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黒竜王国編 侵攻 09

アクセスありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

「「あ……」」

 戸を開けた瞬間、半裸の玲奈が視界に飛び込んできたことにより融は体を一時的に硬直させた。二人して同じ驚きの言葉を短く放ち、そのまま絶句する。

 玲奈の豊かな胸、柔らかな曲線を描く腰回り。

 それを覆い隠しているのは、フラウのもとで玲奈が働いているときに自分で作った木綿の下着である。

 綿布自体の量が少なかったため、切れ端を上手く使い上下共に三角形の布を組み合わせ紐でつなぎとめた、布面積が小さめの構造になっている。

 女性的な核心の部分は問題なく隠蔽される作りになっているが腰の横の部分や背中、肩回りは「ほぼ紐」と言った有様で、当然のように肌の露出面積は大きめである。

 これほどまでに玲奈の肌が晒された様子を融が見るのは初めてのことであった。生まれたころから一緒に育った兄妹でないのだから当然とも言えるが。

 目を奪われた。玲奈の肌に融はわずかな時間であるが見とれていたのだ。

「ゴメン、出直す」

「ま、待って融お兄ちゃん!」 

 ようやく体を再起動させて回れ右をする融の服の袖を、玲奈が引っ張った。

 融の体は止まったが、玲奈は引っ張った手がすっぽ抜け、勢い余って後ろに倒れそうになる。

「あ、あわわっ」

「玲奈ちゃんっ!」

 とっさに玲奈のもとに駆け寄った融は、背中を抱き寄せる形で玲奈の転倒を防いだ。

 玲奈は両手を融の首の後ろに回し、しがみつく格好でこらえた。

「大丈夫?」

「う、うん……」

 その時、融は見た。

 自分の手が玲奈のブラジャー紐の背中の結び目を外してしまっていることを。

 玲奈を支えて手を出した瞬間に引っかかって外れたのだろう。

 今、玲奈のブラジャーは締めつけられて固定されているわけではない。

 単に、薄い布が頼りない紐と共に「体に乗っかっているだけ」の状態だ。

 風でも吹こうものなら、はたはたと揺らめいてめくれ上がってしまうに違いない。もちろん室内なのでその心配はないが。

 ただでさえ大きい玲奈の胸だ。下手に動くとその「揺れ」でかろうじて山頂部分を隠している布が位置を変えてしまう。

 動けないっ……!

 融は真剣な表情のまま体を強張らせた。

 玲奈の体勢は今、社交ダンスで女性が体を反らせて男性に背中を支えられている姿に近い。

 いわば体が下、布が上の位置関係にあるため、重力が味方をしてブラジャーがあらぬ方向に落ち、外れることを防いでいる。

 しかしここで融が玲奈の体を持ち上げて立たせてしまうと、その位置関係が崩壊する。

 紐というつながりを失った玲奈のブラジャーは、彼女の豊満な胸を覆い続けることを拒んで床へと落下を始めるだろう。

 せめて融の首の後ろに回している玲奈の両手がフリーであれば、玲奈はブラの調整をするなり自分の胸を覆い隠すなりできるのだが。

 融の目を間近で見つめ続ける玲奈も、融同様に一切の動きを止めていた。

 ごくり、と二人の喉が同時に鳴った。

「……融お兄ちゃん。私、もう我慢できないよ」

 瞳を潤ませ、切なそうに言葉を紡ぐ玲奈。

「私たちこれからどうなるのか、どうしたらいいのか、何もわからないんだもん……せめて一つだけ、確かなものが欲しい」

「確かなものって……なんだい」

 その続きを聞くことは融にとって恐怖ですらあった。このまま逃げ出してしまいたいと思った。しかしそれは玲奈を悲しませ、苦しませることになることを融はわかっていた。

 兄として、あるいは一人の人間が持つ哲学、美学として、大事な人に対しては誠実でありたい。融はそう思って玲奈と接してきたし、生きてきた。それをこれからも変えるつもりはない。

 だから玲奈が欲しているものの中身を、融は聞かないわけにはいかなかったのだ。

 しかし彼が貫こうとするその誠実さによって、彼自身が追いつめられていた。

 玲奈が次に放った言葉のせいで、融は逃げることも隠れることも誤魔化すこともできなくなったのだから。

 お互いがお互いの心臓の音を感じ取ることができるほど、鼓動が高鳴っている。

「私、融お兄ちゃんに抱いて欲しい。一つになりたい。そうすればこの世界でこれから先に何があっても、私たちは繋がってるんだって安心できるから……」

 玲奈が今まで生きてきた中で最も勇気を振り絞って言ったその言葉。

 融はそんな玲奈の言葉、玲奈の気持ちにどう応えればいいのか全くわからなかった。

 玲奈はかけがえのない家族で、何があっても守りたいと思う大事な妹である。しかし融自身、玲奈が一人の女の子として見て魅力的であることは認めつつも、恋愛感情を持ったことや性欲の対象にしたことは一度もない。そういう目で見たことがないのだ。血のつながりはないと言えど一緒に暮らす兄妹である。当たり前と言えば当たり前の話だ。

 だから融は自分に嘘をつかず、今言える限りの確かなことだけを玲奈に伝えた。

「俺は……玲奈ちゃんが大好きだよ。でも玲奈ちゃんが望んでることには、びっくりしすぎて、上手く気持ちの整理がつかないんだ。どう応えたらいいのか、わからない」

 まるで乙女のような言い分である。

 その融の言葉を聞いて、玲奈は放心したようにはらはらと涙をこぼす。

 自分の気持ちは受け入れられないのだ、そう思ったがゆえの涙である。

「私じゃ……ダメなんだね」

 ひっく、ひっくと泣きじゃくる玲奈。

 融はその体を抱き寄せて、力強く玲奈の言葉を否定した。

「ダメなわけはない。玲奈ちゃんは可愛いし、いい子だし……でも家族だし、兄妹だから」

「ここは日本じゃないし、お義父とうさんもお母さんもいないし、戸籍も住民票もないから私たち家族でも兄妹でもないもん……!」

「そう言われてみればそうだね。なるほど確かに。俺たちは日本の法律で兄妹になってるだけで、日本の法律が適用しないこの世界だと兄妹であるという取り決め自体がないか……」

 玲奈が苦し紛れに泣きじゃくりながら放った屁理屈に、融は一瞬で納得してしまった。

「え?」

 融がコロッと判断基準を変えてしまったことに、玲奈の方が驚いた。

「そっか……この世界にいる以上、玲奈ちゃんと俺は兄弟とは言えないのか。じゃあ俺にとって玲奈ちゃんはなんだ? どういう関係だ? ……可愛くて、いい子で、大事で……大好きな女の子だ。うん、それは間違いない」

 ブツブツ言いながら自問自答を続ける融。

 こういうところはやはり茜と兄妹であり、いったん思い込むと周りの意見や世間の常識を考慮しないフシがある。

 そして自分なりの世界観で物事を決め、断定して解答を出してしまうところも同様だった。


「玲奈ちゃん、結婚しよう」

「え!?」

 今度は玲奈が融に驚かされる番だった。

「玲奈ちゃんの気持ちはすごく嬉しい。俺も玲奈ちゃんが好きだ。でも俺は、その、そういうことは、ちゃんとした関係を結んでからにするべきだと思うんだ」

 融はどうやら婚前交渉を禁忌として生きて来たらしい。

 このことから導き出される推論として、融は童貞と思われる。

 いきなりのプロポーズに面食らった玲奈は、自分の下着がはだける寸前であることにも気づかずに必死で言葉を返す。

「で、でもでも結婚とかいきなりそんなの」

「俺じゃ嫌かい」

 一転攻勢、さっきと立場が逆である。

「嫌じゃない! 嫌じゃないけど、でも結婚ってなったらその、お義父さんやお母さんや茜ちゃんになんて言えばいいか」

 さっき自分が言ったことはまるっきり忘れて棚に上げる玲奈だった。

 まさかこういう方向に融が暴走すると玲奈も思っていなかったので、混乱の極みである。

「そっか。いずれにしても日本には帰るわけだし、その時に玲奈ちゃんがまだ未成年だったら親の了承が必要なのか……なかなか辻褄が合わないな。いや、辻褄がどうのって言う以前に、やっぱり俺と玲奈ちゃんが結婚するなら親父や義母かあさんにはちゃんと祝福してもらってからじゃないとな」

 融の思索は突っ走っている。もはや玲奈に止めることはできなかった。

「玲奈ちゃん」

「は、はいっ」

「日本に帰ったらちゃんと結婚しよう。この約束を二人のつながりにする、っていうのはどうかな」

 玲奈は気圧された。そして、異世界に来た不安と寂しさで融に迫った自分の浅はかさを後悔した。

 融はやると言ったらやる男である。結婚しようと言った以上、融は本気なのだ。その言葉に嘘がないのは、数年というそれほど長くない期間でも一緒に暮らしていた玲奈には十分すぎるくらいわかる。

 融にそんな決意を指せ、言葉を引き出してしまったのは自分の責任だ。玲奈も覚悟を決めた。

「う、うん。私でいいなら、融お兄ちゃんにもらって欲しい……ふつつかものですが、よろしくおねがいします」

「大好きだよ玲奈ちゃん。一生大事にする」

 結局なにやらほんわかした、いい雰囲気になってしまい玲奈の欲情云々という件をうやむやにしたことに、融は気付いていない。

 



 融と玲奈が未来を誓い合い、茜がせっせと橋を壊そうと細工した次の日の朝。

 東の砦を占拠する龍族獣人兵の中にフラウはいる。

 前日の夜に将兵たちに塹壕や防柵の増設を指示し、今朝は早くから起きて出かける準備をしている。

「キザヒどの。わらわは近隣の村のドワーフを工兵として雇えるかどうか、交渉に行ってくる」

 その案を聞いた黒竜王国の将軍(特攻隊長)キザヒは、呆れた声で反論した。

「いやいや、さすがにそれは断られるべ?」

 エルフ帝国に発覚しないよう、獣人たちの通商を何度も経由してドワーフたちは黒竜王国に武器を売っている。

 本来はエルフ帝国に属しているドワーフがこんなことをしている時点で危ない橋なのだ。それ以上の全面的な協力が発覚すれば、ドワーフの村々はどんな懲罰を受けるか分かったものではない。

「思いのほかエルフ帝国の軍の歩みが遅いからのう。やれることは何でもやっておきたいのじゃ。なあに、ダメでもともと、通れば幸運という程度のものじゃ。期待せんで待っておれ」

 そう言って、少ない人数を連れてフラウは出て行った。

「おい、何人かあのダークエルフの軍師さまを尾行しやがれ。調子のいいこと言って、このまま逃げるつもりかもわかんねえからよ」

 キザヒはそれほどフラウを疑っているわけではないが、念には念を入れて自分の部下にフラウの後をつけさせることにした。

 もっとも、フラウが探索魔法を使えば尾行は一瞬で発覚する。だからこの尾行にはそれほど意味はない。

 しかし、フラウを信用していない兵がまだ自分の部下に一定数いる以上、ポーズとしてこういう対応を取らざるを得ないのだ。

「こっちは砦を攻める側じゃねえのに、工兵を今更増やして何をするつもりなんだぁ?」

 キザヒとしては、フラウのお手並みを拝見するくらいの気持であった。


 が、その日のうちにフラウは砦に戻ってきた。

「さすがに雇うのは無理じゃったわ」

「よく捕まらなかったもんだぜぇ? ドワーフの村って言ったって、ダークエルフは”お尋ねモン”だろ?」

「わらわの兵には数は少ないが獣人もおるからの。交渉役はそのものを表に立たせた。わらわたちは隠れながら指示を出しただけじゃ。ま、どちらにしても交渉は不調じゃったが」

 うまく行かなかった割には特に残念そうなそぶりも見せず、あっけらかんとフラウは言った。

 キザヒはまだ、魔力以外のフラウの器を図りきることができていなかった。

毎日更新のつもりが少し遅れてしまいました。悲しい。

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