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第一次三族戦争編 邂逅 01

アクセスありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

 神聖エルフ帝国と黒竜王国は名実ともに戦争状態へ突入した。

 それを決定づけたのはエルフ帝国がドワーフ自治区東端に建設した砦を奪われた事件。

 それに加えドワーフ自治区を進軍中だったエルフ帝国兵が、フラウ=ザハ率いる黒竜王国の部隊に撃破された戦いだ。

 この戦いでエルフ帝国軍の死者、行方不明者は4千を超えた。涼東州で待つ帝国第二皇子フレットルのもとに無傷で帰還した兵は3千以下である。

 残りの兵はなんらかの傷病を抱え、満身創痍と言っていい有様だった。

 フレットルは刺客に襲われた傷を癒すため、1万の兵と共に涼東州に居留して戦果が上がるのを待っていた。しかし戻った兵からの報告は惨憺たるものであった。

「おのれおのれおのれおのれ!! 薄汚いダークエルフの小娘ごときが!! 余が直々に指揮を執って一人残らず八つ裂きにしてくれる!」

 傷が癒えたフレットルは近隣からさらに州兵を集め、激昂して黒竜王国に奪われた砦へ全軍をあげて進んだ。

 同時に旧ザハ=ドラクにおいて王族との関与が疑われる名士、豪族数百名を見せしめのために処刑する布告を出した。

 何者かが逃げ隠れして暗躍しているフラウたちに援助をしていると考えたからだ。


 ザハ=ドラクは帝国に制圧されてから「新地」と名を変え、その首都はなんの飾り気もない「東都」という呼称に改められた。

 フラウたちが暮らしていた王城は一度破壊され更地になり、その後エルフ帝国から派遣された官僚たちの政庁が新設されている。

 その広場に今、言いがかりに近い疑いをかけられて処刑されようとするダークエルフ、ゴブリンが並べられていた。

「どうしてこんな……」

「あの方たちが何をしたって言うんだ」

「小さい子供までいるじゃないか……」

 広場に集まった民衆の間に同情や憐憫、怨嗟の声がこだまする。

 帝国のエルフ兵たちは今にも暴動を起こしかねない民衆を押しとどめながら、淡々と処刑の準備を進める。

 その時、政庁のいたるところで火の手が上がった。

「ぞ、賊だ!! 民衆に賊が紛れ込んでいるぞ!!」

 そう叫んだエルフ兵の首が、見えない刃に切断されて地面に落ちた。

 あちこちで火と煙が立ち上り、民衆はそれをきっかけに暴徒と化して投石を始めた。

「お、俺たちはお前らの奴隷じゃないぞ!!」

「私の主人を返して、返してよーーーっ!!」

「みんな、立ち上がるんだ! ザハ=ドラクの誇りを取り戻そうじゃないか!!」

 それを食い止めるためにエルフ兵も武器を持って応戦する。しかしどこからともなく飛んでくる、空気を切り裂くような斬撃に首を落とされていく。

 そのうち、民衆の中に紛れていた武器を持ったダークエルフの群れが広場に殺到し、処刑台に昇っていた者たちを解放し始める。

 縄を解き放たれ自由になったゴブリン(この男はザハ=ドラクで王族の乗る馬を飼育する立場だった)は、自分たちを救出した男の顔を見て、歓喜に打ち震えた。

「ジ、ジル王太子殿下……」

 暴動の首謀者は首都陥落の際に行方不明になっていたザハ=ドラク第一王子、ジル=ザハであった。

 彼もフラウ同様に生き延びて雌伏の時を過ごし、立ち上がるべき時期を見計らっていた。

 そして多くのエルフ帝国兵がドワーフ自治区での戦いに人員を割かれる今を除いて、自分たちが再帰する機会はないと決断したのだ。

 ジルは手のひらを天に掲げた。

 彼の頭上に一つの黒い球体が浮かび上がり、それがどんどん大きくなっていく。

「ここは憎しみに満ち溢れている……いいぞ」

 そんな魔法を今まで見たことがなかった周囲のエルフ兵たちは、恐怖にかられ動きを止めた。

「な、なんだあれは……」

「大きな黒い球の周りに、小さい黒い点が無数に飛び交っているぞ……?」

 それはまるで黒い蜂と蜂の巣のようであった。


「殺せ」

 ジルが命じると黒い球は無数の小さい点に分裂し、その一つ一つがエルフ兵のもとに飛んで行った。

 目の届く範囲、視界の中なら一人のエルフも逃がさぬとばかりに。

 目にも止まらぬ速さでエルフ兵に襲い掛かった「それ」は、寸分の狙いを違わずに敵の心臓を貫いた。

「あ……あ?」

「い、嫌だ、死にたくない……」

「神聖エルフ帝国に、栄光あれ!!」

 なにが起きたかわからない者や、自分の死を悟って叫び声をあげる者。

 無数のエルフ兵がバタバタと斃れ、ジルは微笑を浮かべた。

「ふん、なかなか役に立つ力だ。せいぜい使わせてもらうとしよう」

 ジルは先日、全身を灰色の衣服に身をまとった謎の男に出会った。

 その時になにかを話し、なにかをされた気がするが、それがどのような内容だったのかをすでに彼は覚えていない。

 しかし彼は一つだけはっきりと理解した。

 自分がこの世界を統べる者になるのだということを。

「で、殿下。先ほどの力は……」

 ザハ=ドラク王室近衛隊を務めていたこともあるディノスという男がジルに駆け寄る。カマイタチ現象のような飛ぶ斬撃を駆使していた男だ。

 彼は極めて高い魔力を誇っており、武芸にも優れる。斬撃魔法を何度か連続で行使できるのだから、この世界では破格と言っていい使い手だ。

 しかしその彼をして、先ほどジルが使った魔法は未知のものであり、想像を絶する威力だった。

 無数に、広範囲に、的確に、一瞬で相手を死に至らしめるのだから。

「よくわからんが、どうやらこの場にある恐怖や憎しみ、怨嗟の心を『食って』力に換える魔法のようだな」

 くっくっく、と楽しそうに笑う自分のあるじを、ディノスは恐怖のまなざしで見つめていた。



 旧ザハ=ドラク、今は新地と呼ばれる地域でジルと名乗る男が民兵を組織し反乱を起こした。

 新地のいたるところで帝国に対する反乱暴動が巻き起こる。

 しかしそれを制圧するために兵を動員すれば、黒竜王国に奪われた砦を奪還するのがどんどん遅れる。

 砦を占拠する黒旧王国は北側の荒野を根城にしている狼獣人の部族を金で雇い、守備兵の増強にあてつつある。

「借金ばっかり増えて行くんじゃねーかオイィ!?」

 司令官である龍族獣人のキザヒが、涼しい顔で作戦を考え続けるフラウに怒鳴り散らした。

「そう大声を出すでない。先ごろ入ったザハ=ドラクの暴動の情報、あれが確かならば、じきにザハ=ドラクの復権は成し遂げられるはずじゃ。その時には宝石が取れる山の一つや二つ、黒竜王国と共同で掘削できるように取り計らうでの」

「んなモン、あてにできっか!!」

 フラウのもとにもジルが生きていて、帝都で反乱軍を放棄させた情報は入っている。

 それを聞いた時、フラウは飛び上がらんばかりに喜んだ。そして泣いた。兄が生きていたことは、この戦いは孤独なものではないという勇気をフラウに与えた。

 最も先ほどのセリフは獲らぬ狸の皮算用であり、こんな口約束でキザヒが納得するとフラウも思っていない。もっと現実的に資金や人材を集めるための方策もちゃんとある。

 ドワーフ自治区をエルフ帝国から切り離し、黒竜王国の版図に組み込む。

 自由な商工業を認めて経済を活性化させ、税金を取る。

 理屈だけでは簡単だが、まずドワーフ自治区をエルフ帝国から完全にもぎ取らねばならない。

 それだけでも困難な上にドワーフたちは黒竜王国の支配下に入ることをすんなり了承しないだろう。元々龍族獣人とドワーフは仲が良くないうえに、エルフを裏切ってリスクを抱えることになるのだ。

 エルフ帝国の州と隣接しているドワーフの村々がエルフ帝国に報復されてしまう。種族間の対立とエルフ帝国を裏切ることのデメリット。その両方を解決しないとドワーフたちがこちらの味方につくことはあり得ない。


 難題ではあるが、解決すべき課題が明白であるぶん、糸口は見つけやすいだろうとフラウは思っていた。

 なにより、兄であるジルが生きてザハ=ドラクで反撃の狼煙を上げてくれたのだ。

 これから連絡を密に取り合い、エルフ帝国軍を翻弄し続ければドワーフ自治区を抑えている帝国の仕組みにもどこかでほころびが出る。

 その隙を突く形で「ドワーフ自治区の独立を支援する」という大義名分で、黒竜王国の兵をドワーフの村々に配備すればいい。

 思索の傍ら、 いつも通り広範囲探索の魔法「鷹の目」を発動させるフラウ。 

 気になる存在が砦に近付いてくるのをフラウは感じた。

 あまりいい予感ではなかった。根拠はないが、できれば来てほしくない、来てもいいことはないと思いその気配が砦まで来ないことを祈った。

「どしたよ姫さん、変なもんでも食ったみてえな顔して」

「い、いやなんでもない。些細なことじゃ」

 根拠のないことであたふたするわけにはいかない。キザヒに訝しがられてもフラウは誤魔化した。


「たのもーーーーーっ」

 しかしその願いは無駄であった。

 彼女たちのいる砦に招かれざる珍客が訪れた。

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