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ザハ=ドラク編 復讐 07

アクセスありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

「ヒャッハー! 肉だぜー!」

 首尾よく兎を追い立てて弓で見事に仕留めたゴブリンのブルルは、久々に口にする動物性蛋白質に狂喜乱舞していた。兎は2羽いたが、捕獲できたのは1羽である。

 異世界に飛ばされてからこっち、フラウの陣中で融は何度も狩りの手伝いをした。多少は要領を覚えて来たのでブルルと一緒に兎の解体処理を行い、食べられる状態にする。

「そう言えば玲奈ちゃんは兎が好きだったな、剥いだ皮をプレゼントすれば喜ぶだろうか」

 おそらく喜ばないどころかドン引きされるか、もしくは泣き出すだろうがそのことに融の気配りは及ばない。


 夜になるのを待ってから二人は火を起こす。日の出ているうちに煙を立てて、他の誰かに不審に思われるのを回避するためだ。

「そう言えばトールはもう一人の妹だかを探してるって言ってたなあ。何か手がかりはあったのか?」

 肉を焼きながら世間話をブルルが振ってくる。

「いえ、特にはなにも。でもフラウさんが情報が入ったら教えてくれると言っているので、それを待ってます」

「そっかあ。まあ姫に任せておきゃあ大丈夫だ。姫は頭も切れるし肝も据わってる。俺としては次の王は姫になって欲しいと思ってるくらいだ。俺だけじゃなく、姫の下で働いてるやつらはみんなそう思ってるだろうけどなっ」

 姫とか王とか言われても、融はフラウたちがどのような過去を持ちどうして潜伏活動をしているのか、詳しい事情を聞かされてはいない。

 ただフラウが仲間たちに信頼されている立派なリーダーだということは融にもわかった。

「みんなフラウさんのことが好きなんですね」

「お、おまっ、そんな畏れ多いことを……! でもまあ、そうだな。俺たちゃあ姫に惚れ込んでる。姫のためなら死ねるって奴ばっかりが集まってるんだ。特に俺は姫さまと同じく、首都が陥落するときに地獄を見た一人だ」

「辛いことがあったんですね」

「ああ。まだ小さい子供のゴブリンがな、帝国兵の馬に引きずられてなぶられてたんだ。姫だって、あまりべらべらしゃべらねえが酷い地獄を見たはずだ。姫の下で働いてあの恨みを晴らせるなら、こんな命、いつだって……」

「死んじゃダメですよ。フラウさんが悲しみます」

 融としては当たり前のことを言ったつもりだったが、それを聞いたブルルは面白い話を聞いたかのように、カカカと愉快そうに笑った。

「俺たちみたいなつまらねえ下っ端のためにも悲しんでくれる姫だからこそ、なおさら命をかけられるのさ」

 そう言ってブルルは焼き上がったウサギのモモ肉に、実に幸せそうな顔でかじりついた。

 ダークエルフたち、もちろんフラウも肉や魚を食べない。しかしゴブリン族は肉を好んで食べる。

 そんな異なる文化、習慣の面々がフラウの下ではつらつとした表情で働いているのを融は見続けてきた。

 生まれ育ちも違う多種多様な者たちを不思議と惹きつけるフラウに、融は茜の姿を少しだけ重ねていた。


 食事中の融とブルルが周囲の異変に気付いたのはほぼ同時だった。

「トール、火を消せ」

「はい。馬の足音が聞こえますね」

 二人は小声でやり取りし、素早く焚火、食事の痕跡を土中に埋めて大木の陰に身を隠した。

 夜の森の中である。誰かが来てもそうそう見つからないだろうが不用意に物音を立てるのは危険だ。今回のミッションはあくまでも隠密極秘裏に行うべきものだから。

「トカゲ野郎どもの見回りか……?」

 二人が今いるのは龍族獣人の支配地域、黒竜王国の領土内にある森の中である。

 森を抜けた先にある川が黒竜王国と、今はエルフ帝国領となったドワーフ自治区との境界線になっている。

 エルフ帝国と黒竜王国は現状で戦争状態にあるわけではないが、エルフ帝国がこれから黒竜王国に攻め入るのは時間の問題という状況だ。

 ここに来るまで融やブルルは何度か国境を見回っている龍族獣人の部隊を目撃したが、その都度森の奥に隠れ、息をひそめてやり過ごしてきた。

 しかし今までとは違う点に融が気付いた。

「今、遠くにちらっと馬に乗った人が見えました。金属の……鎧かなにかが光ったように思えます」

 今夜は半月が出ている。目を凝らせば夜でも多少は遠くのものが見え、特に光を反射する金属などがあればそれは余計に目立った。融やブルルは深緑色の衣服を着ているので、そうそう相手から視認されることはないだろう。

 融が指し示す先をブルルも注意深く観察し、それが何者かであるかを知って体を強張らせた。

「青銅の鎧……なんでエルフ帝国の兵隊がこんなところにいやがるんだ!」

 白く輝く青銅の鎧。龍族獣人はそのような武装を基本的にしない。好んで青銅を使うのはエルフ族である。

 青銅は銅とスズの合金であるが、スズの含有量が多いほど白に近い色になる。そうした青銅は硬さはあっても脆いので武器防具として扱いづらいのだが、エルフ族は硬く脆い青銅に粘り強さを付与する強化魔法を得意としている。

「ブルルさん、声を低く」

「お、おう……」

 相手がエルフ帝国特有の青銅鎧を着た兵士であることを認識し、ブルルはぎりりと歯を鳴らした。

 馬に乗った兵が1人、徒歩の兵が二人いる。

 青銅の鎧を着こんでいるのは馬に乗った一人だけであり、他の者は暗がりで目立つことのない色の濃い革鎧であった。


「煙の臭いを感じたのは本当にこっちなんだな!?」

 鎧を着たエルフ兵が他の者に叱咤するように聞く。

「は、はい隊長どの。確かにこのあたりで火の気配を感じました」

 革鎧の一人が自信のなさそうな口調で答える。

 どうやら上官と部下の関係であるようだ。

「なにもいないではないか! 貴様の勘違いではないのか!?」

「お、おそらく我々の気配に気づき、逃走したか身を隠しているのでは……」

 部下の推察は正しい。実際に融とブルルは身を隠しながら彼らのやり取りを聞いている。

「気付かれただと!? 貴様、これがどういう任務かわかっているのであろうな!!」

「は、はい。隠密裏に黒竜王国との国境地帯を検分する偵察任務、その先遣であります」

「わかっているならどうして気付かれるのだ! これを上に何と報告するつもりだ!」

 上官と思われるエルフは大声を上げて部下を責めるている。


 エルフ兵たちのやり取りを聞いていて、ブルルはバカバカしい気持ちになった。

「一番目立って真っ先に気付かれてるのはオメーだよ……隠密ならそんな派手な鎧着て来るなよ……」

「確かにそうですね。ああいう上司はこっちの世界にもいるんだな」

 融もブルルに同意し、叱責されている部下らしきエルフたちに同情した。

 高校を出てからいくつかのアルバイトを経験した融も、職場ごとに様々なタイプの同僚、上司と出会っていた。付き合いやすい人もいれば、厄介な人もいた。

「まったく、なぜ貴族に生まれたこの私が、こんな使えない部下と共にこんなつまらぬ仕事を押し付けられなければならんのだ。ヨシュアも気の効かん小僧だったが、貴様らも同類だ!」

 ぐちぐちと不満を述べる鎧の男に、部下エルフの二人も聞き耳を立てているブルルも「一番使えないのは間違いなくお前だ」と心の中で突っ込んだ。

「あんな奴が隊長さまをやってるような国に俺たちのザハ=ドラクは負けて滅ぼされたのかよ……」

 ブルルは泣きたい気持である。

 しかしその萎えたテンションは、鎧の男が次に発した言葉で一気に激情へと変わることになる。

「まったく、早く下品なトカゲどもとの戦争が始まらぬものかな。前の戦でしたように、連中の皮を生きたまま剥いで邸内の敷物や壁掛けにしてやるものを」

 鎧の男が気持ちよさそうに武勇伝を語ったとき、ブルルから尋常ではない殺気が放たれたことに融は気付いた。

 制止するようにブルルの肩をぐっと融は抑える。

「た、隊長どのにはそのような武勇がおありですか」

「自分らはザハ=ドラクとの戦いの後に兵になったので、何も戦功がないであります」

 部下エルフたちは下品な上官にドン引きしながらも、あえて持ちあげるために話の続きを聞こうとする。

「うむ。ザハ=ドラクの首都殲滅戦でゴブリンの幼子と両親らしき者を捕えてな。子の目の前で両親の皮を生きたまま剥いでやった。子も親も、良い声で泣き叫んでいたぞ。子の方は舌を噛んで死のうとしたがなかなか死にきれなくてな。両手足を縛って馬で引きずってやったらいつの間にか死んでいたわ」

 

 ブルルの中でなにかが切れた。

 殺す。あのエルフ兵を絶対に殺してやる。

 これ以上生かしてはいけない。大地の上に存在させてはいけない。

 世界中のどんな神があの男を許そうとも、辱められた同胞の名誉のためにあのエルフ兵の五体を切り刻み、その血を盃に満たして死んでいった者たちに捧げなければならない。

 決意すると同時にブルルは怒声を上げて木陰から飛び出し、弓でもナイフでもいい、あのエルフ兵に必殺の一撃を食らわせるつもりだった。

 しかしそれらの行為は、ブルルの行動を予測した融に後ろから抱きつかれるような形で抑えられた。

 融はブルルの口もふさいでいる。もちろん声を出させないためにだ。

「ダメですブルルさん。ここで飛び出してどうなるんですか。あの鎧の男を殺せても、手下の二人はどうするんですか」

 ブルルの耳元でささやきかける融。

 武器防具をしっかり装備した3人を一度に相手にするのは無理だと融は判断したのである。

「……! ……ッ!!」

 なおも融の拘束から逃れようと抵抗するブルルだが、その細身のどこにこんな力があるのかという融の怪力のもとに完全に身動きができない。

「フラウさんは、誰にも見つからずに無事に二人とも帰って来いって言ってました。だからフラウさんのためにもここは我慢しなきゃダメです。あいつらをやり過ごした後、僕をいくらでも殴ってくれていいです。でも今は我慢してください」

「~~~~~ッ!! ~~~~~~ッ!!」

 抵抗しても融の拘束からは逃れられないと理解したブルルは、目の前のエルフ兵を殺せないことに涙した。全身を震わせ、ボロボロと無言で泣いた。


 しかしブルルの希望は全く彼らの予想しない展開で叶うことになる。

「俺らの”シマ”でなぁ~に”チョーシ”くれてんだぁ!? 高貴な”クソエルフ”のお兄さんがたよぉ!?」

「こいつら、俺らのこと”ナメ”てんじゃねーかな……!?」

「どーするよ、ヤッちゃうかぁ?」

「今夜のお月さんみてーに”半分”にしちまうのも、オモシレーかもしれねえな!?」

 黒竜王国の国境警備兵と思われる龍族獣人の小部隊が、3人のエルフ兵を取り囲んだのである。

 ごつごつした岩のような肌に爬虫類の顔。

 防具はなめした革鎧、手甲や脛当てと言った軽装だがそれに反して大きい、鉈のような大剣。

 話に夢中で警戒心を緩めていたエルフ兵たちは、そんな彼らの接近に気付かなかったのだ。大きな原因が隊長の無能さであるのは間違いない。

「あ、ああ……き、貴様ら! 退路を切り開け! 撤退するぞ!」

「そ、そそそんな……」

 鎧を着た隊長エルフが部下二人に叫んで指示を出す。

 しかし実戦など経験したことのない新参兵である。人数でも負けているこの状況ではすっかり腰が砕けてしまって、ものの役には立たなかった。

「や、役立たずめらが! ええい下等なケダモノどもめ! 今すぐ道を開けぬと絶対至尊なる精霊神様の裁きが」

 隊長エルフの威勢のいい口上は、一人の龍獣人が無造作に「投げた」大剣の一撃によって妨げられた。

「がぁっ!!」

 重量のある鉄の板が直撃したのである。刀身部分でないとはいえ大きな衝撃だ。鎧のエルフは落馬して地に転がった。

「うるせーんだよ、バカ。今夜中だぞ」

 這いつくばる隊長エルフの首を、無感情で狩る龍獣人。

 断末魔を上げる間もなく、隊長エルフは絶命した。

「あ、ああああ……」

「たす、助けて、助けて……」

 泣いて地面にへたり込み失禁する若年エルフ兵2人。

 彼らを見下ろし、龍獣人のリーダー格らしき男が言った。

「おう、下っ端のにーちゃんたち。オメーらは帰してやっからよぉ。そっちの”アタマ”に言っとけや。こっちはいつでも”喧嘩上等”だってよぉ!?」

 それだけ言い残し、黒竜王国国境警備兵の集団は去って行った。


 隠れていた融とブルルは何とか危難を脱した。

 しかし暗闇の木陰で息をひそめている自分たちの方を、龍獣人のリーダーが一瞥したように融は感じていた。

 

 融とブルルがたまたま兎を狩って肉を食うために火を起こしたことで、エルフ帝国の偵察兵と黒竜王国の警備兵が衝突する事件が起こってしまった。 

 これを皮切りにエルフ帝国内では黒竜王国への敵対感情が激化することになる。


 しかしこの事件の後、周辺諸国や諸種族を大いに驚かせたことが起こる。

 それは先に宣戦布告をし軍を動員したのが黒竜王国側だったことだ。





 閑話。

 融やブルルが薄氷を踏む思いをし、エルフ帝国と黒竜王国に一触即発の事件が起こった日のドワーフ自治区、ベル村。

 茜は「手が怪我していてもできる」という理由から、ドガの協力のもとに動物の革に鳥の羽を詰めて、サッカーボールらしきものを作っていた。

 ベル村でサッカーを流行らせるつもりらしい。

「ドガ、これだけは常に心がけておいて。ボールは友だちなのよ」

「サッカーってのはその友だちを足蹴にしまくる遊びなのか……? 人間族の遊びは業が深いんだな……」

「いいのよ。この丸くて愛らしい友だちは、誰かに蹴られて快感を覚えるって性癖があるんだから」

「俺、そいつとあんまり友だちになりたくねえわ……」


 ドワーフ自治区の平穏な日々に大きな変化が生じるのは、少し先の話である。


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