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日本編 亡失 03

アクセスありがとうございます。

楽しんでいただけるよう頑張って続けます。

 融の父親違いの妹、北野遥。

 彼女は原口家が在する市の、隣の市に住んでいる。

 一般的には彼らのような複雑な事情のある兄弟姉妹は、気軽に会って話をするような関係でもないだろう。

 しかし融も茜も昔から、遥のことを見知っていた。

 なにせ彼らの母親が、積極的に3人を引き合わせたのだから。

「あんたたちの妹よ! 可愛いでしょう!?」

 父と離婚し、家を出て行った母親が小さな子供を連れて会いにきた幼い日のことを、融は今でも鮮明に覚えている。

 そもそも融や茜が物心ついていないときに出て行った母親である。

 ありていに言えば融や茜はこの母に捨てられたようなものだ。

 その「元・母親」が、いきなり妹だという女の子を連れて会いに来たことは、融自身驚きこそすれ嬉しくも悲しくもなかった。

「そうなんだ。この子も僕の妹なんだ」

 ただ淡々とそう認識したのみである。


 口数が少なく、こちらの顔をじっと見つめてばかりの女の子が遥だった。


 そして茜と睨み合いになり、幼い二人の妹は出会って初日からいきなりつかみ合い、引っかき合いの喧嘩をした。

 なにが気に入らなかったのか、今となっては当人同士もわからないだろう。

 融が小6で茜が小3、遥が小1の時の思い出である。


「久しぶりね、融さん」

「そうだっけ。夏に会ったよな」

 融は遥に会うために、隣の市まで来ている。

 会ったのは約4か月ぶりであった。

 夏、アルバイトからの帰り道で駅前に買い物に寄ったとき、遥に出くわしたのだ。高校生はその時期夏休みであった。

 近場ではここの駅前でしか売っていないアクセサリーを買いに来たという遥に、融は持ち帰りのドーナツを買って持たせた。

「あのときはごちそうさま。お母さんも喜んでた」

「そうか。でも今は世間話よりも聞きたいことがあるんだ。茜のことなんだ」

 融が遥の瞳を直視して話の本題を切り出すと、遥はふうとため息をついて疲れたように言った。

「茜、いなくなったんですってね。うちにも警察が聞きに来たわ」

 帰って来ていない、ではなく、いなくなったと表現した遥に融は奇妙な違和感を覚える。

「人がいなくなることなんてない。どこかにはいるさ。どこにいるのかわからないだけだ。少し前に茜と商店街で会ったんだろう? あいつ、何か変わった様子はなかったかな?」

 融はゲームセンターで茜と遥が会っていたのではないかということを聞いた。

「ああ。私が獲ろうとしていたぬいぐるみを茜が割り込んできて……って、なあに? 融さんは私が茜になにかをしたと思ってるの?」

 冷めた目で口元をゆがませながら、意味ありげに遥は言った。

「そんなことあるわけはない。ただ、俺たちの知らない何かを知っていないかと思って、手当たり次第にこうして聞いて回ってるんだ。なんでもいい、本当に些細なことでもいいから、なにかあれば教えてくれ……」


 憔悴した顔の融。

 このところまともに寝ていないので当然のことだ。

 その様子を見て遥はキリリと唇を噛む。

「大事にされてるのね、茜は」

「家族なんだから当然だろう」

 融にとっては当たり前のその答え。

 しかしそれに対して遥は疑問を抱くのだった。

「なら私は? 家族じゃあ、ないわよね」

 こんな状況で一体何を言うのかと融はいぶかしがったが、遥の目を見てその中に真剣な色が漂っていることを理解した。

 戯れに茶化して言っているわけではない。

 遥ははっきりと答えを聞きたいと思って、こんな質問をしたのだ。

「遥だって俺の妹だ。なにかあれば心配どころの騒ぎじゃないさ」

 だから融も真っ直ぐそう答えた。

「そう。嬉しいわ。ところで茜のことだけれど、私は『茜がどこに行ったのか』なんて知らないわ。それ以外のことも、わからないわね。相変わらずギャンギャンうるさい女、くらいにしか」

「そうか……わざわざ呼び出して悪かったな」 

 めぼしい情報が得られないと判断した融は、いったん家に戻ろうとした。

 その背中を遥が呼びとめる。

「少しだけ、私の話を聞いてくれるかしら? せっかく融さんに会えたんだもの」

「なんだい」

「私と茜、父親は違うのに顔がそっくりでしょう?」

 茜は普段髪を伸ばしてポニーテールにしている。

 それに対し遥はシャギーレイヤーの入ったショートボブ。

 髪形の印象が大きく違うのでそれと気づきにくいが、二人の顔は瓜二つというくらいに似ていた。特に目力が強いところなどは。

「そうだな。母さんに似たんだろう」

「ええ。お母さんの若い頃の写真を見たことがあるけど、私や茜にそっくりだったわ。融さんは、そちらのお父さんに似たのね」

 今どうしてそんな話をするのか融にはわからない。

 しかしいきなり呼び出して話を聞かせて欲しいと頼んだのは融の方だ。

 遥に何か話したいことが残っているなら真面目に聞くのが筋と思い、黙って続きを聞いた。

「うちのお母さん、勝手な人よね。まだ小さかった融さんや茜を置き去りにして家を出て、うちのお父さんと再婚して私を産んで」

「大人には色々あるさ。俺も茜も別に今更なんとも思ってないよ」

 融も茜も、父子家庭でいろいろ不便なことはあったが父からまっとうな愛情を受けて育った。祖父母が近くに住んでいたことも幸いした。子供たちになにかあった時、祖父母の協力を得られるからだ。

 玲奈とその母と家族になってからは、とても温かい日々を過ごしていた。

 それを思うと融は過去に何があろうと、自分たちは幸せな家庭に生きていると強く思っている。

「融さんは優しいのね。私もそう思えればいいのだけれど……うちのお母さん、どうも不倫してるみたいなのよ。前にもちらほらその気配はあったのだけれど。病気と言うか、業ね。ここまで来ると」

 どうやら彼らの母は奔放な女性のようであるらしい。

 実母との思い出が乏しい融にとって、その情報は意外なもので、返す言葉もなく沈黙するしかなかった。

「私はそんなお母さんが嫌い。そして、お母さんに似てる茜も嫌い」

 もちろん自分も、と声にならない呟きを付け足した。

「そんなことを言うなよ。俺は茜にも遥にも仲良くして欲しい。茜が帰って来て受験が終わったら、玲奈も誘ってみんなで一度メシでも食いに行こう」

 融の提案に遥は微妙な苦笑で返す。

「玲奈って人、私苦手なのよね。なんかとらえどころがない感じにフニャフニャしてて。でも考えておくわ。せっかくの融さんからのお誘いだものね」


 家に戻った融は深夜になっても寝付けないので、0時を回った時点で「破っ」のトレーニングにいそしんだ。

 日付が変わったので、その日の分の修行を終えることになる。これは融が自分に課したルールである。

 しかし自室で音を立てずに、手のひらから何も出ない行動を繰り返している中で融は些細な物音を聞いた。

 リビングを抜けて玄関から誰かが出て行った。

 マンションのエレベーターが上下し、エントランスから外に出る一人の女の子がいる。玲奈だ。

 玲奈が真夜中に自転車でどこかに行こうとしているのだ。

 自室の窓からそれに気付いた融は、全速力で階段を駆け下りて走って玲奈の自転車を追いかけた。

 相手は自転車である。しかし競技用でもマウンテンバイクでもない、一般的なシティサイクルだ。

 日課である「破っ」の修行以外にも、体力づくり全般に余念がなく肉体労働のバイトもしている融にとって、それに追いつくこと自体は不可能ではなかった。

 しかし慌てていたので父の雪駄を履いて出て来てしまった。

 そのためスピードが出ず、玲奈の後ろ姿を見失わないように追うのが精いっぱいであった。

 

 玲奈が向かった先は日中に融が行ったところと同じ。

 隣の市、遥が住んでいる家の近辺だった。

 そこにある大き目の公園の近くで玲奈は自転車を停め、辺りをうかがう。

 息を切らせた融がそこに追いついた。

「ハァ、ハァ……玲奈ちゃん、なんでこんな夜中に、こんなところに……」

「!? と、融お兄ちゃん!?」

 息を切らした男に真夜中から声をかけられ、玲奈は心臓が止まりそうになるほど驚いた。

 それが兄であることはすぐにわかって多少安心はしたが、5km以上はある道のりを、雪駄履きで走って追いかけてきたことにさらに驚かされた。

「こんな、夜遅くに、一人で出歩いちゃ、ダメだろ……危ないだろ……」

 呼吸を落ち着かせながら兄としての正論を振りかざす融。

「ご、ごめんね融お兄ちゃん。でも私、どうしても確かめたいことがあるの」

 そう言って公園の近くまで歩いた玲奈は、一台の自動車が停車している場所を指差した。

「灰色の車……誰か近くにいるね」

 融が目を凝らして見ると、グレーのセダンのそばに二人の人影があった。

 そのうち一人は、上から下まで灰色であった。 

 灰色のつばの広い帽子をかぶり、灰色のコートを着て灰色のマフラーを巻き、灰色のブーツを履いていた。手袋も灰色である。

 得体が知れない。融の第一印象はそれであった。


 そしてもう一人。灰色の男と一緒にいる人物。

「遥?」

「遥ちゃん……」

 融と玲奈はその人物を見て、同じ名前を呟いた。

 夜の公園で得体の知れない灰色男と、北野遥という女の子がなにやら話していた。

 しかし融が驚いたのに対し、玲奈はなにかに納得したような口ぶりであった。

「玲奈ちゃんは何か知ってるの? あの男と遥がなんなのか。いや、それよりも、これは茜に関係のあることなのか?」

 わざわざ夜中に隣の市まで出かけて来て確かめたいことがあると玲奈は言った。

 それは今の原口家の状況から考えて、失踪した茜に関係のあることに違いないと融は思ったのだ。

 遥と灰色男はこちらに気付いていない。

 二人が何を話しているのか聞こえるところまで、融と玲奈は身を隠しながら接近を試みる。

「知らないけど、わかるの。あの灰色の人のことなんか知らないし、私は遥ちゃんのことも良く知らないけど、あの二人が茜ちゃんの『なにか』に関わってるってことだけは、なぜかはっきりわかるんだ……」

 それだけ言って、玲奈は声を潜めた。


 灰色男と遥の話声に耳を傾ける。

「それで、2つ目の願い事は決まりましたか?」

「ないわよそんなの。そもそも一つ目のお願いにしたって、私はあんなこと願ったわけじゃないわ……茜を少し懲らしめてやりたかっただけよ」

 自分の体を抱き、うつむきながら答える遥。

「そうですか。僕としてはあなたの心の奥底にある願いをそのままかなえただけですが。2つ目の願いはさしずめ、あなたの母親もしくはその不倫相手をどうにかしてしまいたい、というところですか?」

「や、やめて! そんなこと私は願っていないわ! お母さんを、お母さんまで連れて行かないで……!」

 大声を出して灰色男の言葉を否定する遥。

 母親「まで」連れて行く、という言葉に融はハッとなる。

 身を潜めて話を聞くことをやめ、灰色男と遥の前に融は姿を現した。

「遥、どういうことだ。茜がどこにいるのか、何か知ってるのか。いや、遥はそれを知らないんだな。ならそっちの灰色の服を着た男が何か知っているのか?」

「融兄さん……」

 昼間に話を聞いた時、遥は知らないと言った。

 融はその言葉に嘘はなかったと思っている。遥の目は嘘をついている目ではなかったからだ。

 

「目は口ほどにものを言う。だから話すときは相手の目をしっかり見るんだ」

 融は幼い頃に父からそう教えられ、それを実直に続けた結果なのか他人の嘘にとりわけ敏感な男に育った。

 相手に事情があってやむなく嘘をついているなら、それを見抜いたとしてもいちいち看破して追い詰めるようなことはしない。

 しかし相手が嘘をついているという前提のもとに、自分の行動を決めることはできる。

 嘘をつくことを極端に嫌う一本気な融にとって、他人の嘘に敏感であることは重要な処世術、社会を生きる上での防衛手段の一つとなっていた。


「その通り、遥さんは細かいことを何も知りませんよ、お兄さん」

 灰色の男がおどけた口調で言う。

「お前は誰だ。なにを知ってる。茜はどこにいるんだ」

「茜さんのことを詳しく聞きたいなら、どうですか。僕の車でドライブでも。お菓子や飲み物を用意してますよ」

 帽子を目深にかぶっているため相手の目は見えない。融には灰色男の表情を読むことができない。

「融お兄ちゃん……ダメだよ。このおじさんは、ダメ。凄く『良くない』存在だよ……!」

 震えながら自分の袖にしがみつく玲奈の頭を撫でながら、融はあることに気付いた。

「グレーのセダン……お菓子……? お前、5年前の不審者じゃないのか。茜が軍団引き連れて成敗しようとしてた」

 あの事件、結局不審者は茜たちが騒動を起こして以来現れなくなった。

 逮捕されたわけでも犯人の素性がわかったわけでもないまま事件は沈静化したのだ。

「ああ、覚えておいででしたか。嬉しいなあ。そうです。僕ですよ。あの頃から茜さんのことは気になっていたので。ところでどうして今この場に僕たちがいることがわかったんでしょう。ああ、そちらのもう一人の女性のおかげですか。なにかありますねあなた」

「ひっ」 

 軽い口調で言い、玲奈を見つめる灰色の男。

 視線を向けられた玲奈はびくっと体を硬直させた。


 融の中の何かが、切れた。

「お前が……茜をッ!」

 真っ白な思考で融は灰色男に殴り掛かっていた。


 融は本来、正直で他者を思いやる心を持った人間だ。

 自分から敵意を持って他人を殴るようなことを今までしたことはなかった。

「破っ」を出すために古今の格闘技を調べ、体力づくりも欠かしたことはない融だが本質的には平和と家族を愛する、優しいだけの男である。

 腕白盛りの幼少期ですら、友人たちと喧嘩をしたこともほとんどない。

 しかし今目の前にいる灰色の男が、明確な融の敵であり、家族の敵である「悪」そのものだと直感した。

 それがはっきりとわかり、体が自然に動いていたのだ。

「おおっと。怖い怖い」

 唸りを上げて顎を狙う融の拳を、灰色の男は手袋をはめた手でパシッと受け止める。

 攻撃を防がれ、融は金縛りにあったように身動きが取れなくなった。

「い、妹を……茜を返せッ!!!!!」

「いいですね。人が持つ強い『思い』の力。あなたも茜さんもとても強く、まぶしい力の持ち主です。あなた方ならあるいは、と僕も期待せずにはいられません」 

 金縛りに遭った融の体が、ぼんやりと白く光りはじめる。

「と、融お兄ちゃんっ!」

 駆け寄った玲奈が、融の体を灰色男から引きはがそうと背中を引っ張る。

「おやおや、そちらの女性もですか。まあいいでしょう。面白いことになりそうだ。どうやら普通の『人』とは何か違うようですからね」

 融にしがみついている玲奈までもが、白い光に巻き込まれてゆく。

「れ、玲奈ちゃん、離れるんだ……!」

「や、やだ!! 融お兄ちゃんまでいなくなっちゃったらいやだよ!!!!」

 融の背中にしがみつき、泣きながらもその力を緩めない玲奈。


 光が一層強くなり、融と玲奈の姿は消えた。

 満足そうにうなずく灰色男と、成り行きを呆然と見ていた遥の二人だけがその場に残った。

「あ、ああ、ああああ、融さん……融さん! なんで、なんでよ! なんで融さんまで!! 私が願ったのは、茜なんて消えてしまえばいい、それだけなのに!!!!!!」

 狂ったように泣き叫ぶ遥。

「やっと正直になりましたね遥さん。そう、私は茜さんを排斥したいというあなたの強い思いを利用させてもらったのです。そして、茜さんを取り戻したいと強く願うお兄さん、お兄さんから離れたくないと思うもう一人の妹さん。実に強く大きな『思い』の力が重なってくれました」

 淡々とした口調で説明する灰色男。

「思いの、力……?」

「ええ。もともと茜さんは『困っている人の役に立ちたい』『なにか大きなことを成し遂げたい』と常日頃から思っている女性でした。その思いを実現させる手段がわからずに空回りすることが多かったようですが」

 灰色男は夜空を見上げ、ふうと息を吐いて言った。

「茜さんは『向こうの世界』が必要としている力をわずかながらに持っています。大きな力ではないかもしれませんが、それで『世界の天秤』がちょうどいい位置に収まってくれればなあと僕は思っているのですよ」


 こうして原口茜に続き、兄の融、義姉の玲奈も日本から姿を消した。

 彼らがどこに行ったのか、この世界の人は誰も知らない。

融の足の速さと体力は1万メートルを35分前後というところです。


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