第一次三族戦争編 邂逅 02
三年エタ郎!
場所はフラウやキザヒが詰めている砦。
ドワーフ自治区内に存在する、エルフ帝国と黒竜王国の衝突地域、その最前線の現場である。
「ここの責任者を出しなさい。今すぐ」
そこにたどり着いた茜は、門衛を相手にまずそう言ってのけた。
「な、なんだオメー。ドワーフ……を連れているみてえだが、ドワーフじゃねえな?」
門衛を務めるトカゲ兵士は茜の後ろでオドオドしているドガを見て、ドワーフだなと一目で判断できた。しかし茜のことは種族も素性もわからない。
この兵士は人間族に会ったことが今まで一度もなかったのだろう。
「ここから西に行って川を渡ってもうちょっといったところに、ベル村っていうドワーフの村があるの。アタシはそこの村長さんの特別顧問よ」
「特別顧問ってなんだよ……」
呆れるようにドガが小声で突っ込んだが、トカゲ兵士には聞こえていない。
茜も意に介さず自分の口上を続けた。
「今、ドワーフ自治区内で起こっていることについて、ベル村代表としてここの責任者と話し合いたいことがあるの。これは川より西に住むドワーフの総意でもあるわ。アタシは各村々の名代として、納得のいく回答をここの責任者から持ち帰る必要があるの。わかったらさっさと偉い人と話し合う場を設けるように段取りしなさい。今すぐ!」
「ど、ドワーフの村々の、名代……!? ちょ、ちょっと待ってろや!」
やけに大きな話がいきなり飛び込んできて、門衛の若いトカゲ兵士は狼狽して上役の指示を仰ぎに走った。
「ひでえハッタリもあったもんだ。いつの間にアカネがそんなに偉くなったんだよ」
「こうでも言わないとまともに話を聞いてくれない相手ってのは、哀しいことに世の中結構いるのよ。アタシもこんなつまらない嘘をつきたくないんだけどね」
「嘘つけ絶対楽しんでるだろ」
ドガもそろそろ茜の言動に慣れてきたものと思われる。
「ドワーフを連れた変な女が来てるだぁ? ンなもん追い返しちまやいいだろーが!!」
この砦の司令官、黒竜王国の軍人キザヒは部下から受けた報告に、当然のようにそう返答した。
「そ、それが、相手はドワーフの村々の代表だとか名代だとか顧問だとか、とにかくなんか『エラそーな奴』っぽい物言いでして……責任者を出せって一歩も引かない感じでして、へえ」
「っかー、めんどくせえなオイ!? なあ姫さんよ、こういうのはアンタの役回りだと俺は思うんだが違うかい!?」
キザヒは隣に座り沈黙しているダークエルフの少女、フラウに矛先を向けた。
ドワーフ自治区の中でエルフと黒竜の民が戦っている。
そのことで発生する諸問題に関しては軍師であるフラウに解決の責任が属するのは立場的に当然のことではあった、しかし。
「……すまぬが、先にキザヒどのがその来客とやらと会って話を聞いてはくれぬか。わらわは隣の部屋で会話の内容だけを聞いておるゆえ」
フラウのその申し出にキザヒは目を丸くして驚いた。
もっとも、トカゲ人間と言った風貌のキザヒの瞳は常時、丸いのだが。
「1万のエルフ兵相手に笑いながら囮になった姫さんが、いったい何をビビっちまってやがんだ!? 今来た”客”ってーのはそんなに”ヤベー”やつなんか!?」
「わ、わらわは怖気づいてなどおらぬ。ただ、折衝の『相性』としては、わらわよりキザヒどのの方が適格というだけの話じゃ」
フラウのその言葉はあながち嘘や苦し紛れの言い訳というわけでもなかった。
フラウは相手の放つ魔力や生命力を感知する能力が元々敏感であり、その能力の発展形として遠く離れた生命体の数や居場所、力の強さをレーダーのように感知することができる。
そのフラウの異能と勘が、キザヒと来客は生命力の波長に似通う部分があり、ウマが合うのではと判断したのだ。
なによりフラウの直感として。
今しがた砦を訪れた者と自分とでは、まず、決定的に「合わない」ことがわかりきっていたのだ。
「……まあいいけどよ。隣の部屋で聞いてるってんなら、俺じゃムズカシー話になったトキは、ちゃんと助け船を出してくれなきゃ困るぜ、軍師サマ?」
「そこに関しては了承した。では頼むぞよ」
なぜそんなにフラウが逃げ腰なのか釈然としないまま、キザヒは茜との話し合いのために別室に向かった。
キザヒの後を追うように、フラウは話し合いの部屋の、隣に位置する部屋に移動する。
歩きながら、この世で一番の苦さを持つと言われるエゴリ草の根を懐から取り出し、かじる。
口中に不快な苦みとえぐみが広がり、脂汗か冷や汗かわからないものが額からにじみ出る。
「まだ、始まったばかり。これからなのじゃ。一族の、国の雪辱を晴らすまで、わらわは立ち止まるわけには……」
フラウの心を、得体のしれない痛みが苛む。
フラウはその鋭敏な感覚と、聡明な頭脳によってほぼ気付いていた。
砦を訪れた珍客が、融や玲奈が探し求めていた、生き別れの妹だということを。
好ましい仲間と認める融や玲奈の生命の温かみと、似通ったものを来客からも強く感じ取ることができたのだ。
しかし、だがしかし。
場合によっては彼らの妹を、ここで殺さなければならない状況になりうるという予感を、フラウは強く持った。
持ってしまったのだった。
「ちょっとどうしたのアンタ、傷だらけじゃない!? 大丈夫なのそれ!?」
別室に通され、キザヒと面通しをした茜は開口一番、そう言った。
ちなみにドガは茜の付き人か使用人かなにかかと思われたらしく、部屋の外で待機させられている。
見知らぬ見慣れぬ種族の女にいきなりそう言われ、歴戦の猛将であるキザヒもさすがに面食らった。
「あぁ? 傷なんざ仕事してりゃ勝手に増えて勝手に治ってくんだから、いちいち気にするようなもんじゃねーっつーんだよ」
二人の言葉の通り、キザヒの体、体表面の赤い皮革は大小さまざまな傷が無数に存在していた。
古傷もあれば、直近の作戦で生じた生傷もある。
もちろん致命傷は一つもなく、それがキザヒの戦士としての優秀さと運の強さの二つを端的に証明している。
「そうなの? まあ平気ならいいけど。アタシもちょっと前に左手を折っちゃってさ。あまりの痛さにみっともなくわんわん泣いちゃったわよ、みんなが見てる前で。恥ずかしいったらないわね」
「へえ、その割には元気じゃねーか? すっかり治ってるみてえだな?」
「ええおかげさまで。でもあれよね。怪我して泣くときって、痛みに耐え切れずに涙が出るってだけじゃないのよね。こんなに痛い思いをしているのは、この世の中に自分ひとりかもしれない、どうしてアタシがこんな目に、どうせこの痛みを他の人はわかってくれないんだわ、っていう孤独感とか疎外感とかみじめさが押し寄せてきて涙が出ちゃうのよね。実際は周りのみんなが心配してくれたり、治療に協力してくれてるはずなのに」
しみじみ語る茜。
それを見て聞いたキザヒは、すっかり気が抜けてしまった。
いったいどんな奴が乗り込んで来たのかと多少の緊張を持っていたのだが。
「……ンなもん、痛いのも我慢すんのも、つまるところはテメー自身の、一人の問題なんだから当然だろ。いちいち泣いてちゃきりがねーっツーんだ」
「本当にそうね。だから痛くて泣くのはこれを最後にしようって、アタシその時に誓ったの。そもそも女の涙は貴重品だから、大量放出して価値を下げちゃいけないわけだし」
「知ったこっちゃねーんだよ!? 一体何の話をしに来たんだテメーは!?」
いつの間にか茜のペースにすっかり取り込まれて会話していることに、キザヒは気付いていない。
こういう場合、突っ込んでしまうほど話に耳を傾けた時点で、色々と負けなのである。
「そうそう。ドワーフ自治区の、まあ西側に住んでいる者を代表してね。ここの砦で頑張って戦争ごっこしてるあなたたちに、まず伝えなきゃいけないことがあります。アタシ、西の端っこの方にあるベル村ってところから来たのよ」
「ごっこってなんだっツーの! 遊びじゃねーんだぞお嬢ちゃんよォ? あんまチョーシくれってと、ナマっちろい耳長野郎どもの前にテメーを食っちまうぞ、あぁン!?」
バカにされて激昂するキザヒを前に、茜は恐れることもなく、しかし深々と頭を下げて、言った。
「自治区で作っている武器をたくさん買ってくれて、本当にありがとう。おかげであたしたちの村も、まあなんとかみんな笑って、そこそこお腹いっぱい食べて、たまにサッカーして遊ぶくらいの余裕ができたわ」
「あぁ!? え、お、オゥ……」
「本当に、本当に助かってるのよ。仕事があって、お金が入るおかげで、みんな元気になって、やりがいもあって、楽しそうで……」
将軍であるキザヒが、自分たちが使っている武器の出どころがどこなのか、知らないはずはもちろんなかった。
ドワーフ自治区で生産された武器や消耗品を、獣人の商人経由で黒竜王国は大量に買い入れている。
本来はエルフ帝国側の勢力にあるはずのドワーフの武器が、黒竜王国に大量に流入するという、不可思議なことがもしなかったなら、そもそも黒竜王国はエルフ帝国相手に大規模な戦端を開くという状況自体が発生しなかった可能性が高い。
キザヒたち黒竜王国の勢力が、自分たちの望む戦線を維持しているのはドワーフの生産力のおかげとも言えるのだが、その相手から先に頭を下げられて礼を言われてしまった。
不愉快ではないし不都合ではない。
しかしキザヒは面白くなさそうに、無意識に舌打ちした。
「戦争はまだ終わっちゃねーんだ。そう言うのは後にしろって話だぜ嬢ちゃん!? わざわざそんなことを言いにここまで来たのかァ!?」
黒竜王国にとって、険悪とも言っていいドワーフの勢力から武器が大量に供与されるという状況は、まさに願ってもない幸運であった。
本来であれば、感謝したいのはこちらなのだと。
それを、先に相手に感謝されてしまった。
気が短く単刀直入を好むキザヒにとって、それが善意や謝意であっても、相手に先を越されるというのは、なにか負けた気がして肚の据わりが悪いのである。
「いいえ、お礼を言いに来たのは来た理由の半分。もう半分は要求よ」
「ンだよ、武器以外にもなにか買ってくれって話なら、モノによっちゃ応じるぜ。なにせこっちは物入りだしな」
「ついこの間、川をせき止めたり、ためた水を開放したりしてエルフの兵隊さんたちを大量に溺れ死なせたでしょ。ああいうのはやめてちょうだい」
「ああン……!?」
今まで和気あいあいと言っていいくらいに砕けた会話を進めていた二人の間に、急に緊張が走った。
「細かく言うと、ドワーフさんたちが納得していない作戦行動に、ドワーフさんたちを巻き込んで関わらせるのをやめてちょうだい。ドワーフさんたちが自分で選んだ道なら、それであなたたちと運命を共にするのも全然いいと思うのよ。エルフと戦おうが、エルフにやっぱり従おうが。今も実際に、ドワーフのみんなは納得して武器を作って売ってるわ。最終的に、あなたたちトカゲさんたちがその武器を使うことを承知したうえで、ね」
キザヒはここで返答に窮した。
先の戦線において、フラウがドワーフたちと交渉して川の水を堰き止めたり、それを一気に解放したことで多数のエルフ兵を濁流の底に沈めたのは事実だ。
しかしキザヒはその策略の準備段階にほとんど関与しておらず、ほぼフラウの機知と判断に任せた上で起こった結果である。
「でも、でもね!」
への字口を見せて黙ってしまったキザヒを前に、なおも茜は言葉をつづけた。
茜の目元口元の筋肉、皮膚がプルプルと震える。
努めて感情を抑えながら話そうとしているものの、両の眼から自然に流れ落ちる雫は止められなかった。
「わけもわからず巻き込まれて、わけもわからないまま自分たちの村が戦地になって、わけもわからず焼け野原にされちゃたまったもんじゃないわ! ドワーフさんたちと協力して一緒に戦いたいなら、堂々とそう話し合えばいいじゃない! でもあの水計は違うわよね!? 農業用水や運河を管理してるドワーフの村人を、だましたか何かして水を堰き止めさせたのよね!? エルフの大軍を直接水に沈めるなんて作戦、どの村だって承知するはずがないもの!!」
「い、いいだろーが、結果的にチビドワーフどもに迷惑かけてねーんだしよ!?」
弁解、反論の拙い言葉を放ちながら、キザヒは自分自身に対して驚いた。
自分の半分ほどの目方しかなさそうな、なんの力も持っていないような異種族の小娘を相手に、その激情に気おされている自分がいたのだ。
軽く捻れば簡単に殺せそうなこの異種族の少女を相手に、自分は一体なにを「ビビって」しまったのか、キザヒ自身、それが全く分からない。
「水門の管理にドワーフが関わったことくらい、調べればすぐにわかっちゃうわよ! それをエルフの軍隊の偉い人が知ったらどうなるの!? 関わった村のドワーフがきっと大量に処刑されちゃうわ!! エルフの帝国ってのは『そういうことをする』国なんでしょう!?」
キザヒは、目の前で涙を浮かべ叫ぶ少女を前に、一つの確信を得た。
政治的、大局的な策略を巡らすことがそれほど得意でないキザヒという武人であるが、この、ドワーフでもなさそうな少女が、ドワーフたちの未来のために涙を流している。
そのことがキザヒに一つの結論をもたらしたのだ。
「まさか、チビどもに武器を増産させて、商人に売りさばいたの、嬢ちゃんが始めたことなんか? チビどもの村の景気を良くするために!?」
「そうだけど、今更誰が始めたことかなんてどうでもいいのよ! アタシはこれからの話をしてるの!!」
キザヒ的に、というか黒竜王国的に、それはどうでもいい情報ではなかった。
目の前にいる異種族の少女は、この戦争のいわばプロデューサーの一人である。
彼女の発案と実行がなければ、この戦争はそもそも発生しなかった可能性が高いのだから。
黒竜王国にとって一番足りてないものを、一番欲しいタイミングで、頼みもしないのにもたらしてくれたのは、目の前で大声でわめきたてる一人の小娘だったのだ。
「あんたたちトカゲの国の皆さんは、いったいこの、ドワーフさんたちがのんびり暮らしているここを、最終的にどうしたいのよ!? あんた、将軍なの? それとも王様なの? 秀吉とか韓信みたいに地方征伐を全権委任されてる、方面軍司令官的な立場なの!? どれだけの権限があって、どれだけ大事なことを決めたり進めたりあるいややめたりできるの!? 少なくともこの戦場を預かってる最高責任者の口から、納得のいく見解を聞き出すまでは、アタシは一歩もここから動かないからね!!」
「ちょ、お前、まず落ち着け、話はちゃんと聞いてやっから、な!?」
「ええそうよ、アタシとアンタは話し合う必要があるわ! それが進まない限り、ドワーフの村から黒竜王国への武器や消耗品の生産供給はストップすることになるんだからね!!」
「え、ちょ、待っ、いやマジでそれは」
さすがのキザヒも混乱し狼狽した。
戦略物資の供給が途絶えたら、戦線の維持は不可能である。
せっかく手に入れた砦。
ここを死守し、さらにエルフ帝国の軍に大打撃を与えなければいけないキザヒにとって、茜の言葉は脅迫以外の何物でもなかった。
「アタシの一声で自治区内の大部分の生産ラインは完全に停止することを、よーーーーーっく理解した上で、これからのことを、さあ話し合おうじゃないの!!」
キザヒは発言と思考を放棄して、室内ではあるが天を仰いだ。
これは、一介の武人である自分の手には余る話だ。
「姫さんよぉ……考えるのは俺の仕事じゃねーつってんだろーが……なんとかしろっツーんだよこん畜生……」
隣の部屋で話を聞いているはずのフラウからは、助け舟の助言がまだ、来ない。
一方その頃、二人が話し合っている部屋の外では。
茜の声が涙声になって大きくなったあたりで、フラウは詰めていた部屋から出た。
これは、いけない。良くない状況だ。
キザヒは、茜に感化されている。あるいは茜に同情し、感情移入している。
二人の相性はいいだろうと思っていたが、こういう方向で相性がいいというのは、フラウにとって誤算だった。
「わらわのしたことが原因とはのう……意外と言うべきか、やはりと言うべきか」
隣の部屋で会話を聞いていたフラウは、茜が怒り、泣いている理由を知って、理解した。
対エルフ大軍勢との戦いにおいて、フラウは戦地となる周辺のドワーフの村落を訪問し、河川や用水の塞き止めを依頼した。
もちろん、エルフの兵と戦う際に、水計として利用するためだなどと正直に告げることはしない。
いわば嘘をついて騙した格好でドワーフたちに作業させ、関与させたのは、茜の言うとおり事実であった。
しかし、フラウの考え、視点では、あくまでもドワーフたちは「騙されて知らずにやった」ことであり、エルフ軍の兵が大量に濁流に飲まれて死んだことに対して、ドワーフたちに責任はないと考えていた。
その責任は、すべて作戦立案、実行者である自分にある。
あくまでも「フラウの視点では」そう言うことになっていた、のだが。
「水門の管理にドワーフが関わったことくらい、調べればすぐにわかっちゃうわよ! それをエルフの軍隊の偉い人が知ったらどうなるの!? 関わった村のドワーフがきっと大量に処刑されちゃうわ!! エルフの帝国ってのは『そういうことをする』国なんでしょう!?」
その茜の言葉が、フラウの胸に深く、鋭く刺さった。
そうだ。
自分の故国も、そんな理不尽によってエルフ帝国に滅ぼされたのではなかったか。
ささいな言いがかりや捏造とも言える大義名分で、ダークエルフやゴブリンの汚点欠点を悪しざまに突いて来て、挙句の果てには国を滅ぼすようなことをする連中だということを。
誰よりも、フラウが身に染みて理解していたはずなのに。
「物資の供給が途絶えるのは、不味い……最悪じゃ……何もかもが終わる……」
うめくように呟いたフラウの言葉。
その小さな声を、茜の朋友であり、話し合いの部屋の外で待機していたドワーフ青年のドガが聞いていた。
「なんか深刻な顔させちゃって申し訳ないけどさ、アカネの言ってることのほとんどは、ハッタリとかその場の勢いだよ?」
考え事に集中していたフラウは、通路にドガがいたことに声を掛けられるまで気付かなかった。
「ん? 失礼、そなたは今そこに来ておる客の連れ合いかなにかかの」
「まあツレって言うか、おんなじベル村ってところに住んでるモンだけどさ。黒竜の連中がいろいろ買ってくれるの、どの村も割と大歓迎って感じだから、アカネの一声で停まるなんてことは今更あり得ないと俺は思うけどなー」
言われて、フラウは唖然とした。
なぜこのドワーフは、自分たちドワーフの大きな利益にもなる茜のハッタリ、そのネタバレをわざわざダークエルフの自分に対して聞かせるのかと。
ドガが黙っていれば、茜の言葉はドワーフ自治区に更なる利益を、長くもたらし続ける要素にしかならない。
フラウもキザヒも、茜の言葉が真実であると信じているのだから。
「なぜわらわに、そのことを教えるのじゃ? おぬしらドワーフに、なんの得もありはせぬぞ?」
驚いて尋ねるフラウの顔を見て、ドガは悲しい顔を見せて言った。
「……あんた、滅ぼされたザハ=ドラク王国のお姫さまなんだろ。この前のエルフ軍とのでっかい戦い、アンタの声が遠くまで聞こえたよ」
「いかにも。わらわは王国の王女、フラウである。あの時は『遠吠え』の魔術を部下に使わせておったでな。離れたところまでわらわの声が聞こえておったとしても不思議ではないの」
そもそもあたり一帯にわざと聞かせるため、そういう魔法を行使したのだ。
「ドワーフ自治区はさ、戦争とか起きないでエルフ帝国の一部になったけど……なにか、少しでもずれたり間違えたりしたらさ、俺たちもザハ=ドラクみたいにきっと攻め滅ぼされてたのかな、って思っちゃってさ」
「もしもの話をしても仕方のないことではあるが、そういう現在や未来もあったかもしれぬのう」
すべてのエルフが残虐で酷薄というわけではもちろんない。
しかしエルフ帝国の覇業が、血と涙と臓物の残滓にまみれたものであるのは事実だった。
考えをめぐらせて黙るフラウに、ドガは優しく言った。
「お姫さま、アカネと話してみなよ。おかしなやつだけど、イイやつだよ。きっと気に入る」
「ぬ……」
ドガに促され、胸に重いものを抱えながらも、フラウは茜とキザヒが話し合いをしているその部屋の扉を開けたのだった。
更新しておいてなんですが、次話がいつになるかは未定です。でもこの回は普通に書いてて楽しかった。作者の楽しさが読者に伝わるかどうかは知ったことではありません。




