ザハ=ドラク編 復讐 08
アクセスありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
融とブルルはフラウたちの待つ陣地に戻り、道中で自分たちが見聞きしたことを伝えた。
特に帰る途中で黒竜王国の兵が、エルフ帝国の偵察隊長を殺したことを。
「ぬ~~~~~~~~~~~ん」
話を聞いたフラウは困っているのか、驚いているのか、悲しんでいるのか喜んでいるのか全く分からない微妙な表情と声を出す。
「レム、主だったものを集めるのじゃ。軍議を始める。トールとブルルも残ってわらわたちの質問に答えてもらうぞよ。疲れているところ悪いがの」
幹部たちを集め、改めて情報を確認する一同。
フラウ、レム、融とブルルの他にダークエルフとゴブリンが数人、会議用の幕舎に顔を並べる。
「わらわがまずわからんのは、なぜそうも簡単に殺されるような役立たずを少人数で斥候としてエルフ帝国は送り込んだのか、じゃ。殺された隊長とやらも付き従っていた兵卒も、そろって無能な者たちであったのじゃろう?」
フラウの質問にブルルが頷く。
「ええ。隊長は何か勘違いしたバカで、子分は若くて経験もないようでしたぜ」
「トールよ。おぬしの方で他になにか気付いたことはあるかの? どんな些細なことでも構わぬ」
この世界の情勢、政治動向に疎い融は自分なりの所見を持つということも特になかったが、質問に答えることくらいはできる。
「トカゲみたいな人たちは、俺たちが見ていることにひょっとすると気づいていたかもしれません」
「な、なんじゃと!?」
融が平然と口にした内容に、フラウは身を乗り出して驚いた。
「こちらの素性が知られたり、尾行されたりはしておらぬじゃろうな!?」
「姫、それはないですぜ。暗がりだったから俺らの姿は向こうから見えるわけはねえし、帰り道に何度も尾行がついてないことは確認した。トールが奴らに見られた気がするっていうのも、奴らにとっちゃあ、リスか兎かネズミがいるのかと思ってこっちを見た、程度のことでしょうぜ」
ブルルがそう言っているのをフラウは信用しないわけではない。龍獣人の走る速さなら、ブルルや融の脚に追いつけはしない。尾行や追跡がないと言うからには、相手は馬を使って追いかけてくることもしていないのだろう。馬で追い立てられればバカでも気付く。
それでも念には念を入れて、フラウは自身の持つ異能の力、探索の魔法である「鷹の目」を使った。
融の見ている前でこれを使うのははじめてのことである。しかし、今更見られたからと言って何がどうなるわけでもないとフラウは思った。他人が見て真似をできる力ではない。
他人からは、集中してなにかを念じているだけにしか見えない行為だ。融はフラウが何をやっていて、その結果なにが起こっているのかを知ることもない。
「……ふう、まあそのことは良い」
周囲に違和感のある気配がないことを確認し、フラウは安堵した。
「姫、差し出がましいようですが一つ意見を述べてよろしいでしょうか」
精悍な顔つきのダークエルフ兵が口を開く。
「構わぬ。申してみよ」
彼の名はチェダ。古くからザハ=ドラクの王宮に仕える武官の家柄に生まれた若者である。フラウの部下の中では最も剣の腕が立つ。
戦火の際、王宮から馬車で逃げたフラウと早い段階で合流し、そのままフラウの護衛兵長のような役割を担っている。
「帝国は無能なものを斥候に出すことで、わざと黒竜王国の兵に気付かせて衝突を起こすつもりだったのでは。自国の兵が殺されればそれを戦の口実として黒竜王国に攻め込むつもり、と考えられないでしょうか」
「ありうる話じゃな。と言うか、それしか考えられぬ。しかしそうじゃとしても、さらに腑に墜ちぬことがある。なぜそんな安易な挑発に、黒竜王国はわざわざ乗ったのじゃ。まさか全面的に争って勝てると思っているわけでもあるまい」
フラウの疑問はもっともであった。
そもそもザハ=ドラクが帝国に侵攻され滅ぼされたのも、国境付近の小規模なイザコザを口実に帝国の大軍が押し寄せてきたのが始まりである。
その後の悲惨な首都殲滅戦を知っているからこそドワーフ自治区は戦わずに帝国に恭順した。
大人しく従えばある程度の自治権は与えられる。従わなければ滅ぼされる。
その流れを黒竜王国も知っているはずだ。なぜ今、帝国との間に自分たちからわざわざ火を立てようとするのか。
話がよくわからない融は、卓上に広げられた地図をぼんやりと眺めている。
字が読めないので詳しいことはわからない。
ただ、朱筆で丸印が付けられているところがドワーフ自治区であり、その東に黒竜王国があるということはわかる。
暗殺予告の書かれた木札をばら撒きに行く際に、出発前の段取りとして地図を見ながらブルルに説明を受けたからだ。
融は思い出す。妹の茜が三国志を好きだったこと。小さいころからよく一緒に三国志のゲームで遊んだこと。
国盗りシミュレーション系のゲームで茜を敵に回すと、融の切り盛りしている国にあの手この手で嫌がらせしてきたこと。
アクション系のゲームを二人で協力プレイすると、目標となる敵を二方向から攻めることができて戦略の幅が広がることを。
「トカゲみたいな人たちは、自分たちの他に帝国と一緒に戦ってくれる味方を見つけたんじゃないんですか」
何となくつぶやいた融の言葉に、他の者は目を丸くして、その後失笑した。
「それはありえん話じゃな。黒竜王国は仇敵であるドワーフに東西で挟まれておるし、険悪ではなかったザハ=ドラクは今や帝国の直轄支配下にある。そのほかの国にしても、今わざわざ負けるとわかっている黒竜王国に手を貸して、帝国を敵に回すようなことをする物好きはおらんじゃろう」
融の意見を一笑に付したフラウではあったが、その内容のすべてが荒唐無稽であるとは思わなかった。
エルフ帝国と黒竜王国とが争うことになるなら、負けるとしても陰ながら黒竜王国に手を貸したいとフラウは思っている。
自分たちまで巻き添えになって滅びるのは全力で回避するとしても、戦の最中に別働隊としてエルフ帝国の軍を小突くくらいのことはできるだろう。
「ブルル、そしてトール。こたびはご苦労であった。下がって休むがよいぞ。明日からはこの陣を引き払って移動する準備に入るゆえ、英気を養っておくがよい。他の者は残って軍議の続きじゃ」
フラウの指示で融とブルルは会議用の幕舎を去る。
「姫さま。あの人間に不気味な絵のことを伝えなくてもよろしいのですか?」
レムの問いかけにフラウはわざとらしくとぼけて返した。
「おお、わらわとしたことがすっかり忘れておった。まあ今はトールも疲れておるじゃろうから、あとでわらわの方から言っておく」
「さようでございますか」
レムは一抹の不安を感じた。
もしかするとフラウはあの得体の知れない人間の兄妹を気に入って、まだしばらく手元に置いておきたいと考えているのではないか、と。
「融お兄ちゃん、お疲れさま。なにか食べたいものある?」
話し合いが終わって幕舎から出てきた二人を玲奈が迎える。
「ありがとう玲奈ちゃん。そうだな、肉が食べたいかな。あとなにか、温かい汁物があれば」
帰り道の途中で一度だけ焼いたウサギ肉を食べたとはいえ、融たちは道中ほとんど温かいものを口にしてなかった。
「わかった、すぐ用意するね。ブルルさんもお疲れさまでした。兄がお世話になりました」
ぺこり、とブルルに頭を下げる玲奈。
「お、おう。いや、危ないところを助けて、抑えてもらったのは俺の方なんだ。ところで肉を焼くなら俺もいただいていいか」
「ええもちろん。たくさん用意しますから待っててくださいね」
満面の笑顔を残し、玲奈は食事の準備に駆けて行った。
「気立てのいい妹さんだなあ」
「ええ、どこに出しても恥ずかしくないくらいいい子です」
なんのためらいもなく自信満々に言う融。
「もう一人の、探してる妹ってのもあの子に似ていい子なんだろうな」
「いえ、全然似てないですね。お転婆でわがままで向こう見ずで意地っ張りで思い込みが強くてうるさくて、とにかく一緒にいても落ち着かないやつです」
茜がこの世界のどこにいるかはわからないが、大きな騒動を起こしたりおかしなことに首を突っ込んだりしていないか、融はそれが心配だった。
「ははは、ずいぶん違うんだな。本当に同じ親から生まれたのかよ?」
「玲奈ちゃんは、俺や茜と血が繋がってないんです」
そのことを初めて知ったブルルは、信じられないという顔をした。
「本当かよ。ただの男と女じゃねえか。よく一緒にいて我慢できるな」
「何がですか?」
言っている意味が分からない、という顔の融。
「いやその、あれだよ。そういう気にならねえのかって」
「なんのことかわかりませんけど。焼肉の準備ができたみたいですよ。どんどん焼いてじゃんじゃん食べましょうブルルさん」
話を切り上げて足早に肉のもとへ向かう。
「お、おいちょっと待てよ。人間族の男と女ってのはそう言うもんなのか? 夜にふっとこう、寂しくなったり盛り上がったりすることってねえのか?」
「ああ腹が減った。これだとブルルさんの食べる分が無くなるくらい食ってしまうかもしれないなあ。おしゃべりしてる暇もないくらいの勢いでとにかく肉を焼いて食べたい気分だ。焼肉は戦争だからなあ」
ブルルになにを聞かれても、自分はもはや肉の虜だという姿勢を融は崩さない。
「トールてめえ卑怯だぞ! 俺の分の肉を残しておけよ! そして俺の質問に答えろ!」
融は一心不乱に肉を焼いて食い、山菜の汁物をガブガブ飲む。
その夜。
融はその仕返しをブルルから受けることになった。
普段、融はゴブリンの男たちと一緒の幕舎に雑魚寝している。
しかし今、幕舎の中に融は一人きり。他のゴブリンはいない。
「みんなどこに行ったんだ」
よくわからない状況だったが、寝るまでの間に融は「破っ」の練習をして過ごそうと思った。
「と、融お兄ちゃん。話って、何かな……?」
そこに玲奈が入ってきた。
ブルルは仲間たちと示し合わせて、融の寝ている幕舎に玲奈を向かわせ、二人っきりにさせたのだ。
「ブルルさんに、ここに来るように言われたのかな。俺が話があるって?」
軽いため息をつきながら融は確認する。
「うん。あとはその……え、エルフの兵隊さんが殺されるところを、見ちゃったんだよね、融お兄ちゃん」
「ああ、うん。見た」
心配させないように玲奈には話していなかったが、どうしても噂になったのだろう。他の者の口から玲奈の耳にも入ってしまったようだ。
「大丈夫かなって、思って。こ、怖かった、よね」
「そう……だね。暗くて良く見えなかったけど、びっくりしたし、怖かった」
融やブルルにしても、見つかればどうなるか分かったものではないのだ。
なんとか無事に戻って来れたのは運が良かったということもある。
「わ、私も、怖かったよ。融お兄ちゃんが帰って来なかったら、どうしようって考えたら……」
玲奈がはらはらと涙をこぼし、融の胸に飛び込んだ。
「ごめん玲奈ちゃん。不安にさせたよね」
優しく玲奈の頭を撫でる融。
「ううん、今は嬉しいんだ。嬉しいから安心して泣いてるの。無事に帰って来てくれて本当に、良かった……」
玲奈はしばらく融の胸に顔を押し付けて泣き続けた。
融も玲奈の背中を優しく腕に抱き、子供をあやすようにポンポンと叩く。
玲奈の涙の理由は、融が無事に帰ってきたという安堵の他にもあった。
こういう状況を「利用」して、融の優しさをその身に受けている自分自身のずるさ。
そして今のような状況でも、融が自分を女として求めてくれないことへの涙と、素直に「抱いて欲しい」と言うことができない自分の弱さ、臆病さへの涙だった。




