権を持つ皇帝や重臣たちである。

 無関係の者にいちいち殺意の刃を向けていては、自分たちにもどのような復讐の怨嗟が降りかかるか知れたものではない。


「さっきから黙っておるが……そこな兄と申すもの、探している妹とやらはそれほど大事な存在なのか? 妹一人探すのに、おぬしら二人行き倒れては計算がまるで合わぬ話ではないか」

 フラウに話を振られて、融はなるべく少ない言葉で自分の意志を表現した。玲奈に言われたことを意識しているためである。

「妹が大事じゃない兄なんていない」

「むっ……」

 真っ直ぐに視線をぶつけてそう言い切った融に、フラウは気圧された。

 そしてフラウ自身も生死のわからない兄を探していることを強く自覚し直した。

 ザハ=ドラクの王位継承権2位だった王子、ジル・ザハ。

 帝国兵の追討を食い止めるために、馬車から降りて剣を手に勇敢に戦った兄をフラウは何としてでも探し出し、ザハ=ドラク復興の旗印になって欲しいと願っていた。

 兄との思い出はそれほど多くなかったが、それでもフラウたち弟妹を護るために身を挺して壁になったジルを、フラウは強く敬愛していた。

 祖国再興にあたって、必ず王になってもらわねばならぬ人だと。


「おぬしらをここで解放しておさらばというわけにもいかぬ事情がこちらにはあるのじゃが、どうしたものかの」

 交渉役である玲奈にフラウは話を向ける。

 玲奈はごくりと喉を鳴らし、今まで考えていたことをダークエルフの姫に向かって言った。

「わ、私たちは本当に、このあたりのことを何も知らないんです。しばらくの間一緒にいさせてもらうことはできないでしょうか……」

 玲奈はここが日本の理屈の通じない異世界であることを早い段階から察していた。

 そしてこのままなんの庇護もない状態で融と二人だけで行動していても、真っ先に飢え死にの心配をしなければならない。

 まず今日を、明日を、生き延びることを考えなければいけないのだ。


「一緒に、のう」

 結果的に玲奈のこの発言は正解だった。

 鋭利なる復讐の刃として自らを研ぎ澄ましているフラウであるが、それと同時に王侯貴族としての義務を果たさなければならないと常々考えている。

 父母を殺され、国を破られたことへの復讐を果たすのも義務。

 それと同じく庇護を求める弱者を受け入れることも義務とフラウは考えているのだ。

 つまるところ、妹を探してさまよっている融と玲奈に「ほだされた」と言えるかもしれない。


 しかし一つだけフラウの胃を重くする、懸案事項が存在している。

 それをどう言い出したものか、美しい顔をグニャグニャと歪ませ表情の百変化を繰り返していると、横で話を聞いていたコーダが助け舟を出した。

「無駄メシ食いを置いておく余裕はないってよ。兄ちゃんとその妹さん、なんかお前らはできる仕事があるのか?」

「コ、コーダさまっ!」

 笑いながらフラウたちの台所事情を暴露したコーダを、侍女のレムが顔を真っ赤にしてたしなめた。

「よいよい、レムよ。コーダどのはわらわの口から伝えにくいことを代弁してくれたのじゃ。心苦しい役を押し付けて悪かったと思うべきじゃ」

 やれやれ、と観念した表情でフラウは自分たちにそこまでの余裕がないことを認めた。

「トール、そしてレナと言ったか。わらわたちは諸事情あって各地を転々としている身じゃ。おぬしらと出会った以上、そしておぬしらが迷い人である以上は見捨てるというのも心苦しい。そしてここで別れてわらわたちのことを各地で言いふらされるわけにもいかぬ。しかし行動を共にするとなれば、それなりの働きをしてもらうことになるが」

 フラウにそう言われて、玲奈はここぞとばかりに食いついた。

「料理とお裁縫くらいなら!」

 家庭科部に所属していた玲奈は自分で型紙を起こし、服を作ることができる。もちろん破れた服の修繕や寸法直し等も慣れたものだった。

 長い母子家庭暮らしで家事の大部分を担っていたこともあり、料理の基本的なことも問題なくこなせた。


「ほう、それは僥倖じゃ。なにせわらわたちの所帯は若い男の兵が多くての。で、兄の方はなにができる」

 値踏みするように自分を見るフラウに、融はやはり言葉少なに答えた。

「掃除と力仕事くらいかな」

 数種のアルバイトを経験した融であったが、周囲の状況を見渡して自分のできる仕事はそれくらいしかなさそうだと判断し、そう言った。

 その場にいたダークエルフの兵たちがあざけるように笑う。

「その細い体で力仕事?」

「一体どれほどの働きができることやら」

 融の言葉を聞いたコーダも、ニヤニヤ笑いながらいたずらを思いついた子供のように、意地悪な口調で言った。

「そりゃあ頼もしいことだな。よし、俺がいっちょ試験をしてやる。兄ちゃん、ちょっと外に来い」


 促されてコーダと共に幕舎の外に出た融。

 コーダは地面に一本の線を引き、その前に仁王立ちした。

「俺をこの線より後ろにさがらせてみろ。蹴っても殴ってもいいし、体当たりをしてもいいぜ。力自慢というならお安い御用だろう」

 コーダの悪い病気が出ていた。

 彼は生まれてこのかた、膂力で他の者に負けたことがほとんどない。

 部族の祭りにおける力比べ、あるいは狩場や戦場でも腕力を振るう分野においてはコーダの右に出る者はほとんどいなかった。

 力比べとあっては黙っていられない性分なのだ。

「やれやれ、コーダどのも困ったものじゃの。荒事が好きな御仁とは聞いておったが」

 そうは言いながら、見物しているフラウも若干楽しそうである。


 身長は2メートル前後。体格から推察するに体重は120キロ前後。

 自分より頭一つ以上は高いコーダの体を見上げ、融はどうしたものかと考える。

「遠慮はいらねえよ。こっちから攻撃はしねえから、ドーンと本気で来い」

 カカカと笑うコーダ。

 しかし融にはコーダを痛めつける理由や動機がない。

 そう言う相手に対して本気で向かっていくモチベーションを持てないのである。

 体力があり格闘技に興味もあるが、普段の融は真面目で優しいだけのシスコンでしかないのだ。

「後ろから下がらせれば、それでいいんだな」

「おうよ。そのへんの石や棒切れを拾っても構わんぜ。もっとも素手で来ない場合はうっかり反撃しちまうかもしれんがな」

 楽しげに言い放つコーダの前に融は急接近し、蹴るのでも殴るのでも、肩から体当たりをかますのでもなく、片足タックルを仕掛けた。

 これが一番、相手への被害が少なく目的を達成できるであろうと考えたからだ。

「!」

 しかし、不意を突いたはずのタックルにコーダの体がびくともしないことに融は驚いた。

 手あかのついた表現だが、足から地面に根っこが生えているかのような強固さと安定性のもとに融のタックルは全く効果を発揮しなかったのだ。

「おおう、意表を突かれたぜ。いい手だが惜しかったな」

「凄いな、アンタの体幹は」

 融は素直に感嘆する。

 単純な筋力や体重だけの話ではない。下半身から上半身までの安定性が尋常ではないのだ。

「へっへ、そりゃどうも。ところでもう終いか? 遠慮せずにどんどん来ていいんだぜ」

「そうか。なら遠慮なく」

 融は安心した。コーダの体なら大丈夫だと確信したのだ。


 そして融は勢いをつけることもなくコーダの体、腹のあたりに自分の手のひらをそっと当てた。

「おいおい、まさかそのまま押すってわけじゃないだろうな。それでどうにかなると思ってるのか?」

「とりあえず腹筋に力を集中していてくれ。人を相手にやったことなんてないからどうなるかわからないんだが、アンタならきっと大丈夫だと思う」


 淡々と言ってのける融に、コーダは不思議な迫力を覚えて言われた通りに腹に力を込めた。

「お前ら『人間』とはちょっと体の出来が違うんだがな……まあいい、来いよっ!」


 すーっと深く呼吸をする融。

 力の流れ、重心の移動を自分の中にイメージする。

 胸の張り、腰の回転、踏み込み、それらを最終的に伝える腕と手の動き。

 それらすべてが有機的につながり、融の手のひらからコーダの腹部へと大きな力が伝わった。

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