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第一次三族戦争編 邂逅 03

筆が乗ったので連続更新。なおこの勢いは一時的な模様。

「失礼するぞよ」

 そう言って部屋の扉を開け、フラウが中に入った時。

「……」

「……」

 茜とフラウは真っ直ぐに目が合い、数秒間、黙って見つめ合った。

 その後、茜の方は目を閉じて溜息をつき、首を何度も横に振った。

「なんじゃ、わらわの顔になにか不満でもあるのかの」

 その反応にイラついたフラウは、思わず悪態をついてしまい、そのことをすぐさま後悔した。

 自分らしくもない、なにを感情的になっているのだ、と。

 自分は軍師として、ドワーフ勢力の利益代弁者を装う、目の前の人間族女性と、冷静に慎重に話し合いを進めなければならない立場にあるというのに。  

「まだ、子供じゃないの……」

「なんじゃと」

「そりゃあ、あの夜に響いた声で、なんとなくそうなのかなって思ってたけどさ……」

 子供。

 いきなり初対面の相手にそう言われること自体、フラウにとって珍しいことではない。

 実際に自分は年若いダークエルフでしかないのだから。

 しかし。

「おぬしもちんちくりんで泣き虫のクソガキではないか! 女の涙は貴重じゃと!? そう言った舌の根も乾かぬうちにぴいぴいぎゃあぎゃあとやかましく泣きわめいておるのは一体誰じゃ!!」

「アンタだってエルフを水攻めでたっくさん沈めたときは大泣きしながら叫んでたじゃないのよ! あのあたりの山一帯にあんたの泣き声は響き渡ってんのよ! 今更黒歴史を無かったことにはできないわよ!」

「べ、別になかったことにしようとなどと思ってはおらぬわ! なによりあの戦はわらわの大勝利なのじゃからのう! 未来永劫、子々孫々にわたるまで語り継がれるにふさわしい偉業ぞ!」

 フラウは、自分で自分がわからなくなるくらいに、茜の言葉に反応して怒鳴り返していた。

 茜の持つ異能、感情伝播と感情暴走。

 そしてフラウの持つ異能、他者のエネルギーを詳細に感知する「鷹の目」の力が、全く予期せぬ形で共鳴反応を起こしてしまっている。

 いわばお互いに。

「こいつには、きっちり文句を言ってやらないと収まらない」

 という感情を胸いっぱいに今まで抱えていたのだ。

 その感情を撒き散らす茜と、その感情を受信して自分自身の感情に加算して怒鳴り返すフラウと、怒鳴り返されて余計に頭に血が上る茜の感情がまた撒き散らされて……。

 二人の間で、激する感情を処理するためのプログラムがバグを起こして無限ループしているようなものであろうか。

 マイクとスピーカーのハウリングにも似ている。

「だから、それがおかしいのよ!!」

 バァン、と茜が卓の天板を思いっきり叩く。

「それ、じゃわからぬわ!!」

 バァン、とフラウも負けじと同じく叩く。

「どうして、どうしてあんたみたいに、小っちゃくて可愛い子が、そんなことを背負わないといけないのよっ!!!!」

「他にできる者がいないのじゃから、わらわがやるしかなかろうが!!!!」

「だからそんなのって、おかしいじゃないのよ!!」

「おかしかろうがおかしくなかろうが、やらねばならぬことなんじゃ!!!!」

 売り言葉に買い言葉。感情のぶつけ合いが二人の間で停まらない。

 二人ともそれからしばらく叫び、怒鳴り、罵り、なじり。

 そうしてやっと喉が枯れたのか、げほっ、げほっと、揃って仲良くむせた。

「ヤレヤレ、どういうこったい軍師さまよォ。話し合いもへったくれもねーじゃねーか……」

 二人のやりとりを、同席するキザヒは干渉することなく傍観している。

 しかしその表情に不快感はなかった。


 激しい音が鳴り、フラウが叫んでいるような大声を聞いて、部屋の中にダークエルフの武官、チェダがあわてて入って来た。

「ひ、姫さま、いったいなにごとでございますか!?」

 咳き込むフラウの体に寄り添おうと走るチェダの体をキザヒは腕を出して制した。

「女二人のなじり合いだぜ。男が割って入るのはナシだってんだよ」

「そんなことを言ってる場合か?」

「いいんだよ、オメーらの大事な”姫さま”も、たまには、こう言う時間が必要なんじゃねーか?」

「こう言う、とはどういうことだ。貴官の言っていることは意味が分からぬ」

「オメーさん、ガキはいねえのかい」

「いないし妻帯もしていない、が、それがなんだというのだ?」

 キザヒはチェダの問いに対する返答を区切り、女二人の様子に目を向ける。

 卓を挟み、叫び疲れて肩で息をする茜とフラウがいた。

 そして二人とも。

「そんなの、そんなのってないわよ……・どうしてそうなっちゃうのよ……えぐ、うっく、うぇあああああああん」

「どうしようもなかろうが……たまたま、そうなってしまったのじゃから……なんで、なんで貴様が泣くんじゃ……ふぐっ、うぐ、ぐぅうぅうぅぇあぁあ、びぇぁぁあああん」

 

「姫……さま……」

 まるで、ただの少女のように、力なく卓の上に顔を突っ伏して嗚咽を漏らすフラウ。

 その姿を見て、チェダは驚きを隠せなかった。

 先立っての戦、その勝利で高揚して泣いたフラウの姿。

 それは王族として、自分が使える主として、気高くも美しい姿だった。

 また、仲間の死の知らせを聞いて、声を殺して涙を流すフラウの姿も、頻繁ではないが仲間たちは目にすることがある。

 しかし今はそれとは全く別の、力のない、単なる一人のダークエルフの少女がそこにいたように見えたのだ。

 自分のこと、自分の境遇について、自分の感情に任せるまま叫び、泣きじゃくっている。

 そんな姿を、フラウは侍女のレム以外には決して今まで見せたことがない。

 チェダが驚くのも無理はなかった。

 キザヒが諭すように言葉を続ける。

「ガキってなあよ、みっともなくギャンギャン泣くのが元々の仕事だろーが」

「ひ、姫さまを幼稚な子ども扱いするな……!」

「大事な”姫さま”だろうが、よくやってくれてる軍師だろうが、ガキはガキなんだよ。そいつから泣いたり怒鳴ったり、心から笑ってはしゃいだりする時間を奪ってんのは、他ならねえ、オメーさんがたじゃねえのかね」

 開け放された扉から中の様子をこっそりうかがっているドワーフ青年のドガも、キザヒのその言葉に、うんうんと頷いた。


 もともと、フラウは激情家で泣き虫な性格だった。

 しかし国がエルフ帝国に滅ぼされ、反抗勢力をまとめあげて首魁を務め上げる中で、ごく近侍の者にしか弱い自分を見せないこと、それが習慣化されていた。

 しかし幼少期のフラウを知るキザヒは別の印象を持っている。

 訓練教官としてフラウの国に出張している間、好奇心旺盛な女の子としてのフラウを、キザヒは知っていた。

 あの武器は何に使うのじゃ、あの陣形にはどんな意味があるのじゃ、飲まず食わずで兵はどのくらいの間、力を保つことができるのじゃ。

 およそ幼い姫らしからぬことばかり聞いてくる変わった子供がいた。

 面倒臭いと思いながらも、付き合いのある国の貴人だからと、キザヒは質問にある程度は丁寧に、ある程度は適当に答えた。

 無碍に扱うと、この姫さまは怒りと悲しみで顔を赤く染めて泣き出すことを初日で知ったからだ。

 キザヒから回答を聞き、その後少し自分で黙って考える素振りを見せ、そして納得したときのフラウの晴れやかな、愛くるしい笑顔。

 子供らしくない姫の、普通の子供のような顔を、キザヒは元々知っていたのだ。

「オメーらは”ああいう姫さま”だと、頼りなく感じるんかねえ? あんな弱虫にはついていけねえ、命を預けられねえ、そう考えるような集まりなんかよ?」

 キザヒはチェダに、意地の悪い質問を投げかける。

「そんなことがあるわけはない……むしろ一層、姫さまをこの身に替えてお守りするんだと、決意を硬くするくらいだ」

「あの姫さまも、頭が良いようでいて、そこがわかってねえんだよなあ。小娘の身で頭目を張って、たまに泣きじゃくったくらいで周りの連中が見捨てるわけがねーっつんだよなあ? だったら最初からついて行ってねえっツーの。ま、今回のことでいろんな奴にバレちまってるから、今まで必死に強がって隠してたのが無駄になったわげだがよ、くくく」

 面白そうに笑うキザヒを咎める言葉を、チェダは持ち合わせていなかった。


「あのさ、ちょっといいかな」

 泣いている二人の女、静観している二人の男。

 彼らがいる室内の外の廊下で、聞き耳を立てていたドガが扉の間から顔をのぞかせて、口を挟む。

「オウ、なんだチビ野郎。オメーの連れてきたねーちゃん、オモシレーやつだな?」

「その茜のことなんだけどさ、今は別の話に夢中になってて本人も忘れてると思うんだけど、人を探してるんだよね。なんでもお兄さんとお姉さんと、生き別れになっちゃってるらしくて」

 その言葉を聞いて、泣いていたフラウはごしごしと袖で涙をぬぐい、息を整えて言った。

「……トールとレナであれば、もうベル村に向かっておる。着いた頃かもしれぬな。早く会いに行って、顔を見せて安心してやれ、バカ妹が」

「え、お姫さま、アカネの家族のことを知ってるの?」

 ドガが驚くのも無理はない。

 泣きじゃくっていた茜もがばっと体を起こし、今までの怒鳴り合いがなんだったのかと思うほどにはっきりした表情と声で叫んだ。

「ドガ! 急いでベル村に帰るわよ! あ、トカゲのお兄さん、馬とか余ってないかしら!? お代は後で払うから!」

「わらわが立て替えてやるから、さっさと行ってしまわんか!」

 フラウの怒号を背中に、稲妻のような速さで茜は外に飛び出した。


作中きっての頭脳派の二人、フラウと茜の初邂逅は絶対こういう形にしようと決めていました。

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