ザハ=ドラク編 復讐 10
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フラウたちは荷物をまとめて移動に入る。
融や玲奈は、どこへ行くとも知らされていないままその行動に付き従う。
道中で獣人のコーダと合流する予定だ。そこから先は、フラウたちと融たちは別の道を行くことになる。
別れが近づくにつれ、玲奈の目にじんわりと涙が溜まってきた。
「フラウさん、レムさん、私が作った服、たまには着てくださいね……」
「ああ。これからちとかしこまった場に行く予定じゃからな。そのときに揃って着させてもらうことになるじゃろう」
フラウは優しく笑いながらそう答えた。レムは複雑な顔をしている。
誰か偉い人に会うのだろうか、と融は思った。
「おう、やせっぽちの兄ちゃん、久しぶりだな。妹ちゃんの方はついこの前会ったばかりだからそうでもねえが」
やがてコーダと打ち合わせた合流地点に一行は到着した。
「いろいろあちこちに走ってもらって悪いのう、コーダどの。恐縮ついでにもう一つばかり厄介ごとを頼まれて欲しいのじゃが」
フラウはコーダに、融と玲奈を隊商に紛れ込ませてドワーフ自治区に連れて行って欲しいと伝えた。
難儀な顔をしながら頭の後ろをガリガリと掻くコーダ。
「一人二人道連れが増えるのは別に構わねえんだがよ。トカゲどもが戦を仕掛けたらドワーフ自治区から入るのは難しくなるかもしれんぜ。特に東側の国境付近はな」
「万が一そうであってもおぬしら獣人は迂回して帝国領内に入れるじゃろう。トールやレナが行きたいのはベル村、西側じゃ。東で戦が起こっておっても、今すぐにどうという問題はあるまいよ」
フラウの言う通り、コーダならばドワーフ自治区以外の帝国領を通ってベル村を目指すルートも特に問題なくとることができる。正規の通商許可を得て商売をしているのだから。
「まあそうだな。それと、姫さんに頼まれた荷は言われた場所に置いといたから、ちゃんと拾って行けよ」
どうやらフラウとコーダは物資の受け渡しを約束していたが、この場所で授受はしないようだ。
その荷物を置いてある場所からさらにどこかへ移動し、そこがフラウたちの次の拠点、隠れ家となるのだろう。拠点が定まって落ち着くまでフラウはその場所をコーダに教えないつもりでいるのだ。
コーダの方でも、フラウに教えていないことは色々ある。お互いに過度の探り合いはしないという暗黙の了解があるのだ。
細かい話し合いを終えて、コーダたちはドワーフ自治区へ。そしてフラウたちは次の拠点へそれぞれ出発する。
「トール、レナ、達者でやるのじゃぞ。もし旅先でわらわたちのことを誰かに聞かれても、知らぬ存ぜぬで通すのじゃ。よいな」
「道中お気をつけて」
フラウとレムから別れの言葉を受ける融と玲奈。
「お世話になりました。フラウさんもお気を付けて」
「うっ、ぐすっ、いろいろ良くしてもらって、ありがとうございます。皆さんのことは忘れません……」
融はいつも通りのポーカーフェイスで、玲奈は目と鼻をぐずらせながらそれに応えた。
去っていくフラウたちをコーダは厳しい目つきで見送った。
フラウが次はどこに拠点を構えるのか、それがまだわからないことはさほど問題ではない。
しかし、フラウの目には何らかの意志が強く宿っていた。なにか大きな手を一つ二つ打とうとしている表情だった。それを読み切れないことが、コーダの心にわずかなしこりを生じていた。
「あ、あのう。コーダさん、ご迷惑をおかけしますけど、よろしくお願いします」
後ろから玲奈に話しかけられ、いったん思考を切るコーダ。
「ああ、まあいいってことよ。どっちみちベル村に行く用事はあるからそのついでだ」
「その村に居た人間ってのは、どんな人でした?」
融は最も気になっていることを質問する。
「まあ、女だったな。小柄で図々しいやつだった。会っていきなりメシをタカられたぜ」
コーダから見れば大半の人間、特に女性は小柄だろう。
しかしその話を聞いて、融も玲奈も嬉しいような、恥ずかしいような気持である。
茜である可能性は極めて高い。しかし初対面の、コーダのような巨漢のコワモテにいきなり食事をせびるとは。
「それに、つい最近ベル村に転がり込んできた割には、やけに村のドワーフたちと打ち解けてやがったな」
「茜ちゃんは、すぐに誰とでも仲良くなるから……」
もうすぐ茜に会えるのだと玲奈は半ば確信し、うれし涙で頬を濡らした。
融ももちろん嬉しかった。やっと茜に会えるのだ。
元の世界に帰る算段は全くついていないが、茜がいれば何が起こっても不思議となんとかなるのではないかと融は思っている。
しかしその嬉しさや希望と同じくらい、先ほど別れたフラウたちのこれからが融は気になった。
コーダに守られるように融と玲奈が移動を続けている頃。
神聖エルフ帝国軍中将にして第二皇子、フレットル率いる一行はドワーフ自治区に向かう道の途中にあった。
「自治区全体のドワーフどもの数はいかほどであったか」
馬車に同乗している供周りの書記官にフレットルは確認する。
「全ての村を合わせまして、1万にやや足りない数のドワーフが暮らしておりまする」
「そうか。新地の民はゴブリン、ダークエルフ合わせて30万ほどであったな」
「さようでございます」
新地というのは、旧ザハ=ドラクを帝国のエルフたちが呼称する場合に使う言葉である。
大軍の行列であった。
エルフ帝国はいくつかの「州」に分かれており、各州に軍が駐留している。
それを吸収しながらフレットルは移動している。もちろん帝都から連れてきた兵も多い。
彼はドワーフ自治区と旧ザハ=ドラクの査察という名目で遣わされたのだが、実際にはそのふたつの新しい領地で兵を募り、黒竜王国と戦うための前衛軍を編成することが主目的である。
ザハ=ドラクの首都殲滅作戦を立案、実行したのはフレットルであった。そのため支配下に入れた多くのゴブリンやダークエルフから、彼は死神のように恐れられ、そして虫のように忌み嫌われている。
しかし彼はそれでいいと考えている。
ドワーフには権益を増やすという褒美をちらつかせて従わせる。
ゴブリンとダークエルフは恐怖で従わせる。
あえて差をつけることでドワーフの士気は高まり、帝国への忠誠心、帰属意識も増すだろう。
ダークエルフとゴブリンに関しては、命令に従って忠実に働き、戦わないとこれから先、生きて行く場所などないのだということを徹底的に教え込む。
エルフ帝国内にはまだまだ異種族への差別意識を持っている者が多く、そうしたものが皇族、貴族たちの中で大きな権威を持っていことも少なくない。
彼らの溜飲を下げるためにザハ=ドラクの旧臣を処刑し、旧民を奴隷のように酷使することは「合理的な政策」の一つなのだ。
そうしてエルフ至上主義者たちを味方につけておけば、次の皇帝に自分が即位する宮廷工作も容易になる。
フレットルは第二皇子、いわば皇帝の次男である。長男である第一皇子は常に皇帝の側にいる、あるいは皇帝が親征、自ら兵を率いて戦うときに宮廷の留守を守る役だ。
それに対しフレットルは自ら方面軍を指揮して戦う立場である。そして現在の皇帝は領土拡大政策をとって他国の領土を侵食することを是としている。
「ククク、余と兄上のどちらの功績を他の皇族や元老院が高いと評するか」
思わず笑いが漏れる。
前衛には使い捨てが前提のドワーフやゴブリン、ダークエルフの兵。
後ろに控えるは武技、魔法共に精強でならした宮廷直属軍。
そして脇を固める大量の州兵。
黒竜王国を降し、龍族獣人も新たな兵として吸収して東ドワーフ共和国を制圧する、まさに王者の進軍の心地をフレットルは味わっていた。
頭上を飛来する多数の火矢を見るまでは。
「て、敵襲! 刺客にございまする!」
「殿下をお守りするのだ!」
どんな大軍であっても、地形や道の都合で細く伸びて行軍する局面はある。
その横を突かれれば司令官まで攻撃を届かせることは可能だ。
今、軍が進んでいる横には崖と言っていい角度の山があった。
敵の姿は地形に隠れて見えにくいが、そこから矢が雨あられと降り注いでくる。
「な、なんだ……!? いったいどうして……?」
しかし、フレットルはあり得ないと思った。
ここで自分を襲って、なんになるというのか。
仮にここでフレットルが死んだとしても、別の将軍が兵をまとめて再編成し、黒竜王国は攻め込まれるのだ。それはもう確定していることだ。
今フレットルたちがいる場所はエルフ帝国領内である。刺客が忍び込んだとしても少数であろう。大軍に追補され、殺されるに決まっている。
計算や打算、損得でものを考えているフレットルは、こんなところで自分を襲撃、暗殺して「誰が何の利益を得るのか」ということを考える男だった。
飛び交う火矢。火のついていない矢もあるが、おそらく毒矢だろう。多くの兵が恐慌をきたしている。
「ええい、鎮まれ! 敵は寡兵だ! 守備を固める者と迂回して敵を討つものに分かれればどうということはない!」
盾を持った近侍の兵に馬車を守られながらフレットルが叫ぶ。
そこに、大きな鉄製の槌が飛んできて彼の乗った馬車に直撃した。
ハンマー投げのような攻撃をしてきたものが刺客の中にいるのだ。
「ぐわぁっっ!!」
死にはしなかったが、半壊した馬車からなんとか外に出る。
崖の上からは、火のついた藁の塊や油の入った樽が投げ落とされ、辺り一面に火炎をまき散らす。
その火勢から逃げるように動いていたフレットルの脚に、一本の矢が刺さる。
「あぐっッ!!!!」
ちょうど鎧のない太ももの部分だった。
「で、殿下ーーっ!」
「ただちに治癒魔法を!」
フレットルをかばうように多くの兵が群がり覆いかぶさりながら、治癒魔法の使い手が彼の脚から無理矢理に矢を引き抜く。
本来であればこんなことをすると大量出血で死に至るおそれがあるが、フレットルは周囲に治癒系魔法の熟練者を多数置いている。何人がかりかで全力で魔法を行使すれば、矢傷の一つや二つで命取りになることはない。
「ええい、まだ賊は殺せんのか! 早く皆殺しにして、首を余のもとに持って来い!!!」
治療を受けながらもフレットルは叫ぶ。
刺客からの攻撃は勢いを弱めつつある。
武器を使い果たしたか、あるいは帝国軍が刺客のもとまでたどり着いて掃討を始めたか。もしくは逃げたか。
「ま、まさか兄上が……?」
うずく脚を憎々しげに眺めながら、フレットルはこの襲撃の黒幕が何者であるかに考えをめぐらせた。
次回から茜パートになります。




