ザハ=ドラク編 復讐 01
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やっと異世界モノになります。
またあの夢だ。
茶褐色の肌に長く尖った耳、銀色の長い髪と紅い目を持つダークエルフの女、フラウ・ザハはいつも通りの悪夢の中にいた。
打ち壊される城壁から落ちていく者。瓦礫の下敷きになる者。
降り注ぐ火の矢と油壺に焼かれるもの。
燃え盛る建物に閉じ込められる者。
振り降ろされる剣と突き出される槍。
おびただしく流れる血。
倒れ、首を刎ねられ、死体を辱められる同胞たち。
首都の城内に鳴り響く阿鼻叫喚。
ゲ・グィン大陸の中西部に位置する神聖エルフ帝国が、大軍を率いて東側に侵攻した。
ダークエルフやゴブリンの連合国家である「ザハ=ドラク連合王国」の首都に入り、その戦いで多数の命が失われた。
フラウの父であり王国の盟主、ラムダ王も敵の刃に倒れた。
王妃である母は王子たち王女たちを逃がす時間を稼ぐために、あえて敵の手に墜ちた。
無理やり馬車に乗せられ、深夜の森を駆け抜ける。
王子である兄とその周りの者が、馬車を降りて追手と剣を交える。
逃げゆく馬車の中でフラウは絶えず兄の名を叫び、泣きつづけた。
悪夢にうなされ、大量の汗をかいてフラウは目を覚ます。
「おはようございます姫さま」
侍女のレムがその汗を拭くための布を持ってそばに控える。
レムもダークエルフの女性である。周辺にいくつか設営された幕舎の中にはダークエルフが6割、ゴブリンが3割、その他獣人が1割という構成であった。
「うむ。またあの夢を見たぞ」
「おいたわしい限りでございます……」
毎晩毎朝、自分の仕える姫君が悪夢にうなされ、今は亡き父母の名を、そして生死の知れぬ兄の名を呼ぶ姿をレムはそばで見続けている。
「わらわの魂が復讐を忘れておらぬという証左じゃ。そう考えると力を尽くして帝国を打倒し故国を復興せよという神託やもしれぬな」
くっくっく、と不敵に笑いながらフラウは、この世で最も苦いと言われるエゴリ草の根をかじった。
毎朝一番に必ず行っていることである。
こうしてフラウは祖国の屈辱と敵への恨みを、自身の心と魂に刻み付けている。
虐殺と呼んでいいあの戦場からフラウは近侍の者たち数名と命からがら逃げ延び、雌伏の時を過ごしながら2年の時が過ぎた。
首都が陥落し、王侯貴族が大量に処刑されたザハ=ドラクは神聖エルフ帝国の直轄領となり、今はエルフ族の官僚と軍人がその他多数のダークエルフやゴブリンを支配する地域になっている。
生き残り王族であるフラウには帝国からの追手がかけられている。
刺客や追討部隊から身を隠すために、彼らは少数で山林を移動しながら帝国に対抗する協力者と連絡を取り合い、決起、逆襲の機をうかがっている。
ゆっくりと、だが着実に協力者は増えつつあった。
「さて、どうやら寝過ぎたようじゃの。わらわ自身の務めを果たさねば。コーダどのをあまり待たせるわけにもいかぬしな」
革製の簡素な鎧とマントを身につけ、フラウは会議用の幕舎に移動した。
2年前。10万が暮らす首都に攻め入られてそのうち5万以上が命を落とした地獄の日。
その時は若く幼く、泣き叫ぶしかできなかったフラウであった。
しかし流れる月日と色褪せぬ憎しみが、彼女の心とその身に宿る異能の力を強靭なものにした。
「待たせたの、コーダどの。思いのほか良い夢を見ることができ、つい目を覚ます機を逸してしもうたのじゃ。許してたもれ」
「イイってこった。女の子はたくさん寝ないとなあ」
待っていたコーダという男は、一目でわかる偉丈夫だった。
頑強そうなな体にあごひげを蓄えた風貌。
耳が長いとかそう言った特徴はなく、焦げ茶色の目と髪を持った大男。
あえて形容するなら熊である。
「そうも言っておられぬ身でな。さて、早速わらわの力を示そうぞ。貴公のお眼鏡にかなうと良いのじゃがな」
笑ってそう言ったフラウは、目を閉じて祈るように両の手を合わせた。
「北東の……大きな杉の木のふもとに2人。西の湖のほとりに、やはり2人。そこからやや南に行った箇所に3人じゃ」
「すっげぇ、本当かよ……全部当たりだぜ。こりゃあたまげた」
フラウは彼女の持つ探索の異能「鷹の目」を用いて、あらかじめコーダが配置していた部下の居場所を当ててみせたのである。
彼女は目に見えない箇所であっても、ある程度の範囲までなら「命の気配」「動く者の気配」を察知することができる。
そのうえ、自分の見知っている相手ならその気配を選別することが可能なので、今回は自分の知らないコーダの部下の気配だけを「異物」として告げたのだ。
大型の動物と、エルフや人間族のように知性のある生命とはフラウが感じる気配として大きく違うので、判別は容易であった。
「そうそう何度も使えるものではないがの。今は日に2回が限度じゃ。探索できる範囲はそうじゃな、わらわが一日かけて歩いて行ける程度のものでしかない」
自嘲するように説明するフラウ。
しかし、狩りや戦を長く経験して生きてきたコーダにとって、これは空恐ろしい能力とも言えた。
「おいおい、いいのかよ姫さん。そこまで大事な情報を俺に伝えちまって」
まだ味方になるとは言ってないんだぞ。
コーダは暗にそう告げているのだ。
「かまわぬよ。そもそもわらわの言っておることが真実とも限るまい?」
「確かにそうだ。一本取られたな」
ガッハッハ、と豪快にコーダは笑った。
「たかが北方の小集団の頭目が我らの姫君を前にして……」
逃亡中の身とは言えザハ=ドラクの王女に対し、不遜に過ぎる態度をとり続けるコーダという男を、侍女のレムは苦々しい目で観察していた。
しかしあるじのフラウは、あけっぴろげなコーダの態度に好印象を持ちつつある。
そもそも彼らの故国であるザハ=ドラクが帝国の侵攻を前に無力にも打ちのめされたのは、帝国に恭順すべきか、対等の同盟を結んで手を組むべきか、それとも徹底抗戦すべきかの決断を伸ばしに伸ばしたからだ。
国内の意思統一がままならない状態で、国境を守る部隊が主戦派の貴族に炊きつけられて帝国との抗争に種火をつけてしまった。前線での功を焦った愚かな一手だった。
そのため首都防備を整えるのに間に合わず、ザハ=ドラクという国全体がいいように蹂躙された。
貴族たちの迂遠で慇懃無礼な交渉を若輩ながら目にしてきたフラウは、飾り気のないコーダの物言いに心が休まるものを感じていたのだ。
逃亡、闘争による緊張の日々にあって、わずかにフラウの気持ちがほぐれたのも束の間。
先ほどから発動を続けているフラウの「鷹の目」が新たな異物を察知した。
「南西……山道の分岐点あたりじゃな。なにやら2つ、気配がある」
「それは、俺の部下じゃあないぜ」
コーダは目を見開き、知らないと告げる。
「大きな獣とは思えぬ。ゴブリンか、ダークエルフか、はてさて獣人かいまいち判然とせぬ。この気配は一体なんじゃ……?」
「姫さま、兵を向かわせて一刻も早く確認するのがよろしいかと。帝国からの刺客とも限りません」
侍女のレムが警備役の兵たちを呼び寄せる。
皮鎧に身を包んだダークエルフとゴブリンの男たちが集まり、緊張の面持ちを並べた。
「面白い力を見せてもらった礼だ、俺も手伝っていいか? こんな山奥にどんな連中が来たのか興味あるしな」
コーダも立ち上がり、自慢の戦斧を担いで楽しそうに言った。
「本来であれば客人にかような頼みをするのは心苦しいのじゃが、わらわたちもなにゆえ手勢が少ない。お願いできるじゃろうか」
「おうよ、任されたぜ。白っちいのだったら殺してしまっても構わんのか?」
「なるべくなら情報が欲しいゆえ、生け捕りが望ましいの」
「わかった。相手がすぐに死んじまわねえよう祈って待っててくれ」
コーダを含めた男たちはフラウが指示した地点に向かった。
神聖エルフ帝国の者であれば、殺すか、捕えるかするために。
いろんな作品、元ネタのオマージュやリスペクトを、あからさまだったりそれとなく隠したりして散りばめた作品にする予定です。
元ネタこれでしょって気づいた人は突っ込んでくれると嬉しいです。